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風光明媚の花達

 風光明媚にも大分馴染んできた。

 娼婦を名乗ってるのに身体は使ってないけど。

 可笑しなことに私は未だ処女バージンである。

 今日は絶対処女喪失の日になる!と意気込んだ昨日も今日もそんな気配すらなく、身体はお綺麗なまま。

 今日も少しのスキンシップとお喋りだけ。

 ジーク様は安くない金貨を払ってまで何しに来てるんだろう。


 今日も、昨日と変わらない自分に地味にショックを受け、とぼとぼ歩いていた。

 そしたら思わぬ人物と遭遇した。


「あら、お前は確か、新しく入ったベティとか言う小娘ね」

「…ブリアンナ様?」


 娼館ここは実力派社会。

 下位がいれば上位がいる。

 この見るからに煌めきを放つ美人は風光明媚のナンバーワン・ブリアンナ様。

 間近で御目にかかるのははじめてだけどかなりドギツイ美人だ。

 顔立ちも、装いも、何から何まで華美できらきらしている。爪先から頭の天辺まで本当に華やかな方。

 その迫力のある美しさがお母様にちょっぴり似てて瞳に涙が浮かぶ。


 お母様、元気かしら。

 お父様、今まで豚なんて言ってごめんね。

 マリアベル家の皆、風邪引かないでね。


 涙を堪えながらブリアンナ様を見ていると嘲笑された。


「スコット様がお気に召された娘だからどんなものかと思えばーー大した事ないじゃない。ちょっと毛色が違うだけで何を騒いでいるのかしら。わたくしのほうが美しいわ。ねえ、お前もそう思うでしょう?」

「はあ、」


 高級そうな扇子をぱしんと閉じ、見下すような視線を向けてくるブリアンナ様。

 何でそんな敵意いっぱいなのか分からず目をぱちぱちさせた。


 綺麗な顔に似合わず汚い言葉を紡ぐブリアンナ様のお話をぼんやり聞いてると、急にドロシーの声が耳を掠めた。


「何やってんだい、あんた達」


 これほどまでにドロシーを頼もしく思ったことはあっただろうか。

 ブリアンナ様に絡まれている状態の私に近づいてくる。

 そして何故かブリアンナ様は『ドロシー』と歯を軋ませた。


「ブリアンナ、ベティはオーナーが気にかけてるむすめだ。あんまり虐めるんじゃないよ」

「そんなつもりはないわ。身の程を弁えることも大事だと忠告しておこうと思っただけよ。この小娘、あなたのお気に入りみたいだけど、雑草みたいなお前には野花がお似合いってことね」

「ーーなに?」


 目を鋭くさせるドロシー。

 敵意剥き出しのブリアンナ様も、迎え撃つように口角を上げた。


「雑草ねぇ。雑草の何が悪いってんだ。確かに、あたしは田舎者さ。幼少の頃から毎日の食事にも苦労するほど貧困で、村の連中が餓死することも少なくなかった。でもあたしは泥にまみれながら這いつくばって此処まで登ってきたんだ。雑草根性舐めんじゃないよ」

「雑草が偉ぶったところで、所詮は雑草よ。そんな泥臭い生き方、私には考えられないわ。ああ、ごめんなさい、馬鹿にするつもりはないのよ。ただ雑草が美徳と仰る貴女が可笑しくて、つい」

「はっ、よく言うねぇ。あんたも似たようなもんだろ。御貴族様が借金のカタに売られて娼婦に堕ちるなんて、無様もいいとこじゃないか」

「っなんですって!?」


 ドロシーとブリアンナ様の間にばちばちと火花が飛び散る。

 あわあわしてる私をチラッと見たドロシーはふっと勝ち誇ったように笑う。


「花は花でも、野花か。あんたのくすんだ目にはそう映ってるのか。ならあんたの目は節穴だね、ブリアンナ。まだあどけないが、それも魅力のひとつだ。それにこういうむすめは、磨かれて美しくなるのさ。今でも光ってるってーのに、男から愛されて、自分の真価を最大限に引き出せるようになったらどうなるんだろうねぇ。今はまだ小さな蕾かもしれない、だけど、いつか誰もが傅くくらいの花になるとあたしは確信してるよ」


 眉を顰めたブリアンナ様は小さく舌を打つと、足早にこの場を去って行った。

 とても華やかで美しい人だけど少し強烈だった。


「あの、ドロシー」

「何か言われたかい?」

「ううん。庇ってくれてありがとう。でも、あの、ブリアンナ様ってーー」


 元貴族なの?

 そう言いかけたが、聞きづらくて呑み込んだ。

 ブリアンナ様は私と似た境遇なのかしら。

 同じ元貴族出身と分かって少しドキッとした。

 口籠った私の言いたいことを察したのかドロシーは苦笑いで頷く。


「そうさ。ブリアンナはあんたと同じ貴族として育った。まだ貴族だった頃、貴族の子息達をタブらかしていた"悪女"ってのは、風光明媚ここの皆が知ってることだよ。王族にまで手を伸ばしたところで、自国の重役が親を嵌めて借金を背負わせたらしいよ。その借金のカタとして売られたのがブリアンナってわけさ。まんまと嵌められたって風光明媚ここに来た時は騒いでいたよ。親に見捨てられ、当時いた婚約者にも見放されて、よく癇癪を起こしていたもんだ。あんたはまだ大人しいほうだよ」

「へ、へえ」

「ーーおっと。あんまこんな話べらべら喋ってるとブリアンナがまた怒るな。忘れてくれ、ベティ」


 戸惑う私は思った。

 クローディア嬢にそっくりな人がいる、と。

 クローディア嬢はブリアンナ様と違ってアーネスト殿下との婚約まで漕ぎ着けたけど。

 お遊びが過ぎたブリアンナ様は陥れられたらしい。


「あたしはブリアンナやあんたと違って平民育ちだけど、口減らしで売られたんだ。いや、自分から売られに行った」

「…え」

「人手が足りない村では力仕事の出来る男は必要とされるが、幼い女が出来ることなんて限られてる。自分が"邪魔者"だって察したから市場に売られただけさ」

「市場?」

「人間が売買される、ある市場だ。買ったのは大貴族の当主様だったよ。一年ほど当主様の慰み者になったは良いけど、ある日当主様が死んじまってね。また市場に逆戻りさ。たまたま通り掛かったオーナーに買われて、金が溢れる此方リーランドに来たんだ」

「……」

「金があればなんだって出来るよ。金さえあれば、肉親に冷たい目を向けられることもなければ、屋敷で婦人にいびられることもなかった。それに、金があれば、あたしは風光明媚ここから出ていける」

「え…?」

「オーナーがあたしを買った金額を払うのさ。オーナーは金であたしを市場から救い出してくれた。なら、今度はあたしがあたしを買う番だ。オーナーとはそういう約束をしてるんだ、何だかんだ話の分かる人だからねぇ」

「ド、ドロシー居なくなっちゃうの!?」


 慌てる私にふっと笑ったドロシーはやんわり首を振る。


「まだ先の話さ。別に風光明媚ここが嫌いなわけじゃないよ。ただ今まで誰かのために生きてきたんだ。村では家族のため、屋敷では当主様のため、娼館では客人のため。だからそろそろあたしはあたしのために生きてみたいんだよ」

「ドロシー…」

「いつか、旅をしたいんだ。この世界の国々を見て回って、網膜に焼き付けて、色んな人に出逢って、感じて…。何てことない宛のないフツーの旅だけど、あたしは自分の足で世界を歩き回りたいんだ。もう歩けないってとこまで歩いて、ぶっ倒れるまで旅を続けて、最後に笑って逝きたい。だから今は娼館ここで金を貯めてるのさ」

「……」

「なんて顔してるんだ、あんたは」

「だ、だって、だって…」


 風光明媚ここにいる皆、色んな事情を抱えてる。

 ドロシーも目標があって風光明媚ここにいる。

 この間、借金があると世間話がてらに教えてくれた娼婦がいた。

 病気になった父親のかわりに稼ぐためだと言う娼婦もいた。

 スキップしそうなほど軽い足取りで祖国キャンピアンを飛び出した自分が、猛烈に恥ずかしくなった。


「ベティもさ、そんなに逃げたいなら自分で自分を買うといいよ。そしたらあんたも自由になれる。風光明媚ここで金を貯めな。金だけは裏切らないから」


 ぽんぽんと頭を撫でてくるドロシーに胸が熱くなった。


「ブリアンナ様もいつか、風光明媚ここから出て行ってしまうのかな?」

「え」


 ピシッと硬直したドロシーに首を傾げた。

 何だか言いずらそうに『あー』と言葉を濁すドロシーは頬を掻いた。


「ブリアンナは、婚約者に捨てられたって言っただろう?」

「うん」

「だから多分、故郷には帰らないし、此処リーランドを出て行くこともないと思うよ。それにブリアンナは……風光明媚ここで真実の愛ってやつを見つけたみたいだから」


 頭に『?』を浮かべる私に、ドロシーはまたも言いずらそうに口をモゴモゴさせた。

 超美人のブリアンナ様の真実の愛ってすごく気になる。

 風光明媚ここでってことはきっとお客さんだ。

 あの華やかで気の強そうなブリアンナ様の恋のお相手だもの、きっと大金持ちのお客さんが運命の人だったに違いない。

 好奇心に目を輝かす私に、ドロシーは何故か目を泳がす。

 そして意を決したように言った。

「ブリアンナ、オーナーに惚れてるんだ」と。




「ーーーえ゛」

『風光明媚』のブリアンナ

・黒紅色の髪に真紅色の瞳

・スレンダー美人

・年齢は21歳


・ドロシーは14歳、ブリアンナは17歳の頃『風光明媚』にやってきた。

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