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18.必然の凶兆

「天を一単位、風を二単位。加えて幻を一単位。理を以て配合し、魔力を探る――かくあれかし」


 異世界の自宅のリビングから庭に場所を移し、凜々しい表情で本條さんが理力魔法を唱えた。

 正気度が減りそうな魔道書片手というのはヴィジュアル的にマイナスだが、本人が補って余りありすぎる。


 淡い魔力の走査線が、ログインボーナスを回収した後の世界樹を通過し、消えていった。本條さんのきらきらも、一緒に。


 傍目には、それだけ。


 でも、術者である本條さんにはそれで充分だった。


「比較するサンプルがないので、絶対とは言えませんが……」


 神秘的な表情はそのまま。そこに、わずかな悔しさを織り交ぜて報告する本條さん。


「この樹に地球へ移動する力はないようです」

「今のところは、ということね」


 今までより半歩ほど近いカイラさんが、厳しい表情でしめ縄が巻かれた世界樹を見つめながら言った。


 シリアスな場面でなんだけど、体温とか吐息とか、そういうのが感じられてですね。

 大変、こう、心臓によろしくありません。《レストアヘルス》は健康にしてくれるだけで、それを維持してくれるわけじゃないんだよ?


 だって、離れてもすすっと元の距離を保とうとするし。忍者の身体能力は、こんなことのためにあるわけじゃないのに……。


「はい。オリジナルの世界樹が勇者(アインヘリアル)を地球へ送ったということであれば、成長したなら同じ能力が使える可能性はあると思いますが……」

「今は、日々ログインボーナスをくれたり、俺に加護をくれただけか」


 とりあえず、うちの世界樹がヴェインクラル転移の原因ではないと判断できる。

 それが、魔法によっていわゆる知識判定的なものを行った本條さんの診断(みたて)だった。


「なるほど。ありがとう、参考になったよ」

「いいえ。お役に立てず申し訳ありませんでした」


 ぺこりと頭を下げた本條さんが、またきらきらする。永久機関かな?


 もう打つ手なしなんで、きらきらする前提で対処を考えたほうがいいような気がする。

 これぞアラフォーの処世術。おとなになるってかなしいことなの……。


「そんなことはないよ。この子が巻き込まれる可能性がないって分かったのは、大きな収穫だ」


 俺は恩人? 恩木? である世界樹の樹皮を撫でながら、ほっと息を吐き出した。中の人が本当に幼女なのかは分からないが、巻き込まないに越したことはない。


「これからの行動指針を決めようか」


 二人を振り返り……って、いつの間にか側にいた。近い、近くない?


「どうかした?」

「なにか問題が?」

「……そのうち、慣れるから大丈夫」


 というか、慣れないと俺の心臓が死ぬ。三杉くんみたいに、幽体離脱はしたくない。


 ともあれ、いちゃいちゃタイムは終わり。ここからは、真面目な会議の時間だ。


「オーナー。終わったのではなく、中断では?」

「それでも、ひとつの終わりであることは間違いない」

「あ、はい」


 会議の参加者は四人。リディアさんは、自分の仕事場に戻って寝てしまったので不参加。我が社は自由な社風がモットーなので、なんの問題もない。


「とりあえずの状況確認からだけど……」


 世界樹から離れてちっちゃな社まで移動しつつ、俺は考えをまとめる。


 ヴェインクラルは生きている。

 そして、このグライト周辺のボスとも言えるモンスターを狩っている。

 最終的な目標は俺だろう。


 ここまでは、良くないが、いいとしよう。


「一番の問題は、ヴェインクラルが地球へ行くということ」

「アヤノさんのお手柄ね」

「いえ、そんな……」

「なにを言ってるんですか。綾乃ちゃんの予知がなかったら、オーナーを陥落させることはできなかったんですよ。いわば、ウルバンの巨砲ですよ」

「俺は鍵をかけ忘れていたのかな?」


 TRPG中の脱線のように、話が戻る。

 良くないことだけど、楽しいのは間違いないんだよなぁ。


「まあ、そうだな。これはもう、確定した未来とする。そうしなくちゃいけない予知だ」

「秋也さん……」

「オーナーが……オーナーが……」


 エクス、感動しすぎ。


「そうなると、最悪なのはヴェインクラルが勝手に地球へ行くことね」


 その点、カイラさんは冷静だ。

 耳をぴこぴこさせているが、冷静なんだ。


「ミナギくんが心配しているのは、ヴェインクラルが自由に動いたらなにをするか分からないということでしょう?」

「うん。俺たちも一緒に地球へ行って、その直後のビジョン……という保証はないからね」


 なにせ、場所も確定していないのだ。ビルなんかの建物が見えたから、地球だろうというだけで。

 それが東京から遠く離れた場所とか、外国だったりしたら


 さすがに警察……は無理としても、軍隊には勝てないだろう。


 その結果死なずに生け捕りにされて、俺の名前でも出されでもしたら……行ったり来たりではなく、オルトヘイム側に完全移住しなければならなくなる。


「それは……困ります」

「ああ。困る」


 このとき、俺と本條さんの心は劉備、関羽、張飛ぐらいひとつになった。

 我ら小説とマンガ・アニメ・ゲームとジャンルの違いがあれど、死すべき日は同じである。


「せっかく、里の皆も喜んでいたのだし、できれば英雄界の物資は欲しいところよね」

「まあ、目を付けられた後も不可能ではないけど……」


 そうなると完全に密輸になる。できなくはないけど、面倒ではある。


「さすがのエクスでも、政府系のシステムに攻撃を仕掛けて譲歩を引き出すぐらいしかできないですからねぇ。もちろん、明け渡すときに置き土産も残しておきますけど」


 パスワードは、健康と美容のために、食後に一杯の紅茶かな?


「それやったら、向こうに住めないのは同じことじゃない?」


 むしろ、イワヤトにクラッキング仕掛けるほうが近いだろうか。それはちょっとニューロ過ぎる。


 しかし、考えれば考えるほど厄介だ。


「……なんで、ヴェインクラルのためにこんな頑張らなくっちゃならないんだ」


 我に返った俺の手をカイラさんと本條さんがぎゅっと握る。

 俺は、びっくりしすぎて、まともなリアクションも取れず為すがままだった。


「安心して。私の刃が届くのであれば、今度こそ討ち果たしてみせるわ」

「はい。秋也さんには指一本触れさせはしませんから」

「う、うん? それはありがとうだけど……」


 なんか、俺を戦わせまいとしてない? 俺を養おうとしようとしているときと同じ圧を感じるんだけど?

 気のせいだよね? ね?


「そうだよな。ヴェインクラルのせいで、落ち込んだって仕方ないもんな」


 そして、その度に超絶美少女と美女からスキンシップを受けていては身が持たない。夜は慣れるまでドキドキスペースなのは確定的明らかなので、なんとか昼間は普通に過ごしたい。


 俺はさりげなく。

 拒絶するでも、恥ずかしがっているでもない風を装って手を離した。


 うわぁ。めっちゃすべすべだった。本当に同じ哺乳類なの?


「まずは、冒険者ギルドに行って、ヴェインクラルの情報がないか確認しよう」

「そうね。できることを、ひとつずつ片付けていきましょう」

「良い仕事は全て単純な作業の堅実な積み重ねだからね」


 それなのに、アニメ二期はどうしてあんな……。


 いや、これ以上は止めておこう。それは、俺の語るべき物語ではない。


 というわけで、リディアさんには書き置きだけ残して冒険者ギルドへ移動。フェニックスウィングを使ったので、時間はほとんどかからない。


 ……のは、いいのだが。


「なんだか慌ただしいわね」


 カイラさんの言う通り、体感で久々に足を踏み入れた冒険者ギルドは妙な緊張感に包まれていた。


 西部劇を思わせるスイングドアの向こうは、セール中の牛丼屋ぐらい素人お断りな雰囲気だったはず。それが今は、たむろする冒険者は少なく、いてもみんなぴりぴりしている。受付の向こうにいる職員の人たちも、俺たちに気付かない。


 きらきらしたままのカイラさんや本條さんにほとんど注目が集まらないのだから、相当だ。


「……君たちは」


 戸惑いを隠せない俺たちの前に、階段を下りてきた顔見知りが現れた。


「マークスさん、どうも」


 マークス・ジーク。

 いろいろとお世話になった、冒険者ギルドで一番偉い人。


「いいところに来てくれた」


 あの鉄面皮を誇っていたマークスさんが、笑った。

 かぷかぷではないが、確かに笑っていた。


 ……目の錯覚かな?


「私の部屋へ来てくれないか」

「出かけるところだったんじゃ?」

「ああ、君たちの家にな」


 そう言われては拒否もできない。

 大人しく三人でついてくが……。


「嫌な予感がするわね」


 カイラさんの言葉に反論する術を持たない。


 こいつは厄いぜ。


 請われるままギルドマスターの執務室に入り、マークスさんは俺たちに席を勧め……その途中でフリーズした。


「いや、そうか……。そういえば、冒険者ギルドに加入していたわけではなかったな」

「確かに、正式に加入はしてなかったような……?」


 直後、ギルドマスターのマークスさんが目を伏せた。一般人に例えると、落ち込んだに相当するリアクションだ。


「ええと、いったいなにがあったんです?」


 とりあえず、応接スペースのようなところに腰を落ち着け、俺はマークスさんに話を促した。


 聞きたくはない。関わりたくもない。

 だが、スルーしたら後悔する。


 そんな後ろ向きに前向きな心境で、マークスさんに問いかけた。


「牙の森と沼地の異変については聞いているだろうか?」

「とう……主みたいなモンスターが倒されたって話は聞いてます」


 思わず当事者ですと言いかけて、すんでのところで抑制力チェックに成功した。危ない。


「どちらも、混乱状態に陥っていてな」

「もしかして、スタンピードですか?」


 スタンピードといっても、不殺の人間台風ヒューマノイドタイフーンではないはずだ。


「パニックによる、集団事故のことでしょうか?」

「いいえ。モンスターの大群が襲いかかってくることよ」

「モンスターの大群が……」


 本條さんが息を飲む。


 ゴブリンを相手にしたときは、そこまでの数ではなかった。

 メフルザードも、超巨大半魚人(ダゴン)も桁外れの脅威だが、集団ではなく単体だった。


 スタンピード。それは、未知の脅威。


「ああ、その兆候がある。一両日中には、グライトに向かってくることだろう。恐らく、数千の単位で」

「マジか……」


 歪ながらも保たれていた秩序が破壊され、挙げ句、破壊した張本人は統治する気一切なし。

 そりゃ、暴走もするわ。


 ヴェインクラル、マジろくなことしねえなぁ。


「できればだな……」

「もちろん、できる限り協力します」


 アレを放置はできないが、グライトの街だって見捨てるわけにはいかない。


 実質、俺たちに選択肢なんてなかった。


 勇者って、こうやって“させられていく”もんなんだろうな……。

本條さんの噂

中高一貫の女子校(付属大学もあり)に通っている。

本人は普通の生徒のつもりだが、分け隔てなく優しく接することから中学の頃は秘密のファンクラブもあったらしい。

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