15.衝撃的な未来予知
100話!
「いったい、なんの話をしとるん?」
「あっ……」
しまった。
リディアさんがいるのに、気にせず予知の話しちゃってんじゃん。
今の俺は、とんでもないマヌケ顔をしているだろう。
別に仲間外れってわけじゃない。ただ、本條さんの秘密を勝手に喋ってしまったという罪悪感から言葉を失う……が。
「自分で制御できるわけではありませんが、私は未来を予知する力があります」
「ほほーん。それは便利なようで不便やな」
実は人より爪が伸びるのが早い。
そんな打ち明け話を聞いた程度のリアクションで、あっさりと受け入れられてしまった。
これには、決心して告白しただろう本條さんも拍子抜けしているに違いない。
「ファンタジーの住人は、おおざっぱだな……」
「本当に……」
本條さんと顔を見合わせ苦笑する。
三日だろうが三年だろうが絶対見飽きることのない美貌に、珍しい表情が浮かんでいて……。
……ちょっと、どきっとしてしまった。
慌てない慌てない。一休み一休み。
「ひとつ確認したいのだけど、そのオーガはヴェインクラルなのかしら?」
「そうか。本條さんは、アレに会ったことないよな」
この情報格差、結構面倒くさいな。でも、写真なんてないし……。
「腕はあった?」
「……両腕があります。義手のようには見えません」
じゃあ、別オーガ? どんだけ、オーガに絡まれれば気が済むの?
それはさすがに、ないと思いたい……。
「むむむ。では、エクスの記憶から画像を作ってみましょう」
「え? そんな特技が?」
「さすがに、あの頃は録画している余裕まではありませんでしたからね」
特徴的なベレー帽の漫画の神様ファッションになったエクスが目を閉じる。
これって、要するに脳内映像をそのまま出力できるってことなのでは?
すげえ。これで俺も、神絵師の肉を食わずに神絵師になれるぜ。ならないけど。
俺は生涯、消費型オタクでいたいからね。
下手に生産側に回ると、ゲームとか素直に楽しめなくなっちゃうし。
とか誓っていると、漫画の神様エクスの前に進行度を表すバーが現れた。
今、30%……っと、一気に50まで飛んだ。
以降は順調に進み……。
「99%で止まってしまったのですが……」
「よくあることだから」
あるあるだなぁ。
だけど、そんな小細工必要だった?
「……上手にできましたー」
「自分で言う?」
エクスが目を開き、衣装もデフォ巫女に着替える。
ひょいっとタブレットから飛び退くと、液晶画面一杯にトラウマの象徴がいた。
俺の……エクスの視点から描かれた、見上げるような巨躯。
レザーアーマーがはち切れそうなほど隆々とした筋肉で全身が覆われ、手にしたグレートソードはカイラさんの胴回りよりも太い。
そして、頭頂部に生える二本の角は長く、凶悪そのもの。
ヴェインクラル。
二度と見たくないオーガが、タブレットの中にいた。
「まるで、そのまま切り取ったようね」
「ふふふ。いざとなれば、フリーのイラストサイトでオーナーの衣食住を支える覚悟でした」
「今思いついたろ、そのプラン」
隙あらば俺を扶養しようとするのやめて。
「間違いありません。確かに、このオーガでした」
「やっぱ生きてやがったか、ヴェインクラル……」
本條さんの証言に、俺はサルミアッキをかじったときと同じ気分を味わっていた。
もう、名前も解禁だ。
「エクスも、生きているんじゃないかとは思っていましたが、意外と早かったですねえ」
「向こうからすると、遅すぎると考えているかもしれないわ」
「これが、ヴェインクラル……なのですね」
わりと平然と受け入れているエクスとカイラさんに対し、本條さんはやけにシリアスな表情で液晶を見つめている。
まるで、仇討ちでもしようとするかのようだ。
他方、リディアさんは一人冷静。
「でも、それおかしない? なんで、ミナギはんが件のオーガを英雄界へ連れていった挙げ句、やっぱり戦ってるん?」
「そう……なのですよね……」
予知を見た本條さん本人にも、わけが分からない。困惑するしかないシチュエーション。
「まさか、ヴェインクラルが私たちの仲間になったわけではないわよね?」
「えー?」
勇者の指輪に視線を落としてから言うカイラさんに、俺は露骨すぎるほど露骨に嫌な顔をした。
例えるなら、好きなエロゲが一般展開するので、中の人が全員有名声優に代えられたぐらい。
「指輪は……していなかったと思います……」
「そう。安心していいかは微妙なところだけれど、良かったわ」
「でも、他にヤツが地球に来る方法なんてあるのか……?」
腕を組み、首を傾げながらエクスを見る。
「少なくとも、《ホームアプリ》では無理ですね」
デフォ巫女衣装の電子の妖精は、アメリカンドラマみたいに肩をすくめながら首を横に振った。
「お二人が一緒に行き来しているのは、あくまでもオーナーが受けた効果を、指輪越しに共有しているだけですから」
「厳密には、俺というかエクスだけど……」
勝手に、指定した対象を異世界送りになんかできない。
それができたら、メフルザードなんてこっちに放逐してた……いや、選択肢にはなっても、本当にはしないか。しても、最後の手段としてだな。
「なんや。ウチも、英雄界へ行ける可能性あるんかいな」
「行きたかったり?」
「う~ん。百年後ぐらいには、そんな気になっとるかもなぁ」
退屈したらってことかな?
逆に言うと、百年ぐらいは退屈しそうにないと。
……これ、リディアさんなりのデレなのか?
まあ、それは別にいいや。リディアさんだから。
「そもそも、俺がヴェインクラルを地球に連れていく理由がないよな」
「しかも、英雄界で敵対しとるんやろ? まあ、脅されたとかならなくはないやろうけど、そもそもできないじゃ、どうしようもないわな」
リディアさんの、やや他人事にも聞こえる冷静な状況分析。
正直、助かる。
「そうなると、ミナギくん以外に英雄界と行き来できる手段があることになるわね……」
「いえ、行き来とは限らないです。単に行くだけでも、予知と矛盾しません」
「もしかして、世界を移動する方法に心当たりある?」
カイラさんとリディアさんは、そろって首を振った。
そういうことだ。
「でも、そうね。過去の勇者は世界樹によって帰還したのよね」
「……そういえば」
しめ縄を結んだばかりの世界樹が脳裏に浮かぶ。
でも、今のところ、ログボだけ……じゃない。
俺が地球にいても、能力は届いたと考えられなくもないんだよなぁ。
「可能性はあるの……か?」
「つまり、あの木がエクスのアイデンティティをクライシスするのですか?」
「いやいやいや。エクスはそれだけじゃないから。むしろ、俺の生活はエクスなしじゃ成り立たないまであるから」
「ですよね。びっくりして、マギア化するところでした。エクスの役目はオーナーを笑顔にすることなのに……」
エクスは、最初からシンギュラリティを起こしてるような気がする……。
「だとしたら、ヴェインクラルはどこで世界樹のことを知ったのかしら……」
「それ以前に、本当に地球に行くのが目的なのでしょうか?」
「なにかアクシデントがあって地球に行っちゃった……ってこと……か」
あり得る。であれば、行動方針も自ずと決まってくる。
「となると、今回はビジョンを実現させない方向で動くべきだな」
「秋也さん、今なんて……?」
「ん?」
特に難しい話じゃないと思うけど。
「今までは予知を守ることで事態を打開してきたけど、今回は起こさないようにしないと」
「予知が……外れる……。そう……ですよね。危険な存在を地球に来させるわけにはいかないですよね……」
あれ? 本條さんの様子がおかしい。
確かに、行動指針として考えたら、絶対に的中してもらったほうが都合がいい。それを下手に外して信頼性を損なうのは良くない。
……というのとは関係なく、本條さんの中でもっと大切ななにかがあるのだろう。
それがなにかは分からないけど、効率のためにないがしろにしていいものでもないはずだ。
「そっか。やっぱり、地球で上手くやる方法を考えようか」
「秋也さん……」
「ちょうど、異世界帰還者同盟と知り合ったんだ。悪いけど、協力してもらおう」
ポーションとか代価にすれば、ある程度お願いも聞いてくれるはず。
「ですが、それでは交易が……」
「それよりも、本條さんの感情のほうが大切だよ」
「秋也さん……」
本條さんが、きらきらした。
くっ、柄にもないことを言ってしまった。
「でも、これがオーナーの本音ということですよね?」
「私も、最大限協力するわ」
「大事な予知もあるので、そう言ってもらえると嬉しいです」
大事な予知か。
「もしかして、将来の夢が叶うビジョンとか? 小説家になってるとか」
「そういわけではないのですが……。女の子の夢ではありますね」
「もしかして、誰かと結婚してる予知を見たとか? ああ、ごめんごめん。セクハラだよね。許し……て……?」
本條さんが、きらきらした笑顔のまま固まっていた。
カイラさんは真顔だが、忙しなく耳と尻尾が動いている。
エクスは、なんか賽は投げられたみたいな顔してる。
リディアさんは、そろりそろりとこの場から逃げ出そうとしていた。
俺だって、できるものならそうしたい。
だって、本條さんは俺に告白してるんだぞ?
その本條さんが結婚してる予知の相手なんか、一人しかいない。
「いえ、あの……秋也さんの子供を抱いているビジョンでした……。カイラさんと一緒に……」
「……あ、うん」
俺の意識は、即座にシャットダウンした。
記念すべき100話で、気絶する主人公がいるらしい。
というわけで、これからもよろしくお願いします。