決戦(その2)
1
第六天使率いるならず者の一団は、店の中へと後退する。
だが、カーラの見込みによれば、この後退は第六天使の計略の内であるという。
「罠?」
「そうだ。あの店は、酒場としては広く天井も高いのだろうが、とはいえ屋外ほどでなく、テーブルや椅子などの障害物もある。オークにとっては不利となる」
天井の高さは、たしか三メートル弱といったところ。
身長二メートル超のオークが棍棒を振り回すのにはギリギリで邪魔になる高さと言えた。
しかもギルド側は個々の戦力こそひ弱だったが、数においては八倍以上。
この圧倒的人数差があれば、ただ襲い掛かるだけでも――いや、逃げ回るだけでさえも、相手を足止めすることができた。
「ギチよ、あの入り口から中が見えるか? あのハーフエルフは思った以上に悪辣な女であったようだぞ」
「相変わらず、よくは見えないが……」
『女神通り』を埋め尽くす野次馬の群れのほとんども事態がわからず退屈するか、わからぬまま空回りの歓声を上げて盛り上がっていた。
――とはいえ俺は、人ごみ越しの光景とカーラの解説によって、薄っすらとだが戦況を理解することができた。
狭い屋内に誘い込まれ、身動きの取れないオークたち。
そんな足止めされた敵に向け、第六天使の火焔魔法が襲い掛かる!
以前、カーラにも使った『炎の渦』の魔法だ。渦巻く火炎は屈強なオーク戦士たちを包み込み、次々と1000度を超す灼熱で屠っていく。
……自分の子分たちを巻き込みながら。
これこそが、第六天使の目論見だった。
信じてついてきた手下たちに犠牲を強いる卑劣極まりない策だったが、しかし効果的かつ確実に、オークたちをまとめて斃す。
余談だが、突然の火の手に最前列の野次馬たちは慌てふためき、そのパニックは人垣全体にまで広がった。
ともあれ、こうして再び戦況はギルド側が――否、第六天使が優位に立つ。
ただし、それもほんのしばらくの間だけ。
気を失っていた族長オーク白い牙〇一九は息を吹き返し、再び戦線に復帰するまでのことだった。
オーク最強の戦士が戻ってきたことにより、またも戦局は混迷の中へ……。
と、カーラはそこで一旦、実況の声を止め――、
「……そろそろ、頃合いではないか?」
と、俺に訊ねた。
そうだな。俺もそう思ってた。
2
第六天使亭の入り口は火炎魔法によって崩れ、野次馬たちの目には、戦況は見えなくなっていた。
だが、戦いは終わっていない。煤と煙と焼死体だらけになった店内では、『腰布と宝石のアクセサリのみ』という半裸の幼女と、奇しくもやはり『腰布と宝石の首飾りのみの姿』の族長オークが対峙する。
第六天使と白い牙〇一九。
両軍団の長同士による一騎討ちとなっていたが、これは半ば必然とも言える局面だ。
ギルドの一同はオークの反撃と『炎の渦』により戦意を失いつつあり、またオークの戦士たちはまだ半数以上が動ける状態にあったものの、族長が戦う際にはその棍棒捌きを見守るのが戦場の掟とされていた。
なので二人の決闘の間は、双方とも一旦、手下たちの手は止まる。
「はーふえるふヨ、コノ戦ニ勝ッテ、貴様ハナニヲ手ニ入レル?」
「おゥ、聞きたいか、ケダモノの糞豚め。決まってらぁ。まずは腐りかけの“まよねず”を売りつけたことのお仕置きよ。俺たちゃ悪人だから怒りっぽいのさ。ムカつくことがあったら絶対に仕返しをするのが俺たちのルールだ」
「腐ッタモノナド売ッテイナイガ――マア、イイ。『マズハ』トイウコトハ、次ガアルノカ? ソレハナンダ?」
「お前ぇらの部族を俺様の配下に置く。男は用心棒、女子供は“まよねず”作りだ。ギルドの下っ端――いや、俺様の奴隷として、ちゃんとした“まよねず”を作ってもらう」
「ナカナカノ欲張リダナ? デハ、我ノ欲シイモノモ言オウ。飾リダ。あくせさりダ」
「オシャレだな?」
「ソウダ。雑魚ノ子分ドモハ全員、首ダケニシテ祭壇ニ飾ル。はーふえるふヨ、貴様ハ……口臭以外ハ気ニ入ッタ。手足ヲ切リ落トシ、『生キタ飾リ』トシテ持チ歩ク」
「へえ……。やっぱりオシャレじゃねえか。いい趣味してらあ」
そして、二人は撃ち合った。
第六天使と白い牙〇一九。
火焔魔法と樫の棍棒。
この二人ほどの手練れなら、その一撃一撃が必殺の攻撃となる。
それを10度も重ねるうちに、第六天使の左腕と左足、それに肋骨が三本折られていた。
白い牙〇一九は皮膚は四分の一近くが焼け、右の脇腹には穴が開き、腸がでろりとはみ出している。
力は互角。このままでは二人は同時に力尽き、相討ちで命を落とすことになるだろう。
だが、そんなとき――。
「――双方とも、それまでだ! 武器を引け!」
突如、二人の間に割って入った者がいた。
それは、真っ赤なフルフェイスの兜に、全身を覆うフードつきマントという姿の騎士――つまりは“ブルゥ”。
店の前はまだ野次馬で人垣ができていたが、彼女は地下の秘密の入り口から『不道徳の園』を通ってこの店内へとやってきたのだ。
「なンだぁ? 手前ぇ“クピド”のオマケの赤カブトじゃねえか! いってえ、なにしに来やがった!?」
「言ったはず。戦いを止めに来たのだ。――第六天使に白き牙〇一九よ、汝らの力は互角! このまま相討ちとなれば、双方の兵たちは引き際もわからぬまま戦い続けることとなり、最後の一人まで殺し合うことになる! 汝らは、それを望むのか!?」
そんな剣騎士の問いに対し、二人の答えはまさしく明朗そのものだった。
「おゥ、そうともよ。望んでらぁ。こればっかは、そこの豚っ面とも意見が合うんじゃねえかな? どうせ、最後の一人が死ぬまでぶっ殺し続ける気でいたんだよ!」
「ぐるるる……。ソウトモ、我トテ同ジコト……!!」
粗野かつ残忍。
即ち野蛮。
対峙していながらも、両者の意見は一致した。
だが、そんな二人の返事が“ブルゥ”のなにかに火を点ける。
「この愚か者どもが!」
周囲の者たちは、ただ、
――かッ
という甲高い打撃音を、ただ一回だけ耳にした。




