同郷
1
――真っ白なマヨネーズは、白くない材料でできている
某大手マヨネーズ会社社員、弦木タエ(1947~2015)
かくして、地下ギルドとオーク部族の決戦は、両者痛み分けという形で決着となった。
ギルドは大怪我をした第六天使に代わって、“キズ顔”と呼ばれる大男の幹部が仕切ることになるらしい。
部下に犠牲を強いる裸幼女には、皆、内心うんざりしていたのだろう。
――これもまた俺にとってはいい流れだ。
人知れず、“キズ顔”にもマヨネーズの壷を贈っておいた甲斐がある。
一方、オークたち――。
ギルドを襲撃した七匹のオークは、重傷を負った白い牙〇一九も含め、全員が城壁の外へと脱出することに成功した。
『不道徳の園』の隠し出口を使って店外へと出たのち、そのまま侵入に使ったトンネルへと再び潜り、街の外へと逃げ延びたのだ。
巨体でありながら身軽で素早い彼らの身体能力ならば、さほど難しいことではなかった。
2
そして、翌日。
俺とカーラは暗き森にあるオークの縄張りを訪れたのだが……。
「白い牙〇一九よ、約束だ! 俺たちに敬意を払うというなら、その証しとして『秘密』を教えてもらおう!」
こちらには、また別の問題が残されていた。
「イイダロウ……。一緒ニ来イ。今カラ、我ラノ秘密ヲ教エル」
「ああ、教えてもらおう。――どうして、マヨネーズの製法を知っていたかを!」
俺とカーラの二人は、治療を終えたばかりの白い牙〇一九に案内されて、暗き森の奥へと向かっていた。
周囲は棍棒を持ったオークの戦士たちに囲まれており、本当なら俺たちは危険な状況であったのだろうが――、
「心配ハ無用ダ……。今サラ、逆ライハシナイ。我ラおーくハ、誇リ高イ。勝者ニハ従ウ」
見たところ戦意は残っていない。
俺とカーラはその言葉を信じた。(どうせ、その気になればカーラだけでも勝てるはずだ)
余談だが、火炎魔法で重傷のはずの白い牙〇一九だったが、全身の火傷には薬草の木の葉をぺたぺたと貼り着け、腹の穴には内臓がこぼれないよう、そのあたりの蔦を巻いていた。
そんな簡単な『治療』だけで、当たり前のように歩き回っているとは、まったくオークの生命力畏るべしといったところだ。
「“まよねず”ノ製法ハ……推理シタ。オ前タチガ、我ラカラ買ッタ油ト塩、ソレニ味見ダケシテイタ酢――」
「やはりそうか……。それで、他の材料……最後の一つは?」
「貴様タチ、森ノ中デ、大量ノ卵ヲ捨テタダロウ?」
卵を捨てた?
森でマヨ作りをしたあと、残った白身を捨てたことか?
「卵二混ジッテ、油ト酢ト塩ノ臭イガシタ。ソレデ貴様タチダトワカッタ」
それだけで!? なんという洞察力だ。
この男、やはり鋭い。
野蛮ではあるのかもしれないが、高い知性を持っていた。しかも……。
「本当ハ黄身ノ部分ダケデ作ルノダロウ? 白身ト殻ダケ捨テテアッタ。ダガ、大量生産スルタメニ、我ラノ“まよねず”ハ白身モ使ッタ」
卵黄のことまで気づかれていたとは!
(この族長オークの方が、第六天使よりずっと危険な存在だったんだな……)
戦闘能力では互角かもしれないが、けた違いの生命力を持ち、それ以上に頭脳が大きく上回る。
第六天使もそれなりに頭の切れる女だったが、マヨネーズを見せても第六天使は『らめえ』と味に溺れるだけだった。
しかし、この男は違う。
ほんの短い期間に材料を見抜き、量産して、大規模な商売に変えていたのだ。
やはり、両方死ぬのを待つべきだった。
この族長オークを生かしたままにしておいたことは、俺たちにとって今後の大きな憂いとなるかもしれない。
「それじゃあ白い牙〇一九、そんなヒントだけで、お前たちはマヨネーズの製法を突き止めたというんだな?」
「……イイヤ」
俺が問い詰めると、族長オークは薬草の葉っぱまみれの頭を横に振る。
「モウヒトツ、秘密ガアル。“ヤツ”ガ――捕虜ノ人間ガ、我ラニ教エテクレタ」
そうだろう。
そうだと思った。知っていた。
前に会ったとき、この族長オークは 妙な鼻歌 を口ずさんでいた。
そのときから本当はわかっていた。
このオーク部族に、マヨネーズの作り方を教えた者がいると。
白い牙〇一九が言うには、卵白を捨ててあった場所の近くには火を使った跡もあり(俺たちが容器の消毒用に湯を沸かしたからだ)そのために混乱して製法がわからなくなっていたらしい。
だが、その“ヤツ”と呼ばれる捕虜が『ただ生で混ぜればいい』と教えてくれて、ついに例の粗悪マヨが製造可能になったということだ。
「ココダ……。ココニ“ヤツ”ガイル」
森の奥を案内された先は、木の枝と枯れ草で作った小屋だった。
白い牙〇一九が言うには、ここは“まよねず”の工場であり、同時に“ヤツ”の『家』でもあるらしい。
通常、オークは家など建てず、洞窟で集団生活をするのが普通だそうだ。
なので、この“ヤツ”は相当に特別扱いされている。
横を歩くカーラが、俺にそう教えてくれた。マヨネーズの製法を教えた対価として優遇されているということか。
「“まよねず”ノ味ツケハ、“ヤツ”ガ一番ウマイ。ナノデ“ヤツ”ノ家デ“まよねず”ヲ作ラセテイル」
「合理的だな? それじゃあ、白い牙〇一九……。その“ヤツ”とやらに会わせてくれ。その、なんだ……興味がある」
「……イイダロウ」
“ヤツ”は、果たして何者なのか――。
(俺以外に唯一、マヨネーズの製法を知る人物か……。いったい、どんな男だ? どんな知識や技術を持ってる?)
ただ、一つだけはっきりしていることがある。
“ヤツ”は――地球人だ! それも、日本人!
俺や妹と同様、この異世界に迷い込んできた人間だ。
根拠は、白い牙〇一九の鼻歌だ。
きっと“ヤツ”とやらが歌っていたのを真似したのだろう。あの歌は――、
テレビの『三分間クッキングショー』のテーマ曲だった。
俺もマヨ作りのときに口ずさんでいた曲だ。
あの曲を知ってる以上、日本人に決まっていた。
(危険な存在だ……。初めて会うことになる同郷者だが――)
しかし、マヨの製法を知る人間なんて、好き勝手させておくわけにはいかない。
(場合によっては、その“ヤツ”を……)
「……キョーイチローよ」
カーラが、俺のマントを指でくいっと軽く引き、耳元でうんと小さく囁いた。
「……殺すか?」
「…………」
さすがはカーラだ。俺がなにを考えていたのか察したらしい。
場合によっては、命を奪う必要がある。
同じ日本人であり、もう二度と会えないかもしない同郷で同じ立場の漂着者である“ヤツ”の命を。俺はそれを悩んでいた。
「いや……。この目で見てから決める」
「……わかった。決断したら言うがいい」
どれだけ迷っても答えは一つだ。
『殺す』が正解に決まっている。ただ決断できないだけのことだった。
背筋が、自然にぶるりと震えた。そんな俺の心を知ってか知らずか――、
「“ヤツ”ヨ、開ケルゾ……。客人ヲ連レテ来タ」
白い牙〇一九は、草を編んで作った扉を開ける。
中にいたのは、なんと――。
「――え……っ? 恭一郎!? マジで? 本当に恭一郎なの……!?」
小屋の中にいたのは、俺の知ってる人間だった!
「加藤……!? お前、加藤なのか?」
加藤八千代、一六歳。
俺の人生を台無しにした不良女だ。




