24.凶報
グライトの正門付近に集結した俺たちは、歓声を受けることなく静かに出発した。
出発前にマーカスさんの短い訓示があったが、儀式めいたものはそれだけ。事前に点呼も完了しており、かなり事務的。
住民は海側に避難してるって話だから、当然と言えば当然。目的を果たして帰ってくれば、きっと歓呼の声で迎えてくれることだろう。
……それはそれでめんどくさいな。
「私たちは、最後尾からゆっくりついていきましょう」
「ああ。下手に絡まれてもなんだしね」
牛のようにゆっくりとした歩みで、俺たちは石畳を街の外へと進んでいく。
行く手には、市の門。そういえば、狩りというかカニ漁は海側ばっかりだったし、ファーストーンで移動ばっかりしてるからあんまり利用してないな。
「これから戦いなのに、そんなことは起きないと思いますが……」
人の理性を信じる本條さんには悪いけど、リスクは最小限にした方がいいだろう。
というか、美少女と、美女と、見慣れないタブレットを持ったアラフォーのパーティとか、どう考えたって興味の的だわ。
「用心に越したことはないということよ」
「俺たちは基本的に後衛職だからね」
「それは、確かにそうですね」
本條さんも納得してくれたところで、改めて冒険者たちに視線をやる。
全部で200人弱ぐらいか。
装備も年齢も性別もばらばら。それでも、さすがは冒険者たちの集まり。規律はなくとも、油断は感じられない。
物資を運んだりするのは馬車の役目なので、ほぼ純粋に戦闘要員だけでそれだけ。
さらに、姿は見えないけど里のニンジャもいるんだよな。
「俺たちの出番なんか、ない気がしてきた」
戦線から遠のくと、楽観主義が現実にとって代わる。そして最高意思決定の段階では現実なるものはしばしば存在しない。戦争に負けているときは特にそうだ……という言葉もあるから、気を抜く気はないけど。
それでも、不安はなくなっていった。
「出番がなければ、それに越したことはないわ」
「ああ……。ヴェインクラルが出てこないってことだもんな……」
「それより、歩いて移動になるけど大丈夫?」
「これでも一応、健康体なんで」
カイラさんが言いことは、まだ例のポーションを飲んでないけど分かる。
だが、背負われるのは断固拒否。
「私のことは心配しないでいいのよ?」
しかし、カイラさんには通じなかった。
「今なら、ミナギくんを横抱きにして、アヤノさんはギルシリスで支えつつ背負って移動もできると思うのよね」
「それは……」
俺をお姫さまだっこし、マフラーを巻き付けて美少女をおんぶするケモミミくノ一さん。
シュールレアリスムかな?
同じ光景を思い浮かべたのであろう本條さんも絶句する。
つまり、そういうことだ。
「意地があるんだよ、男の子にはさ」
「女の子ですが、あります」
「そう?」
見た目の問題ではなく矜持の問題ということにして、俺たちはゆっくりと進んでいく。
ようやく、市の門を完全に抜けたところだ。
俺たちの前途を祝福するかのように、今日はとてもいい天気だった。
出発から数時間。
とくにアクシデントが発生することなく、俺たちは予定通り小休止を取っていた。
牙の森への道は整備されているとは言いがたいが、冒険者が使うための休憩場のようなものがいくつか存在している。
水場が近くにあって開けた場所という程度でしかないけど。
「ふう……。さすがに、疲れ……た……」
「やはり、書を捨て町に出るのは間違いなのでは……」
それでも、歩きづめでお疲れな俺たちには天佑だった。
こんなに歩いたの、中学の林間学校以来じゃないだろうか?
忘れてたけど、俺と本條さんは本来インドア派だったよ……。
「だから、私が背負うと言ったのに」
それ見たことかと言いつつ、敷物を準備してくれるカイラさん優しい。
ところで、それ、どう見ても《ホールディングバッグ》から取り出すべきサイズと厚みなんですが、どうやって運んでたんでしょうか?
「はい、座ってちょうだい」
「ありがとう」
「失礼します……」
まあ、このシートがどこから来たかなんて些細なことだ。
俺は、たすきを渡し終えた駅伝走者のように崩れ落ちた。
「本当は、例のベッドを出して昼寝でもできるといいのだけど」
「それはさすがに……」
ああ、待てよ? 《セーフティゾーン》を購入して、安全な別空間に移動してからなら充分可能か。
石500個かかるけど。
「エクスが思うに、石500個で済むのなら安いものだと、ふたりとも言いそうですよ」
「15万円なんだけどなぁ」
休憩にそれは高くない? 宿泊でも充分高いけど。
「……二人で分かり合っています」
「これは早く例のポーションを飲みたいということなのではない?」
「なるほど。その発想はなかったです」
「違うよ。全然違うよ」
なんとなくカイラさんと本條さんのほうを見る気になれず、俺は周囲を見回した。
休憩時間になっても、月影の里の人たちが寄ってくる気配はなかった。
徹底的に忍んでいるようだ。格ゲーのニンジャキャラに、爪の垢を煎じて飲ませたい。
ちょっと寂しいけど。
冒険者たちも、パーティ単位でそれぞれ休憩を取っている。顔なじみは一緒になってたりするみたいだけど、一体感は皆無。
これで大丈夫なのかと思わなくもないが……。
「付け焼き刃の連携よりも、慣れた戦闘単位で挑んだほうが勝率が高いと判断しているのかもしれませんね」
「この辺りでスタンピードは珍しいけれど、冒険者なら戦い方は心得ているわよ」
「二人とも、俺の心を……?」
エクスじゃないのに、考えていることが筒抜けだった。
あれ? 精神感応のポーション、必要だった?
「目を見れば、なんとなく分かるわよ」
「私も、雰囲気で……」
ええ……。
こんなとき、どんな顔をしたらいいかよく分からない。
「《オートマッピング》では、モンスターが接近してくる様子はありません。お昼ご飯にしましょう」
「悪いな、エクス。食べれないのに気を遣ってもらって」
「いえいえ。食べているオーナーたちを眺めているのも楽しいですから」
「これ以上、俺の好感度を稼いでどうするつもりなんだよ」
「好感度はいくらあっても困りませんよ」
「それな」
順調に攻略が進んでいるからといって油断はできないのだ。
俺は、数々の実体験でそれを知っている。
藤崎さんちの詩織さん、クリスマスまで順調だったのに、なんで伝説の木にいないの……。
「お昼というと、ついにですね」
「ああ、ついにだ」
俺と本條さんは期待に瞳を輝かせ、カイラさんは白い美貌に困惑を浮かべる。
できる主人公なら、《ホールディングバッグ》から温かい料理とかを取りだして周囲から一目置かれたり、逆に絡まれたりするんだろうが俺は違う。
「本当に、こんなもので良かったのかしら」
「いやいやいや。男の子なら、みんなこういうの好きだよ?」
「女の子ですが、興味津々です」
カイラさんが、小さな巾着袋から取り出したのはニンジャ飯。
いわゆる、兵糧丸である。
「シュークリームのほうが、ずーっと美味しいと思うのだけど」
そこでシュークリームを引き合いに出すカイラさんと、ずーっとと強調するカイラさん。どちらがアトラクティブかは専門家の検証を待ちたいところだが、今は兵糧丸である。
「わざわざ、こんなものを食べなくても……」
「俺との交易のせいで、作らなくなるかもって聞いたし。それに、あれだよ。金持ちが環境問題を語るみたいなもんだよ」
「秋也さん……。確かにそうですけど……」
あるいは、魂を地球の重力に引かれた人間たちだろうか。
とにかく、味とか実用性よりも興味である。
「これが兵糧丸かぁ」
その名の通り丸く、ピンポン球ぐらいある。
伝承だと、米やら蕎麦を粉にした物に、豆やら魚粉やら梅干しやら蜂蜜やらを混ぜて作ったそうだけど……。
「見た目は少し、胡桃に似ていますね」
「じゃあ、早速味も見ておこう」
「いただきます」
「いただきます」
……む。
これは、案外普通に……。
「がふっ」
「これは……」
甘さと酸っぱさと、なんかあれな風味が渾然一体となり……。
不味いのか不味くないのかもよく分からない。
っていうか、これ味のこととか考えて作ってねえ。
「み、水……」
水が欲しい……。
「せっかくだから、例のポーションを飲みましょう」
まずカイラさんがポーションを一口含み、俺に瓶を手渡す。
「いやぁ、間接キスですね」
小学生か!
エクスの煽りに反論したくなるが、今はこの口を洗い流したい。
深く考えず、俺は半分ほどになったポーションを、さらに半分ほど飲む。
それを本條さんに回して、ほっと一息。。
「……ふう」
「オーナー、水なら自分で出せるの忘れてましたね……という体で、間接キスしたかったんですね?」
「違うから」
人を変態呼ばわりしてなにが楽しいんだ。
本條さんも瓶を持って固まらないで。
「……いただきます」
あ、結局飲むんだ。
――そのとき。
『……ミナギはん! ……ミナギはん!』
唐突に、リディアさんの声が直接頭に響いた。
試作品だから確認のためにリディアさんも飲んでたのか? グライトからここまで届くって、結構すごいな。
『どうかしたの?』
早速、使い方をマスターしたらしいカイラさんが応答する。さすがニンジャすごい。
『やっとつながったわ。ええか、落ち着いて聞き』
『一体、なにがあったのですか?』
本條さんもポーションを飲んだらしく、テレパシー会話に参加する。
でも、リディアさんのことだから、どうせ大したことじゃないだろう。
そんな予想は、あっさりと裏切られる。
『海や! 海から、モンスターが来とるって騒ぎになっとるで!』
そっちかよ!
根拠はない。
まったくない。
普通ならあり得ない。
だが、俺はヴェインクラルのやったことだと確信していた。




