43.襲来×来襲
何事も無かったかの様に、翌朝。
朝食は、レンタカーでひとっ走りして近所のベーカリーまで買いに行った。パン屋じゃないベーカリーだ。
うわぁ。まるで別荘に来てるみたいだ。リア充だ。ブルジョワだ。粛正だ。シベリア送りだ。
などと脳内でワッショイワッショイしているなどとはおくびにも出さず、いくつか買ってコーヒーを淹れて食べた。
コンビニパンの二倍ぐらいがデフォだったが、それだけの価値はあった……と思う。
二人と食卓を囲んでいたからかもしれないけどね。
「さて。朝ご飯も終わりましたし、ロミオとジュリエットプランの詳細を詰めていきましょう」
「え? そんな作戦名だったの?」
食後。まったりとコーヒーのおかわりを……というタイミングで、満を持したエクスがタブレットから飛び出てきた。
マンガっぽい制服姿で。
なんで、ロミオとジュリエットなのに制服……? ってそれ、ジュリエットはジュリエットでも寄宿学校のほうじゃん!
別冊から週刊に移動してどうなることかと思ってたけど、ちゃんとやり切って完結して良かったよね。
「そうですね。あっちへ戻る前に、ある程度の目処は付けておきたいところです」
すでに根回しは終わっていたのか、本條さんは作戦名をスルー。
カイラさんは、カップにふーふーして冷ましていた。
なお、カイラさんのコーヒーはミルクと砂糖たっぷりな模様。それもう、ホットミルクで良かったんじゃないかな?
まあ、かわいいは正義である。
「エクス。まず、異世界と通信したりするスキルなんかはないんだよな?」
「ありませんね」
そこは確認済か。
まあ、そりゃそうだ。後出しで、実は……と言われなかっただけ良しとしよう。
「となると、キーは世界樹なのかなぁ」
「でも、家のは生えたばかりですよ?」
「この世界のどこかに、オリジナルの世界樹が存在するはずよ」
「世界樹を探しに行きますか?」
「……どれだけ時間が経っても、こっちじゃ止まってるのが救いだな」
世界樹を巡る大冒険もいいけど、もっと手軽な解決法を模索したい。
「そうですねぇ。これはエクスとしてはかなりやりたくないですが……」
「とりあえず、参考に聞きたい」
「死体なら、《ホールディングバッグ》に入りますよ?」
「いやそれは……って、仮死状態でもいいってことか?」
「なるほど。ポーションを作らせるのね」
「イグザクトリィ」
その通りでございますと、エクスが軽く一礼。
リディアさんに頼めば、「できたで! 人間を仮死状態にするポーションや!」とか言ってやってくれそうだけどさぁ。
「それはさすがにどうなのでしょう……。人権とか、そういった面で」
「だよね」
人間、越えちゃいけない一線ってあると思う。
あと、ほんとにロミオとジュリエットエンドになりそうで怖い。
「女子高生とひとつ屋根の下で過ごしているアラフォーは、言うことが違いますね」
「言うなって」
自覚はある。
「あと、できたとしてもナーフされそうな気がするんだよな」
「なーふ、ですか?」
「修正……つまり、神からの介入ね」
日本語ネイティブと《トランスレーション》経由の違いで理解に差が出てしまったが、そういうこと。
「裏道ばっかり使ってると、潰されるんじゃないかと思うんだ」
「確かに、元々は白い部屋で神様に与えられた力ですからねぇ」
「まずは正攻法で臨むべきということね」
神様がいる世界の住人らしく、カイラさんはあっさり納得してくれた。
本條さんも賛成だ。
「というか、ヴェインクラルはこっちに来るんだよなぁ。あいつ、どんな方法で来るつもりなんだよ」
もしかしたら、ヴェインクラルをどうにかすることで宅見くんの依頼も解決するという一石二鳥な展開になるのかもしれないけど……。
「地下に住むゴブリンの特殊な技術というのも、ないでしょうしね」
「おや?」
カイラさんが自分の意見を自分で却下したところ。エクスが、こてんと可愛らしく首を傾げた。
「オーナー、誰かがこの家に近付いてきています」
「通りすがりじゃあ、ないよな?」
この別荘に用があるとしたら、本條さんの家の誰かで……。でも、本條さんのお母さんじゃないんだよな。
となると……?
「外に出ます」
「俺も行こう」
そうなれば、当然、カイラさんも一緒だ。
三人揃って玄関から外に出ると、スポーツカーが止まって男性が一人下りてきた。
「綾乃!」
「兄さん? どうして……」
突然の闖入者。
それは、本條さんのお兄さんだった。
はあー。へえー。ほおー。
お母さんはお母様で、お兄さんは兄さんなんだ。お兄さまだと、ドグラ・マグラになっちゃうから仕方ないよな……とかどうでも良いことを考えていた。
それにしても、二人はよく似てる……とまでは言わないが、顔の作りで兄妹だというのは分かってしまう。
美形だ。
設定年齢19歳、蟹座のB型ぐらい美形だった。
……いかん。思考が飛んでる。
「まさか、本当に別荘にいるとは。お母さんは、いったいなにを考えているんだ。いや、それはともかく、綾乃。さあ、帰るぞ」
本條さんのお兄さんが全身に怒気をみなぎらせ近付いてくるが、本條さんは逃げも隠れもしない。
それどころか、俺の前に立って矢面に立つ。
「帰りません」
「わがままを言うんじゃ――」
取り付く島もない本條さんに、本條さんのお兄さんはまなじりを決する……が、その視線が不意に逸れた。
俺ではなく、その隣のカイラさんへと。
「好きです。結婚を前提にお付き合いをしてください」
「確かこれって、表現の自由というんだったかしら」
「ちょっと違うかな……」
「そう?」
カイラさんが、赤い瞳で本條さんのお兄さんを射抜く。
「かわいそうだけどあしたの朝にはお肉屋さんの店先にならぶ運命なのね」って感じの、出荷されたブタを見るかのように冷たい、残酷な目だった。
「……傷つけるのはまずいのよね?」
「後遺症が残らない程度なら……?」
「駄目だってっ!」
うちの女性陣が過激派過ぎる。俺がイラッとする暇もない。
というか、大知少年かな?
「いや、これは僕も性急にすぎた。申し訳ない」
「謝罪はともかく、百億万年経ってもありえないのだけど……」
「そうです。それに、私は帰りません」
「冷静になるんだ、綾乃。どれだけ問題かは分かるだろう」
俺を無視して交わされる家族の会話。
だけど、ここで静観はあり得ない。
「とりあえず、中へ入りませんか?」
「割り込んでくるんじゃな……ぐっ」
なぜか、本條さんのお兄さんが怯んだ。
カイラさんが、影から殺気でも放ってくれた? 俺には感じなかったけど、指向性の殺気とかあるのかもしれない。
とにかく。理由は分からないが、今は畳み掛けるとき。
「確かに、社会的には問題があるとは思っています」
「わ、分かっているなら……」
「それでも、本條さん……綾乃は必要な女性だから」
あっさりと。
なにも考えず、なにも悩みもせず。自然と漏れ出た言葉。
自分でもびっくりする。
でも、もっと驚くべきことに、違和感はない。
ははははは。
自分から、内堀を踏み越えてしまった。
ポイント・オブ・ノーリターン。
不思議と、後悔はなかった。
「秋也さん……」
やばい。勇者の指輪してないのに、きらきらしそうだ。
えっと……。
今は、そうだ。もっと、現実的な話をしないとね!
「仮に綾乃を連れて帰って、それでどうするんです?」
「もちろん、二度と会わせないように――」
「兄さんに、そんな権利はありません」
「それ、綾乃のお母さんは承諾しているのかな?」
「お母さんなどと呼ばれる……」
反射的に反発しようとし、やっと自らの状況に気付いたようだ。
本條さんのお兄さんの顔が、紙のように白くなる。
「それどころか。勝手なことをしてって、お母様からものすごく怒られますよ?」
「なあ、綾乃。もしかしてだけど、僕はここに来た時点で……」
「ええ。詰んでるわね」
いつの間にか、もう一台の車が停まっていた。
車から降りてくるのは、本條さんのお母さん――景織子さん。
微笑んでいるのに。だからこそ、周囲を制する圧力があった。
ほんと、いつの間に……?
「お母様まで!?」
先陣を切るアレクサンドロス大王のようにこちらへ近付いてくると、まず、お兄さんではなく本條さんと視線を合わせた。
「綾乃、済ませたの?」
「なにをですか!?」
「なにって、もちろん――」
「節度は!?」
言わせねえよ!!
「避妊さえすれば、好きにしていいと言ったではないの」
それは節度って言わないんじゃないかなぁ。
というか、この話題はいけない。
「俺たちの様子を見に来たというわけじゃ、ないですよね?」
「半々と言ったところかしら」
ここでようやく、俺たちから本條さんのお兄さんへと視線を向けた。
ターゲットを変更したという意味で、まったくの不幸でしかなかったけれど。
「雅人、言いたいことは分かりますね?」
「でも、僕は……」
「勝手なことをして。私は冷静になれと言いましたね?」
「……はい」
うな垂れた本條さんのお兄さんは、力なく言葉を絞り出す。
役者が違った。
強い! 絶対に強い!
「綾乃から事情を聞こうとするのであればまだしも、一方的な押しつけをするなんて……。再教育が必要かしら」
「ひっ」
そして、本條さんのお兄さんは連行されていった。
とんでもないスピード解決だ。メルカトル鮎かよ。
残されたスポーツカーの処遇に頭を悩ましていると、本條さんがふと思いついたように口を開く。
「お母様、わざと兄さんに私たちの居場所をもらしたのでは……」
「無理やり失点を作った……ってことか」
そして、本條さんのお兄さんは見事にハメられたと。
これ、呂布に賈クの智謀が加わったようなもんじゃない?
……本條さんのお母さんとは、絶対に敵対しないようにしなきゃ。
本條さんのお兄さん攻略RTAが始まった瞬間終わった。
こんなはずでは……。