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白濁の王 ~某大手マヨネーズ会社社員の孫と女騎士、異世界で《麻薬王》となる~  作者: 伊藤ヒロ
第七章「剣と陰謀とマヨネーズ(カーラ・ルゥ・グレンセン)」
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決戦(その1)

 現在、時刻は夜の九時。しかし、この『女神通り』は眠らない街。まだまだ人通りの多い時間だ。


 彼らは皆、突如城壁内に現れた七匹のオークの姿に驚き、中には泥酔していたこともあってアルコール臭のする小便を漏らす者も少なくなかったが――、


「ぐるるるる……。はーふえるふハドコダ? はーふえるふノ居場所ヲ言エ!」


 オークたちにそう問われ、皆、怯えながらもすぐに第六天使亭の派手な看板を指差した。


 もし、相手が第六天使(シクス)でなければ、彼らはもう少し教えることを躊躇しただろう。

 ――だが彼女は、腐った“まよねず”の一件で街の住民たちに嫌われており、中には積極的に道案内を買って出る者さえいたほどだ。同じ理由で法番(警察)への連絡も遅れた。


 やがてオークの一団は、第六天使(シクス)の店の前にずらりと居並ぶ。


 彼らは“白い牙”部族の戦士たち。

 いずれも一二歳以上の雄たちで、そのキャッチャーミットよりも大きな手には、特大芋虫のように太い指で、野太い棍棒が握られていた。


 その先頭に立つ、ひときわ大きな体格の個体が、族長オークの“白い牙〇一九”。

 彼は、黒檀の木に宝石の原石を埋め込んだ特大の棍棒を振り上げると――、


「はーふえるふヨ、仲間ノ仇ダ!」


 そのまま力一杯振り下ろし、分厚い金属の扉を叩き壊した。

 ばあん、と轟音を立て、蝶番がはじけ飛ぶ。


 ――だが、その壊れた扉の内側には、店の主でもあるハーフエルフが、腰布一枚の姿で仁王立ちとなっていた。


「おゥ、緑肌の豚っ面ァ! こんな夜中になんの用事だ? 丸焼きでも出前に来たか?」


「トボケルナ、クチノ臭イはーふえるふヨ! ナゼ我ラノ仲間ヲ殺シタ!?」

「るせえぞ、糞オーク! よく聞きやがれ。俺様の口がくせえのは、しょっちゅうチンコを舐めてっからだ。モテるんだから仕方ねえ。――それと仲間を殺したのは手前ぇが汚ぇ商売をしやがるからだ! 腐りかけのブツを売りつけやがって!」

「ぐるるるる……。ソレハ、我ノ知ラヌコトダ」

「はン! そうかい。だったらよォ――」


 オークのボスと犯罪者のボス、二つの群れの頭同士は睨み合い、視線で火花を飛ばしていたが――やがて背の小さい方のボスが、こう告げた。


「灼け焦げろ!」


 議論を放棄しての先制攻撃。次の瞬間、白い牙〇一九の顔面が、紅蓮の炎に包まれる。


 これは、第六天使(シクス)の魔法の一つ、『発火の法』。

 威力はさほどでもないが、相手の不意を衝いて発動させることができる。今回のように会話の間に術を使うと、気持ちがいいほど綺麗に決まった。


「どうだ豚ァ! 熱くて痛ぇか!? 丸焼きかァ?」

「ぐごおおおおっ!?」


 オークの族長は、獣の吼え声そのままの悲鳴を上げる。

 その名のもととなった二本の牙も黒く焦げ、片方に至っては先端が折れていた。眼球も片側は熱で失明しているかもしれない。


「はーふえるふ! 口ノ臭イはーふえるふノ分際デ、ヨクモ!」

「るせえよ! 俺様の火焔魔法、もう一発喰らうがいいや! ――これでもくらえ!」


 素早く呪文を詠唱すると、今度は第六天使(シクス)の手から魔法の火球が放たれる。

 ――最初の一撃による火傷のために白い牙〇一九は両手で顔を覆っており、そのため腕によるガードを一切することなく魔法を胴に喰らってしまった。


 火球の魔力爆発により、族長オークの巨体は五メートル近くも吹き飛ばされる。真後ろにあった建物の壁へと背中を打ちつけ、耳障りな悲鳴を上げつつ気絶した。


「おゥ! 今だ、野郎ども! 残りの緑肌どもをブチ殺せ!」


 第六天使(シクス)はこれあるを期し、配下のならず者どもを五〇名以上も集めていたが、彼らは最初『まさかオークと戦うなんて』と恐れおののき、震えていた。


 しかし、自分たちの親分が優位に戦いを進めているのを見たことと、敵の頭数が七匹という少数であることから、


「「――おおっ!」」


 という気勢を上げ、めいめいの武器を手にオークの群れへと襲いかかる。

 彼ら犯罪者というのは、弱い相手には倍以上の力を発揮する生き物なのだ。




「キョーイチローよ、見えているか?」


「いいや、あんまり……。人ごみでよく見えない。それと“クース(カーラ)”、偽名を使え」

「うむ、悪かった“ギチ(キョーイチロー)”」


 この世界の人間にとっても『魔物』という存在は、決して日常的な存在ではない。


 ことに都市部の住民にとってオークを含む魔物というのは、熊や狼といった猛獣と同様、恐れ(と同時に畏れ)の対象だった。人類が優位にあると知りながらも、あえて近づこうとは思わない。


 それが城壁内部の生活空間に群れを成して現れるというのは、想像以上の恐怖であったろう。

 地球で喩えるなら、東京の住宅地にライオンが現れたようなものだ。


 ――とはいえ襲撃先は、最近評判の悪い第六天使(シクス)のギルド。


 暗黒街の住民たちは肝試しをする子供のように、おっかなびっくりと第六天使亭の周りに集まり、遠巻きに人垣を作って見物していた。


 まるで、ちょっとした祭りだ。

 街のほとんどが押し寄せていたのかもしれない。ミ・メウス市の守備兵たちも隊列を組んで駆けつけていたが、この人だかりで現場へたどり着けずにいた(いや、もしかするとオーク怖さにわざと進まずにいたのかもしれない)。


 俺とカーラも、そんな祭りの中にいた。人ごみの後方から、ギルドとオークの戦いを眺めていた。


 野次馬が集まりすぎて視界は人の頭ばかりだったが、カーラはかかとの高いブーツ(騎士の甲冑用ブーツで、まきびし(・・・・)対策にヒールがついているそうだ)を履いていたのと、剣騎士の強化された視力のおかげで、俺よりもよく見えていたらしい。


クース(カーラ)、どうなってる?」

「今は、第六天使(シクス)の手下どもが()している。……だが、勢いづいているだけだ。すぐにオークどもに逆転されるだろう」


 戦場のプロであるカーラによれば、『ギルドの連中は武器が良くない』とのことだ。


 槍や弓矢といった『戦場用の兵器』を持っている者も少しはいたが、多くは短剣や細身剣。鎧を着てない相手と戦う『喧嘩用の小道具』ばかりだった。

 それではオークに深手は負わせられまい。


 オークどもはろくに衣類を着ていなかったが、しかし彼らの分厚い緑の皮膚は、金属鎧にも相当する防御力を持っているのだ。


「やつらめ、オークと戦う準備などしていなかったのであろうな……。それに、戦場や軍隊暮らしを経験した者が少ない。皆、戦士や兵隊の動きではない」


 なので、そのうちに反撃を喰らい、次々と棍棒で叩き殺されていくだろう。

 カーラは眉をひそめながら俺に解説してくれた。


クース(カーラ)、同情してるのか?」

「当然だ。命というのは等しく尊い。それが悪党の手下であろうと、あるいは野蛮なオークであろうとな。――命を奪うのが忌むべきことであるからこそ、戦争や殺人は『手段』として成り立たつのだ」


 カーラのやつ、意外に深いことを言う。

 そのうちに、人垣が大きく前に動く。


「なにが起きた?」

「形勢が逆転した。ギルドのならず者が二人、棍棒で頭をかち割られたのだ。それを切欠にギルドの奴らは店に逃げ込み、オークどももそれを追って中に入った」


 序盤は優勢だったギルド側だが、オークが冷静さを取り戻すと同時に戦況は逆転。一気に劣勢へと押しやられた。

 最強の戦力である第六天使(シクス)も一緒に退がる。


 こうして戦いの舞台は、第六天使亭の中へと移ったが――、


「……これは、罠だな」


 カーラの見込みによれば、それすらも第六天使(シクス)の計略であるという。


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