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17.スキンシップ解禁

ちょこっといちゃいちゃするだけ回。

「とりあえず、ですね」


 エルフの里へ行こう。


 そう方針が定まった直後、とことことこっと本條さんが移動して俺の隣にぽすんと腰を下ろした。


 その動きは本條さんらしくなく、だからこそめちゃくちゃかわいかったのだが……。


 問題は、距離。

 隣も隣。普通に体がくっついちゃってるほど隣に座ったのだ。


 いきなりの行動に、視線が忙しなく動く。距離というか、距離はゼロだ。お肌の触れあい通信ができちゃう。

 触れ合っている場所からちょっと高めの体温が伝わってきて、女の子特有の甘い匂いが鼻孔をくすぐった。

 砂糖とスパイスと素敵なものでできてるっていうのは、正しかったらしい。


「もう、解禁ですよね?」

「え? なんの話? とりあえず? 解禁?」


 いつの間に禁猟期が定められたんだ……と思考が空回りする中、さらにぎゅーっと本條さんが体を押しつけてくる。

 キャバクラでも、こうはならない。いや、行ったことないけどさあ!


「ご迷惑でしょうから、ずっと我慢していたのですが……。もう、くっついてもいいですよね?」

「え、あ、それはどうかと……」

「離しません」


 本條さんって、スキンシップが好きな設定だったの? 初めて知ったんだけど!? そんな伏線、どこかにあった!? 読者への挑戦は!?


「はぁ……。このまま、本を読みたい気分です」

「読書っていうのは、独りで静かにするものではないかと愚考しますが」

「一理あります」


 俺の肩に、こてんと頭を預けながら本條さんは言う。


「ですが、それはあまりにも短絡的な見方と言わざるを得ません」

「一応聞くけど、その理由は?」

「簡単です。幸せがふたつ重なったら、二乗になりますよね?」

「あ、はい」


 うっとりとしつつ冷静に返された。

 なんだろう? 俺は、なにをされているんだろう?


 心臓の音がうるさい。

 風邪でも引いたように顔が熱い。


 これが吊り橋エフェクト……?


 俺の戸惑いを余所に、ぴったりくっついている本條さんはとても嬉しそうで……。


 もう、このままでも……ダメだ。このまま現状を受け入れてはいけない。


「理性的な行動こそが、人間らしさじゃないかなーって思うんだけども?」

「それは獣性と対比させる古い考え方です。今は、心こそ人間らしさだと言われています」


 心持つAIであるエクスに視線でヘルプを依頼するが、笑ってサムズアップされた。


 第二部で同級生同士戦争させるぐらい、人の心がない。


「つまり、心のままに振る舞うのが最も人間らしい行いになります」

「いや、そのりくつはおかしい」


 ほんと、おかしい。

 本條さんがおかしい。


「……秋也さんは、嫌……ですか?」

「嫌ではないです」


 俺は即答した。

 そんなうるっとした瞳で上目遣いに聞かれたら、嫌なんて言えない。


 それ以前に、困ってはいても、嫌ではないのだ。だからこそ困っているとも言うが……。


「嫌じゃないけど、こう、人目がね?」

「ひゅーひゅー」

「ひゅーひゅー」


 待っていたかのように、はやし立てるエクスとリディアさん。ええいっ、小学生かっ。悪意しかない分、小学生より性質が悪い。


 第二部で同級生同士戦争させた上に、専用の死亡ボイスを用意するぐらい、人の心がない。


 だが、昔の偉い人も言っていた、奇貨おくべしと。


 これをきっかけに、本條さんには正気に戻ってもらう。


「ほら、リディアさんが悪そうな顔で見てるし」

「なんでウチだけ、狙い撃ちされてるん!?」

「大丈夫。気にしませんから」

「気にしたほうがいいよっ」


 ほんと、そこはね。一時のテンションで動くと、身を滅ぼすから。

 間違いない。感情を制御出来ない人間はゴミだと教えたはずだがな……って、ザビーネ・シャルも言ってたから。


「今はいいとして、あとから思い出して後悔しない?」

「……あ」


 まったく、そんなことは考えていなかったらしい。にっこにこしていた本條さんの笑顔が固まる。

 これが若さか……。


「秋也さん、古本……とは限りませんがある界隈では、こういう格言があります」


 それでもなお、本條さんの体温が遠ざかることはなかった。


「買わずに後悔するより、買って後悔と」

「後悔先に立たずとも言わない?」

「どうせ後悔するのであれば、行動をせよという素晴らしい言葉です」

「うん。分かったよ……」


 俺は説得を諦めた。

 それを同意と解釈したのか、ちょっと勝ち誇ったかわいいで本條さんが背後に声をかけた。


「カイラさん、反対側が空いています」

「巻き込みにきた……」

「私は、いいわ」


 カイラさんは、首と一緒に尻尾を振って断った。

 このくのいちさん、すごいよ。さすが影人(シャドウ)黒喰(エクリプス)


 こんなことになっても、


「……あとで、時間をもらえるでしょう?」


 くっ、そうきたか……。


 そんな風に、白い顔を真っ赤にして言われたら、ノーなんて言えない。俺はトリーズナーである前に日本人だからね。


「えー。それでは、宴もたけなわでございますが、ここで祝電を披露させていただきます」

「そういうの、どこで憶えるの?」


 ネット? ネットで結婚式のライブビューイングとかあるの?


 ……なくはなさそう。


「まあ、まあ。オーナーもここは大人しく綾乃ちゃんにくっつかれながら祝電を聞くといいですよ」

「そうは言うがな、エクス」

「はっきり好きって言ってとか、キスしてくださいとか、名前で呼んでとか、そういう要求をされているわけではないんですから。ぴったりくっつかれているぐらい、かわいいものではないですか」


 確かに。

 突然すぎるから驚いたけど、要求としては過大とはいえない。むしろ、過小だろう。


「それはその、そういうのは段階を踏んでといいますか……」


 本條さんは照れていた。

 かわいい。


「というわけで、祝電ですよ」

「いやいやいや。それ以前に、祝電なんてどこから……」

『ご結婚おめでとうございます。

 お二人の前途を祝し、ご多幸とご健勝をお祈り申し上げます。

 ささやかではありますが、祝いの品をお送りさせていただきました。

 内容は、ホールディングバッグからご確認ください。

[ホールディングバッグアプリの起動はこちらから]

 それでは、今後ともよろしくお願いいたします。』


 運営じゃねーかー!

 エルフと出会ってもなにもなかったのに、ここで出てくるのかよ! まさか、タイミングを計ってたんじゃねえだろうな?


「僭越ながら、親族代表としてエクスが、お祝いの品を披露させていただきます」

「あ、うん」


 明らかに親族ではないが、代表という意味では異論はない。


「それでは、《ホールディングバッグ》、ディスペンサーモード実行します」


 広いリビングの隅に光の粒が現れ、即座に収束していく。

 具現化したのは――


「ベッドですか」

「大きいわね」

「五人は寝られるんちゃう?」

「ベッド……」


 サイズ含め、恣意的なものしか感じない。

 思わず半眼でエクスをにらむが、電子の妖精はあっさりとスルーした。


「これは、ただのベッドじゃないですよ。なんと一時間の睡眠で八時間分の回復効果が得られるベッドです」

「おお、それはすごい」


 社畜ベッドだ。いや、タンクベッドだ。バグダッシュ中佐が閉じ込められたやつ。


「つまり、一時間を除いて一日中本を読み続けられるということですか?」

「計算おかしくない?」

「そもそも、眠らんでも本は読み続けられるやろ」

「とんでもないです。常にベストコンディションで挑まなくては、本への冒涜になってしまいます」


 冒涜的な魔道書を持つ本條さんは、断言した。

 さすがだ。

 なにがさすがか分からないが、さすがだ。


「ちなみに。普通に八時間寝た場合は、老化防止になるとか」

「……あっちとこっちを行き来してるギャップがなかったことになるのか」


 くっ。

 なにがなんでも一緒に寝させようとする圧力を感じる。


「それ、不死が足りないんちゃう?」

「寝てるだけで不老不死になるベッドとか、怖すぎる」


 それ、絶対呪いのアイテムでしょ。


「それからもうひとつ」

「もうひとつ?」

「もちろん、綾乃ちゃんとカイラさんの二人分ですよ」

「俺は一人なんだけど……」


 というか、それなら俺の分も合わせて三つじゃないといけないのでは?

 いや、まあ、一対二の結婚とか、イレギュラーすぎてわけが分かんないことになるのは当たり前か。


 ……今さらながら、すごいことをしちゃったな、俺。


「もうひとつは、これです」

「……ランプ?」


 アンティークランプというやつなのだろうか?

 台座から蔦をモチーフにした支柱が弧を描いて伸び、ランプシェードがつり下げられている。ランプシェード自体、布が広がるようないい雰囲気のデザインだ。


「これは、素敵ですね」

「そうね」


 カイラさんが素直にうなずくぐらいだから、本当にいい品なんだろう。


 だが、俺は油断をしていない。


「で、効果は?」

「ムーディーな雰囲気が演出されます」

「効果は?」


 俺の追及を受け、エクスはにやりと笑った。


「この光の下で眠りにつくと、小さいですが幸運を得られるそうです」

「幸運……」


 曖昧だ。占いみたいに、気の持ちようでどどうとでもなりそう。


 でもな……。これ、ファンタジーの話なんだよな……。確実に効果があると見ていいだろう。


 つまり、ガチャ運が良くなったり、目の前でバスや電車が行ってしまうことがなくなったり、妖怪1足りないが駆逐されたりするわけだ。


 ううっ……。それは魅力的だ……。


「つまり、ムーディなランプが灯った部屋で、一緒のベッドで寝るとええことがあるというわけやな」


 簡単なリディアさんのまとめ。

 それを聞いているのかいないのか、本條さんとカイラさんは顔を見合わせてつぶやく。


「既成事実……は、すでにできていますが、両親への説得の材料に……?」

「ま、まあ、それが確定した未来であるならば、身を委ねるのが当然よね」


 おーけーおーけー。

 前向きな二人を前に、俺は決意を新たにする。


 早くエルフの里に行こう! 飛ぶがごとく! 飛ぶがごとく!

【ベッド・オブ・ノクターン】

価格:475金貨

等級:英雄級

種別:その他のマジックアイテム

効果:複数人が同時に寝ることができる巨大なベッド。

オリジナルはある仕事熱心な皇帝が作らせた物だが、

   政務に勤しむために作らせたにもかかわらず、巨大なサイズに苦笑したとされる。

   このベッドでは、一時間の睡眠で八時間分の疲労回復効果が得られる。

   また、八時間の睡眠を取った場合には、二十四時間老化効果に完全耐性を得る。

   ただし、この効果はこのベッドを連続で一ヶ月以上使用した後に発揮され、

   連続使用が途切れると、再び一ヶ月以上使用しないと老化への完全耐性は得られない。


【フォーチュンランプ】

価格:230金貨

等級:英雄級

種別:その他のマジックアイテム

効果:品の良い玻璃鉄(クリスタルアイアン)のナイトランプ。

このランプの光を浴びて就寝すると、翌日に一度だけ小さな幸運に遭遇する。

   あるいは、致命的な失敗を回避できる可能性がある。

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