30.身内だけの祝勝会
スタンピードの収束から数日。
もはや地球の自宅アパートよりも住み慣れた感のある屋敷のリビングで、宴が始まろうとしていた。
身内だけにもかかわらず、テーブルの上には本條さんお手製の料理の数々や、ワインなどが所狭しと並べられている。
あと、《ホールディングバッグ》に残ってた缶詰とかも、ちらほらと。
「それでは、身内だけですが祝勝会を始めましょう!」
飲み食いできない代わりというわけではないだろうが、タブレットから飛び出たエクスが場を仕切る。
それに異存はないけど、その「あんたが主役」タスキって本当に必要だった?
「まずは、今回のMVPであるリディアさんから一言どうぞー」
「うわっはっは。ウチを大いに讃える会にようこそようこや」
「これ、《トランスレーション》頑張りすぎだろう」
「原語が気になります……」
隣に座る本城さんと、思わず顔を見合わせた。
陽子の陽は太陽の陽じゃないんだぞ。はい。
「では、続いて乾杯ですね。乾杯と言ってグラスを飲み干したら、床にたたきつけてグラスを割ってください」
「後始末が面倒だからやめよう?」
自由惑星同盟最後の年に乾杯したくなるし。
「これ、玻璃鉄のグラスだから割れないわよ?」
「ファンタジー金属だったのか……金属? 強化ガラス?」
空気を読んだように出てきた今日のログインボーナス――目の前のグラスセットが、そんな不思議アイテムだったとは。びっくりだ。
「……オーナー。割れないのであれば、逆に床にたたきつけてもいいのでは?」
エクスは訝しんだ。
いや、そのりくつはおかしい。
「とりあえず、乾杯だけは済まそう。料理が冷める」
「私は未成年なので、ジュースで……」
そう遠慮がちに言う本條さんに、対面に座るリディアさんがにやりと笑った。
片眼鏡がキラリと光ってるし、端から見ると完全に不審者だ。
「そうなると思うてやな、ウチは考えたんや」
「おっ、絶対にろくな考えじゃないな」
絶対だ。このカシオミニを賭けてもいい。
「その悩みは山より低く、海よりも高い」
「逆だよ、逆」
「あるいは、夜も眠れず昼寝するぐらいやった」
「吸血鬼的に普通のライフサイクルだよね?」
しまった。律儀にツッコミを入れてしまった。
「つけあがるからスルーしようと思ってたのに」
「ミナギはん、たまに辛辣になるのなんなん?」
真顔に戻ったリディアさんから抗議を受けるが、通常対応としか言い様がない。
「優しい対応が望みなら、カイラさんや本條さんを見習うべきかな」
「そっかー。やっぱ耳か? それとも顔か?」
「他にもっとたくさん、いいところあるから」
俺が不用意な発言を後悔する間もなく、両隣のカイラさんと本條さんがきらきらし出した。
そう、今回もソファに三人掛けである。
リディアさんから見ると圧迫面接スタイルだが、むしろプレッシャーを掛けられているのは俺である。
解せぬ。
「かーっ。もうええわ。今回、ウチが用意したのはこれや!」
と、ワインの瓶をドンッとテーブルに置いた。
「酒と違うて、毒はない。それどころか、無味無臭や」
「それは水なのではないですか……?」
本條さんのもっともすぎるツッコミに、リディアさんはちっちっちと人差し指を振る。
「しかして、希望せよ。こいつは酒のように酔える魔法の水や。仮に、エスコートウルフと名付けようか」
「それ、送り狼になるやつじゃん」
「果実の絞り汁とかを割るのに使うとほろ酔い加減が味わえるで」
川神水かな?
「なんや、そっちにも似たようなのがあるんか。さすがは英雄界やな」
「フィクションだよ、フィクション」
「人が思いつくことは、いずれ実現することやな」
「いいことを言っている雰囲気だけはすごいな……」
やってることは、愉快犯のマッドサイエンティストなのに。
「安全にお持ち帰りできる夢のアイテムやで?」
「犯罪だろ、それ」
「一緒に飲みに行った時点で同意と見てよろしいやろ」
駄目に決まってるだろうが。ロボトルファイトじゃねえんだから。
「それ、料理に混ぜることもできるわよね?」
「そりゃ、無味無臭やもん当たり前……おやぁ?」
やっと気付いたか、このマッド創薬師。
「まあ、身内で同意を得て飲む分にはええやろ。二日酔いにもならんし」
「……そうですね。酔うという感覚に、少し興味はあります」
「本人がそう言うなら……」
雲行きが怪しくなったら、《覆水を返す》で浄化しよう。本当にただの水になったエスコートウルフを飲ませて、「本條さんってお酒強いんだね」と適当にごまかす作戦。
俺は、そんな視線を相棒へ送る。
(エクス、その牌鳴けるか?)
(了解ッス!)
と、あのポーションを使わなくとも、俺とエクスはグランとルリアぐらい一心同体だ。たまに設定忘れて、離ればなれになったりもしない。
エクスと離ればなれになったら、たぶん俺は生きていけないので。
「じゃあ、無事スタンピードを切り抜けられたことを祝して」
「乾杯」
「乾杯です」
「乾杯や」
グラスを合わせて、みんなで杯を干していく。
その中で微妙な表情を浮かべているのは本條さんだ。
「……無味無臭なので、味は変わりませんね」
「そりゃそうだ」
お酒の味を楽しむのではなく、単に酔うだけが目的になるんだよな。
「完全に無味無臭じゃアカンかぁ……」
「それもう普通にお酒でいいのでは?」
「でも、一人だけ酔えないのは寂しいのでうれしいです」
「酔うって、酔いつぶれるってことじゃないからね?」
「まあまあ、うちに感謝しいや」
「はい。ありがとうございます」
「おうふ」
リディアさんが照れた。
ははは、ざまぁ。
気分がいいので、空になったグラスにワインを注いであげてから褒め称えることにする。
「まあ実際、今回はリディアさんのポーションがなかったら詰んでたよね」
「ギルマンのことを知らせたのは、我ながらファインプレーやったと思うわ」
「それだけじゃないって」
本條さんお手製の鶏の唐揚げをサーブしながら、俺は続ける。
「テレパシーのポーションはめっちゃ役に立ったし」
「自分でも、持続時間と距離の長さはびっくりやったな。うん」
「エンハンスポーションとの相乗効果で、カイラさんとか二段ジャンプできるようになったし。あれがなかったら、超巨大半魚人には勝てなかったかもしれない」
「そ、それは重畳やな」
「ヒーリングポーションのお陰で、俺も大事には至らなかったし」
「ミ、ミナギはん? なんか雲行きが……」
くはは。照れておる。
だが、どれも事実なのでやめる必要はないな
「後方支援の大事さっていうかさ。家に一人いてくれると、とても安心できるってことに気付いたよね」
揚げ物だけじゃなんだから、これまた本條さんお手製のアクアパッツァも取り分けた。味もいいけど、おしゃれっぽくていいよね!
「もう、やめてんか? 視線が怖いわ!」
「なにか?」
「なんですか?」
特に、本條さんは結構エスコートウルフを飲んでいたが、表情はまったく変わっていなかった。ガチでお酒強い系?
「そ、それよりもや」
アヒージョにパンを漬して食べながら、リディアさんが露骨に話題を変えた。
「ミナギはんたちがいたほうはボーナスステージやったけど、北のほうは大変だったらしいやん」
「そうなの? そんな話聞いてないんだけど」
「いやいや、沼蜥蜴たちがさらなる恐慌状態に陥って大変なことになったって話やで?」
「スタンピード中だけど、もっとヤバいことになってたのか」
それに、話を聞く限り沼の蜥蜴ってジェネリック恐竜みたいな感じだったよな。
それが突進してくるのは、想像するだけで恐ろしい。モンスターとしてのランクは超巨大半魚人のほうが上なんだろうけど、恐竜の脅威は擦り込まれてるからな。
男の子なので。
「というか、よく勝てたな」
「念のため、フウゴも派遣したのだもの。その程度やってもらわないと逆に困るわ」
「結構、ガチめだったんだ……」
正直なところあんまり強い印象はないけど、かつてはカイラさんと同格の実力者だったはず。
……ふむ。
異世界帰還者同盟からマジックアイテムとか買い取れそうなら、里に配備するのもいいかもしれないな。
それか、今回の報酬ということにしても?
「超巨大半魚人との交換で、魔法の武器とか手に入らないかな? それで、里で使ってもらったり」
「討伐報酬は今後の貸しということにしたから、できなくはないけど……」
「せっかくの貸しを現物支給じゃ、もったいないか」
「ただより高い物はない……ということですね」
新鮮な魚のカルパッチョを口にした本條さんが、カイラさんの意図を言い当てる。
よく分からない魚だけど、サーモンに似た感じだろうか? 適度に脂が乗って美味しい。
アクアパッツァもそうだけど、海に近いと魚介類が美味いな。白ワインに合う。
「そうね。支払い能力に疑問符がつく相手に取り立てるよりは、恩を売ったほうがいいでしょう。この家も、それで手に入れたようなものだし」
「報酬なら運営からもらってるしなぁ」
ある意味、二重取りと言えなくもない。
だから、出世払いでも問題ないんだよな
「報酬の話になったところで、今回の収支報告は……やめておきましょうか」
「え? なんで?」
普通に気になるんだけど?
「綾乃ちゃんが、限界に達したようなので」
「そんなことはありません」
きりっとした口調で否定したが、本條さんはそのまま俺にしなだれかかってきた。
それなら、まあ、仕方ないと笑って済ますこともできたんだけど……。
本條さんは酔っ払いのようにふにゃっとして、体に力が入らないようだ。肩から滑り落ちて俺の膝に頭を乗っける。
って、これようにじゃなくて、完全に酔っ払いだ! ほんの少し前まで普通だったのに、一体なにが!?
「え? 大丈夫?」
「なにを心配しているのか、よく分かりません」
俺が膝枕している状態で、そんなことを言われても……。
というか、どかしたいけど、それはマズい気がする。
「どうしたら……」
と、周囲を見回すが、エクスとカイラさんは菩薩のような微笑を浮かべているし、リディアさんはとてもいい笑顔でサムズアップしていた。
「ですが、ちょっとだけ気分が高揚しますね」
「めっちゃ普通の口調なんだけど、完全に酔ってるよね?」
「初めてのことなので、なんとも言えません」
「一目瞭然だから!」
どうしよう。ベッドに寝かせたほうがいいかな?
「撫でてください」
「……はい?」
「撫でてください」
「……はい」
有無を言わせぬ口調で命じられ、俺は本條さんの頭をなでた。
さらっさらの絹みたいな髪が、得も言われぬ感触をもたらす。
ついでに、本條さんもきらっきらし始めた。もはや、言葉すら不要……?
というか、きらきらで増幅されて綺麗さが……。
いけない。
なにがなんだかよく分からないが、とにかくいけない。
俺は心の中で白衣観音経を唱える。
南無大慈悲救苦救難広大霊感白衣観世音……。
よし、これで俺の手ではなく、鬼の手になったぞ……って、それでごまかせるかっ!?
改めて、助けを求めて周囲を見回す……が。
「誰か来たみたいね」
「カイラさん!?」
頼みのケモミミくノ一さんは、すたすたと階下へ向かって行ってしまった。
そうなると、残るのは……。
「かーっ。まったく、昼間っからいちゃいちゃいちゃいちゃ。辛いわー。一人もんには辛いわー」
「そうですか? エクスは、もっとやれ派ですけど」
「じゃあ、ウチもそっちに鞍替えするわ」
「二人とも、憶えてろよ……」
「手を止めないでください」
「あ、はい」
本條さんの頭を撫でる行為を再開させられたが、それは、ほんの数分で終了を余儀なくされた。
「ララノアだったわ」
「ああ、エルフの」
カイラさんが連れて来たのは、金髪褐色の美人だけどかなり派手な顔立ちのギャルっぽいエルフ。
俺たちとの交易をするために、エルフの偉い人を説得しに行っていたララノアだった。
さすがにこのままというわけにはいかず、不満そうに頬を膨らますかわいい本條さんをソファにしっかり座らせてから、ララノアを出迎える。
「ちょっと早くないか? そんなに簡単に説得――」
「できませんでした」
「……は?」
「説得に失敗しちゃいました。てへ」
「マジかよ」
ぺろっと舌を出すエルフは大層可愛かった。
可愛かったが、若干イラッとする。やっぱ、あざとすぎるわ。
「なんですかぁ、その微妙な顔? 慰めてくださいよぅ」
失敗した部下を粛正したくなる魔王の気持ちが、ちょっとだけ分からないでもないなぁ、これ。
本條さんのウワサ
先祖代々、うわばみの家系らしい。