表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
105/225

20.初めての寝室で

後半、三人称です。

 脅威は、森や沼からだけ来るわけではない。

 もっと身近に存在していた。


 具体的には、すぐ側にね。


「こうして見ると、やっぱり大きなベッドですね」

「……そうだね」

「ちょっとやりすぎという気もするけれど、逆よりはいいのではない?」

「……そうだね」


 夜。美しい夜。

 俺は、それと同じぐらい綺麗な女の子たちと寝室にいた。


 ……おかしい。VRヘッドセットをつけているわけではないのに、現実が侵蝕を受けている。


「私は、狭いベッドでも構わないのですが……」

「恐らくだけれど、疲労回復や老化防止の効果を発動させるために、これくらいの大きさが必要だったのではない?」

「ああ……なるほど。普通はこんなに大きなベッド作りませんよね」

「……そうだね」


 なにもない。

 なにもしない。


 そもそも、野営のときとか宿に泊まったときも一緒だった。


 だから、この程度はピンチのうちに入らない。執事のウォルターもそう言っている。


 しかし、同じベッドで寝るのは間違いなく初めてのこと。


 ヤバイ。


 なんか未来が決まってしまっているからこそ、ヤバイ。


「今日も、いろいろとあったわね」

「本当に、秋也さんといると退屈しません。みんなと一緒ですと、本を読まないと、という気持ちが薄れてしまいますね」

「ベッドサイドに何冊かあるように見えるけど?」

「それはそれ、これはこれです」


 カイラさんと本條さんが、落ち着いた会話をしながらベッドへ移動して腰掛ける。

 その後ろを、ふらふらと夢遊病者のようについていく俺。おかしいぞ。まだ、プレイエリアの外にならない。


「どうかしたのですか?」

「座ったら?」

「……そうだね」


 全肯定アラフォーとなった俺は、お祝いのベッドに座った。


 二人とはちょっと離れた位置に。


 ふう……。これで良し。でかいベッドだからこそだな。運営、そこだけは評価するぞ。


 そう思っていた時期が、俺にもありました。


「…………」

「…………」


 無言で二人が動き出し、俺の両隣に座り直した。

 その体温で、吐息で。なにより、漂ってくる甘い香りで、これが現実なのだとまざまざと思い知らされる。


「あ、あんまり離れてしまうとお話しにくいですよね?」

「不自然だわ」

「……そうだね」


 分かっていた。こうなることは分かっていた。

 というか、寝室を同じにするという時点で今さらなんだが。


 ベッドを出したのは俺だし。だって、《ホールディングバッグ》に入れっぱなしだと邪魔なんだもん。


 一時間で八時間分の疲労回復効果が得られる優れものだが、寝具としても優秀。適度にスプリングも効いているし、寝心地は結構良さそうだ。


 それに、うちにはシェーンコップはいないので、寝ている間に第十一艦隊が壊滅しているなんてことも起こらない。


 ……シェーンコップがいる家って、ちょっと嫌だな。


 とにかく。


 ここが、これから、俺たち(・・・)の寝室となる。少なくとも、こっちにいる間は。


「エクスさんは、別の部屋で大丈夫なのかしら?」

「私も、ご一緒しましょうお伝えしたのですが……」

「本人がそういうのであれば、無理強いはできないわね」


 そーなんだー。

 まあ、エクスのことだからどうにかしてこっちの様子を窺っているような気がする。


 それか、あれか。今日は本当になにもないと見切っているのか。


 ……どっちもあり得るな。


 どっちにしろ、なにかあったら音を出して知らせてくれるだろう。


「部屋自体は、少し殺風景ですね」

「……そうだね」

「本棚が必要だと思います」

「……そうだね。……それは中身も必要なのでは?」

「え? 本の入っていない本棚は存在しませんよね?」


 相変わらずの読書ガチ勢である。

 それで、ちょっとだけ緊張がほぐれた。


 いや、俺の緊張がほぐれてどうするんだって話だが。それに、さっきまでずっと同じリアクションしてたのはわざとだしぃ?


「そうだろうね。だけど、食器の入っていない食器棚は存在する」

「引っ越しの直前もしくは直後だったという叙述トリックでしょうか?」


 ミステリィファンって、叙述トリック好きだよね。

 それ、リアルだと単なる説明不足って言うんですよ。


 俺も好きだけど。


「叙述トリックではないし、そんなに面白い話でもないけど……」


 一応予防線を張ってから、俺は語り始める。


「これは、俺が実家にいた頃の話だ。本棚に入りきらず床に本が侵蝕していた惨状を見かねて、親がもうひとつ本棚を買ってくれることになった」

「いい話ですね……」

「そうなのかしら?」


 一般的にはカイラさんのリアクションが正解だが、この場は、いい話ということで進めさせてもらう。


「家具屋へ行った俺は、とにかくたくさん入りそうな本棚を選ぼうとした」

「当然ですね」

「私が言うのもなんだけど、調和とかデザインは考えなくていいのかしら?」

「二の次です」

「そ、そう」

「衣食足りて礼節を知るということばがありますが、それと同じことです」


 さすが読書ガチ勢。

 カイラさんも、そろそろ対処を憶えたのではないかとおもう。


「売り場を隅から隅まで回って、ようやく俺は納得のいく品を見つけられたんだ」

「やりましたね」

「……苦労したのね」

「奥行きも横幅もあって、内部の仕切りも自由に変えられて、ガラス張りで中も良く見える。理想だと思った」

「ああ、そういうこと」


 カイラさんは一歩先にオチに気付いたようだ。というか、答えは最初から言ってあるか。倒叙だな、倒叙。


「後日のことだ。家具を運んで来た人は、不思議そうにしながら、言われるままに俺の部屋に入れてくれた」

「……どういうことでしょうか?」

「だって、食器棚は子供の部屋に置いたりしないよね?」

「あっ……」


 本條さんが驚きの声をあげた。

 小話、本棚になった食器棚は終わりだ。


「すっかり騙されてしまいました……」

「最初に答えを言っていたわよね?」

「倒叙形式だったとは……。さすが秋也さんです」


 やっぱり大した話じゃないが、本條さんが喜んでくれたのであれば良しとしよう。


「でも、ミナギくんの話が聞けたのはうれしいわね」

「そうですね」

「俺の話なんか聞いても、面白くないと思うんだけど」


 むしろ、社畜話とか聞いたら普通に引くと思う。


 前の台風の時とか、友人からは「電車動かないから会社休みにしたわ」ってメール来たけど、そのとき俺は普通に会社にいたからね。


 だって、迂回経路使えば行けたんだもん……。休みにしたからって、他の誰かが俺の仕事やってくれるわけでもないし……。そもそも、うちのチームは結局みんな来たし……。


「駄目ですよ、秋也さん」

「そんな顔をして、嫌なことを考えていたのね?」

「嫌なことって……」


 単なる日常というか、なんというか。

 そんなに変でもなくない?


「私たちが一緒にいる以上、もう、そんな顔はさせないわ」

「そうです。させません」


 いったい、どんな顔をしていたのか?


 そう思っていたら、ひょいっと抱え上げられていた。


 ……カイラさんか。


 こう見えて、お姫さまだっこも二宮尊徳の薪扱いも経験済みである。むしろこういうときは暴れたほうが危ない。


 俺は為すがままに運ばれ……ベッドの中心に優しく横たえられた。


「えっと……? 二人とも……?」


 そして、間髪を入れずカイラさんと本條さんが左右に陣取り、ぴたっと体を寄せてきた。


「安心してください。添い寝するだけですから」

「そうだよね。ご両親にも挨拶してないし、それ以上は問題だよね」

「そうなると、私はなにをしても問題ないということになってしまうのだけど」

「うぼあ」


 冗談。冗談なんだよね?

 カイラさんがどんな顔をしているのか。すぐ横を向けばいいだけなのに、確認できない。


 怖くて?

 それとも、期待で?


「ただ、私たちは秋也さんにゆっくり休んで欲しいだけですから」

「そうよ。せっかくの機会なのだしね」

「あ、うん……」


 なんだろう? もしかして、このベッド自体に誘眠効果があるのだろうか? 勝手に、まぶたが重たくなっていく。


 思考力が鈍り、ただ二人を受け入れてしまう。


 なんかムーディーとしか思っていなかったらランプの光が、今は優しく感じられた。


 いつしか、俺の意識は沈んでいった。


 本條さんから衝撃的な未来予知が語られたときとは異なる、優しい眠りへ。





「眠ったようね」

「はい。安らかな顔をしています」


 半身だけ起こして二人が見下ろしているミナギの寝顔。


 自然にまぶたを閉じ、表情は穏やか。

 呼吸で緩やかに胸が上下しているが、寝返りも打たずぐっすりと眠っているようだ。


 その事実に、カイラと綾乃は自然と微笑みを浮かべた。


「平気そうにしていたけれど、かなり精神的に重圧を感じていたと思うのよ」


 髪を優しく撫でながら、カイラは複雑な表情で言った。


「私が、つい……」


 それは綾乃も同じだった。


 やはり、ある程度の年齢を超えた男性にとって結婚というのは大きな責任感を伴うものである。

 ヴェインクラルの問題が発生しているときに、言うべきではなかった。


 結果として良い方向には進んだものの、ミナギのストレスを考えれば、ただのわがままと言われても仕方がないところだ。


 だが、彼はそんなことは言わない。考えてすらいないだろう。


 むしろ、告白を保留したことに罪悪感さえ抱いていたはずだ。


「そういうところが好きで……それだけで済ませてはいけないお話なのですね」

「そうね。その通りだわ」


 頑張ってしまう。

 頑張れてしまう。


 それが彼の美徳であり、自分たちの至らなさでもある。


 ならば、せめて癒してあげたい。


 今日は準備が間に合わなかったが、リディアにはリラックスできるお香も頼んでいる。他にもいろいろ用意してくれるそうだ。


「任しとき」


 と、笑顔で請け負ってくれたので、間違いないだろう。


「里の応援が、負担を減らしてくれるといいのだけど」

「私も、矢面に立つつもりで頑張ります」


 もちろん、そんなことをしても彼は喜ばないだろうが、それだけの覚悟はある。

 ミナギの頬を撫でながら、綾乃は決意し……ふぁぁっと可愛らしいあくびが漏れた。


「私たちも寝ましょうか」

「……はい」


 カイラの提案に、綾乃はふたつ返事でうなずいた。


 体を寄せ合い。

 しかし、それ以上のことはせず。


 三人は安らかな眠りについた。


 こうしていられる幸運を噛みしめながら。

ベッド(でのお話の)シーンでした。

嘘ではない。嘘ではないはず?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ