第六天使(Sixth)
1
「まずは一人。――次は、だれだ?」
今の男に刃物を抜く余裕があったのは、俺がカーラに『相手が武器を抜いてから反撃しろ』と指示を出していたからだ。
『不意打ちでなく、実力で上回っているところを見せろ』と。
その気になれば剣騎士の反射神経だ。懐に手を伸ばした瞬間、叩きのめしていたに違いない。どちらにせよ、ほんの一、二秒の差でしかなかったろうが。
酌をしていた女たちは、悲鳴を上げて逃げていく。
――それと入れ違いになるように、客のうち数名が立ち上がり、カーラと俺、そしてネズミ男のステッジを取り囲んだ。
「お……おい、キツネの旦那! アンタの相棒、おかしいぞ! 言ったよな!? 俺、言ったよな!? ここはミ・メウス市で一番の大親分――一番ヤバい人の店だって!」
「ああ、聞いた。案内ご苦労。お前の言う通り、ずいぶん『いい店』みたいじゃないか」
俺たちを囲むこの客たちは、“第六天使の親分”とやらの手下――ギルドのメンバーなのだろう。
皆、武器を手にしていた。それも、さっきの傷男のように服に隠せる短刀でなく、剣や棍棒、斧といった大型武器だ。手下でなければ、堂々と店には持ち込めまい。
さらに店の奥からは、槍やハルバード、クロスボウといった、さらに大掛かりな武器を携えた男たちが現れる。
合わせて、ざっと10名余り。半数は屈強な亜人類だ。
「一応訊いておくが……“ブルゥ”、平気だろうな?」
「任せろ。私はこれが本業だ」
ただ勝つだけではいけない。
不意打ちや小細工を用いず、敵にそれなりの見せ場を与え、『相手の方が絶対的に強い』『何度やっても勝てない』と思い知らせる必要がある。
それと、あとで商談をする相手だ。殺してはいけない。大怪我もさせるべきでない。
そういった制約を伝えた上で、この仮面の女騎士は『任せろ』と返事をしていたのだ。心強い限りだ。
カーラはマントの中から両拳を出し、地球のボクシングに似た構えを取る――。
「ならず者どもよ、かかってくるがいい! 我が力を見せてやろうぞ!」
客観的に見れば、理不尽に喧嘩を売るカーラの方が『ならず者』であったろう。ギルドのメンバーも、なんの理由もなく暴れるほど好戦的ではないはずだ。どちらが無法者だかわかったものではない。
だが、ともあれ啖呵を切って、ほんの10秒足らずのこと――。
「終わったぞ、“クピド”」
カーラは武器を持った男たちを、全員床に叩き伏せていた。
タフネス自慢のドワーフ種も、ウロコで身を覆ったワニ獣人種も、一番いい武器を持っていた人間種も。種族を問わず平等に。
見事な手際だ。一人残らず気絶していたが、命に関わる怪我の者は、見た限りでは(たぶん)いない。深く傷ついたのは『面子』だけ。
事前の打ち合わせ通りの展開だ。横でステッジがぎゃあぎゃあと喚く。
「キツネの旦那……いや、キツネ! アンタら、なにやってんだ!?」
「『キツネの旦那』を『キツネ』と略すのはおかしくないか?『旦那』と呼びたくない気持ちはわかるが」
「うるせえ! どうでもいい! これじゃ、案内した俺まで殺される! お前ぇら、なにがしたくて暴れてるんだ!?」
「なにがしたくて? さっき、お前は言い当てたじゃないか。これは『デカい勝負』をするため――もっと具体的に言うのなら、『この街一番の大物』と仕事の話をするためだ」
「仕事の話をしたくて大暴れ!? そんなの絶対、おかしいだろ!」
ああ、おかしいとは俺も思う。
だが、映画なんかでは、こんな調子でまず大暴れをするものだ。こうやって自分たちの力を誇示し、一目置かれる状態になってから交渉をする。
その『よくあるパターン』を、そっくりそのまま真似しただけだ。
騎士のカーラと、もと優等生の俺には、裏社会のルールがわからない。そのため、映画やドラマを参考にする以外の手がなかった。
「青鼠のステッジ、お前の言い分はわかった。だが、少々うるさいぞ。――“ブルゥ”、この男も殴って気絶させろ」
「ひぃッ!? ま、待て! キツネの旦那、やめてくれ!」
「やめない。これは俺たちの優しさだ。無事だと、俺たちの仲間と誤解されて消されるぞ? ――“ブルゥ”、皆に関係ないと納得してもらえるように、少し強めに殴っておけ」
「うむ」
カーラは言われた通り、ステッジの痩せた腹に拳の一撃を叩き込む。
彼は嘔吐物を撒き散らしながら真後ろに吹き飛び、五メートルほど離れた壁に背中をぶつけて気絶した。
これでいい。たとえ小悪党といえど、俺たちのせいで死ぬ理由はない。
「“クピド”よ、これでいいか?」
「ああ、そうだな。よくやった。――ここから先は、俺の仕事だ」
本当は、人前で話すのは得意じゃない。
小学校の演劇大会ではクラスで一番下手な役者だったし、中二のとき教師に言われるままに生徒会長に立候補したが、そのときの演説も思い出したくないくらいひどかった。
だが、それでもやらなければ。今さら引き返すことなどできない。
お祖母様も言っていた。『―― 一度、星型の穴をくぐったら、もうチューブに戻ることはできない。我が社のマヨネーズと同じように』と。それと同じだ。
「“第六天使の親分”とやら! 貴君と商売の話がしたい!」
俺が大声を張り上げると、客たちは一斉にざわめいた。
「――なにが『貴君』だ! カッコつけた言葉を使いやがって!“第六天使”が手前ェなんぞに、お会いになると思ってんのか!」
「――そうだ、そうだ! 街の礼儀も知らねえ田舎っぺぇなんぞに!」
そう野次を飛ばした二人は、先ほどの乱闘に参加しなかったところを見るに『腕に自信のない手下』なのだろう。カーラは二人の顔面を殴って気絶させる。容易いものだ。
「第六天使よ、俺が話をしたいのは『この街で一番の親分』だ。だから貴君を選んだ。だが、俺の見込み違いというのなら、また別の店に行って暴れるとしよう。――俺の用意した『最高の商品』を持ってな!」
もし俺たちと会わなければ、他のギルドが大儲けをし、ここの親分は『見る目のなかった男』として馬鹿にされ続けることになる。――つまりは、俺はそう言っていたのだ。
そんな俺の言葉を聞き、
「ふわああ……。礼儀知らずのくせに、一丁前のことを言うじゃねえか?」
奥の扉から、その姿を現した。
この店と、ならず者たちの主――“第六天使”と呼ばれる人物が。
寝起きなのか、酔っているのか、眠たげな目で頭をぼりぼりと掻きながら、あくび混じりにこう答えた。
「どうやら腕っぷしに自信があるようだな? けど、おあいにく様だ。俺の子分どもは、もとから弱ぇんで有名なのさ。うちのギルドは、この俺サマ一人で持ってンだ」
その姿に、俺は仮面の奥で目を丸くする。
店の奥から現れたのは――女。
それも、幼い少女。せいぜいが六、七歳といった程度の女児だった。
「この俺サマが、第六天使――。手前ぇの会いたがってた『第六天使の親分サン』だ」
2
(子供……? しかも、この格好――!?)
ミ・メウス市の半分を支配するというギルドの主が、こんな歳端もいかぬ娘だったとは。七、八歳といえば、ふたばやシア姫よりさらに年下だ。
しかも、その服装。半裸どころか、ほぼ全裸。
肌のあちこちに刺青やピアスはあったが、それ以外は腰に布を巻いただけという姿だった。布地は薄く、うっすらと局部が透けている。
(なんで、こんな格好を……? 洋画みたいに裸で寝てたのか? それとも俺の理解できない、なにかのファッション? 刺青やピアスを見せるための?)
戸惑う俺に、カーラが耳元で囁いた。
「“クピド”よ、油断するな。この女、ハーフエルフだ。見た目通りの歳ではない」
言われてみれば耳が尖っている。長命種であるエルフとのハーフだから、それで若く見えるということか。(といっても、さすがに若すぎではあるだろうが)
「ふわあ……。そっちのヨロイ男の方が物知りだな? いかにも俺ゃあハーフエルフ。今年でちょうど五〇になる。でもって、ハーフエルフだから――」
第六天使は眠たげな目のまま、ゆっくりとした動作でカーラを指差すと――、
「得意技は、こいつだ。――見な!!」
その指先から、炎を出した。
一直線に飛ぶ炎の矢を。
これは、魔法だ。火属性の攻撃魔法だ。




