商談
1
「これを一口お食べください。――これぞ我らが商品、マヨネーズ!」
「“まよねず”? へえ? どれどれ……」
俺がマヨをたっぷりつけたゆで卵を差し出すと、第六天使はそれを受け取り――首から血を噴き出す少年の口に詰め込んだ。
さすがに用心深い。まずは他人に毒見させるということか。
だが、次の瞬間――。
「――んほおおおおおおっ!? らめええええええええええええええええっ!」
少年奴隷の予想もつかない反応に、第六天使は顔をポカンとさせる。
「おいひいのぉ……しろくてどろどろしたの、おいひいのぉ! もっと! もっとちょうらい! おねふぁいっ!」
「そんな馬鹿な……!? 首から血が出てんのに『おいしい』『もっと』だァ? おいっ、キツネ顔! この液体はなんだ!? なんの魔法だってんだ!?」
魔法か。そう言われると嬉しくなる。
第六天使は、もう二人の奴隷にも同じようにマヨのゆで卵を食べさせるが――、
「――ひぎぃいいいいいいっ!?」
「――らっ、らめえええええええっ!」
やはり同じだ。首から血を噴き出したまま、恍惚の笑みを浮かべていた。
「な……なんだ、この反応!? しかも、なんて……なんて美味そうに食べてやがるんだ! チクショウ、もう我慢できねえ――!!」
用心深い第六天使でも、奴隷たちの顔を見て耐えられなくなったらしい。
ひったくるように俺からマヨゆで卵を手に取ると、おそるおそると口に入れる――。
「らめぇえええええええええええええええええええええええええええええええっ!」
暗黒街の女ボスは、少年奴隷たちと同じような声を上げた。
「んほおおっ! まよねず、おいひいのぉっ! んひいいいいいいいっ!」
お祖母様も言っていた。『苦いものも辛いものも、我が社のマヨネーズをかければ全てマヨネーズ味となる』と。
死を目前にした哀れな奴隷も、命を軽んじる悪人も、白く塗りつぶすのがマヨの力だ。
2
壷には1キロ分ほどのマヨネーズが入っていたが、第六天使一人の手によって、既に中身はずいぶんと減っていた。
「お……おおおッ! 来た、来た! パキッて来たァ! 頭ん中で、パキッて鳴ってる! 神殿の聖楽隊の音楽も! 部屋の中なのにガキんとき見た青空が見える!」
ハーフエルフの女ボスは貪るように壷からマヨを掻き出しては口に入れ、やがて恍惚の中で失神する。――その隙に、カーラは少年奴隷たちの止血を済ませた。間一髪だ。
第六天使が目を覚ましたのは、さらに10分ほどしてからのこと。焦点の合ってない目のまま飛び起きると、俺に抱きつき、その平らな乳房を押し付ける。
「ハァハァハァ……。おぅ、キツネ顔――いや、“クピド”! お前ぇの持ってきたコイツは、本物の上物だ! 手前ぇ、最高かよ!」
「お褒めいただき、恐悦至極……」
「おう、キョーエツシゴクだ! コイツはすげぇ……。なるほど、この“まよねず”を買ってくれってことなんだな? いってぇ、どこから手に入れた? この壷で全部か?」
「いえ……。これは俺たちが製造したもの。今回は試食分も合わせて10キロ用意してきましたが――必要とあらば、いくらでも追加で作れます」
「10キロ!? いくらでも!? マジかよ、すげぇ……。そりゃ、言うなれば、その……とにかく、すげぇ! 排卵しそうだ! 超濡れる! コイツは俺ンとこにしか持ってきてねぇんだな?」
「無論です」
「よっしゃ! 俺たちゃ大金持ちになるぜ! 俺も――それからお前らもだ! うちのルートで捌いてやるよ! 100グラムあたり銀貨一枚。10日後、俺んとこに売り上げを取りに来い」
100グラムあたり銀貨一枚ということは、今回持ってきた10キロで銀貨100枚……いや、試食用で1キロ減っているから九〇枚ということになる。
提示された値段を聞き、カーラが「おおっ」という声を上げた。
これは、もちろん喜びの声だ。想定していた額の倍近くになる。だが――、
(カーラ、迂闊だぞ!? この値段で喜んでるのを知られたじゃないか!)
黙っていれば、もっと高い値段をふっかけられたかもしれないというのに。
(それに、そこまで喜べる条件でもない……。聞き捨てならない部分があった)
抱きつき、卑猥に足を絡めてくる第六天使に、俺は言ってやった。
「銀貨、二枚です」
「……ンだと? 100グラムでか?“クピド”よ、そりゃ欲張りすぎだろ」
横でカーラも驚いていた。『今ので充分ではないか』と言いたいのだろうが、その言葉を俺は仮面ごしの目線で制する。
「100グラム、銀貨二枚です。そのくらいの価値はある品だ。それと、貴君は『10日後、売り上げを取りに来い』と言ったが――」
本当は、気になっていたのは値段じゃない。こっちの部分だ。
「先払いだ。今すぐに払ってもらいます」
「はァ? 売り上げから払うって言ってんだろ! 俺が信用できねぇってことか!?」
「そこまで強い言葉は使いたくありませんが……しかし、つまりはそういうことです」
「ハッキリ言いやがる……!! おゥ、よく聞け。これは裏社会のルールだ。お前ぇが俺を信用できないように、俺もお前ぇを完全には信用できねえ。試食用だけ高品質で、残りは粗悪品を掴ませるかもしれねえからな」
「そんなことはしません」
「かもな。けど、違うかもしれねえ。なにせ初めての取り引きだ。まして手前ぇらは余所モンで、素性も素顔もわからねえ。なのにブツは10キロと大量だ。――こんなときは『アジトを構えてて逃げられねえ方が、トクな取り引きをする』ってルールなんだよ」
それなりに理屈の通っている話だ。だが、それでも信用には値しない。
お前は犯罪者で、しかも命を軽んじる。命を守れない人間が、どうして言葉での約束を守れると思う?
「駄目です。断る。だが――あんたに譲歩してもいい」
「急に『あんた』ときやがったか……。それで、譲歩たァなんだ?」
「『銀貨二枚』か『今すぐ払う』かです」
後日、倍の金額を払うか。それとも今すぐ払うか。それを選ぶ権利はやろう。
(もし後日にこだわるようなら、この商談はおしまいだな……)
『今すぐなら半額』と言っているのに払わないなら、倍の値段など、どれだけ待っても払うまい。
――これは俺からのテストだ。第六天使もその思惑がわかったらしい。
「ふン、いいだろう……。“クピド”、お前ぇのことが気に入ったぞ。今すぐ100グラムあたり銀貨一枚払ってやろう。10日後、次の品を持って来い。同じ条件で買ってやる。
――それと、言うまでもねえが、俺以外には絶対にコイツを売るな! 絶対にだ!」
「約束しましょう。お買い上げ感謝します」
これにて商談成立だ。
そして、最後に彼女は言った――。
「しかし、“クピド”よ……。コイツは調味料だろ? どうして『塩ギルド』でなく、俺ンとこに持ってきた? 俺たちゃ賭場や売春窟を取り仕切ってるギルドなのに」
なんだって? 塩ギルド?
「それは……『この街で一番の大物』を探したら、あんたに行き着いたというだけです」
「へへっ、そうかい。まあ、任せときな。一緒に大金持ちになるとしようぜ」




