決戦(その3)
1
「――この愚か者どもが!」
響き渡るカーラの怒声。
それと共に、周囲の者たちは、ただ、
――かッ
という甲高い打撃音を、ただ一回だけ耳にした。
否、それは本当はいくつもの音が重なり合ったものであったが、あまりに一瞬のことであったため、ただ一回だけの音に聞こえた。
甲高く感じたのも同じ理由だ。
ともあれ、そんな音が鳴り響いた次の瞬間――。
今度は、
どさり、どさり
と鈍い音を二回させ、焼け焦げた床に倒れる。
幼女とオーク、傷だらけの大将二人が。
倒されたのだ。“ブルゥ”によって。素手の拳の一撃で。
――いや、これもまた正確には、素手でもなくば一撃でもない。
そのとき、第六天使は必殺の魔法『炎の渦』を放とうとしており、また白い牙〇一九は棍棒による一撃を目の前の仮面の顔面に叩き込もうとしていた。
だが、それらの攻撃が放たれ“ブルゥ”へと襲い掛かろうとした――その刹那!
彼女の抜いた剣が、斬った。
魔法の炎と、樫の棍棒を。双方とも真二つに。
「ンだと……? そんな、まさか……!!」
「ぐるるるる……」
信じられぬことだ。
樫の木の棍棒は、族長オークのみに伝わる秘密の技法により鉄を上回る硬度を誇っていた。
――いや、どれほど硬くとも、固形物ならばまだ理解はできる。だが彼女の剣は、そうでないものまでも切断した。
魔法で発生した炎の渦を。
なのに、どちらも斬られた。切断面はおどろくほどに直線だった。
他の者たちには、ただ光が一瞬、閃いたとしか見えなかっただろう。
いや、それどころか知覚神経の反応速度を超え、なにも視認できなかった者がほとんどだったに違いない。
異世界たる地球の『居合い斬り』にも似た技法だ。次の瞬間には剣は鞘へと戻っていた。
まさしく職人芸、神業の類と言わざるを得ない。
そして、幼女とオークが信じがたき神業に気を取られた、その極めてわずかの隙を衝き――
“ブルゥ”の拳が、二人の顎に叩き込まれた。
急所を狙ったこの打撃の前には、脳と延髄が揺さぶられ、意識を保つことなど不可能。
失神せずにはいられない。
二人は、そのまま地に伏した。
こうして戦いは終わりとなる。
当の第六天使と白い牙〇一九、そして双方の手下たちに、圧倒的な力の差を見せ付けた上での終幕だ。
――そして、最後に出てきた俺が告げる。
「聞くがいい! 両軍とも負傷者多数の末、大将は互いに討ち果てた。これ以上は戦う理由があるまい。武器を置け。――汝らの戦、この“クピド”が預かろう!」
俺の言葉に従って、ギルドとオークの兵たちは、次々と武器を捨てていく――。
「地下ギルドとオーク部族――こうして相争う二つの勢力だが、意外にも共通点が存在する。それは誇り高き戦いを好み、強者・勝者に誇り高く敬意を払うという点だ。だからこそ双方とも強い。強く団結し、強く戦う」
これは世辞。それに誘導だ。
本当は誇り高いなどとは思っていない。
俺の望む結論に、話を誘導するための出鱈目だった。
「聞け。今、お前たちは誇り高き戦いを終えた。双方の指導者が同時に力尽きるという、これ以上もなく劇的な終わり方だ。――皆、拍手で賞賛しようではないか。よく戦った自分たちを。味方を。そして同じように、よく戦った敵を賞賛しよう。敬意をもって」
俺が手本の拍手をすると、周囲からもまばらながら拍手が鳴った。
「そう、それでいい。互いに敬意を示せるのならば、これにて戦いは終了だ。さて――」
そして、ここからが本題となる。
「では、次に強者への賞賛をしよう。
――つまりは、この場で最も強い者に。戦いを終わらせ、無駄な血を流さずに済んだのは果たしてだれのおかげなのか。諸君は、それを忘れてはいまい?」
つまりは“ブルゥ”。
両軍のボス二人よりも強い、最強かつ無敵の戦士だ。
「お前たち、これからは我らに従え! 騎士“ブルゥ”と、その相棒であるこの“クピド”に! ――誇り高き諸君なら、それは簡単なことだろう?」
多少、無理のある理屈ではある。
しかし、この場の勢いと、一同を圧倒する“ブルゥ”の武力。――これによって、俺の提案は聞き入れられた。
即ち、第六天使のギルドと、オーク部族の“白い牙”族。
この二つの勢力が、俺たちの配下となったのだ。
ギルドやオークという連中は、そう簡単に心から服従したりはしない。
特にギルドはそうだろう。やつらはならず者の犯罪者だ。
法律や社会のルールすら守れない人間が、拘束力のない約束ごとを守るはずがない。その場では『“ブルゥ”と“クピド”万歳』と叫びながらも、家に帰るころには気分が変わっているはずだ。
――だが、それは『普通ならば』の話だ。
やつらには、もう他に頼る者がいない。腕利きの魔法使いである第六天使は重傷を負い、当分は身動きすらできないだろう。
しかも腐った“まよねず”の件で街中を敵に回した上に、オークの襲撃で大勢の負傷者を出した。噂によれば巡回判事にも目をつけられているらしく、大規模なガサ入れが計画されているのだとか。
――組織はがたがたで、既に崩壊寸前という有様だ。
彼らも理解しているはずだ。
自分たちがこのミ・メウス市の裏社会で生き延びるためには、新しく強力なリーダーに頼るしかないと。
即ち、カーラと俺。
最強の騎士である“ブルゥ”と、腐らないマヨネーズの製法を知る“クピド”にだ。
(陰謀を企てるなんて初めての経験だが……どうやら上手くいったらしい)
ギルドの連中には気の毒だが、こうなるように仕組んだのはこの俺だ。
街の酒場で『“まよねず”から黄色い腐れ汁が出てる』と吹聴し、流浪の剣騎士がいれば『さる貴族が食中毒を起こした』と教えてやる。オークにはそれとなく『そのハーフエルフの根城は第六天使亭という店だ』と耳に入るようにしてやった。
こんなに頭を使ったのは、高校受験以来のことだ。
ちなみに情報工作のために銀貨もさらに三〇枚ほど使ってしまった。どちらも使いすぎで頭が痛い。
いくつも汚い手を使ったが、しかし、お祖母様もよく言っていた。
『――真っ白なマヨネーズは、白くない材料でできている』と。
2
一箇所だけ、手順を誤った箇所がある。
本当は『両軍のボスが二人とも死んでから、カーラが乱入』するはずだった。
厄介なリーダー二人が消えれば、残るのは自分の頭でものを考えることもできない雑魚ばかりになる。それは俺たちにとって、大きな狙いのひとつだった。
だが、カーラは目の前で(二人のことを嫌っていたというのに)知己が死ぬのが耐えられず、予定より早く駆けつけてしまったのだ。
俺もそれを止めなかった。
俺たちのこの甘さは、きっと後々まで足を引っ張ることになるかもしれない。
それは薄寒い空のような、ただ漠然とした不安であったが……。




