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32.酔いつぶした後に

「……なんか、おにーさんたち、さっきから怪しくないですぅ? ボクにしてますよね、隠し事」

「そりゃ、あるさ。隠し事のひとつやふたつ」

「ぶーぶー。そういうことじゃないですぅ。おにーさん、分かって言ってますねぇ?」


 ……どうしよう。

 伝えるべきか、否か。考える時間が欲しい。切実に。


「ままま、落ち着きいや。ミナギはんは良識に囚われて動けなくなる系へたれやけど、悪人ではないで。むしろ、悪人になって思うままに振る舞ったほうがいいまであるな」

「フォローするのか、けなすのか、どっちかにしない!?」


 俺が盛大にツッコミを入れている隙に、リディアさんがさりげなくエスコートウルフをララノアのグラスに注ぐ。


 あうんの呼吸が生み出したコンビネーション。カイラさんと本條さんがうなずいているのは納得いかない面もあるが、とにかく時間を稼ぎたい。


「むう……。納得いかないですけど、ここは貸しにしてあげますぅ」


 と不機嫌そうに言って(たぶん演技だと思うけど)、グラスを干した。

 リディアさんの片眼鏡(モノクル)がきらりと光る。


 あ、これ、酔うだけじゃなくてなんか混ぜてあるやつだ。


「ふああ……。ここまで急いできたせいか、眠くなってきました……」

「おっしゃ。うちがベッドに案内したろか」

「だめです、まだ返事を……」

「行くよ。里には行くから、一旦休もう」

「分かり……ました……絶対ですよぅ?」


 眠気が限界に達したララノアが、リディアさんに手を引かれて退場していく。


 頬が桜色に上気し、たどたどしく歩くところがちょっとかわいい。たぶん、枕草子にも書いてある。

 清少納言センパイは、歯が痛くて涙目の幼児に萌えを見いだす超上級者だからね……。


「いやぁ、この展開はエクスも予想していませんでした」

「軍師失格?」

「むしろ、見落としをしてこその軍師という気もします」


 海のリハクと呉先生に謝ろう?


「しかし、まさかこんな近所にいるとはな……」


 ララノアがリディアさんと一緒に消えていった扉のほうを見ながら、俺はつぶやいた。

 ネトゲとかVRMMOもので、知り合いがみんな近所にいるご都合主義展開みたいだ。


「作為があるのでしょうか?」

「だとしたら、運営かな」


 俺とエクスの転移先がこの辺だったのも、ただの偶然じゃなかったのかもしれない。


「その作為に、私は感謝しなくてはならないわね」

「……なるほど」


 それもそうか。

 カイラさんと出会ったのは、完全に偶然だもんな。


「運命的ですね」

「そ、そんなに大げさな物ではないわよ。それに、アヤノさんこそ自ら運命をつかみ取ったことになるではない」

「それこそ大げさですよ」


 カイラさんと本條さんが、俺との出会いを褒め合っている。

 ちょっと居心地が悪いな、これ。


 そんな大したことしてないからね!?


「エクスは、単に面白くなりそうな場所に送り込んだだけという気がしますけど」

「たぶん、それが正解だな」


 まあ、運営の意図をあれこれ考えても意味はない。

 結婚祝いにベッドとムーディなランプを贈ってくる運営の意図なんかな。


「とりあえず、どこまで話すか……だな」

「どうせ知られることですから、最初に話してしまっていいのではないでしょうか。預かっているメッセージも、先に見てもらったほうが面倒もないのでは?」


 本條さんは、積極的に情報を開示していく派だ。

 誠実さという観点では、それが一番なのだろうが……。


「依頼人に確認もせずに、本人以外に見せていいものかしら?」


 コンプライアンス的な観点から、カイラさんが反論を口にした。


 これで、俺の左右から意見されている状態でなければ、モアベターだったんですけどね……。


「日本に戻って、先に報告を……というのはありだな」


 ビデオメッセージの内容は見てないけど、子供とかいない前提だろうし。もしかしたら、ものすっごい地雷になっている可能性もある。


「でも、今のところ確定ではないのよね」

「言われてみれば、状況証拠だけか……」


 宅見くんの探し人と同じ名前のエルフの長老。

 ララノアは彼女の孫娘で、父親が客人(まろうど)……日本人の血を引いている。


 十中八九間違いないだろうが、絶対とは言えない。


 むしろ、大失敗(ファンブル)率5パーセントを出すのがTRPG者である。


「地球へ戻るかどうかの参考に、収支をまとめてみましょうか」

「先立つものがないと……だな」

「まずは、出費からですね」

「確か、メフルザードと戦う前は、2万個切ってたんだっけ?」


 一時期は石50,000個を越え立派な大名だったはずが、石8,000個の《ポーション効果遅延》に初回半額25,000個だった《ランダムボックス》も購入したからね。


「《ホームアプリ》も3回使用していますし、その分もあります」

「……戦闘中の石消費してマクロ強化とか、わりと誤差だな」

「なので実は、今のところ石は6,660個しかなかったりします」

「マジか」


 あれ? 帰ったら戻ってこれなくない?


「もっとあると思ってた……」

「エクスは気付いたのです。オーナーに正確な石の数を知らせると、命がかかった場面でもけちりそうだなって」

「さすがにそれは……ありますね、はい」


 左右から伝わる重圧に、俺は反論を封じられた。

 実際やりそうなので、元々反論なんかできないという説もある。


「まあまあ、そんなにしょげないでくださいオーナー」


 そんな俺に、エクスが慈母のごとき笑みを浮かべる。

 後光のエフェクトまでつけて。


「メフルザードやスタンピード分の魔力水晶を、まだ《マナチャージ》していないだけですから!」

「上げて落とすとは、さすがエクスだぜ!」


 やけくそ気味にテンションを上げてみる。

 空元気も元気って、後藤隊長も言ってたし。


「一番大きな魔力水晶を除いて、メフルザード一体で2,600ほどでした」

「ああ。そうだった。となると、超巨大半魚人(ダゴン)も、同じぐらいは期待できるな」

「綾乃ちゃんが使った分が300ぐらいありますけどね」

「マクロの強化に比べたら、大したことないじゃん」


 それでも、すぐに5,000個ぐらいは確保できるわけだ。


 そして、この程度はまだ序の口。


「まだ冒険者ギルドで計算中だけど、スタンピード分は微少(タイニィ)だけで2万から3万はあるそうよ」

「おお、それはすごい」


 交渉はカイラさんにお任せだが、それだけで充分に元は取れている。

 もっとも、ある意味で乱獲したようなものなので、今後も同じペースで入手できるとは限らないのだが……。


「とりあえず、巨大(ヒュージ)な魔力水晶には手を着けずになんとかなるか」

「このままずっと死蔵しそうですけどね」

「いつか一気に取り崩して、《中級鑑定》を買ってやる」


 まだ諦めてないからな!


「エクスは、現金化して結婚資金になるほうに賭けますけど」

「ぐぬぬ……」

「大丈夫ですよ、秋也さん。私たちが稼ぎますから」

「そうよ、任せて」

「あ、うん……」


 ヒモ化のプレッシャーはまだ終わっていなかった。

 理解がありすぎるのも、逆に困るね……。


「とりあえずだ」


 気分と話題を入れ替えるため、わざとらしい咳払いをしてから続けた。


「往復できるんなら、宅見くんに中間報告しておいたほうがいいよなぁ」

「そう……ですね。ぬか喜びになってしまう可能性もありますが……」

「クライアントの意見を聞く前に勝手に進めるのも問題よ」

「エクスとしては、孫娘までいるって聞かされるほうが問題だと思いますけどね」


 今までで、一番説得力のある意見だな。


 ぶっちゃけ、俺がその立場だったら……精神崩壊しそう。暑っ苦しいなココ。ん……出られないのかな。おーい、出して下さいよ……ねぇってなるわ。


「血がつながっているんです。きっと、写真を見れば分かってくれると思います」

「なるほど」


 親子の絆……今回は、祖父と孫か。まあ、その辺の絆的なものにはわりと懐疑的だが、証拠写真の一枚ぐらいは必要だろう。


「でも、寝顔はまずいよな」

「ふふふ。オーナー、このエクスに抜かりなしですよ。食事中の写真をバッチリ撮影済みです」

「さすが」

「SNSでバズらせるまであります」

「それはやめよう?」


 肖像権は大切に。

 合成って叩かれて、炎上しそうだし。


「じゃあ、ララノアへ説明する前に地球へ戻って宅見くんに話をする……ということでいいかな?」

「はい」

「異議はないわ」


 本條さんとカイラさんが賛成してくれたことで、方針は決まった。


 起きてこられても面倒だから、冒険者ギルドに行って受け取れるだけ石を受け取って、すぐ地球へ行くか。《ホームアプリ》の時間が経過しない仕様はめっちゃ便利だ。


 やっぱ、次の強化チケは《ホームアプリ》の石減少にしようかなぁ。こういうことが起こると、もっと気楽に往復したくなる。


 それはともかく、


 宅見くんに孫がいるとか、どう考えても大惨事。大知少年や夏芽ちゃんには、絶対に知られるわけにはいかないな。気をつけよう。

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