帝国のヒキガエル
「これは竜の涙からできた真珠と言われてるんだ」
「まあ」
透き通った真珠に見惚れてしまう。
まじまじと真珠を見る私に頬を綻ばせたジーク様は、どう見ても高価な真珠を私の掌に置いた。
「ベティにあげる。きっと竜もベティのために涙したんだと思うよ。美しい真珠を身につけたベティは更に美しく輝くのだろうね」
ジーク様は逢いに来るたび何かしら貢いでくる。
あまり高価過ぎると気後れするが、この前は都市部で人気の御菓子をくれたので有り難く受け取った。
何処から仕入れたのか宮廷御用達の絹を貰った時は烏滸がましさに震えたけど。
「あの、ジーク様。私はこんな高価なものばかり受け取れません。私はジーク様が逢いにきてくださるだけで幸せなのです」
「そんなこと言わないで、ベティ。私はベティの喜ぶ姿が見たいんだ。ベティの可愛い顔を思い浮かべながら、ベティに見劣りしない物を選ぶのが至福の時間なんだよ。どうか私の一時の悦楽を奪わないでおくれ」
哀愁を漂わせても美しいジーク様の虜である私は、こくん、と大人しく頷いてしまう。
今日もまた貢がれてしまった。
そして今日もまた受け取ってしまったわけだけどーーまあ、あれだ。私も満更ではなかったりする。
王子様のような美貌のジーク様からぽんぽんプレゼントされるんだもの。物は愛の証しだよ。悪い気はしない。それに貰える物は貰っておかないとね。
「ふふ、"花の妖精"を独り占めしている私は幸せ者だねぇ。可愛らしい妖精さんを狙う狩人達には恨まれそうだけど。ふふ、それすらも本望だと思ってしまうから参るよ」
「ーー"花の妖精"?」
「ベティの通り名さ。君は今"花の妖精"と謳われているんだよ」
やれやれとでも言いたげにジーク様は肩を竦めた。
「君の愛らしさは私だけが知っていれば良かったのだけどね。幾ら私が抱き隠しても君の魅力は腕から零れ落ちてしまうらしい。その麗しい瞳に私を映してくれているだけでも幸運だと言うのに、私はそれ以上を望んでしまう、愚かで浅ましい男だよ、だけど、それでもーーベティ」
「なあに?」
「今だけは私のものでいて。妖精は自由気儘で直ぐに羽根を広げてゆるりと飛び立ってしまうから。本当はベティが逃げないように籠に閉じ込めたいところだけど、花も綻ぶ君の笑顔を奪うことはしたくない。だから限られた時間の間だけでも、私のために笑ってくれないか」
「は、い(ひゃああ!)」
「ふふ、本当に可愛いね、私の妖精は」
頬を紅潮させて微笑むジーク様。私はあなたが可愛くて堪らない。
気を抜けば息が荒くなりそうで、必死に呼吸を止める。
息を止めぷるぷる震えていると恥ずかしがってると思われたのか、クスッと笑ったジーク様に抱き締められた。
最初は指が触れるだけであんなにも恥ずかしがってたのに。
二回目に逢ったときには自分が如何に醜いかを語られたが私が『声が綺麗』だの『笑った顔が素敵』だの褒めて論破した。
それからはぎこちなさも大分薄れ、距離が縮まった気がする。
ジーク様に逢うのもこれで四回目。
『また逢いにくる』と言ったジーク様は本当に度々足を運んでくれている。
ベティの値段は安くないのに。
毎回門前払いの不細工を私が受け入れる話になってから、ベティの価値は格段に上がった。
ずる賢いスコットは値上げ出来るだけ値上げしてやろうという算段で、有り得ない金額を提示している。
でも不細工を押し付ける罪悪感からか、まだ私の様子見をしている。ホントに平気なのに。
スコットが通すか悩んでいる他のお客さんを押し退けるくらいの金貨をジーク様がぽんっと出すので、スコットは今日も目を金マークにして涎を垂らしていた。
もうジーク様の虜だ。と言うより金貨様の虜だ。
ジーク様は今、風光明媚にもっとも富を齎しているお客さんと言って過言ではない。
そして私はもっとも貢献してる娼婦。ベティさんは鼻が高い。
お客さんはまだジーク様だけだけど売上だけは上位に近い。うふふ。
「(娼婦は天職かもしれない)」
天狗のように鼻を伸ばし、威張る。
むふむふとほくそ笑む私にジーク様は首を傾げた。
色香が漂い、さらりと揺れる金髪に『目があああ』と叫びそうになる。
「どうしたの、ベティ。私といるんだから私のことだけを考えてほしいな。妖精を独占しようなんて傲慢過ぎる願望だけど、私の願い、叶えてくれるかい?」
「は、はい」
嬉しそうに目尻を下げるジーク様に思わず擦り寄れば、頬に唇を落とされた。
ーーああ、幸せ。
「本当、ベティは私の癒しだね。このまま連れ帰ってしまいたいよ」
「是非!ーーあ」
「ふふ。あまり可愛いこと言うと本当に攫ってしまうよ」
「(ふぁあああ!)」
唇をツン、と突いたジーク様に悶える。
「自国では私に攫われたいと思う可笑しな娘はいないのだけどねぇ。目があうだけで嫌悪感を顔にだす娘達が多いよ。肌が触れあうなんてとんでもないのではないかな」
「(罰当たりめ!)」
気にした様子もなく、のほほんと話すジーク様を尻目に、こんなイケメンを嫌悪する小娘に悪態をつく。
「何せ婚約者の彼女でも私を嫌がるくらいだからねぇ」
「え」
「え?ーーあ」
ピシッと固まった私にジーク様は小首を傾げた。(可愛い!)
しかし直ぐに『しまった』と気まずそうに目を泳がせた。
「こ、婚約者?ジーク様、婚約者がいるんですか?」
「ベティ、」
「う、嘘。好きなのはベティだけって。ベティだけだって言ってくれたのに」
あまりのショックに意識が朦朧とした。
ドロシーが聞いたら『娼婦が何言ってんだい』と呆れられる言葉をぽつぽつ零す。
ぐらぐら揺れる視界に、焦りが滲んだ表情のジーク様が映った。
「ベティ、聞いて。愛してるのは本当にベティだけだよ。婚約者と言っても政略結婚だ。私はもちろん、彼女も私のことを愛してはいないよ」
真剣な声に引き戻される様に、スゥーと頭が冷えていく。
懐かしい『政略結婚』と言う言葉。
やっぱりジーク様は婚約者を選べない立場にいるほど高位な御方なんだ。
そして婚約者とは愛しあっていないらしい。
眉尻を下げる私にジーク様は苦笑いを零した。
「私が傍にいないことで彼女はせいせいしてるよ。だからそんな悲しい顔しないで、ベティ。私が風光明媚にいることで、彼女が傷つくかもしれないと思ってしまったのだろう?」
「少し、」
アーネスト殿下の事が脳裏を過る。
婚約者に違う女性の影があるのは寂しい。
「ベティが思い煩う必要はないよ。彼女には別に愛する人がいるくらいだからね」
「え」
予想以上に冷え冷えとした関係なのかもしれない。
目をぱちぱちさせていると、ジーク様はゆっくりと話し出した。
「私は、リンガラム出身なんだ」
大陸の覇者。帝国・リンガラム。
小国出身には、大都会出身の人が眩しく見えるもの。
リンガラムと言えば祖国を出た私が当初目的地としていた国。予定は大幅に狂ってしまったけど。
「私は帝国に生まれたヒキガエルと呼ばれている。美貌の両親から生まれた突然変異とね」
「(うわぁ、)」
「実際は曽爺父様に似てるらしいけど。国で私のことを知らない人はいないくらいだよ」
私が『超絶イケメン!!はあはあ』とハイテンションになったところで皆は『超絶不細工!!おえぇ』となってしまう。
立ち眩みしてしまうほどのオーラを放つ絶世の美男子ことジーク様は、物凄い拒絶対象ということだ。
「私の婚約者に選ばれた彼女は周囲から同情されている。だから例え彼女に他に愛する者がいたとしても、黙認されている。彼女も私に隠そうとしていないし、よく二人で寄り添っているところを見るよ。普通なら婚約者の不貞に物申すところだけど、彼女にはそれが許される。だって彼女は帝国一、不幸な女性だから」
私が思ったことはただひとつ。
ーー悲しすぎる。
なんて重たい境遇を背負ってるんだ。
「だから風光明媚に足を運んでることを知られたところで、痛くも痒くもない。誰かが傷つくこともない。だけど今、ベティに拒絶されそうになって私の心が悲鳴をあげている」
「ええ!きょ、拒絶なんかしてません!少し婚約者である女性の悲しむ姿が頭を掠めただけでっ!」
「言っただろう、彼女には別に愛する者がいると。なら私が愛する者を作ったところで、誰も文句は言えないはずだ。いや、言わせない」
じっと真剣な眼差しで見つめられて狼狽える。
ダメだって分かってるけど、私達は『娼婦』と『お客さん』だから。
じゃあーー良いのかな。
婚約者さんが愛さない人を私が大切にしても良かったりするのかな。
「だから、ベティ。どうか、私がベティに恋い焦がれることをゆるしてほしい。ずっと、ベティを好きでいることをゆるしてくれるかい?」
「ーーはい」
ジーク様の婚約者さん、ごめんなさい。
こんな寂しそうな人、突き放せそうにありません。




