表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/45

同郷



   ――真っ白なマヨネーズは、白くない材料でできている

       某大手マヨネーズ会社社員、弦木タエ(1947~2015)



 かくして、地下ギルドとオーク部族の決戦は、両者痛み分けという形で決着となった。



 ギルドは大怪我をした第六天使(シクス)に代わって、“キズ顔(フェース)”と呼ばれる大男の幹部が仕切ることになるらしい。


 部下に犠牲を強いる裸幼女には、皆、内心うんざりしていたのだろう。

 ――これもまた俺にとってはいい流れだ。


 人知れず、“キズ顔(フェース)”にもマヨネーズの壷を贈っておいた甲斐がある。



 一方、オークたち――。


 ギルドを襲撃した七匹のオークは、重傷を負った白い牙〇一九も含め、全員が城壁の外へと脱出することに成功した。


『不道徳の園』の隠し出口を使って店外へと出たのち、そのまま侵入に使ったトンネルへと再び潜り、街の外へと逃げ延びたのだ。

 巨体でありながら身軽で素早い彼らの身体能力ならば、さほど難しいことではなかった。






 そして、翌日。

 俺とカーラは暗き森(クエルセス)にあるオークの縄張りを訪れたのだが……。


「白い牙〇一九よ、約束だ! 俺たちに敬意を払うというなら、その証しとして『秘密』を教えてもらおう!」


 こちらには、また別の問題が残されていた。


「イイダロウ……。一緒ニ来イ。今カラ、我ラノ秘密ヲ教エル」

「ああ、教えてもらおう。――どうして、マヨネーズの製法を知っていたかを!」


 俺とカーラの二人は、治療を終えたばかりの白い牙〇一九に案内されて、暗き森(クエルセス)の奥へと向かっていた。


 周囲は棍棒を持ったオークの戦士たちに囲まれており、本当なら俺たちは危険な状況であったのだろうが――、


「心配ハ無用ダ……。今サラ、逆ライハシナイ。我ラおーくハ、誇リ高イ。勝者ニハ従ウ」


 見たところ戦意は残っていない。

 俺とカーラはその言葉を信じた。(どうせ、その気になればカーラだけでも勝てるはずだ)


 余談だが、火炎魔法で重傷のはずの白い牙〇一九だったが、全身の火傷には薬草の木の葉をぺたぺたと貼り着け、腹の穴には内臓がこぼれないよう、そのあたりの蔦を巻いていた。


 そんな簡単な『治療』だけで、当たり前のように歩き回っているとは、まったくオークの生命力畏るべしといったところだ。


「“まよねず”ノ製法ハ……推理シタ。オ前タチガ、我ラカラ買ッタ油ト塩、ソレニ味見ダケシテイタ酢――」


「やはりそうか……。それで、他の材料……最後の一つは?」

「貴様タチ、森ノ中デ、大量ノ卵ヲ捨テタダロウ?」


 卵を捨てた?

 森でマヨ作りをしたあと、残った白身を捨てたことか?


「卵二混ジッテ、油ト酢ト塩ノ臭イガシタ。ソレデ貴様タチダトワカッタ」


 それだけで!? なんという洞察力だ。


 この(オーク)、やはり鋭い。

 野蛮ではあるのかもしれないが、高い知性を持っていた。しかも……。


「本当ハ黄身ノ部分ダケデ作ルノダロウ? 白身ト殻ダケ捨テテアッタ。ダガ、大量生産スルタメニ、我ラノ“まよねず”ハ白身モ使ッタ」


 卵黄のことまで気づかれていたとは!



(この族長オークの方が、第六天使(シクス)よりずっと危険な存在だったんだな……)



 戦闘能力では互角かもしれないが、けた違いの生命力を持ち、それ以上に頭脳が大きく上回る。


 第六天使(シクス)もそれなりに頭の切れる女だったが、マヨネーズを見せても第六天使(シクス)は『らめえ』と味に溺れるだけだった。

 しかし、この男は違う。


 ほんの短い期間に材料を見抜き、量産して、大規模な商売に変えていたのだ。


 やはり、両方死ぬのを待つべきだった。

 この族長オークを生かしたままにしておいたことは、俺たちにとって今後の大きな憂いとなるかもしれない。


「それじゃあ白い牙〇一九、そんなヒントだけ(・・)で、お前たちはマヨネーズの製法を突き止めたというんだな?」

「……イイヤ」


 俺が問い詰めると、族長オークは薬草の葉っぱまみれの頭を横に振る。



「モウヒトツ、秘密ガアル。“ヤツ”ガ――捕虜ノ人間ガ、我ラニ教エテクレタ」



 そうだろう。

 そうだと思った。知っていた。


 前に会ったとき、この族長オークは 妙な鼻歌(・・・・) を口ずさんでいた。

 そのときから本当はわかっていた。



 このオーク部族に、マヨネーズの作り方を教えた者がいると。



 白い牙〇一九が言うには、卵白を捨ててあった場所の近くには火を使った跡もあり(俺たちが容器の消毒用に湯を沸かしたからだ)そのために混乱して製法がわからなくなっていたらしい。


 だが、その“ヤツ”と呼ばれる捕虜が『ただ生で混ぜればいい』と教えてくれて、ついに例の粗悪マヨが製造可能になったということだ。


「ココダ……。ココニ“ヤツ”ガイル」


 森の奥を案内された先は、木の枝と枯れ草で作った小屋だった。

 白い牙〇一九が言うには、ここは“まよねず”の工場であり、同時に“ヤツ”の『家』でもあるらしい。


 通常、オークは家など建てず、洞窟で集団生活をするのが普通だそうだ。

 なので、この“ヤツ”は相当に特別扱いされている。


 横を歩くカーラが、俺にそう教えてくれた。マヨネーズの製法を教えた対価として優遇されているということか。


「“まよねず”ノ味ツケハ、“ヤツ”ガ一番ウマイ。ナノデ“ヤツ”ノ家デ“まよねず”ヲ作ラセテイル」

「合理的だな? それじゃあ、白い牙〇一九……。その“ヤツ”とやらに会わせてくれ。その、なんだ……興味がある」

「……イイダロウ」


“ヤツ”は、果たして何者なのか――。


(俺以外に唯一、マヨネーズの製法を知る人物か……。いったい、どんな男だ? どんな知識や技術を持ってる?)


 ただ、一つだけはっきりしていることがある。




“ヤツ”は――地球人だ! それも、日本人!




 俺や(ふたば)と同様、この異世界に迷い込んできた人間だ。


 根拠は、白い牙〇一九の鼻歌だ。

 きっと“ヤツ”とやらが歌っていたのを真似したのだろう。あの歌は――、




 テレビの『三分間クッキングショー』のテーマ曲だった。




 俺もマヨ作りのときに口ずさんでいた曲だ。

 あの曲を知ってる以上、日本人に決まっていた。


(危険な存在だ……。初めて会うことになる同郷者だが――)


 しかし、マヨの製法を知る人間なんて、好き勝手させておくわけにはいかない。



(場合によっては、その“ヤツ”を……)



「……キョーイチローよ」


 カーラが、俺のマントを指でくいっと軽く引き、耳元でうんと小さく囁いた。


「……殺すか?」

「…………」


 さすがはカーラだ。俺がなにを考えていたのか察したらしい。


 場合によっては、命を奪う必要がある。

 同じ日本人であり、もう二度と会えないかもしない同郷で同じ立場の漂着者である“ヤツ”の命を。俺はそれを悩んでいた。


「いや……。この目で見てから決める」

「……わかった。決断したら言うがいい」


 どれだけ迷っても答えは一つだ。

『殺す』が正解に決まっている。ただ決断できないだけのことだった。


 背筋が、自然にぶるりと震えた。そんな俺の心を知ってか知らずか――、


「“ヤツ”ヨ、開ケルゾ……。客人ヲ連レテ来タ」


 白い牙〇一九は、草を編んで作った扉を開ける。

 中にいたのは、なんと――。





「――え……っ? 恭一郎!? マジで? 本当に恭一郎なの……!?」





 小屋の中にいたのは、俺の知ってる人間だった!


「加藤……!? お前、加藤なのか?」




 加藤八千代、一六歳。


 俺の人生を台無しにした不良女だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ