表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/45

再会

 オークたちのもとで粗悪マヨネーズを作っていたのは、ただ

“ヤツ”

 とだけ呼ばれる人物だった。


 しかも、それは俺や(ふたば)と同じ日本人。

 この遠き異世界の地で、二度と会えないかもしれない同郷者だった。


 マヨの製法を知る人間を、好き勝手させておくわけにはいかない。


 放っておけば“まよねず”の力でオークたちの間でどんどん発言力を強め、やがては人類社会にも影響を及ぼすようになり、俺やカーラにとって大きな障害となるかもしれない。

 ――いや、既にそうなっている。


 また、逆にとんでもない馬鹿やお人好しで、マヨの製法や地球の技術を軽々しく他者に言いふらし、この俺の価値をゼロにすることも考えられる。

 いずれにせよ、放置するには危険な相手だ。


 俺とカーラは白い牙〇一九に案内されて、ついに“ヤツ”と対面する。

 だが、その正体はなんと――。



「――え……っ? 恭一郎!? マジで? 本当に恭一郎なの……!?」



 俺の知ってる人間だった!


 森暮らしのためか髪や顔は汚れ、制服はボロボロになっていたが、しかし間違いない。

 ある意味、決して忘れられぬ顔だ。



「加藤……!? お前、加藤なのか?」

「そうよ、あたしよ! あたし、なんだか急にこの世界に来ちゃって……国道であんたの姿を見つけて、そしたら急に光って、巻き込まれて――。ずっと、ずっと、こんなワケのわかんない森の中で……。でも、恭一郎に会えるなんて!」


 この女は、加藤八千代。一六歳。


 俺にとっては、まさしく仇敵。

 俺の人生を、セクハラ冤罪で台無しにした女だ。






(そうか――。“ヤツ”は代名詞じゃなく、“ヤチヨ”の略か……!!)


 信じられない。まさか、この女だったとは!

 異世界に来てまで、この不良女と顔を合わせるなんて想像さえしていなかった。


 この世界に来て一番よかったことは、加藤八千代と二度と会わずに済むことだと思っていたのに――。


「……加藤、なんでこの世界にいる?」

「だから、あんたを追ってきたの! あの日、学校であんなことがあって、恭一郎が泣きそうな顔で帰っちゃったから……」


 俺を!? この世界まで追って来たのか?


「あたし、家まで行ったんだよ。でも、いなくって……悪い予感がしたから、近所中探したの。そしたら国道のところで、あんたが死ぬとか言ってて――」

「見てたのか」

「うん……。びっくりして、止めようと思って駆け寄ったの。

 そしたら急に恭一郎が光り出して、そのまま体が消えてって――。それで慌てて、あんたの手を掴んだら、気がついたらここにいたの。この真っ黒な葉っぱの森の中に……」


 俺の手を掴んで異世界に……?

 なんという執念だろう。


 どこまで俺を追い詰める気だ!


「ねえ……もしかして、あたしたち死んじゃったの?

 光ったってのは、あたしの頭が混乱してそう思い込んでただけで――本当は恭一郎、国道に飛び込んだの? それで、手を掴んだあたしも一緒に車に轢かれちゃったってわけ? ここ、死んだあとの世界なの!?」


 うちの(ふたば)と似たようなことを言う。


 ただ、ふたばよりも具体的だ。

 たしかにオークどもは見ようによっては地獄の鬼とも思えたはずだ。


「でも、ちょっとだけ、よかったかも……。死んじゃったのはつらいけど、恭一郎と一緒なら、あたしは……」

「加藤……」


 俺の大嫌いな加藤八千代は、俺に抱きつきながら――



 泣いた。



 大粒の涙を、ぽろぽろと垂れ流しながら。


 嫌悪感はもちろんあったが、その柔らかな女体の感触と涙のせいで、俺は抱きつく手を振りほどくことができずにいた。


「うわああああんっ! 恭一郎……恭ちゃん! 恭ちゃん! あたし大変だったんだよ!

 だれもいない森の中で迷子になって、ここの連中に助けてもらったけど、捕虜として洞窟の中で掃除だの料理だの働かされて――」


「…………」


「でも……でもね、昔、恭ちゃんに教えてもらったマヨネーズの作り方のおかげで、ちょっと待遇よくなって……。あたし、恭ちゃんに助けられたんだよ!」


「……そうか」



 つまり、この世界でも、この女は俺を苦しめていたというわけだ。


 この女が作った駄マヨネーズのおかげで、俺たちの商売が邪魔され、余計な手間をかけさせられた。

 ――しかも、俺の教えたやり方で!


(なにが『俺に教えてもらった作り方』だ。手順を半分も憶えてなかったな? 俺のやり方なら、どうして材料に卵白を使ってる!?)


 なにもかも苛立たしいことばかりだったが――、


「そうか……。大変だったな……」

「うんっ!」


 つい、優しい言葉をかけてしまった。


 俺はこの女のことは大嫌いだったのに、なぜか面と向かって悪態をつくことができない。


 昔からそうだ。不良特有の特殊な会話術でも使っているのだろうか?

 それとも、単に『女子だから』というだけか?



(いや……惑わされるな! この女は危険だ!)



 ずっと前からの仇敵で、マヨの製法を知っている。

 しかも、今もまた俺の心を惑わそうとしていた。決して心を許してはいけない相手だ。


「あたし、学校でのこと、許すから! 気にしてないよ! あんなのは痴漢でもセクハラでもないでしょ? あんなの、ただの事故だから!」

「事故だと?」



「そうだよ! よくあることだよ!

 放課後、男子校の校門前で喋ってたら、たまたま落ちてたバナナの皮で転んで、慌てて目の前のものを掴んだらそれがあたしのスカートで、しかも金具が引っかかってパンツも一緒に、そのまま足首までずり下ろすなんて……。

 普通はないけど、恭ちゃんには今までで一〇回くらいやられてるから! 見てたやつらも『マンガかよ』『いわゆるラッキースケベ事故だな』って言ってたし! だから、気にしなくっていいんだよ!」



 なにが、『許す』で『気にしなくていい』だ。

 なにが『ラッキー』だ。


 これでは、まるで俺の方が加害者だ。


 俺が加藤に衆人環視の中ひどい恥をかかせて、それで責任を感じて死のうとしていたみたいじゃないか。――だが、言われてみれば。


(加藤がひどい目に合ったのは、事実ではあるのか……)


 それに、この女の言う通り、子供のころから似たようなことを何度も繰り返しているし、この世界に来た直後にカーラの排尿姿を目撃もしている。


 星の巡り合わせか、それともただの不注意なのか、いずれにせよ俺にも原因があるかもしれない。



 俺が加藤を恨む理由なんて、本当はなかったというのか?



 ただの逆恨みでしかなかったと?

 そこに、この女はそんな俺の迷いにつけ込むように――、


「それでね、あの……恭ちゃん! ずっと言えなかったけど、今こそ言うよ! あたし、ずっとずっと恭ちゃんのことを……!!」


 俺のことを……?


 俺を、なんだ? なにが言いたい?

 この口ぶりは、まるで『好きだ』とでも言おうとしているかのようではないか。


(い……いや、俺のことを好きだなんて、まさか! でも、もしかして……)



「あたし、恭ちゃんのことを、す――」



 ――と、そのときだ。



「そこまでだ!」




 突如としてカーラが話に割って入り、加藤の言葉を遮った。


「キョーイチローよ、その女は何者なのだ!? その……なんだ、ずいぶんと親しげなように見えるが……。とにかく貴様たち、そこまでだ!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ