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経済的に正しいことは、道徳的にも必ず正しい



  ――経済的に正しいことは、道徳的にも必ず正しい

          アメリカの自動車王ヘンリー・フォード(1863~1947)



「大公殿下におかれましては、いつにも増してお麗しゅう……」

「世辞は無用だ」


 塩と銀貨は、国家の血液。一滴たりとも外に流してはならない。

 ――そんな言葉を世に残したイース建国の祖イース・ズゥ一世は、そこまで理解していながら晩年、塩利権の全てを第二王妃の生家であるコトヴィック大公家に渡してしまった。愚かなことだ。


 現在その利権と爵位を受け継いでいるのは、二九歳の美貌の女大公。

 その名は、アマデジス・ジャナ・コトヴィック。象牙細工のように白い肌と、磨きたての銅のように輝く赤毛を自慢とする。


 彼女は効率よく『国家の血液』を絞り取るべく、イース国内の各地方に複数の“出屋敷”――いわば大使館のようなものを設けていたが、そのうちの一つで窓から月光を差し込む中、御用商人の一人から大袈裟でビジネスライクな賛辞を受けていた。


「いえいえ決して世辞ではございませぬ。

 この地ではそろそろ桃が花咲く時期ですが、大公殿下がおいでと知れば、そのお美しさに適わぬと己を恥じて枯れましょう。はたして、なにを用いれば、それほどのお姿でいられるのやら。

 その美の秘訣をお教えくださいませ。我が不出来な娘にも、ぜひとも真似させとう存じます」


 急に娘の話題が出たが、彼女にとって、これはよくあることだった。絶大な富と権力を持つこの赤毛女が同性愛者(レズビアン)で、尚且つ、うんと年下の少女が趣味であるというのは世間にもよく知られた話。

 そのため『あわよくば妃にでも』と娘や姪の話題をそれとなく出す者は、行く先々で絶えることがない。


 ――なので彼女はそのたびに意地の悪い笑みを浮かべながら、こう答えることにしていたのだ。



「処女の生き血だ」



「は……?」

「美の秘訣を聞いただろう? だから答えた。処女の生き血だ。赤ワイン用の葡萄絞り器で生きたまま潰して血を抜き取る。――それと、せっかくだ。貴様の不出来な娘とやら、まだ処女なら私に寄越せ」

「い、いえ、それは……!!」


 御用商人は真っ青な顔で退散し、その後姿を眺めながら赤髪の大公はけらけらと高笑いの声を響かせた。


 ただの悪趣味な冗談だ。

 もちろん、本当に娘を連れてきたなら一応殺すことにはしているが、実際には生き血を飲む趣味などないし、そもそも“あの娘”以外に興味はない。


 彼女が本気で狙う乙女はただ一人。


(シアーテルズ姫、今ごろなにをしているのか……)


 おとぎ話の赤い花咲く村にいる、あの車椅子の姫だけだ。


(“犬”からの報告もまだないが、あの子は苦労と不安でずっと震えているのだろうか? ああ――)


 想い人が貧しく困窮した暮らしをする様を想像し――背筋は、興奮でぞくりとなった。




 翌日の昼――。


 俺とカーラはおんぼろ馬車で街道をフィル=セロニオ郷に向かっていた。“でこぼし”号に揺られて吐きそうなのを我慢しながら、思っていたことはただ一つだ。


(やはり塩ギルドと組むべきだったか……)


 塩や調味料は人間にとって不可欠なものだ。

 でありながら、このイース国では許可を得た御用商人だけがそれらを扱うことを許される。彼らは専売制をいいことに、粗悪な調味料を本来の倍近い値で売りつけていた。


 また、その許可を与え、さらにはその商人から徴税する権利を持つのは、姫やカーラの仇敵であるコトヴィック大公のみ。

 ――塩密売人たちは、安価な品や高級品を世に流すことで(私利私欲ながらも)悪しき制度と悪の女大公に立ち向かう、いわば俺たちの『同志』と言えよう。


 なのに、俺の下調べが甘かったばかりに……。


「すまない、カーラ。俺が迂闊だった。事前に塩ギルドのことを――どんな組織があるのか調べておけば、第六天使(シクス)なんかと組まずに済んだのに」


 あんな――奴隷を買って、遊び半分で命を奪うような幼女と。


「否だ、キョーイチローよ。逆だ。謝る必要はない。貴様はもしかして、強運の持ち主であるのかもしれんぞ」

「俺が?」


 不幸の星に生まれついたようなこの俺が、『強運の持ち主』だって?




 同時刻、ミ・メウス市の市庁宮――。

 巡回判事スー・キリルは、テーブルに並ぶ昼食に手をつけぬまま、ただなにもない宙を眺めていた。


(あれは、カーラ・ルゥの仮面……だったのか? 一瞬しか見えなかったが――しかし、よく似ていたように思えた)


 では、中身もカーラ・ルゥということなのか? なぜ、この街に?

 たしかに彼女のいるフィル=セロニオ郷は、そう遠くない距離だったが――。


(だとすれば、なぜ僕を無視した? 逃げたのか? 連れと手を繋いでいたようだが……もう一人の仮面はだれだ? そもそも、あの人物は女性だったか?)


 そもそも背徳の都ミ・メウスで仮面をつけて出歩くなんて、そんなのは犯罪者のすることだ。主持ちの騎士のすることではない。


(では、やはり似た仮面の別人だったのか? それとも……)


「……巡回判事殿、お気に召しませんでしたかな?」


 フォークが止まったままの彼を見て、テーブルを共にしていたメウス子爵が声をかける。

 市の領主である五〇男の低い声により、はっ、とスー・キリルは我に帰った。


「巡回判事殿の舌には合いませんでしたかな? 料理を下げさせ、料理人を鞭打ちにいたしましょう」

「いいや、それには及ばぬ。考えごとをしていただけだ。料理はとても素晴らしい……。これほどの料理、じきに味わえなくなるのが残念でならん」

「……? どういう意味でしょう?」

「この料理が美味なのは、違法の調味料を使っているからだ。密売人から買った、品質の高い塩や酢をな。だが――もう手に入らん」

「それは、なぜ……?」


 スーは、答えた。

 領主も知らない、極秘の計画を。


「私が部下たちに、塩ギルドの壊滅作戦を進めさせているからだ。今ごろは、ギルドの拠点を一斉攻撃していよう」

「――っ!」


 ミ・メウス市には塩密売を主なしのぎ(・・・)とするギルドは三つあったが、その三箇所の拠点へと同時に踏み込み、構成員を一斉検挙する。

 それがスーの計画だった。


 ――しかも、既に実行済みだ。


「スー・キリル卿、なんと乱暴な……!! 貴方は市に着任して、まだ二日目ではありませんか! それなのに、これほど急に――」

「否。これは王都の意向である。この街の塩密売人ギルドにより、東部地方では違法の塩や調味料が蔓延し、塩税の税収が低下している。これは国家に対する反逆だ。――子爵よ、腐敗を見逃してきた貴殿の罪は重い。処分なしで済むと思うな」

「い……いや、そんな……」


 スーの言葉にメウス子爵の顔は青ざめ、やがて怒りで赤く滾った。


(この小童、なにが『王都の意向』『国家に対する反逆』だ……!! 貴様がコトヴィック大公個人のために動いているのは、皆が知ってることなのだぞ!)


 悪徳領主である子爵は情報に聡く、その耳は遠く離れた王都の噂も聞き逃さない。

 スーが大公の塩利権を守るべく苛烈な密売人退治をしているという話は、一部で評判になっていた。


(このようなやつ、『法の番犬』でなく、ただの『大公の犬』ではないか……。若くして出世したのも、あの女の性器でも舐めて取り入ったに決まってる)


 あの女大公は同性愛者で有名だったが、スーのように整った顔立ちの若者ならば、美女の代わりになるのだろう。

 これも、王都の社交界では、もっぱらの噂となっていた。


 兵たちから『作戦成功』の報があったのは、二人が食事を終えた直後のことだ。




「やった! ツイてる!」


 第六天使(シクス)は部下から同じ報告を受け、ベッドの上で小躍りした。

 塩密売人ギルドが壊滅すれば、ミ・メウス市の暗黒街は彼女の天下だ。


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