16.人生の岐路に
「……はっ」
強制的にブラックアウトした意識が、唐突に戻った。
彗星を見ていた気がする。いや、違う。違うな。彗星はもっとバーって動くもんな。
「オーナー、大丈夫ですか?」
タブレットから離れたエクスが、心配そうに顔をのぞき込んでくる。カイラさんも本條さんも、同じだ。
場所も同じリビングだし、どうやら意識を失ったのはほんの短い時間だったらしい。
夢じゃなかったか。
「脳が負荷に耐えられなかったみたいだ……」
いきなり子供とか、さすがにインパクト強すぎる。段階すっ飛ばしすぎだろ。ギャルゲーのエンディングかよ。
普通なら冗談で流すところだけど、本條さんの予知だしさぁ。
何年後のビジョンだったかは分からないけど、かなり斜め上の予知だった。
道理で、俺が返事を保留しても怒ったりしないわけだよ。
というか、なにやってるんだ俺っっっ!
「あの……。申し訳ありません、私が変なことを言って……」
「むしろ、悪いのは俺のほうで」
彼女だって、いっぱいいっぱいだったんだろう。本條さんにも予知能力にも罪はない。
ただ、俺の許容量を超えてしまっただけだ。悪いのは俺、一人。
というか、これ、どうしよう……。なぁなぁに……ってわけにはいかないよな。どんなクズだよ。
人生の岐路に立っている。
そこそこ生きたけど、何度もなかった場所。俺は、そこへ踏み込んでいた。
「わざわざ言葉にすべきことじゃないかもしれないけど、そういう予知を見て、ビジョンを守りたいってことは……そういうことだと解釈していいんだよ……ね?」
「はい」
驚きも逡巡もなく、本條さんはうなずいた。
きらきらとした美貌は、いっそ神々しさすらある。
それが俺へと真摯に向けられているかと思うと……優越感がないと言えば嘘になるだろう。少しだけ、少しだけね。
「恩返しというわけではなく、いえ、きっかけはそうだったのかもしれませんが、今は、それとは関係なく秋也さんのことを支えたいと思っています」
「ウチは今、なにを見せられてるん……?」
気持ちは分かるけど、ちょっと黙ってて。
あと、エクスは誰を応援してるのか分からないけど、なんでチアリーダーファッションなんだ。
「それは、カイラさんも同じはずです」
「アヤノさん、今、私は関係な――」
「だめです」
常になく強気な本條さんが、ぴしゃりと言い放った。
「ひとつ確認だけど、カイラさんも本條さんの予知のことは知ってたんだよね?」
「……話は聞いていたわ」
耳をぴこぴこさせながら、ケモミミくノ一さんが答えた。ちょっとそわそわしてる。
「ということは……カイラさんもそういうことで間違いなくて……?」
そうなると……あれ? ハーレムというか、一夫多妻になるってことなのか?
そうだよ。フウゴも、なんか、カイラさんと本條さんの順番とか気にするなって言ってたし。
それはまずい。だめだろう。
俺が口を開こうとしたところ、エクスに機先を制された。
「地球の妻と、オルトヘイムの嫁。なんの問題もありませんね」
「なるほど……」
なるほど?
それありなの? 許されるの?
落ち着こう。
例えば、宅見くんが夏芽ちゃんと付き合ったうえに、探しているエルフのアイナリアルさんともよりを戻したとする。
……許されざるよな。
ああ、完全に許されない。
「私は……」
思考の天秤が傾きかけたところで、不意にカイラさんが声をあげた。
大きいというわけではないけど、不思議とよく通る声。
俺は当然、引き気味だったリディアさんもカイラさんに注目する。
「ミナギくんの、可能不可能ではなく正しいことを行うと決断できる。そういうところに、私は……」
「あ、うん。そんな立派な人間じゃないけど……ありがとうございます」
なんだこれ、なんだこれ。
きらきらし始めたカイラさんを眺めつつ、俺の思考はふわふわと拡散する。
イベント発生するなら、ちゃんと段階踏んで起こしてほしい。フラグとか、そういうの全部ぶっ飛ばしてるじゃねえか。
それとも、俺の知らない間にフラグは立てられ、堀は埋められ、完全に包囲されていたのだろうか……。
だろうかというか、まさに、そういうことだった。
「うん。そういうことなら、なんというか……。二人が俺を好きでいてくれているというのは、よく分かったよ」
事ここに至り、俺は覚悟を決めた。
知らないよ? 後悔しても知らないからね?
今の俺は、貯金はあるけど、実質無職だからね? しかも、最近は《水行師》のマクロもほとんど使ってない、なんちゃって勇者だからね?
「こんな俺で良ければ、二人とも末永くよろしく」
「……はい。こちらこそよろしくお願いします」
「ええ、一命を賭しても」
きらきらしている二人は、とても綺麗で。
そして、嬉しそうで。
もう、いろんなものがどうでも良くなった。
男なんて、所詮、そんなもんだよ。
「ううう……。オーナーが立派に……。オーナーは、やればできる子だと思ってました!」
「それ、やらないからできない子って意味だからな」
エクスが、どこからか取り出したハンカチで目頭を押さえる。お母さんか。
なんだか盛り上がってるけど、今すぐってわけにはいかないことは伝えておかないとだ。
「でも、ほら。水を差すわけじゃないけど、いろいろ落ち着いてからじゃないとね?」
「つまり、目下の懸案が解決したら、オーナーは綾乃ちゃんのご両親へ挨拶に行くわけですね?」
「うっ」
俺の若干の日和にもエクスは動じない。むしろ、急所攻撃を仕掛けてきた。くっ、妖精に暗殺者の適性があることなんて、T&Tとルナルで知っていたはずなのに。
けれど、それは間違いなく避けて通れない道だ。
そして、双魚宮への道ぐらい、茨で舗装されてもいた。
「大丈夫ですよ。父が変なことを言い出したら、私がどうにかしますから」
「それはさすがに……。でも、ご両親に、どうやって説明したらいいんだ……」
お嬢さんが吸血鬼に付け狙われていたところを助けたのが馴れ初めですとか、言えるはずがない。
一緒に異世界へ行ったり来たりしてるだなんてことも、とても。
ただでさえも、倍はある年齢差だ。門前払いされてもおかしくはないというのに……。
「本條さんのご両親も、異世界と縁があるとかそういうことない?」
「父は英文学の研究家で、母はただの通訳ですから、恐らくそういうことはないかと……」
「ですよねー」
あ、これガチで上流階級なやつですね。文化が違う可能性が高いぞ。
「でもですね。今は家を出ていますが年の離れた兄がいますので、私はかなり自由にさせてもらっていますから」
そのお兄さん、どう考えても俺より年下でしょう?
あ、胃が。《レストアヘルス》以来、健康になったはずの胃がしくしく痛む……。
「ミナギはん、なにも感じなくなるポーション出そうか? 女神の慈悲って名前なんやけど」
「準備はしておいて」
「……そ、そうしとくわ」
リディアさんが、「アカン、これガチなやつや」って顔をして引き気味に頷いた。
「里には、私が言っておくから気にしなくていいわよ」
「それで済むのかなぁ……」
まあ、シュークリーム配ればどうとでもなるような気がしないでもない。
しかし、今までは違っていたと言わないけど、そうなっちゃったら半分身内みたいなもんだよなぁ。交易はどうするんだろう?
……うん。
下手に考えても仕方がない。
「まあ、できることをひとつずつやっていこう」
「そうね。別に、なにかと引き替えにヴェインクラルと戦うわけではないけれど」
そう言いつつも、カイラさんの尻尾は音がしそうなほどぶんぶん揺れていた。
「可及的速やかに討ち滅ぼすのが、大多数の幸福につながると思うわ」
「内容は正しいので否定しづらい……」
「で、そろそろ終わったってことでええん?」
「大変、申し訳ありませんでした」
若干疲れた様子のリディアさんに、心の底から頭を下げた。
職場でだって、こんな気持ちで謝ったことはない。
「でも、結局、どこでどうやって迎え撃つのかは決まってないんちゃう?」
「鍵は、やっぱ、世界樹か……?」
我が家の世界樹に、そこまでの力があるとは思えないだが……。
「あ、そういえば。エルフの里には世界樹があるのが定番だけど」
「そんな定番ありましたか?」
あるんだよ。
「これは、早めにエルフの里へ行ったほうがいいかもしれない」
「そうね。世界樹はなくとも、古い種族だもの。英雄界へ行く方法の情報があるかもしれないわ」
「一応、冒険者ギルドにも確認はしておこうと思うけど……本当に確認だけになりそうだな」
なんか、話が変な方向へすっ飛んでいってるのに、エルフの里に収束していく。
これも全部、宅見くんの引きの良さで起こっているようなものだ。
まったく、元勇者は格が違うな。
エクス「この流れは想定外でしたが、勢いで押し切りました」
次回、ちょっとだけいちゃいちゃします。




