39.別荘生活の始まり
誤字報告ありがとうございます。大変助かります。
別荘。
その存在を知らぬ者はいない。
同時に、利用した者もいない。
つまり、河童とか天狗とかそんな未確認生物と同等の存在が別荘なのである。
少なくとも、俺の観察範囲内では。
しかし、ここに例外が誕生した。
「というわけで、ここからは別荘スペシャリストの本條さんの指示に従うように」
「任せたわよ、アヤノさん」
「スペシャリストではないですよ? もちろん、案内はしますけど……」
本條さんのお母さんの勧めにより、別荘へと向かうことになった俺たち。
拒否権もなにもなく、週明けすぐに出かけることになった。
通勤・通学の時間帯に特急電車のボックスシートをひとつ占領したが、迷惑ということはない。なぜなら、この車両にいるのは俺たちだけだから。
さすがは、特に観光シーズンでもない普通の平日だ。途中で乗ってくるんだろうけど、今は快適そのもの。
まあ、俺は元々満員電車とは無縁だけどね。時間的にも、方向的にも。なんなら、電車自体に乗れないまである。
……いや、あった。
今の俺は自由である。
服装だって、そうだ。スーツではなく、パーカーとカーディガンとシャツを着込み、スリムタイプのパンツという出で立ちなのである。
俺の趣味ではなくエクスのコーデだが、本條さんやカイラさんの息がかかっていないと考えるほど純真ではない。
とにかく、普段着ないタイプの服であるのは間違いなかった。
恋人ができて、突然着る服のセンスが変わった友人を思い出す。
お前、いつもは着古したトレーナーだったのに、その格好はなんだよ……って感じだ。
俺ですらこうなのだから、本條さんも制服ではない。
『チェックのチェスターコートに、ホワイトのタートルネックとフレアスカート。秋らしさを感じる、こなれたコーディネートですね』
と、エクスもテキストで絶賛だ。
かなり、説明台詞っぽいけど。
「……ついに、動き出したわね」
「カイラさん、大丈夫?」
唯一、いつもと変わらない服装のカイラさんが、がたんごとんと動き出した列車に身構えた。
「ええ、問題ないわ。私たちを乗せて移動する資格があるのか。しっかりと見極めてみせるわ」
「あ、うん。よろしく……」
俺を抱えて運ぶことに、並々ならぬ情熱を燃やすカイラさん。
果たしてこの特急電車は、ケモミミくノ一さんのお眼鏡にかなうのか。鉄道王国日本の鼎の軽重が問われるな。
ふと視線を向けると、本條さんも笑顔。
このまま穏やかに旅を楽しみたい……のだが、ひとつ気になることがあった。
「ちょっと気になったんだけど、本條さんのお母さんの中で、カイラさんはどういう存在になっているんだろう?」
「シノビは、いないものとして扱うのが常識ではないの?」
「そんな常識ないよ」
……待てよ。もしかして、ハイソサエティとは常識が違う? 今も、上流階級の間では忍者が一般的に存在しているのか。
「お母様は、とりあえず先送りにしたのだと思います」
「先送り」
窓の外からこちらへ視線を戻した本條さんは、確信を持って言った。
いいの、それで?
『優先順位の問題ではないですか?』
タブレットの中のエクスが、そう話に参加する。
「そうですね。優先順位の問題と言ったほうが正しかったですね」
「アヤノさんをミナギくんに娶らすのが最優先だったということね」
「……勢いで押されたけど、本條さんのお母さんはどこまで気付いていたんだろう?」
『そりゃ、娘がおさんどんに行ったら母親は気付くものじゃないです?』
「引き離そうとしても、いいと思うんだけど」
呂布級の味方になってくれたけど、普通はそうするよな?
「それは、アヤノさんの気持ちを考慮したのでしょう」
「……信用されてるんだな」
それ以上に、本條さんの判断を尊重している。
さらに、不思議なことに巻き込まれているのだから、俺やカイラさんの存在を排除できない。そんな打算まで加わっているから、つかみ所がない印象を抱いてしまう。
うん。なるようにしかならないな。深く考えるのはやめよう!
「朝ご飯にしようか」
乗り込む前に買い込んだ朝食。
駅弁である。
正直、コスパは悪い。コンビニ弁当ふたつ分ぐらいの値段だが、質はともかく量は比ぶべくもない。
しかし、これは旅情とセットなのである。そこに文句を付けるのは粋じゃない。
文句を言っていいのは、イカリングだと思って食べたらオニオンリングだった時だけだ。
「楽しみね」
「はい、私もです。うちの家族は、こういうのにあまり頓着しないほうなので」
「味はそこまで期待しないように」
カイラさんは釜飯。本條さんが選んだのは、オーソドックスなシュウマイ弁当だ。
「見事な容器ね」
「サンプルで並んでいたのと、同じですね。すごい」
まずは外見を楽しみ、ついで実食。
「冷めてはいるけど、なかなかね」
「シュウマイだけじゃなくて、おかずがいっぱいで楽しいです」
まあ、楽しんでくれたのであれば、それが一番だ。
俺も、流れる景色ではなく、それよりも魅力的な二人を眺めつつ幕の内弁当を味わう。
適当に選んだだけだったが、まあ、美味しかった。
「そういえば、元勇者たちには、今回のことを話したの?」
「いや、言ってないよ」
最初は、もちろん言うつもりだった。
でも、気付いたのだ。
家の風呂には水を張ったままなので、ファーストーンが使える。
向こうで設置すれば簡単に行き来ができるので、言う必要もなかったという。
「携帯の電波が届かないというオチもなさそうなので、安心して遠出できるね」
「さすがに、そこまで山奥ではないです」
『エクス的にも助かります』
だよな。わりと死活問題だよな。
「向こうに着いたら、周囲を確認しつつゆっくりするしかないもんな……」
「そうですね。私も、ゆっくり本を読みます」
なんて話をしたり、途中で軽く眠ったりしつつ降車駅に到着。
「さすがに、この電車には勝てそうにないわね」
「納得してくれた良かった」
「さらに修練を積まないと」
「ポジティブだなぁ」
カイラさんも降参した特急電車から降りた俺たちは、一緒に改札を目指した。
必要な物資は《ホールディングバッグ》の中だが、怪しまれない程度にバッグも持っている。
旅行準備ということで、延び延びになっていた本條さんの《ホールディングバッグ》も購入した。
といっても旅行鞄ではなく、青くてシンプルなトートバッグだ。値段も、わりとお手頃。
逆に言うと、女子高生が持つにはちょうどいいのかもしれない。
まあ、本人的には――
「最低でもA4サイズは譲れません」
――と、収容量重視だったようだが。異世界での用途を考えると妥当ではあるのだけど、それでいいのかなと思わなくもない。
本條さんらしいけどね。
そんなこんなで、降りた駅でレンタカーを借り、エクスナビで目的地である別荘への道を進む。
途中スーパーに立ち寄って昼と夜の食材を購入したりしたが、基本的に危なげない運転だったと思う。
運転は久々のペーパードライバーだったが、意外となんとかなるものだ。
今なら、アスラーダにドライバー登録されてもやっていける。無理だ。俺はブラジルのコーヒー農園へ行く。
「この自動車? なら、私でもなんとかなるわね」
「乗り物は対抗心を燃やす対象じゃないよ?」
とか楽しい会話をしつつ、特にトラブルもなく本條さんの別荘に到着した。
事前に聞いていた通り、近くに他の家はない。
だが、遺産相続を巡って殺人事件の起きそうな洋館というわけでもなかった。
大きさは、普通の一戸建てより一回り大きいぐらい。
だがしかし。
なんか、一般人が住む家とはセンスが違うの。こう、外観がね。違うの。
普通の家が工場で大量生産されたマスプロダクツなら、こっちは朝が早い職人が一個一個丹精込めて作り上げた芸術品なの。
「これが、別荘……実在していたのか……」
「秋也さんも家族旅行に行きますよね?」
「まあ、遙か昔の話だけど」
「そうしたら、宿に泊まりますよね?」
「そりゃね」
「それと同じです」
いや、そのりくつはおかしい。
だけど、本條さんにとってこの別荘はホテルや旅館に滞在するのと変わらないのだ。
その証拠に、続く言葉はストレイツォぐらい容赦ない。
「本さえ無事なら、建物は壊しても焼いても構いませんので」
確かに、俺も館は燃えてなんぼだと思うが、リアルでそれは避けたいところ。
メフルザードのときは上手くいったが、今度はさすがにガス会社のせいにはできないだろう。
「壊す前に、保険の確認をしておいたほうが良さそうですね!」
「ああ、それはその通りです」
「とりあえず、蔵書は本棚ごと《ホールディングバッグ》に移動させておこうか」
「……あっ、そんなことも可能なんですね」
「《ホールディングバッグ》の容量拡張したからね」
「書庫が持ち運べる……夢のようですねっ!」
それ、こっちのテクノロジーでも可能なんですよ、電子書籍っていうんですけど。
まあ、紙の手触りとか製本技術を愛でるという気持ちも分からないでもないから言わないけど。
そんなこんなで、本條さんに鍵を開けてもらって別荘の中へ。
シャンデリア……とまではいかないが、キラキラの照明がお出迎え。
事前に頼んであったのか、綺麗に掃除されている。ほこりっぽさなんか欠片もない。あと、玄関もむっちゃ広い。
「なんなら、玄関に住めるな……」
「それはさすがに……」
「屋根がなくても、どうにかなるものよ?」
上には上がいたわ。
「オーナー、玄関にたむろしてても仕方ないですよ」
「そうですね、向こうがリビングです」
本條さんに案内された巨大な窓のある広いリビングは、これまた広いウッドデッキにつながっている。
雄大な山々が望め、その先には富士山も見えた。
「本を守るため、ここ以外はあまり光が入らないようになっています」
「さすが」
きらっきらで住む世界が違うと思わせつつ、ビブリオマニアっぷりで俺を引き戻してくれる。ありがたい。
他、整備された寝室とか無駄に広いお風呂とか綺麗な台所とか。
地下全体を使用した書庫とか。
夢のような設備を確認した……のだが。
「秋也さん、思ったんですけど」
「私も気付いたわ」
「二人ともか」
リビングに戻ってきた俺たちは、顔を見合わせた。
困惑に近いが、ちょっと違う。感覚を共有して、それを面白がっている感じ。
「これ、あっちにいるときと同じだ」
初めてのお泊まりは、すでに終わっていた。
もちろん世界は違うのだが、この三人とエクスというのは変わらないんだよなぁ。
リディアさん?
あの吸血鬼は……ね?
「親公認になったというのは違うと思いますよ?」
「そうなんですけど、逆に焦りがなくなったといいますか……」
「なるほど。余裕のキープというやつですね」
「キープではないです。本命です」
いや、そこそんな必死に否定しなくても。
「本命ですからね」
「あ、うん。ありがとうございます」
そんな感じで、俺たちの別荘生活は始まりを告げた。
別荘の話から、マリみての子羊たちの休暇につなげて、
いかにレイニーブルーからパラソルをさしての流れが素晴らしいか語ってもらおうかと思いました。
が、ラーメンの時みたいな怪文書になるのでやめました。