善意の真相
1
「カーラ・ルゥ、その話は聞き飽きたわ。この領地に来たときから、ずっと同じことを言ってるじゃないの」
「はっ。この領地に来たときから、ずっと同じ状況ですので。城の財政は破綻寸前というのに――なのに、見知らぬ異国人の面倒を見るとは! さすがに気前が良すぎでは?」
どうやら、俺たちの話をしていたらしい。
こうはっきり言われると、さすがに心苦しくなる。
「あのように怪しげな者たちを城に滞在させるなど……。盗賊か、あるいは人に化けた魔物の類かもしれないのですぞ?」
「あら、あの二人がそんな悪い存在のはずがないでしょう? フタバはあんなに楽しい子だし、それにキョーイチローも――」
俺?
「カーラ・ルゥも気づいていて? キョーイチローは、なにか見慣れないものがあると、自然とフタバを庇うような仕草をするのよ。妹の盾になる位置に、すうっと歩いて移動して……。たぶん無意識なのでしょうけど、そんな妹想いが悪い人のはずないわ」
「それは、気づいておりました……。最初に現れたときも、私から妹を守るように――」
さすがに、それは買いかぶりだ。
ふたばも『そうなの?』と、きょとんとした目で俺の顔を見ていた。自分では気づいてなかったが、もしそんなことをしていたとすれば、本当に無意識下での行動だ。
「とても盗賊なんて野蛮な者たちには見えないわ。それどころか、あの二人、きっとどこかの貴公子と姫よ。兄妹ともどこか品があるし、それに、とてもお美しいもの」
貴公子? 姫? 美しい?
「特にキョーイチローは殿方なのに色白で手足も細くて、今まで野良仕事も戦仕度もしたことないみたい……。うふふっ。お散歩の最中に異国の貴公子と出会うだなんて、まるで絵物語のようね。やっぱり絵物語のように国が滅んで放浪中なのかしら? お可哀想に」
それも、また買いかぶりだ。
たしかに野良仕事も戦仕度もしたことはないが、単に文化部系で運動嫌いというだけのことだ。貴公子という言葉に、ふたばはププッと笑いをこらえる。
「とにかく、フタバやキョーイチローの食費くらい、今さら大したことではないでしょう? あの二人が来る前から、このお城にはお金なんてなかったのだもの」
「無論です。たしかに、あの二人のことだけではありません。むしろ、領民たちに対して気前が良すぎることの方が問題かと……」
「あら……。さては、本当はそっちの話が本題なのね?」
俺たちの話は、単なる前置きということか。
「それでカーラ・ルゥ、どうしろと?」
「決まっております! 姫様、もっと税をお取りくださいませ! ――否、一旦軽くなされた税を、我らの着任前にまでお戻しください!」
「まあ、なんてこと! こんな貧しい村から重税を取り立てようというの!?」
「お嫌でしたら、半分でも構いません……。王国で定められた正規の税以外にも、心臓税、苗税、家畜税、祭り税、先祖税、金髪税、黒髪税、妊娠税、子なし税――廃止した数々の税のうち、半分だけでもまた取り立てましょう。以前の半分なら領民も喜びます」
「なんということを……。
お前はそれでも誇り高きイース国の騎士ですか! 恥というものを知りなさい!」
姫が珍しく声を荒げた。それも自分のためでなく、この村の人々のために。
さほど長くもない会話の中から、多くのことが理解できた。シア姫は、俺たちが思った以上に立派な人であるらしい。自分も貧しいのに領民の税を軽くするとは。
だが『税を取れ』と言っているカーラも、決して私利私欲でそう言っているわけではない。主を思っての進言なのは俺たちにもすぐにわかった。
「姫様、お聞きください。足りぬのはパンを買う金だけではないのです……。
村というのは、ただ存在するだけで金を必要とします。道や水路の維持費に、鐘衝き番や墓守の給金。
領地の外側にはオークの部族が棲んでいるため、柵や武具、見張り番も必要です。――貧しい村だからこそ、税は少しでも多く取り立てねば!」
扉の隙間から部屋を覗けば、カーラは姫の車椅子の前に跪き、頭を深くうなだれていた。これは懇願――いや、哀願だ。
部屋の中は薄暗かったが、カーラが泣いているのはわかる。
ランプの火が揺れるたびに、頬の涙がちかちかと反射し瞬いていた。
「そうしなければ、姫はこれからも先祖伝来の財産を切り崩し、諸費用を肩代わりし続けることに……。私はもう、姫様が貧しく暮らすお姿など見たくはございません」
「ああ、カーラ……。我が心の友カーラ・ルゥ・グレンセン、顔をあげてちょうだい。恥知らずなどと言って悪かったわ。ごめんなさい。お前の気持ちはよくわかったわ」
「姫様……!! それでは税をお上げくださるので!?」
「いいえ……」
薄闇の中で、姫は首を静かに横に振る。
「税は、これ以上取りません。この貧しい村では正規の年貢と人頭税だけでも重荷となっているのだもの。追加での徴税はすべきじゃないわ。……ここは、わたくしたちがもう少し我慢しましょう」
「姫様……!! さすがに、それはお人好しが過ぎるというものです!」
「ううん、そうじゃないの。わたくしはもっと小ずるい人間よ」
そして姫は一拍置いたのち、改まってカーラに語る――。
「わたくしたちは、どの道もうすぐ破産します。王都への領地税が払えずに。
もし今年はなんとか凌げても、来年か再来年には限界が来るはず。そうなれば領地は没収、貴族の位も剥奪されるわ。そして、わたくしの身も……。
なので、それまでに『あの人はいい領主だった』『異国人にも親切だった』と皆の記憶に残りたいの。――うふふっ、こういうのって『ええかっこしい』というのでしょう? わたくしは、それなのよ。ただの偽善よ」
「ああ姫様、なんという……!!」
この姫の行動を『偽善』と呼ぶというのなら、これほど哀しい偽善があるだろうか。
カーラの目許は、いっそう灯りをきらきら照り返す。ふたばの目も同じだ。きっと俺もそうだろう。
決して忘れられまい。忘れてはなるまい。俺たちの目の奥に――涙腺に刻みつけられた、この善なる者のささやかな爪跡を。
「姫様、おいたわしや……。そのお美しさがコトヴィック大公の目の留まったばかりに、このような目に合わされるとは!」
大公だと? そいつのせいで、姫がこんな目に合っているというのか?
「あの大公の罠に嵌められ、こんな辺境の貧しい領地に押し込められるとは! それも権力を巡る争いならまだしも……。
あのババア大公め、自分の“百合妾”にするためだけに、罪なき姫様を没落させようとは!」
――百合妾!?
俺とふたばは思わず顔を見合わせた。
「……お兄ちゃん、今のってやっぱり、そういう意味よね?」
「……だろうな」




