25.最低で最悪の再会
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「秋也さん」
「ミナギくん」
「……俺たちだけでも、グライトに戻ろう」
ファーストーンでの移動は、最大で5人まで。
試してはいないが、授けてくれたウンディーネが言うんだから疑う理由はない。
それに、この冒険者たちは牙の森から来るスタンピードに対処する戦力。今から戻って間に合うか分からないし、間に合ったとしてもその後また戦えるかはもっと分からない。
「まったく、運が良かった」
二人の顔を見つめたまま、立ち上がった。
笑っている……笑えているはずだ。
「秋也さん?」
「例のランプのお陰かな。運良く、この情報を得られた」
本当にランプのお陰かは分からない。
でも、一度経験するとランプなしじゃ寝られなくなってしまうな。見事に、術中にはまった気がする。
「肝心の許可がもらえるかしら?」
その疑問はもっともだ。
マークスさんも、ある程度俺たち……正確には、カイラさんを戦力として計算しているはずだ。
そんな中、テレパシーで街が襲われてるって聞いたので戻りますなんて通るのか。
「選択の余地はないよ」
でも、それはプライオリティの低い問題。
信じる信じないじゃなくて信じてもらうしかないし、許可が出るに越したことはないけど出なくても行くしかない。
だって、本條さんの顔には悔恨の色が浮かんでいた。
「私が、このことを――」
この事態を予知できなかった。そのことに、責任を感じている。
「俺たちがグライトで問題を片付けて、また戻って来ればいい。それだけの話だよ」
彼女の責任なんて一欠片だってありはしないが、性格上、そう思ってしまうのは止められない。
なら、俺にできるのはこの危機を叩き潰すことだけ。
本條さんの精神衛生のためなら、無理でも無茶でもやってやるよ。
「カイラさん、マークスさんへの説明はよろしく。俺と本條さんは先に水場へ行ってる」
「任せて」
カイラさんはちょっと驚いたような表情を浮かべた後、うれしそうに破顔した。
「行こう」
「は、はい」
本條さんの手を引き、水場へと移動する。
何事かと周囲の視線が集まるが、完全スルー。
数分無言で歩いて、ちょっとした森のようなところを流れている小川に出た。
「エクス、ファーストーンを」
「受諾です」
なにも言わずに、エクスが《ホールディングバッグ》からファーストーンを俺の手に出現させてくれた。
それを、ためらいもせず小川へ放り込む。
「秋也さん、それ貴重品なのですよね……」
「まだ10個以上あるから大丈夫だよ」
今がそのときだというのは、よく分かっている。むしろ、このときのためにあるようなアイテムだ。むしろ、本懐を遂げたと言うべきだろう。
「ミナギくん、伝えてきたわ」
「早いな」
「ええ。ちょっと抜けてくると言っただけだから」
「なるほど」
バカ正直に伝えても、混乱を生むだけか。
瞬時に行って戻ってこれるし、一緒じゃなければフェニックスウィングで移動できるんだから……。
「さすがカイラさん。任せて良かった」
「ですが、それでは……」
「そうよ。私たちが、さっさと問題を片付ければいいだけの話だわ」
起こってしまったものは、なかったことにはできない。
だけど、帳尻を合わせることは可能だ。
「……そうですね。切り替えます」
本條さんが、その綺麗な顔をぱんっと叩いて気合いを入れた。
頬がちょっとだけ赤くなり、目は真剣さを増す。
さらに美少女っぷりが上がった。
『リディアさん、今からそっちに行くから』
『承知や。ちゃんとお風呂沸かしとるで』
片方だけでもお湯なのはありがたい。
「行こう」
カイラさんと本條さんが、無言で。だけど、しっかりとうなずく。
それを合図にして、俺たちはファーストーンを沈めた小川へ飛び込んだ。
ファーストーンの出口は、グライトにある屋敷。
そのお風呂場から出た俺たちは、リディアさんと言葉を交わす暇もなく《水域の自由者》だけ使用して港を目指し……。
フェニックスウィングの上から俺たちが目にしたのは、ギルマンたちがグライトの人たちを虐殺している光景――ではなかった。
それどころか、港はところどころ破壊されているものの、ギルマンたちの姿は地上にない。
それでも、虐殺であることは違いない。
違うのは、虐殺されているのが半漁人側で。
「ヴェインクラル……」
虐殺しているのが、あのオーガという点だった。
「ククク。久し振りだなぁ! ミナギ!!」
血塗れ。それも、青い血で全身を彩った修羅種のオーガが、肉食獣のような笑顔で俺たちを迎えた。
それを目にした俺は、フェニックスウィングの上から反射的に口を開く。
「大人しく死んでろよ」
「ああ、死ぬかと思ったぜ」
俺へ視線を固定しながら、なおざりに腕を振るうヴェインクラル。
それで、ただそれだけで。海から上がろうとした半魚人の頭がまとめて吹き飛び、波止場が惨劇に染まる。
ほんの少し前に、カイラさんや本條さんと眺めた平和な海。
その面影は、青い血と半魚人の死体で思いっきり上書きされてしまっていた。
そこに、住民が交じっていなさそうなのは僥倖だが、頭を抱えたくなるという意味ではあまり変わりがない。
「オレの<雷切>、返してもらいに来たぜ」
「もう、ねえよ」
「はぁ!?」
「あの穴を封じるのに使わせてもらった。もしかしたら、湖に潜ったら眠ってるかもな」
「カッ、クカカカカカ」
一方的に好敵手認定した俺へ預けた、愛用の武器。
それを使い捨てられたと聞いて、ヴェインクラルは狂ったように笑い出した。
そこに憎しみはない。
それどころか、心の底から楽しげだった。
「そういうことかよ。おい、これがオレの宿敵だぞ。すげえだろ」
「相手にされていないだけではないか?」
本條さんのビジョンにはいなかったフードの男が、陰気に急所を撃つ。
だが、ヴェインクラルには通じない。
「なら、無理やりにでもこっちを見てもらうとするか」
ずんっとヴェインクラルが踏み込んだ。
轟音とともに蜘蛛の巣状に亀裂が走り、衝撃波が飛んでまたしても上陸しようとしたギルマンたちを海へ送り返す。
そして、瓦礫はフェニックスウィングで駆けつけた俺たちにも襲いかかる。
「エクス!」
「受諾。《渦動の障壁》展開します」
フェニックスウィングごと包み込んだ流れる水のバリアが、俺とタンデムする本條さんを攻撃から守る。
そして、側にいたカイラさんは当たり前のように回避した。さすがニンジャである。
って、それどころじゃねえ!
「今の技なんだよ? 前は、こんなのやってこなかったじゃねえか」
「ああ。腕がねえから、できるようにした」
「無茶言うなこの野郎」
そして速やかに死ね。
「それよりも、なぜギルマンと戦っているのでしょう?」
「ああっ?」
本條さんがもっともな疑問を口にすると、ヴェインクラルがにらみつける。まるで、女は引っ込んでろと言わんばかりだ。
「余裕がないのね。底が知れるわ」
少し離れた場所から上陸しようとするギルマンをクナイで仕留めつつ、カイラさんが挑発……じゃないな。本條さんを威嚇されてキレてるんだ。
まあ、それは俺も同じだけど。
「こちらの研究に必要な素材を取りに行っただけだ」
こっちの怒気に配慮したわけではないだろうが。ヴェインクラルの傍らにいるローブの男が、端的に言った。
つまり、牙の森とか沼でもそうだったというか。
「そういうこった。ちょっと欲しいもんがあって、あいつらの住処を突いてきたんだよ」
「で、数の暴力に負けて逃げてきた?」
「いや、海の中は戦いにくいから、近い陸地まで引っ張ってきた」
トレインかよ!
もう、ほんといい加減にしろよ。
「そしたら、本命まで釣れたってわけだ」
「片腕なしで殺り合うつもりか? 両腕があっても負けたのに? バカか貴様は」
「やるやらねえと勝算は別問題だぜ。あと、負けちゃいねえ」
相変わらず、殺る気満々のヴェインクラル。
それをいさめるフードの男も、ちょっとまともじゃない。
しかし、あんまり人の事は言えなかった。
カイラさんのマフラーが大気を切り裂いて飛び、その“手”に握られた光の刃――カラドゥアスがヴェインクラルの首を貫く。
「あっ、ぶねぇ」
……寸前、スウェーして避けられ、そのまま飛んで上陸直後のギルマンの眉間をえぐった。
「一発だけなら、誤射だと習ったわ」
「なるほど。では、私も」
俺の後ろに座っている本城さんが、例の魔道書を構える気配がした。
直後、《渦動の障壁》の外に光球が出現する。
「火を三単位、天を九単位。加えて、風を二単位、地を四単位。理によって配合し、光を励起・収束す――かくあれかし」
その光球から発生した光線が空間を薙ぐ。
これには、さすがのヴェインクラルも回避できず、その場に倒れ伏した。
まるで、五体投地。
俺の溜飲もちょっと下がる。
レーザーはそのまま海を横に薙ぎ、水飛沫と水蒸気が盛大に発生する。
だいぶ減衰されたはずだが、それでもしばらくギルマンたちが上陸することはなかった。
これで、二人のきらきらが収まったようだ。
……あれ? 二人ともいつから光ってたんだろ?
「綾乃ちゃんはオーナーが手を引いて移動したとき、カイラさんはマークスさんへの説明を終えて戻ってきた時からですよ」
「ありがとう」
本條さんに声すらかけてなくねえ? まあ、戦闘中はガバガバ判定のほうが助かるんだけど。
「ここは共闘の一手だろうが。アホウめ」
「ああ、んなこと言って――」
「そっちで話がまとめるのはいいんだが」
俺たちが受けるかは別の問題だぞ?
そう言おうとした直後、風が吹いた。
フードの男からフードが外れ、隠れていた醜くも理知的な表情が露わになった。
しかし、俺たちの動きが止まったのは、そのせいじゃない。
「こちらの片手間に、あれに対処できるというのならば話は別だが?」
俺たちを絶句させたのは、かつて遭遇した超巨大半魚人。
「二体もいやがる……」
それが揃って、沖から近付いてくる光景だった。
余裕がなくなるとネタが出なくなる系主人公のミナギくん。