火焔魔法
1
「得意技は、こいつだ。――見な!!」
炎の矢が、ブルゥめがけて襲い掛かる。
この世界に魔法があるのは知っていたが、ここまで直接的なものを目にするのは初めてのことだ。カーラは身を翻して攻撃をかわす。
「へえ? 避けるたァ、さすがだな?」
「無論だ。魔法使いと戦うのは、これが初めてのことではない」
「ふうん、そうかい……。お前ぇら、商品に自信があるんだって? ふふン、そりゃあ結構なこった。けど、ギルドにも仁義ってもんがある。
力が強えからって、それだけじゃ話は聞いてやんねえぞ? それだけじゃな。いいか――」
そう言って、今度は掌をカーラへと広げる。
「こいつを喰らいな!“炎の渦”だ!」
必殺技、ということらしい。その掌からは紅蓮の大火が放たれた。
まるで火炎放射器――いや、その名の通り渦巻く劫火。荒れ狂う火焔の竜巻だ。
ギルドの子分たちは悲鳴を上げ、巻き込まれるのを怖れて身を伏せる。その様子から判断するに、かなりの破壊力を持った攻撃に違いない。
――だが、魔法が放たれたその瞬間、カーラは自ら渦の中心へと飛び込んだ!
「この魔法は知っている! 戦場で一度見た! 渦の目に、魔力を超える衝撃を叩きつければ魔法は破れる。――はあッ!」
気合一閃。右拳を高く掲げると、そのまま力一杯、振り下ろす。
殴りつけたのだ。灼熱の渦のその中心めがけ。戦術兵器たる剣騎士の膂力で。
魔法強化された剣騎士の拳は計算上、地球の戦車砲に匹敵する破壊力を持つ。鉄塊のような握り拳が、それこそ砲弾の如き超高速で叩きつけられ――そして竜巻の目を貫いた。
強引で、しかも自らを危険に晒す方法だったが、しかし最も有効な手であったのだろう。『ぱあんっ』というあっけない破裂音を立て、“炎の渦”は霧散する。周囲にはただオレンジの火花だけが飛び散った。
「なんだと……!? 俺の魔法を素手で破った!? そんな馬鹿な!」
「第六天使とやらよ、貴様は強い。優れた頭脳と豊かな経験、そして厳しい鍛錬に裏づけられた実力を持っている。だが――戦場には、もっと強い敵もいた!」
「クッ……!!」
カーラはさらに拳を振り上げ、幼女の姿をしたギルドの主に襲い掛かるが――、
「下がれ! そこまでだ、“ブルゥ”! 攻撃中止だ!」
その一撃を止めたのは、だれあろう、この俺だった。
カーラの動きはぴたりと止まる。拳の触れる、ほんの紙一枚手前の距離でのことだ。
「――っ!?“クピド”よ、なぜ止める!?」
「わからないか? お前の力では、この人物には勝てないからだ。……第六天使殿、お許しくださいませ。まさか貴君が、これほどの実力をお持ちとは」
俺が片膝をついて頭を下げると、第六天使は眠そうな目のまぶたを右側だけピクッと動かしたのち、唇を歪めてククッと笑った。
「ふうん……。そっちのキツネ仮面、どうやら手前ぇの方が『デキるやつ』みてえだな? いいだろう。二人とも奥の部屋に来な。商売の話を聞いてやらあ」
2
“第六天使”はもちろん本名ではない。通り名であり組織の名だ。
四十年ほど前まで、街の中央広場には五体の天使像が飾られており、当時娼婦をしていた彼女はその愛らしさと技術力から、よく『六番目の天使のようだ』と褒め称えられていたのだそうだ。そこから取った名であると、歩きながら語ってくれた。
そんな彼女に案内されるまま、俺たちは細い廊下を通って、奥の部屋――ボスである幼女の寝室へと向かう。護衛はいない。三人だけでだ。
歩きながら、カーラが小声で俺に訊ねた。
「“クピド”よ、どういうことだ? こやつは、なにかの力を隠していたのか? どうして貴様が、それを知った?」
「いいや、知らない。たぶんお前の方が強いし、俺が止めなければ、あのまま第六天使を叩きのめしてた」
「……? では、なぜだ?」
「言ってただろう?『――ギルドにも仁義ってもんがある。力が強えからって、それだけじゃ話は聞いてやんねえぞ?』って。これが『それ』だ。子分や他のギルドの手前、向こうが勝ったって形を取った」
「顔を立てたということか……」
そうだ。八百長だ。力だけでなく、気配りのできるところを見せた。
俺たちのヒソヒソ話が聞こえていたのか、第六天使はまたククッと笑う。
「強えのはヨロイ男だが、頭がキレるのはキツネ顔ってことか。大暴れしたのも手前ぇの考えだな? そうやって『自分たちが強くて、イカレてて、危険なやつらだ』って、そう思わせたかった。そうだろう? ――初めて見たやり口だが、これは手前ぇの発明か?」
「いいえ。残念ながら人真似です」
いくつかの映画で見たようなシーンを、うろおぼえで真似しただけだ。――とはいっても、この世界の人間には伝わるまい。せっかくだから俺の発明と言えばよかった。
「ふふン、まあいい。――部屋に入れ。俺は気に入ったやつしか『寝室』に入れねえ」
そう言って、彼女は突き当たりの扉を開ける。
中には広いベッドと、その上に寝転がる少年が三人――やはり七、八歳の子供たちで、皆、服を着ていない裸の姿。首輪と鎖でベッドの足に繋がれていた。三人とも人間種だ。
「彼らは……?」
「ああ、奴隷どもは気にすんな。いつでもヤれるように飼ってるだけだ。最近、このカラダにも初潮が来てよ。それ以来、性欲が強くなってかなわねぇ」
さすがギルドのボスだ。品がない。
カーラは拳をぎりりと握っていたが、きっと仮面の奥では怒りの表情を浮かべていたのだろう。女大公に奪われたあとのシア姫を連想していたに違いない。
「二人とも、そのへんに座んな。――いいものを見せてやる」
「いいもの、と言いますと?」
「これだ」
知らぬ間に、彼女の手には短刀があった。
柄に宝石の飾りがついた、三日月型に曲がったナイフが。
――次の瞬間、三人の少年奴隷の首からは、真っ赤な血が一斉に吹き出す!
まるで紅色の噴水だ。もちろん第六天使が斬ったのだろう。それも頚動脈を、目にも留まらぬ素早さで。もしかすると魔法を応用した技であったのかもしれない。
一拍遅れて、少年たちの絹を引き裂くような悲鳴も上がった。
「貴様……!! なんということを!」
カーラが声を荒げるが、第六天使は眠たげな目のまま笑っていた。
「落ち着きな、ヨロイ男。手前ぇは腕っ節担当だから、ただ座って見てりゃいい。――キツネ顔、お前ぇならこの意味、わかるだろ?」
急に名指しされた俺は、「ええ、まあ……」と返事をする。
本当は叫びたいほどの恐怖を感じていたが、ぐっと平静を装い、言葉を続けた。
「さっきの私の真似です……。そうやって『自分が強くて、イカレてて、危険な女だ』と思わせたかった」
「ははははッ! そう。正解だ。それに、俺ゃあ商談でモタモタするのは嫌いでな。奴隷どもが失血死するまでは約三分。それまで話がまとまりゃあ、新しいのを買わずに済む。こうすりゃ、ちったあ『せっかちな気分』になるだろ?」
「なるほど……」
口には出さないが、この女、おそらくは『取引相手がどのくらいの“悪”であるか』も試していた。
罪なき者が目の前で死のうとしているときに、俺たちがどのような態度を取るか。それを観察する気に違いない。
「ガキどもが少々うるせえのが難点だが――けど、その分、デカい声で喋ればいい。じゃあ、キツネ顔! そろそろ取り引きを始めっぞ! 手前ぇ自慢の“商品”を見せろ!」
「ええ、喜んで……」
さすがは大物。一筋縄ではいかない相手だ。正直言って、恐怖で背中がぞっとしている。
(だが――俺たちには、これがある! 刃物より魔法よりも強い武器が!)
俺はマントの内側から、マヨネーズの壷を取り出した。試食用の小さい壷だ。
それと、固く茹でたゆで卵も。
「これを一口お食べください。――これぞ我らが商品、マヨネーズ!」




