37.分割するべき困難が向こうからやって来ることもある
結局、本條家へのご挨拶はペンディングとなった。
要するに、天の時・地の利・人の和が満ちていなかったのだろう。
そもそも、こっちにいる限りヴェインクラルと遭遇する心配はない。であれば、急ぐ必要もなかったのだ。
そう、俺は急ぎすぎていた。焦っていたと言ってもいいだろう。
少し考えれば分かる。
異世界のこと抜きで俺と本條さんの関係を説明しようとすると、無理が出る。
それでいて、異世界のこと自体が非現実的。
冷静になると、いくらなんでも問題が重なりすぎだ。
困難は分割せよと、デカルトと二階堂蘭子も言っている。
それなのに、俺は完全に浮き足立っていた。
その結果としてのペンディング。
残念なような安心したような。とんだ、けっきょく南極大冒険だ。
微妙な表情でカラオケボックスを出たあと、カイラさんには本條さんをタクシーで送ってもらった。
そして、絶対に領収書をもらうように念押ししたエクスとともに、俺は自宅アパートに戻っていた。
宅見くんの件も解決していないし、なんとも徒労感を憶える。
なので、俺はベッドでソシャゲを起動していた。
「オーナー、エクスはプレゼン資料を作っていますね」
「プレゼン? 誰にプレゼンするんだ?」
「綾乃ちゃんのご両親に異世界のプレゼンですよ」
「あー……。ないよりはあったほうがいいか……」
ちらりと、そんなアプリ入ってたっけと疑念を抱いたが今さらだろう。
エクスなら、その程度どうとでもなる。
俺のエクスは最強なんだ。
というわけで、俺はソシャゲに戻る。なお、ソーシャル要素はほとんどない。あっても困るから、別にいいんだが。
単純な周回なら《シャドウサーヴァント》にお任せすることもできるが、シナリオもあるイベントなのでそうもいかない。
しかし、退屈だ。
といっても、異世界で冒険したからゲームがつまらないというわけじゃない。それは別腹だから。サッカー選手だって、サッカーゲームやったりするしね。
まあ、ゲームのキックを現実でもやってキャプテンにガチギレされるのはローマの王子様ぐらいのもんだろうけど。
なにが退屈かというと、単純にシナリオが面白くないのだ。
唐突だが、ゲームに限らずアニメや小説の面白さを感じるのはどの辺だろうか。
魅力的な世界設定か。
起伏のあるストーリーか。
やり甲斐のあるゲーム性か。
いずれも重要だが、俺は一番大事なのはキャラクターだと思う。
キャラクターというのは、その作品に触れるためのインターフェイス。いわば入り口となる存在だ。
そして、人は感情移入した対象に思い入れができる。思い入れがあると、大抵のことはより面白く感じられる。
競技そっちのけで選手のバックグラウンドばっかり伝えようとするスポーツ中継も、絶対悪とまでは言えないのだ。
もちろんキャラクターがすべてではないが、キャラが微妙だと入り口に立とうとすら思えない。そうなったら、その先にいくら面白い要素を並べても無駄。
その意味で、今やってるソシャゲのイベントは企画段階で問題だ。
大元の作品のスピンオフで始まったソシャゲの、さらに従来のキャラクターと直接関係のない新キャラメインのイベントとかどう楽しめばいいんだ?
画面の向こうでは残酷な運命に翻弄され盛り上がっている風だが、俺の心はひたすら凪ぎ。
勝手になんかやってるな、という以上の感想が出てこない。しかも、従来のキャラクターと将来的に敵対するらしいじゃん。
どうでもいいわ、そんなん。
……これたぶん、俺たちと本條さんのご両親との温度差と同じだよなぁ。
もうひとつの現実に耽溺するためのゲーム中に、現実を意識してしまった。しかし、一度気付いてしまったら思考は止まらない。
俺たちはいろいろ経験してきて、行動にも決断にもちゃんとした理由がある。けど、ご両親にはそんなもん関係ないんだもんなぁ。
高校生の娘がアラフォーの男を連れて来て、別荘を使わせて欲しいと言う。
これがすべて。
うん。無理。カイラさんが魅了を用意したくなる気持ちも分かる。
こりゃ、ちゃんと準備して挑まなくちゃ終わるわ。最低でも、本條さんのご両親に会う前にどんな人か知っておきたいところだ。
「おわっ」
「オーナーどうしたんですか?」
「ああ、着信来て驚いただけだ」
これが会社からの連絡とかだったら気づかなかった振りをしてやり過ごすところだが、ちゃんとした知り合い相手にはそうもいかない。
いや、もう深夜に会社から呼び出されてタクシーで出勤なんかしなくていい身分なんだが。
っと、出なきゃ。
「はい、皆木です。宅見くん、どうかした?」
「……皆木さん、お時間いいでしょうか?」
「ああ、うん。もう家に戻ってるよ」
着信は宅見くんから。
別れたときの抜け殻のような状態からは、回復しているように……どうだろうなこれ? 声に張りは戻ってるけど、表情が分からないから何とも言えねえ。
「僕は、どうしたらいいと思います?」
「いきなりだな」
シリアストーンに、俺はベッドから起き上がった。
寝っ転がりながら対応できる話じゃなさそうだ。
「なんかもう、僕はなにをして、なにをしたらいいのかよく分からなくて……」
「混乱するのも無理はない。いや、当然の状況だよな」
たぶん、いくつかビデオレターを作ろうとしてドツボにはまったんだろう。
ちょっとミスったな。
ここはちょっと話を変えよう
「そういえば、アイナリアルさんってどんな人だったんだ?」
「アイナですか……」
ちょっと露骨だったかもしれないが、電話の向こうで宅見くんが考え込む気配がする。きっと、そういう説明もしていなかったことを思い出したんだろう。
「アマルセル=ダエアというエルフの王国があったんですが……」
「ああ、ダエア金貨の」
「その国が邪神の一柱に狙われて……」
「滅んだの?」
「いえ、返り討ちにしたんですが」
パネェ。
「でも、その余波でその土地から退去を余儀なくされて……その逃避行の途中で出会ったんです」
「大変なときに出会ったんだな」
「だからか、最初は結構、当たりが強かったですね。大知や夏芽とはよくぶつかってました」
「……そうなんだ」
危ない危ない、ツンデレエルフって言いそうになっていた。
リアルだぞ。自重しろ、皆木秋也。
「でも、一緒に旅をしていくうちに、お互いの良さも見えてきて」
「ほうほう。それで、惹かれ合っていったと。どんなところが?」
「格好良いっていうと、あれですけど……。人として尊敬できるというか、他人にも厳しいけど自分にはそれ以上に公正なところがですかね……」
となると、ララノアからあざとさを抜いて、凛とした感じを足したような感じ?
ツンデレでエルフの姫騎士みたいな?
……やるじゃない。
「やるなぁ」
「なにがですか、唐突に」
「でもほら、そんなアイナリアルさんと両思いだったのは間違いないんだろう?」
「それは……。そうだったと思います。でも、お互いに離ればなれになることは覚悟していたので」
悲恋。
分かっていても、愛さずにはいられない。
これが若さだよ。
……と、ここまでならそれで済むんだけど。
どっから出てきたんだ、子供。
「今の話を聞く限り、嘘を言ったりする人じゃなさそうだけどなぁ。いっそ、はっきりするまでビデオレターはなしにする?」
「……いえ、もう少し考えてみます」
「そっか。一人で考えてどうしようもなくなったら、またいつでも連絡して」
「ありがとうございます。……助かります」
最初よりは元気な声で、宅見くんは電話を切った。
お互い、大変だな……。
APは残っているが面白くないソシャゲに戻る気にはなれず、そのままベッドに倒れよう……としたところで、リビングにいるエクスから声がかかる。
「オーナー、カイラさんが帰ってきたみたいですが……おかしいですね。反応が三つあります」
「三つ? 大知少年と夏芽ちゃんと一緒になったとか?」
「違います。それに、綾乃ちゃんがいるんですよ」
エクスも俺も困惑を隠せない。《オートマッピング》で確認してるんだろうから正確な情報のはずだが……。
本條さんが戻ってきて、他にもう一人知らない反応?
とりあえず、タブレットを持って玄関へ。少しして呼び鈴が鳴ったため、用心しつつ扉を開く……と。
そこには、困惑するカイラさんと本條さん。
それに、見知らぬ女性がいた。
……誰?
「なるほど。アナタが、綾乃のお相手ということね」
「あ、はい……。もしかして……」
「あら、ごめんなさい。綾乃の母の景織子よ。上がってもよろしくて、皆木秋也さん?」
紫式部が現代に来たらこんな感じかな。
本條さんのお母さんは、そんな女性だった……。
なるほど。似てると言えば似てる……。
「ああ、いや。狭いところですが、どうぞ」
「失礼するわね。ほら、綾乃。ぼーっとしてないでお上がりなさい」
呆然と彼女を家に上げ……途中で我に返った。
……え? これ夢じゃなくて現実?
●次回予告
お願い、死なないでミナギくん! あんたが今ここで倒れたら、宅見くんやヴェインクラルとの約束はどうなっちゃうの?
ライフはまだ残ってる。ここを耐えれば、本條さんのお母さんに勝てるんだから!
次回、「城之内死す」。デュエルスタンバイ!