フローレンスの妾出
くそう、スコットめ。
昨日は、スコットがへまをした。
『僕ってドジっ子だね!』
『……』
『ご、ごめんごめん。ほんとごめんねベティ。だから睨まないで』
こんなふざけたやり取りを何回もした。
スコットは、ヒューバート・フローレンス様が指名した私の詳細を話すのを忘れていた。
即座に私を指名したものだからてっきり把握してると思い込み、気が抜けていたとか。
割り込んできたフローレンス様が、私がまだ処女で、風光明媚に来て間もないことを知るはずがないのに。
突然過ぎる国の重役の登場にスコットは顔色が悪かった。
低姿勢で揉み手をしながらご機嫌窺いしていたから、私のことを後回しにしてしまったのだろう。
いえ、違う。フローレンス様が叩いた大金に目が眩んだからだと思う。
だって、目が金マークになっていたから。
昨日の失態はスコットのせい!と言いたいけどフローレンス様に暴言を吐いたのは紛れもない、この私。
フローレンス様がお帰りになられてから失礼な言動の数々をスコットに話せば、魂が抜けていた。
そして一夜明けた今日、スコットは屍になっていた。
無理もない。風光明媚が消えるかもしれないのだから。
私も今、宰相様に消されるかもしれない恐怖に戦いている。
捲し立てるように喋ったあと、ぜえぜえ息をしていたフローレンス様はじーっとこちらを見て、帰って行った。無言で。
一応『さ、さようなら~』と言った私のか細い声は多分届いていない。
出来ればもうお逢いしたくない。
それはきっとフローレンス様も同じだろう。
失礼極まりない娼婦の顔なんか見たくないはず。
「ベティ!大変だ!ヒューバート・フローレンス様が君に逢いたいとやってきた!」
ーーしかし彼はまた風光明媚に姿を見せた。
扉を豪快に開け、顔面蒼白で転がりこんで来たスコット。
屍から復活したみたいだけど顔色が悪かった。
私も一緒になって青褪める。
「ま、まさかとどめを刺しに?」
「い、いやそういうわけではないと思うよ。きちんと金貨は出してくれたし純粋にベティに逢いにきたんだ……多分」
「多分って何なのですか!私嫌です!スコットさんは私が嬲られても良いんですか!」
「可愛い可愛いベティを守りたいのは山々さ!でもベティを出すのに躊躇したら、やっぱり風光明媚を潰すと脅して来たんだ!」
「また!?」
「まただよ!」
悉く逃げ場を握り潰してくる御方だ。
「でもスコットさんは私が無残な姿となって発見されてもいいんですか?フローレンス様がお帰りになる頃には、私、中庭の池にぷかぷか浮いていたりして……」
「そのときは……風光明媚総出で弔ってあげるよ。うん。でも、ほら、相手はあの宰相様だから仕方ないよ……」
遠い目で現実逃避するスコットは、冗談か本気か分からない。
少し腹が立ったので意地でも生き延びてやろうと思う。
『さあ!笑顔でフローレンス様を迎えよう!』と急かすスコットの後ろを沈鬱な表情で着いていく。
話が出回ってるのか、すれ違う娼婦達は気の毒そうな顔を向けてきた。
最近そういう顔をされることが多い。
ちりんちりんと音を鳴らす髪飾りが、地獄へのカウントダウンのようで気が重くなった。
表館にいくと、皆そこだけを避けているようだった。
ぽっかり空いたそこには、立ち姿から冷徹な雰囲気が漂っているヒューバート・フローレンス様がいた。
でも何処か気品に溢れるその姿はやはり美しい。
少し見入ってしまったけど、フローレンス様がこちらに顔を向けたことで我に返る。
そして、フローレンス様はまたあの奇妙な狐のお面をつけていた。
「奇遇ですね。また逢えるなんて」
「(貴方が来たからです!)」
突っ込みたくなったけど心の声で押し留めた。
狐の下にはあの凍てつくような瞳が隠されているから。
「はい。昨日に引き続きフローレンス様に逢えるなんて光栄です」
「そうでしょうね。一介の娼婦が宰相であるこの私に逢えるなんて早々ある事ではありませんからね。せいぜい喜びを噛み締めると良いでしょう」
「はあ」
何だかいちいち癪に障る。
此処まで言葉のひとつひとつが鼻につく人もいないだろう。
とりあえず、フローレンス様を裏館に案内しようと思う。
「では参りましょうか」
しかし何故かフローレンス様は動かない。
首を傾げて『フローレンス様?』と呟くとフローレンス様は周囲を見渡してほんの僅か、眉間に皺を寄せた。
「あちらにいる娘は客に腕を絡めて歩いているようですが?お前はしないのですか?」
「(え、ええぇ…)で、では失礼しますね」
「ふん、それでいい。さあ行きますよ」
「(この人何なんだろう…)」
恐る恐る腕に引っ付けば、フローレンス様は満足気に頷く。
周囲の娼婦達からはまた同情した眼差しを頂いた。
ひそひそと『惜しい子を喪うわね』『まだ若いのに』『安らかに逝けるようにお祈りするべきよ』と話している。ばっちり聞こえてますけど。
態とらしく涙ぐむスコットはハンカチをひらひらさせていた。
近くには珍しく穏やかに微笑むドロシーがいて『逝ってこい』と言われた気がした。
揃いも揃って…!私はまだ死にません!
二人になってからフローレンス様が口を開くのを待っていたけど、なかなか話し出さないので先に私の口が動く。
「昨日は申し訳ございませんでした。フローレンス様に不快な思いをさせてしまったことを、心よりお詫び申し上げますわ」
ゆるりと頭を下げる。
沈黙を破る私の謝罪。
フローレンス様がどんな顔をしているのかは分からなかった。
しかし『頭をあげなさい』と静かに言われてゆっくりと体勢を戻す。
瞳に映るフローレンス様は眉を顰め、顔に懊悩の色を表していた。
「何故お前が謝るのですか。あれは私が無理強いをしたせいです。お前のせいではありません」
「しかし、」
納得いってないのが表面に出ていたのかフローレンス様が重い溜め息をつく。
「では、詫びたい気持ちがあるのなら昨日のことは忘れなさい。あれほど取り乱した姿を人に見られたのは始めてだ。私の失態を記憶から抹消してくれると助かるのですが」
確かにフローレンス様は取り乱しようは凄かった。
今の静かなトーンと違って声も張り上げてたし。
ゆっくり"こくん"と首を振るとフローレンス様は苦し気な表情を緩め、ほっとした様子。
ーーあれ、何かちょっと可愛いかも。
「では仲直りですね」
「"仲直り"?」
「はい。違いますか?」
露骨に怪訝な顔をしたフローレンス様に心配になったけど、少し黙ったあと『そうですね』と頷いた。
良かった。
「これで水死体になることは免れました」
「水死体?何ですかそれは」
「あ」
気の緩みからポロッと零れる本音。
笑って誤魔化そうとしてもフローレンス様は『吐け』と力強い視線で訴えてくる。
仕方なく白状すると呆れたように額を押さえていた。
「そんなことするはずがないでしょう。何故私がお前を水に沈めなくてはいけないのですか」
「す、すみません」
「それに私は血を見ないと命を狩った気にならないので、水死より斬首を選ぶ。拷問は専ら致死量に達しない程度で血を流させます」
「え」
身の毛が弥立つことをさらりと言われた。そして何だか着目点がずれている。
青褪めた顔をする私を見て一瞬不思議そうにしたが、直ぐに『ああ』と納得した。
「お前にはそんなことしませんよ。お前を泣かすのは同衾の時と決めてますから。水に溺れるくらいなら、私が濡れ事に溺れさせてあげましょう。そのほうがお前への仕置きになるのでしょうね」
「(はい、猥褻罪!)」
艶を帯びた色目使いをするフローレンス様に、私は溶けそうになる。
即行逮捕案件だ。
このままでは危険だと思う。おもに私のライフゲージが。
「そんなに警戒せずともお前を傷付けることはしませんよ。
……本当に今日はただ、お前に逢いたかっただけですから」
「(て、照れてる!頬を染めてあのフローレンス様が照れてる!)」
びっくりする反面可愛い反応にライフゲージが大幅に削られた。そんな顔も出来るなんて。反則技だ。
頬を紅潮させて口籠っていたフローレンス様は少し躊躇ってから、控えめな声で言う。
「それに、謝りたかったのです。私がお前に対し罵声を浴びせたのは私の私情です。本当にお前のせいではありません」
「フローレンス様、」
急にどうしたんだろう。
しんみりした空気が流れる。
「ーーお前に睨まれたとき、母の目を思い出したのです」
「御母様、ですか?」
「母と言っても私を生んだだけです。母親らしい事は何一つしてなかった人ですよ」
忌々しそうに吐き出される言葉。
「頭は空っぽでも容姿だけは美しい人でしたから、一人の公爵に見初められたのです。そして身籠った子が私です」
世間話がてらに語られる身の上話。
それは軽い世間話と呼ぶには重すぎる内容だった。
前公爵ーーフローレンス様の御父様には当時奥さんがいたとか。
ゆえに御母様は愛妾に留まった。
暫くして生まれた赤子は、醜い男児。
すくすくと育つ我が子だが、外見の醜さから御母様は、『自分の子ではない!』と叫び、触れようとはしなかった。
子育てはメイドに任せるも、醜い子供に苛立った御母様は下男のような生活を強いらせた。
奥さんも妾腹の子供に対し、風当たりが強かった。
その生活は、公爵様と奥さんが離縁されるまで続いたとか。
長年子供を身籠ることが出来なかった奥さんは愛想を尽かされて離縁を言い渡された。
実家に帰る最中不運にも盗賊に襲われ、命を落としたそうだ。
そして御母様はそれまで醜い醜いと罵っていた我が子を連れ、公爵夫人の座に収まる。勝ち誇った笑みを浮かべながら。
正真正銘公爵様の実子である息子は何れ家督を継ぐだろう。
そう周囲に言い触らした。
「詰まるところ、公爵家の血を引く私はあの人が公爵夫人になるための道具でしかなかったのですよ。散々甚振ってきたゴミに利用価値ができてさぞ喜んだことでしょう。跡取り息子を生んだあの人の公爵家での立場は揺るぎないものとなりますから」
年老いた公爵も、醜くはあるが頭脳明晰な跡取りが出来て一安心。
公爵夫人にまで伸し上がった御母様も"勝利"に酔いしれた。
ーー息子が反旗を翻すまでは。
「誰もが幸せでしたでしょうね。そんなもの、私がぶち壊してやりましたけど」
せせら笑うフローレンス様の残忍な光を帯びた瞳。
冷酷無情な顔を見せる要因がほんの少しだけ分かった気がした。
「当時公爵家は悪事に手を染めていました。かなり黒い部分を抱えていたのです。『極悪一家フローレンス』などと囁かれるほど。フローレンス家の不始末は、不本意ながらも身内である私がつけるべきだと思いました」
「フローレンス様は、公爵家を潰そうとしたのですか?」
「そのつもりでした。微塵の情けも掛けず公爵家の膿を取り除いた功績で、私の"フローレンス"としての罪は帳消しになりましたが。ついでに公爵家と手を結び悪行に絡んでいた徒党を一網打尽にしたことで、新たに"フローレンス"を立て直す権利を授かりました。私も懲罰を受ける覚悟だったのですが、『冷酷非道だ』と怖れられるほど惨い"掃除"をしたことで被害は被りませんでしたよ」
口は笑っているのに目は全く笑っていない。
何をどう掃除したかは恐ろしくて聞けない。
若くして家督を継いだ公爵様。
そしてリーランドの宰相様。
経緯は知らないけど、御家騒動があったにも関わらず宰相にまで登り詰めるのが凄い。
醜聞など関係ないほど宰相として一流と言うこと?
此処まで一際異彩を放つ人は祖国にはいなかった。
私はリーランドの国政に詳しくないけどフローレンス公爵家が如何に権力を有しているかは察せる。
そして、前公爵様と御母様の行方が少し気になった。
吃る私に、フローレンス様はさらっと告げる。
「父だった男は逃げようとしたので少し責め苛んでから国に引き渡しましたよ」
「せ、責め苛む…?」
「大したことではないですよ。ただ逃げられないように片足を切り落としただけです。多額の金を巻き上げられていた領民と騙された商人が舌を引っこ抜こうとしていましたが、流石に止めましたよ。それでは国王陛下の御前で罪を贖うことが困難になりますからね。片目なら良いと言ったところ嬉々とナイフを目に突き刺し、くり貫いてーーああ。すみません。お前にする話ではありませんでしたね」
「い、いえ」
血生臭い話に胸焼けがし、口元を押さえて小刻みに震えた。
「母だった人にはそんなことはしていませんよ。何せ途中で逃げられましたから。公爵夫人になってからも男女の関係にあった間男とね。あの人はもともと浮気癖があり、性に旺盛な人でした。男と逃げる可能性だって頭になかったわけではありません、逃げ道を作ってやるとあっさり引っ掛かってくれましたよ」
「わ、罠に嵌めたのですか?」
「この私が逃がすドジを踏むとでも?」
不機嫌さが滲み凄みさえある声に慌てて首を振る。
「あの女は恨みを買い過ぎてる。平民を嘲謔し、下位貴族を揶揄し、商人を欺瞞し金貨を得ていた。あの女のせいで死んだ者達もいる。その家族はとてつもない怨恨を抱えていた。騙された善良な市民だって数多くいる。ですから逃げたあの女の居場所を噂として流せば、怒濤の勢いでそちらに人が流れましたよ」
怒り狂う復讐達がたった一人の女を狩るためだけに馬に乗り追躡する姿は滑稽だったとフローレンス様は言う。
「使いの者に後を追わせましたが直ぐに見つかりましたよ。
ーー木に吊るされた、全裸の死体でね」
「え、」
「それも、足首を縄で結ばれた逆さの状態で。死体は王都に運び込まれた時に私も確認しましたが至る箇所に暴行を受けた痕があり、肌が変色してましたよ。躯の一部がなかった箇所もあったので、怒りが頂点に達した人間は熟恐ろしい怪物になるのだと思い知らされましたよ。全く、怖い人達だ」
残酷な光景を思い出すように、にたりと口の端が上がる。
自分の手を汚さずに始末したフローレンス様のほうが恐ろしかった。
ゆっくり私の髪に指を滑らせてきたので大袈裟に肩を揺らしてしまう。
「私が怖いですか?」
「…っす、少し」
「お前は正直者ですね」
ふっと笑みを零すフローレンス様。
何処となく柔らかい面立ちに目をぱちぱちさせた。
「ですがお前は私を厭うことをしないのですね。こうして触れていても、お前は嫌がらない。普通の者であれば触れられる前に身を捩って避けますよ。指が届く距離まで近付くことすらしません」
「わ、私は嫌ではありません」
ぱちぱちと瞬きをするが、やっぱり柔らかい顔は見間違えではなかった。
実に吹っ切れた美しい表情だ。
瞳は嵐の後の空のように穏やかな青い色。
「昨日もそう一言口に出してくれれば私はお前を傷つけたりしなかった」
掠れた声で『すまない』と謝るフローレンス様に"こくこく"と頷く。
艶気を含んだ声が腰にきて大変だ。
「私は"女"という生き物が嫌いだ」
「(生き物って)」
「女は人を見た目だけで判断し順位をつける忌まわしい生き物だ。傲慢で腹黒く表面だけを綺麗に繕う浅ましい女は駆除すべきだと思っていた」
ま、まるで私のことだ!
『見た目だけで判断する』という、強烈な一撃にかなりダメージを食らった。
「だが、私は分かった。お前はそんな浅ましい輩とは違うと。お前は、そうーー珍種だと」
「(珍種!?)」
咄嗟に叫びそうになったのをぐっと堪える。
フローレンス様は妙な勘違いをしているが顔が真剣そのものなので困る。
「お前が珍種だと見抜けず、無体なマネをしたことを詫びます」
「い、いえ」
「ただ"娼婦"というだけでお前を軽蔑していました。お前があの人と一緒だと思うと、酷く憎悪が煮えたぎったのです」
「一緒…?」
誰と?
首を傾げると、フローレンス様は抑揚のない声で言う。
「母親は娼婦だった。お前と同じです」
それを聞き、あれほど"娼婦"を嫌悪していた理由に頷けた。
「娼婦だったあの人を父だった男が見初め、公爵家の離れに連れ帰ったのです。男を見ると直ぐ股を広げるところも、父の金しか見てないところも、娼婦だったからだと思うと吐き気がしました。娼婦だからというより、あの人の性根が腐っているからでしょうが」
額に手を添え首を垂れるフローレンス様は酷く疲れた様子。
憔悴した顔は四歳ほど老けたように感じる。
「幼少の頃、妾だったあの人が庭師の男に色目をかけている姿を目撃したことがありますが、その姿は"娼婦"にし見えなかった。だから昨日、お前があの人と"同類"だと思うと、苛立ちが収まらなかった」
「……」
「お前が私を睨んだとき、公爵家を粛清しようする私を睨み付けたあの人の目を思い出した。目をあわせることは愚か私を睨んでくる女などそうは居ませんからね」
また『すみません』と口にしたフローレンス様に黙って首を振った。
何故だか言葉にならない。
「あの、フローレンス様。何でその話を私なんかにーー」
「何故でしょうね。お前に聞いて欲しかったからかもしれません」
「フローレンス様、」
「可笑しなことに、慰めて欲しいなんて思っている」
自嘲的な笑みが唇を掠め、眉尻を下げるフローレンス様に『きゅううううん!』と心を鷲掴みにされてしまった。
胸は轟くように躍る。
「私を嫌悪しない珍種に巡りあえてきっとどうかしているのです。こんな感情、初めてですよ」
急に弱音を吐くなんて卑怯だ。
あんな冷たい顔をしていた人がこんな縋り付くような目を向けてくるなんて。
居ても立っても居られないもどかしさを感じた。
木々が揺さぶられるような気持ちになる。
「本当に生意気な小娘です。この私を此処まで惑乱させるとは」
しかしまだ素直になれない部分が残ってるらしくそっぽを向いた。それすら可愛い。
フローレンス様の突き放すような言動は素直になれないだけだと話してるうちに分かった。だからこそ可愛い。
「フローレンス様、フローレンス様」
「何です」
「手に、触れてもよろしいですか?」
弱々しく慰めて欲しいと言われて甘やかさないのは女じゃない。
フローレンス様にポカンとしてから(油断した顔も可愛い!)、徐々に頬を紅潮させていった。
色白だから余計赤が映える。
茹で蛸になった顔を隠すように俯き、ぼそっと言う。
「お前の好きにしなさい。お前が私は触れたくないのなら構いません。……お前がどうしても私に触れたいのであれば触れるといい」
「(つんでれえええ!)」
発狂しそうになるほど可愛い台詞を頂いた。
まさかのツンデレ発言。
そうかフローレンス様はツンデレなのか。
確かに数々の失礼な言動を思い返すとツンデレの"ツン"の気がする。
ちょっと意地悪したくなって何もしないでいると、飼い主の『待て』が出来ないワンコのようにチラチラこちらを窺ってきた。その瞳が何処か物欲しそうに見える。
流石に私も我慢出来なくなったので、手の甲に指を滑らせた。
そのまま首に腕を回し、抱き着く。
出血大サービスだ。
「なっ」
当然の抱擁に狼狽えるフローレンス様をぎゅっと抱き締める。
まるで、冷たい態度は弱い自分を守る殻。
孤独なこの人を包み込んであげたくなった。
「ありがとうございます、フローレンス様。私に逢いにきてくれて」
「…っ」
「咲き誇る花園から私を見つけてくれてありがとうございます。この風光明媚で、フローレンス様に出逢えたことを嬉しく思います」
もうこのままフローレンス様に抱かれて良いと思ったけど、この前のような素振りは見せなかった。
それどころか抱擁された状態のまま、腕が動かない。
だらんと垂れている。
しかし顔を私の肩にぐりぐり押し付けるように埋めてきた。
「フローレンス様?」
「…ヒューバート」
「え?」
「…ヒューバートと呼びなさい」
「ヒューバート、様」
寂しい波音のような声を響かすフローレンス様、いいえヒューバート様。
歯の隙間から洩れる声は、弦を震わすように細い。
「お前が嫌がることはしません。無理に抱こうとも思ってません」
「はい」
「だから今はこのままで居させてほしい」
「は、い」
「傍にいてくれーーベティ」
「(きゃあああああ!な、名前!私の名前を!!)」
そんな甘えるような声で名前を呼ぶなんて狡い。
興奮のあまり微かに震える腕でヒューバート様の頭を掻き抱く。
綺麗な藍白の髪に頬を寄せると、向こうが頭を傾けてきた気がした。
甘えてくるヒューバート様は本当に本当に貴重なのだと後に知るのだった。




