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白濁の王 ~某大手マヨネーズ会社社員の孫と女騎士、異世界で《麻薬王》となる~  作者: 伊藤ヒロ
第一章「悪徳のすゝめ(ブレイキング・バッド)」
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赤い花の世界



「クッ……殺せ! この“紅百合の騎士”カーラ・ルゥ、排尿姿を見られるくらいなら死を選ぶ!

 ――というか、貴様ら、見るなぁっ! あっちに行けぇっ!」



 それは、銀の甲冑を纏った少女――。

 歳のころは俺と同じくらいだろうか。煌く金髪に新雪のような白い肌、青い瞳といういかにも(・・・・)な姿の女騎士だ。


 その顔立ちも美術館の彫刻のように整ったものだったが、しかし突然の出来事に、顔は耳の裏まで真っ赤になり、目は半泣きとなっていた。

 ――とはいえ、これは仕方あるまい。排尿中に突然、知らない二人組(しかも片方は異性)が現れればこうもなろう。


 彼女の言う通り、俺たちはさっさと目を逸らして別の場所に行くべきだった。普通に考えて、それが人として当たり前のこと。

 だが、そんな彼女の姿を前に、俺たちは……。


「いったい、どうなってるんだ……?」

「お兄ちゃん、知らない? 最近、そういう“異世界ファンタジーもの”の小説が流行ってるんだよ。

 高校生やサラリーマンがファンタジー世界に行って、向こうにはない地球の知識で大活躍する話。トラックに轢かれて異世界に転生して、そこで火薬や宗教を作ったり居酒屋を開いたりするの。

 あとは……そうそう、マヨネーズを作る話もあるよ。しかも何作も」

「さすが自称文学少女。詳しいな」


 排尿姿よりもそっちの方が気になって、立ち去ることを忘れていた。

 なるほど。ふたばの部屋に何冊もその手の本が散らばっているのは知ってたが、まさか、その知識がこうして役に立つとは。


「だが、ふたば……この人、日本語喋ってるぞ? 本当は日本なんじゃないのか?」

「ううん、たぶん魔法的な理由で言葉が通じてるだけと思うよ。脳が自動翻訳してるというか。だって耳にだけ神経を集中させると、知らない言葉が聞こえるもん。このへんも異世界ファンタジーっぽいかな」


 たしかに耳を澄ませば、かすかに知らない言語での罵声が聞こえる。

 こんなの、初めての感覚だ。ということは、やはり異世界――物理法則の違うファンタジー世界ということらしい。


「それとね、お兄ちゃん、これは今するような話じゃないかもしれないけど……」

「なんだ?」




「 こ の 女 騎 士 さ ん 、 巨 乳 だ よ ! ! ! 」




 ……なんだって?


「見て! 胸の部分の鎧がおっぱいの形に膨らんでるけど、これが上げ底じゃないならEカップ――ううん、Fカップはある!!」


 どうでもいい。

 巨乳なのは見ればわかるが、本当に今するような話じゃない。


 ともあれ俺たちが、茂みでしゃがむ女騎士を前に、そんな話をしていると――、




「貴様ら、いいかげんにしろーーっ! 二人とも、このカーラ・ルゥの話を聞けえっ!」




 さすがに、向こうも怒った。

 仕方あるまい。




 まさか、一日に二回も痴漢扱いされるとは……。


「一応言っておくけどね、これ、お兄ちゃんのせいだからね?」

「俺の?」

「たぶん、お兄ちゃん、今日って『ラッキースケベの日』なんだよ。そういうことがよくある日っていうか。――そのせいで、この女騎士さんが怒ってるんだからね。ちゃんと反省して」


 また、それか。

 ファンタジー世界だからといって、非論理的なことを言うな。


 そもそも、なにがラッキーだというんだ。ひどい目にばかり遭っているのに。

 本当にラッキーならば、一日に二度も人生の危機に遭いはしない。



 ――ともあれ、だ。

 俺とふたばは、排尿を終えたその女騎士に捕らえられた。


“紅百合の騎士”カーラ・ルゥに。


 この女騎士、驚くほどの腕力だ。

 俺たち兄妹は、まるで猫の子のように首根っこを掴み、そのままぷらぷらとぶら下げられていた。二人とも体重は軽い方だが、それでも並の女性にできることではない。


「二人とも、逃げようなどと思うな。抵抗は無駄だ。――このカーラ・ルゥは魔法で肉体を強化された“剣騎士(ローズバド)”。その気になれば貴様らなど、素手で引き裂いてやることも可能なのだ」


 なるほど、それでこの膂力というわけか。

 さすがはファンタジー世界。この世界には魔法が存在しているらしい。


 しかし、わざと見たわけでもないのに、この扱いはひどすぎるのでは?

 俺は一言なにか言ってやろうと思ったが――、



「クッ……グスッ。まさか、あんな姿を……。これまで誰にも見せたことないのに……」



 ぐすぐすと目を潤ませている様子を見ると、さすがに文句を言う気は失せた。

 なんというか、申し訳ない。


「本来ならば、この場で剣の錆にしてやりたいが……しかし、服装からして貴様たちは異国の者だな? ならば私の一存では処罰できぬ。まずは姫様に――我が主に貴様らの扱いを決めていただく!」



 こうして俺たちは、“姫様”とやらのもとへと連れていかれることになる……。




「なんだと? 貴様たち、我がイース国を知らぬというのか!?」


 カーラ・ルゥは驚き、そして呆れていた。


「《地平》で一番の大国なのだぞ? 貴様たち、どこの田舎国から来たというのだ? ――いや、そもそも、そんなことも知らずにどうやって領内に入ってきた?」


 俺たちの首根っこを掴む女騎士カーラ・ルゥによれば、ここはただ《地平》とのみ呼ばれる異世界。

 その人類諸国のうち最大の国家、イース国の領内だ。


 より具体的に述べるなら『イース神聖王国、東部辺境領フィル=セロニオ(ごう)』。

 東端の国境に位置する地であり、人口は約三〇〇人。


 西から東までおよそ10キロメートルほどというから、面積的には東京の世田谷区と同程度になるだろう。この世界の行政単位は不明だが、規模的には『村』だった。


(辺境領だから『田舎の村』か……。いかにも、そんな感じだな)


 それも、農村だ。

 山と森以外はひたすら農地。しかも――、


(ほとんどが、あの花畑だ……。赤い花と白い果実の――)


 いや、『ほとんど』どころではない。

 見る限り、この赤い花以外を作っている農地はどこにもない。


 どこに目を向けても花、花、花。

 赤い花の咲く赤い村だ。


 そのうちに、ふたばが新たな事実に気がついた。


「あれ……っ? お兄ちゃん、見て! この花の実、よく見たら果物じゃないよ! ほら、そこに地面に落ちて割れてる実があるでしょ!? あれ、よく見て!」


 言われて、俺も初めて気がついた。

 赤い花に生る、白い卵型の実。よく見れば、それはなんと――。


「見て! 卵っぽい形の実だと思ってたけど……これって、本物のタマゴだよ! それも、たぶん鶏のタマゴ!」


 本当だ。

 中からでろり(・・・)と黄身と白身が漏れ出していた。


 驚く俺たちに、カーラ・ルゥが説明をしてくれた。


「この花は“タマゴケイトウ”。フタバの言う通り、鶏の卵が生る花だ。大昔の魔法で創られた花で、このフィル=セロニオの地にしか咲かぬ」

「魔法植物!? へえ、さすがはファンタジー世界!」


 ふたば、迂闊だぞ。

 現地人の前で『ファンタジー世界』なんて言葉を使うな。


「ふうん、そういうことだったのね。いくら綺麗でも、どうして花ばっかり育ててるのか不思議だったけど、卵が獲れるからってことか。卵は栄養があるから、これだけ食べてれば他のものなしでも生きていけるもんね」

「うむ……。まあ、そういうことだ」


 なぜかカーラ・ルゥは、口ごもりながら返事をしていた。


(なるほど、そういうことか……。けど、卵だけで産業は成り立つのか?)


 事実、この村はあまり裕福には見えなかったが――。


(……いや、考えすぎか。中世風の農村なんてこんなものか)


 地球の中世ヨーロッパも、社会や農業技術が未発達であったため似たような暮らしをしていたと聞く。

 そう考えると別段貧しいわけではないのかもしれない。


 そんな村の領民たちだが、俺たちを連れて歩くカーラ・ルゥの姿を見つけると、野良作業中でも駆け寄ってきてニコニコしながら挨拶をし、あるいは遠くから大きくお辞儀をする。


 この女騎士、ずいぶんと慕われていた。きっと彼女やその主である“姫様”が善政を布いているからだろう。

 そんなことを考えながら三〇分も歩いたころ。俺たちはついに目的地へと到着する。


「着いたぞ。これがフィル=セロニオ城――我が主の城だ」

「ここが……? ボロい城!」


 この駄妹め、思ったことを全部口にするんじゃない。

 案の定、カーラ・ルゥは、むっ、とした顔になっていた。


「ふん……。好きなだけ愚弄するがいい。だが貴様たちはこの城で、世界一美しいお方を目の前にする。――そのお方の裁きを受けるのだ」



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