表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白濁の王 ~某大手マヨネーズ会社社員の孫と女騎士、異世界で《麻薬王》となる~  作者: 伊藤ヒロ
第一章「悪徳のすゝめ(ブレイキング・バッド)」
6/45

善意



「『―― ク レ ソ ン の こ と か ー っ !』


 気がつけば主人公の髪は金色になって逆立ち、その身は金色に輝いていたのです。そう、これこそがスーパーヤサイ人! こうして彼は……」



 しばらくして、俺たちは食事を終える。その後はふたばが“講談”を披露して、シア姫とカーラを楽しませた。


 もちろん本当は講談でなく、うろおぼえの少年漫画のあらすじだ。


 ふたばの読んでいた漫画や小説が、意外な形で役に立っていた。今まで『もっと高尚なものを読めばいいのに』などと馬鹿にしていて悪かった。

 そんなことをしているうちに、気がつけばすっかり夜も更けて――、


「ここが、お二人の寝室です。自分のお家と思って楽にしてくださいね」


 俺たち兄妹は、シア姫から客用の寝室を与えられる。

 しかも、『行くあてがないのなら、このまま何日でも滞在してくださいな』とまで言ってもらえた。ありがたい。


 もちろん俺たちだって、遠慮や慎みくらいは知っている。

 だが急に異世界に来て、他に頼るあてもない。我ながら図々しいとは思いつつも、姫の言葉に甘えるしかなかった。


「では、また朝に」


 シア姫とその車椅子を押すカーラが去ったのち、俺たちは広いベッドに腰掛けて――、


「「ふう」」


 と兄妹揃って息をつく。


 いろんなことがありすぎた。

 人生で一番いろいろなことが起こった一日かもしれない。

 妹と二人だけになると、今まで麻痺していた疲れが一度にどっと押し寄せる。


「お兄ちゃん……今起こってること信じられる? 異世界でお姫様の世話になってるだなんて……」

「まあな」


 一息ついたら、改めてそれを感じる。

 とても現実の出来事とは思えない体験だ。


「これ、まるっきり異世界ファンタジーだよ!?『普通の人が異世界に行って大活躍する系』のやつ!」

「ああ、そうだな……」

「あ……でも、前に言ったっけ? その手の話だと、マヨネーズ作るってのがよくあるパターンなんだよ。

 異世界にはないマヨネーズの力でレストランを作って大儲けしたり、偉い人の料理人になって気に入られたり。――けど、この世界じゃ無理か。法律で禁止されてるんじゃ仕方ないよね」


 そうだな。残念だが仕方あるまい。

 お祖母様も前に言っていた。


『――ときには諦めも必要。大切なものだからといって、なにもかも手元に残せるわけではない。もったいなくても白身は捨てて黄身だけを材料に使う、我が社のマヨネーズのように』と。


 今はマヨネーズ自体が卵の白身ということだ。


「お兄ちゃん、マヨで役に立たないんじゃ、すっかりお荷物になっちゃうね? でも安心して。さっぱり役に立たなくったって、わたしはお兄ちゃんを見捨てないよ!」

「人をマヨネーズしか取り得のない男みたいに言うな!」


 失礼な話だ。自分は漫画の話で役に立ったから、それでいい気になってるらしい。

 俺の憮然とした顔を見て、この愚妹はげらげらと笑い出す。


「あはははっ、お兄ちゃん怒った。冗談だってば。いっつも『死んでやる』とか言って迷惑かけられてるんだから、たまにはこうして、からかってもいいじゃない。あははっ」

「ふん、まったく……」


 ふたばはしばらくずっと笑い転げ、ひーひーと息を整えながら余韻に浸ったのち――急に真面目な顔に戻って、改まって俺に訊ねた。


「お兄ちゃん……。まだ死にたい?」

「…………」


 妹は、ずっとこの質問をしたくて仕方なかったのだろう。


 カーラ・ルゥに連れられて村を歩いているときも、不味い卵料理を食べてるときも、漫画講談をしているときも、ずっと。

 ――そして、望んでいた答えはこれだろう。


「いいや……。もう、死なない。安心しろ」


 俺が死のうと思ったのは、世界に裏切られたと思ったからだ。

 だが、ここはもう、あの世界じゃない。


「シア姫は、いい人だな……。行くあてのない俺たちを城に置いてくれるだなんて」

「ううん、お兄ちゃん、カーラさんだっていい人だよ。ちょっと怖いけど、姫のために頑張ってるのがよくわかるもん」

「そうだな……」


 二人とも、いい人だ。

 この世界の景色は美しく、そして人々の心もそれ以上に美しい。

 この異世界で善良な人々に囲まれて、傷ついた俺の心は少しずつだが癒えていった。

 世界はそこまで悪くはない。少なくとも、そうでない世界もある。

 ――そう思えるようになってきていた。


(いや、もしかすると……地球だって、それほど悪い世界じゃなかったのかもしれない。たしかに俺は裏切られたが、ふたばのように心配してくれる人もいた。俺が悪い面しか見ないで、勝手に絶望していただけなのかも……)


 俺は、妹とは反対側を向いてベッドに寝転がると、うんと小さな声でこう呟く……。


「……ふたば、ごめんな」


 俺が自殺しようとしなければ、異世界に飛ばされることも危険な目に合うこともなかったはずだ。

 ――いや、そもそも軽々しく死ぬなどと言って心配をかけた。いくら謝罪してもし足りない。


 背を向けて謝る俺に、ふたばはくすっと笑って返事をした。


「いいよ、兄妹だもん。それよりお兄ちゃん、おしっこ行きたい。一緒について来てくれない?」




 廊下では、天井から吊り下げられたランプが周囲をほのかに照らしていた。


 本物の中世ヨーロッパならば、廊下に灯りを点すなど贅沢なことであったろう。

 だが、この村では油は安く手に入るらしい。食事のときに姫が教えてくれた。


 なんでも川沿いにオリーブの木(正しくは『地球のオリーブに似た木』)が自生しており、その実から油が取れるらしい。油は一応、調味料ではないので、自作しても許される。


 俺とふたばはそんな油の灯りを頼りに石畳の廊下を歩き、

 そして厠からの帰り……、



「――……姫様、大事なお話が」



 閉じたドアの向こうで、女騎士カーラの声が聞こえた。

 たしか、この部屋はシア姫の寝室だ。


「なにかしらカーラ・ルゥ? わたくしは、もう眠いというのに……。あんまり楽しくって、ひさしぶりに夜遅くまで起きていたから、すっかり疲れてしまってよ」

「は……。では、手短に――」


 カーラは声を潜め、普段よりいっそう真剣な語調でこう告げる。




「姫様……この城は、もうじき破産いたします」




 ――なんだって!?



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ