31.意外なつながり
●今週の魔界標語
・ちょっと待って。その粛正は本当に必要? 有為な人材を排除していませんか?
・部下の功績を忘れないで。いつも心にバーン様を。
・よく考えよう。あれだけの質量が凝縮されたのだ……は負けフラグ。
・シャミ子が悪いんだよ……は、普通に言ってる。ただ、本編に書かれてないだけで。
「……そうか。大変だったんだな」
心の中で魔界標語を捏造し、俺はなんとか心の均衡を保つことに成功した。
「まったくもうですよ、まったくもう。心がぜんっぜんっ、こもってないじゃないですかぁ。もっと愛を込めて、ボクをたたえてください」
「おかしいな。これでも、精一杯込めてるんだが……」
「最大値低すぎですよぅ」
ララノアが、頬をふくらませてじたばたと抗議する。
相変わらず、あざとい。
「もう、ここを訪れるだけで大変だったんですからねっ」
「確かに、街の中心からは離れてるけど……そんなに?」
ララノアは空いているソファにどんっと座って、憤懣やるかたないと抗議を続ける。
「そういう意味じゃないですよぅ」
では、どういう意味なのか。
それは、なにも言わなくてもララノア自身が説明……してくれなかった。
「あ、ご飯中でしたか。一緒してもいいですか?」
「大したものではないですが、どうぞ」
素早く復活した本條さんが、甲斐甲斐しく食器を並べていく。
ついさっきまで、俺に甘えていた女子高生と同一人物には見えない。
なんだかんだと、リディアさんのエスコートウルフは簡単に酔いが醒めるようになっているのかもしれないな。
「あ、この炒め物シンプルだけど美味しいじゃないですかぁ」
「ベーコンのいいのがあったんですよ」
「隠し味程度のショウユもいい感じ……あ、ワインもいいやつですぅ」
遠慮なく飲み食いするエルフ。
……満足したら帰ってくれないかな?
「オーナー、何事も諦めが肝心です」
「そこで試合終了なのに……」
「ぷふぁ……。もう、ボク、ここに住みますぅ」
「ふっ。この屋敷に住むには、ミナギはんの性奴隷にならなあかんのやで? あんさんに、その覚悟があるんかいな」
「世間体ぃぃぃぃっっっ!!」
ララノアが、引きつった顔で肩を抱いているのがムカつく。それ絶対演技だろ。
「初めてだから優しくしてくださいね、おにーさん」
「まあ、そんな冗談は置いといて、家に来るのが大変ってなにがあったんだ?」
「えー? スルースキル高すぎません?」
ここでスルーできなかったら、あとでどんなことになるか。
ちょっと本気で怖くなったので、俺もワインを喉の奥に流し込んだ。酒! 飲まずにはいられないッ!
「まず、あれですよ。冒険者ギルドに、おにーさんの家の場所を聞きに行ったら、軽い尋問食らいましたよぅ?」
「なんでさ」
いや、ほんとなんでだよ。
これじゃまるで、うちが重要拠点みたいじゃないか。
「目的とか背後関係とか、洗いざらい話をさせられましたよぅ。まったく表情が変わらない男の人に」
「マークスさんか」
ギルドマスター自らなにやってんの!?
うちのことを気にするより、もっと他に仕事あるでしょ?
「無駄に面会希望が多いらしいから、基本的に仲介しないように頼んでいるわ」
「もしかして、盗賊ギルド経由でも同じことをされているのですか?」
「ええ。家令として当然の仕事をしたまでよ」
「そうなんだ……」
そういや、カイラさんが家令だか執事だかやるって設定もあったっけ。
……既成事実が成立した瞬間に、立ち会った気がする。
「逆に、ここまでくるとよく教えてくれたなぁ」
「お土産にもらったお酒の空き瓶を見せたら、とりあえず信じてくれました」
「なるほど」
通行手形としては微妙なところだが、珍しいだろうしな。ラベル漢字だし。
俺の知り合いという説得力はあるか。
「ついでに、おにーさんとビジネスの話があるから教えてくれないとひどいですよって脅したりもしましたけど」
ぺろっと舌を出してウィンクするララノア。
エルフであるという希少性が後押ししたんだろうが……あざとい。
実にあざとい。
「事前に話を通しておけば良かったな……」
主にというか、120パーセントマークスさんのために。
「いえいえ、こっちも予定より早くきてしまったわけですしぃ。このお料理で手を打ちますよ?」
「どんどん食べてくれ。本條さんお手製だから、めちゃくちゃ美味いぞ」
「味の濃いお料理がお好みでしたら、こちらのマヨネーズも試してみてください」
「伝説のマヨネーズ……実在していたんですかぁ……」
伝説なのかよ。
マヨネーズ無双したのかよ、俺のセンパイたち。
とりあえず、餌付けすればなんとかなりそう。
あとは、たらふく飲ませて中庭は見られないようにしないとな。
「それにしても、このグラス。かなりいいものじゃないですぅ? これも売り物ですか?」
さっそく、ログインボーナスに気付きやがった。渉外担当だけあって、目ざといな。
「あら、グラスが空いているわね」
「えへへ。これは、どうもです」
「濃かったら、こっちの水で割ってもええで」
俺の意図に気付いてくれたカイラさんとリディアさんが、積極的に酔いつぶしにいく。
でも、話を聞く前にべろんべろんにされても困るんだよな。
「食べながらでいいけど、そろそろ事情を聞かせてもらえるとうれしいんだが」
「確か、中堅世代は反対するだろうけど、より上の世代と一緒に説得できるという話でしたよね?」
「それが、予想外のことが起こったんですよぅ」
グラスを置いたララノアが、憤懣やるかたないとマヨネーズをたっぷり載せた鶏の唐揚げにかぶりつく。タルタルソースじゃないんだけど、まあ、いいか。
ちなみに、グラスには即座にカイラさんがワインを注いだ。さすがニンジャ。
「ああ、味が濃くていいですぅ。それを、それなのに……」
「予想外ってことは、昔のエルフ文化を知ってる世代が反対したとか?」
「まさにですよぅ!」
玻璃鉄のワイングラスを一瞬で空にし、ララノアは続ける。
「よりにもよって、最長老のおばあちゃんが反対するなんて予想外もいいところでした……」
と、いきなりテンションが下がって、カルパッチョにマヨネーズかけて食べ出した。
マヨラーを生み出してしまったのか? なんて罪深い……。
「そうですか。ララノアさんは、そのおばあちゃんが大好きなんですね」
「はっ? え? そ、そんなんじゃないですしぃ?」
本條さんの思わぬ指摘に、目に見えてあたふたし出すララノア。
ははぁん。なるほどねぇ……。
「もしかして、和食復活ってそのおばあちゃんの為だったりするのか?」
「そ、そんなことありませんし? 全部、ボクが美味しいものを食べたいからですしぃ?」
「せやな」
リディアさんが優しく微笑みうなずいた。
ぶっちゃけ、それは《とどめの一撃》だった。見えてさえいれば届くわ。
「分かってるなら言わなくていいんですぅ。デリカシーがないんですから、デリカシーがぁ」
「別に、そんな恥ずかしがることないのに」
「ううう……。うううううう……」
せっかくフォローしたのに、ララノアは涙目でうなっている。
あんまりあざとくはないが、なんかこう、いつもよりも可愛い。
といっても、カイラさんや本條さんとは全然違うベクトルで、だけど。
「というわけで、ちょっと里に来てアイナおばあちゃんを一緒に説得して欲しいんですぅ」
「最長老は、アイナさんっていうのか」
お兄さんがアプサラス作ってそうなエルフだな。
……うん?
エルフで、アイナさん……。どこかで、聞き憶えが……?
そのとき、カイラさんと本條さん。二人と目が合った。
「秋也さん、もしかしたらなんですけど……」
「ええ。私も、そう思うわ」
「なんやなんや。エクスはんまで、そういう展開ですかってなるほど顔して、ウチの知らないなにを知ってるん?」
「そこは、オーナーが謎解きしてくれますよ」
いきなり探偵役に任命されてしまった。
お偉いさんの兄とかいないんだけど、大丈夫だろうか?
「そのアイナおばあちゃんって、もしかしてアイナリアルさんっていったりしない?」
アイナリアル。
宅見くんからのメッセージを届けるべき相手。
そうは言っても、まさかそんな偶然が……。
「……どうして、おにーさんがアイナおばあちゃんの名前を知ってるんですぅ。野を馳せる者の長老だって知らないはずですよ」
あった!?
だが、俺はララノアには答えない。
まだ、そうと決まったわけじゃない。単に同じ名前のエルフかも知れないじゃないかと、冷静さと慎重さを保つのに忙しかったからだ。
そうなると、聞くべきことがある。
「ちなみに、ララノアとそのアイナさんって本当に血がつながってたり……?」
「はい、そうですけど。それがなにか?」
事情を知らないリディアさん以外が目を見開く。
待て。落ち着け。確定じゃない。
「もうひとついいかな?」
ニーナとアレキサンダーどこに行った?
――ではなく。
「もしかして、ララノアって人間の血が……」
「よく気付きましたね、おにーさん。ボクのお父さんは勇者の血を引く、いわゆるハーフエルフですよ」
確定だーーー。
このあざとエルフ、宅見くんの孫娘だったーーー。
●今月の冒険者ギルド標語
・油断するな。迷わず攻撃しろ。魔力を切らすな。勇者に手を出すな。