19.責任重大
終盤三人称です。
成り行きと義務感で、スタンピードへの対処に参加することとなった俺たち。
しかし、直後、宙ぶらりんになってしまった。
冒険者ギルドでの詳しい説明は別途行われるということで、あのまま残っていては邪魔になる。
かといって、すぐに帰るのもなんだ。
そんなわけで、俺たちは海が見える広場のような場所を訪れていた。
とはいえ、公園というほど整備はされていない。芝生みたいのは生えているが、どちらかと言えば空き地と表現すべきかもしれなかった。
「風が気持ちいいですね」
「そうだね。さわやかだ」
乱れそうになる髪を押さえながら言う本條さんに、俺は軽く相づちを打った。
黒絹……なんて実際に見たことはないが、自然とそう表現してしまうぬばたまの髪。かぐや姫って、こんな感じだったんだろうな。
絵になるとは、まさにこのこと。絵心はない俺でも、思わず目と心を奪われる。
しかも、性格はかぐや姫とは比べものにならない。まあ、こっちの世界にかぐや姫はいないが。
一方、カイラさんは難しい顔で寄せては返す波を見つめていた。
ただし、尻尾はふぁっさふぁっさ揺れている。このときの作者の気持ちを30文字以内で述べよ。
まあ、喜んでくれているのであれば、全然構わないんだけどね。
空気を読んだかのように、他の人はいない。まあ、普通に仕事をしているか、あるいは本当に空気を読んで近づいてこないのだろう。
だって、二人ともきらきらしてるもんね。ちょっと近づきづらいよね。
まあ、エクスは空気を読んで引っ込んでいるように見せかけて、録音してるんだろうけど。
「スタンピードか……」
本條さんでもカイラさんでもなく海を見ながら、俺はふとつぶやいた。
こんな超絶美少女と美女に囲まれているにもかかわらず、俺の心はモンスターへと向いている。
申し訳ないと思うと同時に、どうしてもわくわくしてしまう。
だってスタンピードだよ?
俺の先達たちが、切り抜けてきた序盤の定番イベントだ。
恐らく宅見くんたちも経験しているであろう、スタンピード。
エクスと俺にとっては、通過儀礼とでもいえるのではないだろうか?
まあ、実際に遭遇したらわたわたしそうだし、モンスターだからって殺しまくるのになにも感じていないわけではないが……。
強いのはヴェインクラルが片付けた後だし、こっちにはカイラさんも本條さんもいる。台風前夜のようなドッキドキのワックワクは否定できないのだ。
とはいえ、やっぱり、問題はある。
「俺たちの力、どの程度見せていいと思う?」
かー。辛いなー。
全力で戦うと目立っちゃうから辛いなー……などと、言いたいわけではない。
……機会があれば、ちょっとだけ言いたい気持ちがないわけじゃないけど。
「勇者だって、あんまり表沙汰にしないほうがいいんだよね?」
そこは、結構切実な問題だ。
勇者だと注目されるのは仕方ないとしても、うちの庭には世界樹がいるからね……。
健やかな成長のためにも、あんまり騒がれると困る。できれば、こっちではデトックスなスローライフしたい。
「もちろん、被害が出そうならそんなことを言っていられないんだけど」
「あまり大事になって、世界樹の存在が露見したら困りますね……」
本條さんも同じ考えに至ったようだ。
相性がいい……のではなく、誰でも至れる結論だからだろう。
「秋也さんが気にしているのも、このことですよね?」
「ああ、世界樹は動かせないし」
「ふふ、私たち相性バッチリですね」
うん。やっぱり、相性がいいのかもしれない。
「そのことなのだけど、里から救援を出すのはどう?」
「なるほ……ど?」
おっと、話が変わってきたぞぉ?
実力はカイラさんに及ばないのだろうが、今回のスタンピードは数のほうが重要な気がする。
となると、俺よりも里の皆さんのほうが貴重な戦力となるのではないだろうか。
さすがに、オーガ……ヴェインクラルほど強いモンスターが交じってることもないだろうし。
……あれ? 俺たちって、いらない子?
「里の影人が動けば、私たちは然程目立たなくなるわよ」
「逆に、里のみんながそんなに表立って動いて大丈夫なの?」
ニンジャって、もっと忍んでいるものなのでは?
「変わらなくてはならないから」
「そうなの?」
「ええ。きっかけは、ミナギくんよ」
「……はい?」
パードゥン?
「なるほど。そう……なりますね」
どういうことなんだ、キバヤシ。
っていうか、分かってないの俺だけかよ。
「このまま順調に交易が広がっていくと、当然、金貨が必要になります。これまで以上に、たくさん」
「あー。そういうことか」
「それに、ミナギくんが生活物資を売ってくれるのであれば、今までそれを作っていた時間が空くのよ」
「そっか。それはかなり重要な話になるな……」
ライフスタイルの変化。いや、たぶん邪神戦役の昔に戻るというほうが正確だろう。
それを俺が引き起こしてしまうかもしれないわけだ。
「それは、責任重大だなぁ」
「一度起こった変化は、もう止められないわ」
「そうなんだけど、ずっと交易を続けなくちゃならないなぁって」
それこそ、不老不死にでもならない限りは後継者が必要になる。
「子供が継ぐわよ」
「職業選択の自由が……って、子供。子供かぁ……」
いるんだよなぁ。
でも、どうリアクションしていいか分からん。
「オーナーの子供が継ぐか、将来的に誰か従業員を雇って継続するかは別にして」
唐突に、ぴょんっとエクスが飛び出してきた。
なぜ、そんな嬉しそうに……。
「エクスとしてはですね。オーナーの子供が産まれたら一緒に子育てをしたいですね」
「こちらこそ、お願いしたいです」
「そして、最終的に自らの死をもって子供に命の尊さを教えてあげたいです!」
「犬かよ」
子供と動物とか、それ反則でしょ。アラフォーになると涙もろくなるんだからやめてよ。
「というか、エクスがいなくなったら困る……。マジで困る……」
「大丈夫です。覆面をかぶってゲルマン忍者として再登場しますから」
「うちの子、どんだけ過酷な運命背負わされるの?」
よりによって、なぜそれをチョイスした。
「よく分からないけど、派遣するのは問題ないのよね?」
「里のみんながやる気ならね。なんなら、俺からの依頼ってことにしてもいいよ」
「それには及ばないわ。ギルドからむしってやりましょう」
カイラさんが、白い美貌に笑みを浮かべる。
珍しく、人の悪そうな微笑だった。
「影人の救援だと……?」
「ええ。規模は、そちらの邪魔にならない程度でと考えているけれど」
スタンピードの情報を聞いた直後。一日も経過していないにもかかわらず行われた提案に、マークス・ジークは思わずペンを取り落としそうになった。
内容もそうだが、その速度が異常だ。
影人の腕の長さに、ギルドマスターは驚嘆した。
それはもちろん、過大評価なのだが、むしろそれで良かったと言える。
ファーストーンによる行き来でほとんど時間はかかっていないと真相を知ったなら、こうして話を進めることもできなかっただろうから。
「それはありがたい話ではあるが……」
鉄面皮の裏側で、マークスは必死に思考を巡らす。
控えめな申し出。
しかし、それは、そこまでの数は必要ないという矜持を感じさせるものでもあった。
それ自体は、構わない。
問題は、なぜそのようなことを言い出したのかだ。
影人の里がどこにあるかは、正確には分かっていない。だが、エルフの里よりも島の奥にあることは確実であり、スタンピードの被害を直接受けることはないだろう。
それなのになぜ、今までの秘密主義を捨て去るようなことをしたのだろうか。
まさか、邪神戦役のような危機が迫っている……というのはさすがに、考えすぎだとは分かっている。
分かっていても、胸に不安が渦巻くのは止められない。
「もちろん、ただでとはいかないけれど」
「それは、当然の話だ」
だから、報酬の話が出て、正直ほっとした。
金貨で済むのであれば惜しむつもりはない。
ギルドの財源で足りなければ、寄付でもなんでもさせればいいのだ。
「これは、試金石になると考えているわ」
「今後は、影人が外に出ると?」
「ええ。時代は変わるのよ」
邪神戦役を戦い抜いた影人が動く。
それはまさか、激動の時代が訪れるということなのか。
「人数が決まったら、また報告に来るわ」
しかし、黒喰は語ることなく闇に消えた。
「潮目が変わるな」
マークスは独りごちる。
それをもたらしたのは、間違いなくかの勇者。
「これが、英雄というものか……」
長年のしこりだった薬師ギルドの問題はなかったことになり、それどころか、ポーション供給事情はあっさりと好転してしまった。
そんな最中に降って湧いたスタンピード騒ぎ。
グライト市全体が一丸となって対処しなければならないところ、その外から思わぬ援軍がくることになった。
だがこれも、勇者にとっては些事に違いない。
人が蟻を気にして歩くことがないように、勇者の歩みは思わぬ影響をもたらす。
「常人にできるのは、巻き込まれないように注意……いや、津波に対するように備えることだけか」
すでに、マークスの頭から、スタンピードへの不安は消えていた。
しかし、それはいささか早計だった。
脅威は、森や沼からだけではなかったのだ。
次回、ベッドシーン。