冷酷人間はお断りじゃ!
最近スコットがよく電卓を弾いている姿を見る。
私に付けるお客さんをセレクトしているらしい。
私の条件は不細工一択。スコットの条件は"金"一択。
正直言うとまだ処女だから慎重になってくれるのは有り難い。
こうしてのんびりする時間も出来ることだし。
ごろんと仰向けに寝転がる姿をドロシーに目撃されて足蹴にされたけど。『働け!』と言われた。仰る通りです。
でも私に逢いたいと長蛇の列が出来ているらしく、スコットが慌てているのだ。
私、人気者なのねぇ。
ーーそんな呑気な考えは直ぐに吹っ飛ぶ事となる。
娼館『風光明媚』にやってきた大物の登場で。
「ベティ!今すぐ準備して!お客様が来たんだ!」
「え?今ですか?」
「今!今すぐに!」
慌てふためくスコットに目をぱちくり。
寝転がっていた私の腕をぐいぐい引っ張り、無理矢理起こそうとする。痛いのですが。
休憩(ではないけど)を満喫する私のラフ過ぎる姿にスコットは悲鳴を上げた。失礼ね。『汚い!』とは何なの。
即行私の身嗜みを整えるよう、下女に言い付けるスコット。
慌てて女の子は私を綺麗にしていく。
されるがままの私の目はとろんとなりうつらうつらしている。
だってお昼寝しようと思っていたから。
事情を捲し立てるように説明された。
それが何と。
私に逢いたいと言う人達を押し退け、更にお金を積んだお客様が割り込んできたらしい。
何てこった。
「いっぱい待ってくださってるお客さんがいるのに割り込んでくるなんて非常識ですよ。そんな人を先に受け入れるなんて風光明媚の信頼関係が崩れちゃいますよ」
「痛いくらいの正論だよ!それでも断れない事情があるんだ!」
「それに私はまだ蕾のままです」
「いやそうなんだけどさ!でもベティじゃなきゃダメなんだ!そのお客さんって言うのがこの国の重役で、ベティを出さないとこの店潰すって脅してきたんだよ!」
「ええ!?」
目がばちりと見開く。
一気に眠気がぶっ飛んだ。
この国のってーーリーランドの!?
「何でそんな偉い御方がこんな場所にくるのですか!」
「こんな場所とは失礼な!それだけ『風光明媚』が有名になったと言うことじゃないか!」
唐突過ぎるお偉いさんの登場に焦る反面、少しばかり浮き足立つスコット。
「風光明媚の存続はベティにかかっているんだよ!」
「そ、そんなぁ」
私には荷が重い。
此処はブリアンナ様やドロシーがお持て成ししたほうが良さげだけど、あちらは私を指名してきた。
「その重役っていうのが、ヒューバート・フローレンス公爵閣下。年齢は二十四歳。名乗らなかったけど、一目拝見してすぐに分かったよ。此処の宰相様だからね」
「宰相様!?凄い大物じゃないですか!ハードル高過ぎます!私には無理です!」
「大丈夫さ!ベティならいける!と言うかベティじゃないと無理なんだ!彼はその、かなり顔が残念な人なんだよ。いつもお面をつけてるせいで『仮面の君』という異名を持ってるくらいだ。何より、雰囲気が不気味でとても気難しい性格だと聞くんだけどね」
「ええ!?そんな変な御方ならもっとーー」
嫌です。
そう言おうとして黙り込む。
そうだ。私と皆の美的感覚は違う。
この場合残念と言われるくらい不細工と言うことなのか。
黙ってしまった私に勘違いしたのか、スコットが気まずそうな顔をした。
「ベティには申し訳ないんだけど断るわけにはいかないんだよね。もし追い返したら明日にはこの店が消えてるよ。ベティには悪いけどーー」
「スコットさん!私、頑張ります!」
「本当に!?」
驚喜に近い表情を顔に漲らすスコットに私も目をきらきらさせて頷く。
ふたりで手を取り合って笑いあった。
逢いたい!一度で良いから逢ってみたい!
どれだけ不細工なのか逢って確かめたい!
テンションは鰻登り。
ーー数十分後には鰻が死んでしまうことになるんだけど。
まず、私は思い違いをしていた。
ジーク様という優しく素敵な王子様に出逢えたことで私は少し勘違いをしてしまっていたようだ。
不細工は皆偏に優しくしてくれるものだと思っていた。
この世界の美形男子は偉そうにふんぞり返っているが、不細工男子は女性に優しくする心を忘れてないから。ただ拒絶されるだけで。
寧ろ拒絶されない様に優しくしようと努めている。
だけど、周囲に毛嫌いされて、虫けら扱いされているうちに捻くれてしまう人もいるということ。
それをある人と出逢ったことで知るのだ。
そのある人とは今、目の前にいるヒューバート・フローレンス様。
対面してほんの数分。
私のお腹は捩れそうだった。
フローレンス様が狐のお面をしていたから。そう、狐のーー
わ、笑ってはいけないわ。
笑ってはダメよベティ。
スコットの言う通り本当にお面をしている。
奇妙な狐の仮面と向き合う姿はとてもシュールだ。
狐のお面を外し、そっと大事そうに傍に置く姿に噴き出してしまいそうになった。お腹が痛い。
何故狐。
お面を外し露になった素顔。
藍白色の長い髪を一つに縛り、眼鏡越しに見えるのは青色の瞳。
白く透き通った艶かしいまでに美しい顔は、隙のない風采だ。
青い瞳は冷え冷えとした印象を与えてくる。
そしてスコットの言ってたことを理解した。
「(なるほど。『不気味』ね)」
見た目といい、纏う雰囲気の冷たさといい、まるで亡霊のようだ。
何より死んだ魚のような目に生気が感じられないので尚更。
しかし全体的に青白く澄んだ美しさがあり、まるで海に潜む人魚のように思えた。
ーーあと。
「(めっちゃ睨んでるうう!!)」
そっと顔を逸らして痛い視線から逃げる。
私が粗相をしたのかと焦るが、特に何かした覚えはない。
しかし対面した時から私を強い眼差しでじーっと見つめていたのは感じ取っていた。
今、ずっと睨まれていたことを知る。
スコットの言う"気難しい"の答えあわせも出来た。
きっと容姿以上に性格に問題があるんだろう。
目を逸らした途端、フローレンス様が笑みを零した。
「ふっ。『花の妖精』など大層な名で呼ばれる娘がどれほどなのかと思えば。私の醜さに顔を背ける女達と何ら遜色ないではありませんか。とんだ無駄足でしたね」
ーーな、何だこの人。
「幾ら醜いと嫌悪しても、どうせ私に付属する金貨に目が眩むのでしょう?女とはそういう馬鹿な生き物ですから。愚鈍で、低脳で、何とも薄汚い。そう、お前のようにね」
「(どえす敬語メガネかああ!)」
まさかのタイプにぞくぞくしたものが背筋を走る。
花よ蝶よと育てられた私はこの冷酷な視線に興奮した。
言葉責めの快感に肩を震わせれば、フローレンス様は冷笑する。
「何を今更震えているのか。さあ、足を開きなさい」
「えっ」
「無駄足でしたが、『花の妖精』を穢して帰るのも悪くない。大抵の女は途中で私の醜さに失神しますが、お前はどうなるのでしょうね」
「え、え、待っ」
腕を引っ張られて、フローレンス様の綺麗な顔が近くに寄った。
「自分で脱いでみなさい」
「わ、私」
「脱げ」
酷薄な視線に見据えられて、ぞくりとした。恐怖した反面、興奮してる私はどうしようもない。
ただやっぱり羞恥心に襲われた。
自分で脱ぐなんてハードルが高い。
指が震え、服を掴んだ状態で固まる。
「うう」
どうしよう。どうしよう。
ものすごく恥ずかしい。
恥ずかしすぎて瞳に涙が滲む。
フローレンス様が煩わしそうに舌を打ったのが分かった。
「私を視界に入れるのも嫌と言うのですか。ふん、それはこちらも同じですよ。何故薄汚い娼婦を視界に入れなくてはいけないのか」
「わ、私は『嫌だ』なんて一言も言ってません!」
「嘘ですね。お前のその瞳が物語ってますよ」
「(私の目ぇ!)」
潤む瞳は、お父様譲りの頼りない雰囲気にマッチし、とてつもない悲愴感が漂った顔をしてるはず。
私の瞳が直ぐに潤むのはいつものことなのに。
そんな事知るよしもないフローレンス様は泣いて嫌がる私をまた睨んできた。
「お前に拒否権はない。黙って私を受け入れればそれでいい。分かりましたね?」
「は、はい」
「生憎泣かれるのには慣れている。嫌なら目を瞑っておくことです。直ぐに終わる」
何て残酷な目をするんだろう。
凍えるほど、冷たい。
そして。
フローレンス様に言われたのに、やっぱり震えは収まらない。
目に溜まっていた涙がぽろりと零れた。
ぽろぽろと大きい雨粒のような涙を落としていく。
「うぇっ、ひっく」
「……」
「ふえぇ」
「……」
「やぁ、恥ずかしい」
「……」
「うううっ」
感情が堰を切って漏れ出した。
大粒の涙は拭っても拭っても止まらない。
緊張で涙腺が崩壊したのか、赤子のように泣きじゃくる。
「お前は何なんですか…!」
「うえぇっ、」
「何故他の女のように『嫌』だと喚かない!ただ泣くだけで何故私を拒絶しない!嫌なら『嫌』と言え!」
「ち、違…!」
嫌じゃない。嫌じゃないのに。
「何故私が娼婦ごときに此処まで気を揉まなければいけないのか。どうせお前も色んな男に股を広げてきたのでしょう?だったら私を受け入れなさい。今更恥じらう真似をしてこの私を拒否ろうだなんて無駄ですよ。ふん、小癪な娘だ」
「ち、違いますっ」
「まだ泣くのか。娼婦になる女の涙などたかが知れてますよ。傲慢で、厚顔で、恥知らずで、"女"の嫌な部分をすべて兼ね揃えている。娼婦など、絵に描いたような人間の屑だ。故国のゴミですよ」
嘲謔したフローレンス様を見た瞬間、我慢していたものが押し寄せた。
誇れるものが何もない私は別に良いけどドロシーもブリアンナ様も他の皆も色んな事情があって娼館にいる。
それを屑だのゴミだの。
少しプツンときてしまった。
いきなり睨み付ける私に、フローレンス様は僅かに目を見開いてから、直ぐ怖い顔をした。
「漸く涙がとまったかと思えば、その反抗的な目は何ですか。大金を落として睨まれたのは始めてですよ。その憎たらしい目付き、腹立たしいくらいに"彼奴"を思い出す」
「……」
「チッ。娼婦風情が…!」
何度目かの舌打ちをしたフローレンス様に私も眉根を寄せた。
そして意を決し、衣服を掴んだ手に力を込める。
羞恥はもう、抑えきれない怒りと共に消した。
豪快にバッと衣服を脱ぎ捨て、半裸となる。
上半身は何も身につけておらず、下半身は下着だけ。
貴族の淑女ならこんな格好を人前に晒すなんて有り得ないけど、私はもう貴族ではない。一介の娼婦だ。
唐突過ぎる私の行動にフローレンス様は硬直した。
「な、」
「…っ」
「何をしているのですか。いきなり」
「…っあなたが『脱げ』と仰ったからです!」
睨みを利かせる私の目がまたじわりと涙で滲む。
泣きたくないのに。
まだ泣いちゃダメなのに。
「恥ずかしくってダメですか?緊張しちゃダメですか?だって私、こんなことしたことないんですもの!」
「は、」
「私"初めて"だから恥ずかしくて死にそうなだけなのに…!なのにフローレンス様は『嫌がってる』なんて頓珍漢な解釈するし!もう……うううっ」
「ちょ、ま、待ちなさい。は、"初めて"だと?」
これでもかと言うくらい目を見張り、吃るフローレンス様。
しかし、私はそんなことに気づかず吼えるように泣いた。
「そうです、処女ですっ。どうせ私は娼婦失格ですよおお、でもっ、だからって皆の悪口言わなくたっていいじゃないですかああ!娼婦失格なのは私だけで、他の皆は凄く綺麗で立派な人達だものっ!」
「少し落ち着きなさい」
「人格まで否定するなんて、フローレンス様は酷いです!ゴミとか屑とか!人間性の欠片もないわ!貴方はもうマーメイドじゃありません!アリ●ルじゃない!魔女ア●スラです!」
「言ってる意味がよく分かりませんがとりあえず落ち着きなさい。私の話も聞いてください」
「私決めました!もう、フローレンス様は『NG』です!」
「は!?」
とある娼婦が使っていた『NG』を持ち出した。
嫌だと思った客に使うとその娼婦さんに教えて貰ったのだ。
使い方が微妙に違うことに気づかず『NG!NG!』とフローレンス様に連呼。
同時に『出禁』『ブラックリスト』が脳裏を過る。
覚えたての言葉をぽんぽん口から飛ばし、如何に私がフローレンス様に怒っているのかを示す。半裸で。
外気に晒した胸をぷるんぷるん揺らしながら私は怒りを露にした。
焦りを滲ませた弁明の言葉など、最早耳に届かない。
憤怒に戦慄く私が正気を取り戻したのは、フローレンス様が私以上に声を張り上げた時だった。
「ーーだから!!私はお前が"初めて"だと言うことを知らなかったと言ってるでしょう!!」
「え、」
「知っていれば私だってあんな強引に事を進めようとはしない!『脱げ』だの『足を開け』だの言うはずがない!知っていれさえすれば、もっと優しく接した!私なんかに"初めて"をくれると言うのなら硝子細工を扱うくらい慎重に触れていましたよ!!私を拒絶するどころか、"初めて"を捧げるなど、これほど喜ばしいことはないでしょう!!そうです、"初めて"なら優しくしていましたよ。だが、私は知らなかった!!」
「ふ、フローレンス様、お、落ち着いて」
「誰が出てきた娼婦を"初めて"だと思いますか!!分かるわけないでしょうが!お前だって何も言わずただ泣くだけ…!最初から普通に言えば良かったではないですか、『私の初めてをヒューバート様に捧げます』と!」
「(なにその羞恥ぷれい!)」
初対面の殿方にそんな恥ずかしいこと言えません!
饒舌になるフローレンス様は何処か暴走気味。最早違う意味で涙目の私はスコットを恨めしく思った。
何故予め、まだ処女だとフローレンス様に告げなかったのか。
滔々と話すフローレンス様は猪突猛進中。
「(誰でも良いからフローレンス様をとめて…!)」




