22.北から南から
「南の牙の森と、北の湖沼地帯。双方でスタンピードが発生した」
場所は冒険者ギルド……ではなく、グライトの街の神殿。
この世界は、一神教ではなく、ファリス神殿とかガヤン神殿のように神を一柱ずつ信仰しているのでもなく、まとめて崇め奉る汎神殿スタイルが主流。
なので規模も大きく、たくさんの人間を収容するのにぴったりだ。
例えば、冒険者たちを集めたスタンピードへの作戦会議を行ったりするには。
俺たちは変に目立たないよう本條さんの魔法で姿を消し、しかも壁際に待機しているが、なかなかファンタジーな光景で壮観だ。できれば、もっと気楽な場面が良かったけど。
「我々は総力を挙げ、これに対処せねばならない」
「なんだか、戦争みたいですね……」
「まあ、近いんだろうな」
小声で言い合う俺たち。
少なくとも、生存競争ではある。
「偵察隊を送り込んでいるが、今のペースだと三日後にはこのグライトへ到着する見込みだ」
モンスター授業の時に使った地図のでっかいやつを壁に貼り、マークスさんが説明を始めた。
中学や高校の全校集会並……数百はいる冒険者たちが、校長ではなくギルドマスターへと意識を傾ける。
命がかかっているからか。さすがに、私語や揶揄はない。
「まるで、示し合わせたみてえじゃねえか」
「主や王が立て続けに狩られたという偶然。それが重なった結果です」
アシスタント役の受付嬢が補足するが、そのくらいは先刻承知。それが分かっているからか、彼女の表情も苦い。
「パニックになってるというわけなのね……」
発言をしてるのは、わりとベテランな冒険者たちなのだろう。
慌てず騒がず冷静に現状を受け止めているが、それでも声に厳しさはにじんでいた。
「次の王なんざ、こっちを巻き込まずに勝手に決めろってんだよ」
「今、それを言っても始まらない」
「わーってるよ、ギルマス。ただの愚痴だ、愚痴」
なぜ、モンスターは人里へ向かってくるのか。スタンピード……単なる暴走であれば、別の方向へ行っても構わない。
なんなら、共食いを始めたっていいはずだ。
その答えを、俺と本條さんは事前にカイラさんから聞いていた。
それは、本能に従っているから。
人間、エルフ、ドワーフ、野を馳せる者等々。いわゆる人間種族とモンスターは、相容れない存在である。
ゴブリンなんかは普段から殺戮本能バリバリだが、それでも、通常時は住み分けとか損得を考えて本能を抑える知性は一応ある。
しかし今は暴走状態になってその本能がむき出し。つまり、人間を殺したいだけなのだ。
人間を食べたらレベルアップするとか、悪い神様に生贄として捧げるとか、そういうものでもないという。
フーリガンが試合結果に興奮して暴れてるだけと言うとなんだが、わりと実態に近い気がする。
その生き残りの中で最も強いヤツが次の主になるんだろうけど、本質は存在自体が相容れないから。
「対処を誤ったら、全滅だってのは俺だって分かってるさ」
「ああ。船に避難はさせる予定だが、すべての住民を収容させることはできん」
殺すことが目的という……ある意味で生存競争。まあ、殺られる気も見過ごす気もないけど。
「状況は分かりました。でしたら、包囲ではなく、各個撃破の好機と捉えることはできないでしょうか?」
ローブを着た学者風の男性が、アスターテのラインハルト。あるいは、ジャン・ロベール・ラップみたいなことを言い出した。
それは理論的には正しく見え、なにより魅力的。居並ぶ冒険者たちの中にも、期待に瞳を輝かす者がいる。
「無理だ」
しかし、マークスさんはにべもなく却下した。
それは別に、門閥貴族的な無能さから……というわけじゃない。
「戦闘時間、移動時間、迎撃位置。その辺りを考慮に入れて作戦を立案したが、馬車を総動員しても、間に合わないという試算結果が出ている」
現実は非情である。
疾風ウォルフも鉄壁ミュラーもいないからね。仕方がないね。
まあ、片方殲滅している間にもう一方に街を蹂躙されたら負けだし、そんなことになったらヌケサクってレベルじゃない。
なにより、戦術的に有効でも政治的には選べない作戦だ。
「だがよ、街を戦場にするのもマズいんじゃあねえか?」
「その通りだ。ゆえに、我々は打って出る」
マークスさんの宣言に、どよめきがさざなみのように神殿内を広がっていく。
分かっていても、断言されると……というところだろうか。
「南側は私が、北は冒険者の代表に指揮を執ってもらうことになるだろう」
「捨て駒になるのはごめんよ」
ビキニアーマー……ではないが、かなり軽装な鎧を身につけた赤い髪の女戦士が吐き捨てるように言った。
賛成の声は続かなかったが、同時に、反対の声も上がらない。
それが冒険者たちの偽らざる本音ということなのだろう。
「南北の迎撃ポイントには、すでに簡易だが拠点となる砦を構築中だ」
「ああ、それで衛兵どもが街から消えてたのか」
そうだったんだ。
わりと街中はいつも通りだったから気付かなかった。
もしかしたら、海のほうにいる兵士が動員されているのかもしれない。
「彼らは我々と入れ替わりでグライトに戻り、こちらの防衛と後詰めを担当することになっている」
「命を張るのは、俺たちの役目ってことか」
「そうだ。存在意義を示せ」
モンスター討伐を賦役とし、それ以外の税がほぼ免除されている冒険者。
彼らが普段でかい顔をできるのも、いざという時に働くからだ。
戦争が始まるから軍人辞めます……じゃ、通らないよな。
「スタンピードは南北ともに数千のオーダーだが、影人の協力が得られることになっている」
「うお、マジかよ!?」
「それを早く言ってほしかったな」
「影人が……。にわかには信じられないわ」
「ですが、それが本当なら……」
ざわざわと、冒険者たちが一斉に騒ぎ出す。
それほどのインパクトだったようだ。
ケモミミで純朴な人たち……という印象しかないんだけど、ある意味、伝説になってるのかな?
さすがニンジャだぜ。
隣のカイラさんも、クールな表情を浮かべつつ、満足そうに耳をぴこぴこさせている。
「彼らには自由に動いてもらい、主に撹乱を担当してもらうことになるだろう」
「混乱させたところを、俺たちがズドンか」
「美味しいところを担当させてもらえるわけね」
「作戦は分かりました。しかし、不確定要素への対応はどうなっているのです?」
「それは……」
アシスタント役の受付嬢が言い淀む。いや、なにも言えないというのが正解か。
不確定要素、主や王を狩った元凶。
つまり、ヴェインクラル。
確かに、乱入してきても不思議じゃないんだよな。でも、やりようがあるかというと別の話で。
「不確定要素まで考慮している余力はない」
「そうは言ってもよう……」
いっそ男前な割り切りに、クマのような大男が若干引いていた。
理屈は分かるが、納得できるかどうかは別。
「言いたいことは分かっている」
マークスさんも、鉄仮面のように変わらない表情のまま、一応フォローをしようとするが……。
「だが、主や沼地の王を立て続けに狩るような存在に、どんな対応をしろと言うのだ? それで、スタンピード対策をおろそかにはできない」
「そいつは……」
神殿が、場所に相応しい沈黙に包まれた。
それが怒号へ変わらないのは、マークスさんへの信頼感。
今回の対応だけでなく、過去の実績がものを言っているんだろう。
「とはいえ、こちらにも切り札はある」
「それは、影人の他にということですか?」
「そうだ」
……俺たちのこと、だよな?
カイラさんが、マークスさんに話を通してくれたのかな? いざというときに、自由に動けるのは助かる。
ヴェインクラルは放置できないからな。
「説明は以上だ。この後、個別に担当を報せ、詳細はそちらで伝える」
「明日には出発してもらう予定です。それまでは適度に英気を養ってください」
三々五々、冒険者たちが散っていく。
わりと急なスケジュールだが、彼らに慌てた様子はなかった。
物資は冒険者ギルドが用意をしているらしいし、なにより、スタンピードの件はもっと前から周知されていた。
すでに準備は万端。今さら騒ぐ必要はないのだろう。
「ギルドマスターからは、事前に話を聞いているわ。家に戻りましょう」
小声で言うカイラさんに、俺と本條さんはうなずき返した。
家に戻った俺たちは、リビング……ではなくベッドルームで話の続きをすることになった。
確かに座り心地はソファよりベッドのほうが良いけどね? ランプの光もリラックス効果があるしね。
まあ、こっちのほうが必要以上にシリアスにならずに済むかもしれない。
……状況に流されているだけなのでは?
「ミナギくん、いいかしら?」
「ああ、ごめん」
集中集中。
「私たちは、同じ場所に派遣されるということでいいのですよね?」
「もちろん」
不確定要素への対策で、ばらばらに配置ってことはないようだ。カイラさんがそんなことはさせないだろうが、ほっとする。
「担当は南側の遊撃ポジションよ」
「相手は、牙の森のモンスターですか」
「虫系かぁ」
急募:ギンコさん。報酬:応相談。
「ゴブリンなんかも交じってるはずだけどもね」
「普通のモンスターよりも、凶暴化してるんだよね?」
「ええ。そうなるわ」
だよなぁ。
ただでさえもとち狂ってたゴブリンが、あれ以上に……。
想像できない。
「なんだか、話を聞いていたら全力でやったほうがいい気がしてきたなぁ」
「はい。詳しく話を聞くと、焦燥感を憶えます……」
「そう? 別に大したことではないのではない?」
今まで数々の修羅場をくぐってきたんだろう。面構えが違う。
「私としては、大量に出る魔力水晶を買い漁る件に関して準備をしておくべきだと思うわ」
「パネェ」
やっぱすげえよ、カイラさんは。
「カイラさんがいてくれて良かった……」
「本当に……。公私ともに、そう思います」
「なぜほめられているのか、よく分からないわね」
だが、カイラさんはきらきらし始めた。
尻尾もゆらゆら揺れているぞ。
「里から人も出すし、ギルドマスターも無能ではないわ。私たちは、無理をせず手助けをすればいいのよ」
「不確定要素か……」
畜生。不確定要素と書いてヴェインクラルと読むの、なんかちょっと格好良いな。戦闘狂オーガのくせに。
「結局、高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処するしかないのか」
TRPGでもそうなんだよな。ルールブックめくって対策はするけど、最後は突っ込んでいくしかないという。
ダイス目で作戦が崩壊したりするからね、仕方ないね。
大丈夫、魔法巻き込んじゃうけどクリティカルしなければ生きてるから! って発動したアシッドクラウドが二回ぐらいクリティカルしたりするからね。
これもう、いっそ早く始まって欲しいまであるな。
「そうね。いろいろ考えても始まらないけれど、いつかは勝手に始まるものなのよ」
「カイラさんが言うと深い……」
「そうなると、秋也さん。私たちにできるのは英気を養うことですよ」
「……また、昨日みたいに一緒に寝ようって?」
嫌ではない。
気持ち良かった。
だからこそ、警戒してしまう。
「そうね。昼寝をしてみるのもいいのではない?」
「そうきたか」
そして、俺は為すがままに運ばれ……ベッドの中心に優しく横たえられた。
間髪を入れずカイラさんと本條さんが左右に陣取り、ぴたっと体を寄せてきた。
完全に、昨夜の再現。
エクスがついてこなかったのは、この展開を見越してか!
「オーナー、エクスはそんなに無粋ではありませんよ」
と言うエクスの声が、聞こえた気がした。