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▼イケメンを捕獲した!

 泣き腫らした目元は化粧で隠された。

 頬には桃色が乗り、唇は躑躅色で艶やかだ。

 桃花色の髪は絹のように美しく、腰まで垂れている。

 頭の左側には、桜の髪飾りがつけられた。

 頭を揺らせば真珠がチリンと音を鳴らした。

 高価なものに見慣れてた私の目から見ても分かるくらい高級な衣装。

 和と洋が合わさった不思議な服だ。

 日本風の着物の裾から洋風のヒラヒラした白いレースが見えている感じ。

 鏡を映る私は、あれよこれよと着飾られていく。


 ーー今日はとうとうベティの水揚げの日だ。


 憂鬱過ぎて溜め息しか出ない私の傍でスコットが上機嫌で笑っている。


「ベティ!君には期待しているよ!着飾った君も美しい!神をも魅了するその美貌!僕の目に狂いはなかった!ベティはこの街一番の美人だ!」


 もろ手をあげて私を歓迎してくれているスコットは本当にベティに期待しているらしい。

 冗談かと思っていた。


 人の良さそうなスコットは一見オーナーに見えない。

 へらへらした笑顔は何処か胡散臭い。

 ドロシー曰く娼館のオーナーにしては威厳に欠けるが商才は確からしい。

 そして何より金に目がないとか。


 奴隷商人から私を買った日から改めて対面するスコットをまじまじと見つめる。

 ぽっちゃり体型に可もなく不可もない普通の顔立ち。と言うことは、この世界の美的感覚から見ても普通、或いはそこそこモテる程度だと思う。

 かなり童顔だけど年齢は二十六歳らしい。

 髭も剃ってあるし身嗜みもきちんとしているから、清潔感が漂ってる。

 だから奴隷商人から買われたとき不快感を抱かなかった。『行こうか』と手を差し出してきたスコットの手をあっさり取ってしまうほど。

 スコットさんを胸の内でだけスコットと呼び捨てにしているのは、何だか胡散臭いから。へらへら笑うスコットは詐欺師に見える。


「記念すべき今日を境に、風光明媚はこの街一番の人気娼館となるだろう!」


 スコットには記念日らしいけど寧ろ私の命日だ。


「ベティ、君のお相手は風光明媚にも多額の金貨を落としてくれている大商人だ。絶世の美少女だと噂される君の話を耳にして、是非にと名乗りをあげてくださったんだ。とても優しい人で、彼に夢中になる花達もいるくらいだ。心配ないよ」


 穏やかに微笑まれて、私もぎこちない笑顔を浮かべる。

 頬が引き攣ってちゃんと笑えていない気がするけど。


 娼館ここでの仕事はもう分かっている。

 下働きに成り下がろうなんて不心得な野望はもう捨てた。

 現実と向きあうからこそ、せめて"初めて"は好きな人が良かったと叶わない願いに思いを馳せる。

 私を安心させるための妄語かは知らないけどスコットがお相手らしい商人を褒めちぎるので、少し緊張が解けた。

 優しくしてくれてるといいなぁ…。


「おっと、ブルック様がいらっしゃったみたいだ。僕は迎えに行くから、呼ばれたらベティも来るといいよ」


『ブルック様』の訪問の報せにスコットが慌てて飛び出して行った。

 風光明媚の娼婦は自らお客様を迎えに行くって聞いてたんだけどな。私の最初のお客様だからかな。

 スコットが居なくなった部屋で不安が募っていく。

 沈鬱な面立ちの私に下働きの女の子がおずおずとお茶を勧めてくれたけど、苦笑いで遠慮した。

 風光明媚の下働きの娘達は、皆年若い。若すぎて、幼いくらいだ。

 各々理由を抱えて娼館ここにやってきたものの花にもなれないくらいの若さだから、下働きをしてるみたい。

 逃げずに頑張ってる娘達がいるなかでちゃんと身売りできる年齢の私が逃げようなんて烏滸がましいよねぇ。しかも下働きになろうなんて。

 ドロシーが怒るはずだ。

 でも何れこの女の子も"売り物"になったりするのかな…。


「あの、ベティ様?」

「ううん。ごめんね。じっと見つめちゃって」

「い、いえ」

「私、ちょっとスコットさんのところに行ってくるわ」

「えっ、でも」


 呼ばれる前に行こうとする私に、女の子は焦ってるが『ごめんね』と一声かけて部屋を後にした。

 あの子、もしかしたら監視役だったりするのかな。

 だったら申し訳ないことをしたかも。でも逃げるわけじゃないからね。ちょっとお相手を見て安心したいだけだから。


 それにしても、何でこうもジロジロ見られているんだろう。

 動物園のパンダにでもなった気分。

 風光明媚ここに連れられて来てから部屋で寛ぎ、外に出なかったから、風光明媚の館内をあまり知らない。

 ドロシーは私の待遇に苛々してたみたいだけど、この寂れた館内を見て納得してしまう。

 あの豪華な部屋がどれだけ特別だったのか、痛感した。

 年期の入った古い感じの館は歩けばギシギシと軋む。

 しかし、古びているだけで造り自体は上等なものだと分かった。

 装飾は一級品で、アラビアンな世界観がある。

 風光明媚に入った瞬間、異国情緒になるだろう。


 館内を観察しながら歩く私に、娼婦らしき娘達は顎が外れそうなほど口を開け、目を丸くしている。

 そして娼婦が腕を絡ませている男達は私を目にして呆然と突っ立っている。

 私が通るたび足を止める人達がいるため居心地が悪い。

 足早に渡り廊下を通りすぎ、表に繋がる場所に足を向けた。

 この風光明媚は、渡り廊下を挟んで表館と裏館に別れている。

 表館は、花街に面した玄関先がある館のこと。

 表から入ってきたお客様は娼婦と一緒に裏に続く渡り廊下を抜け、裏館で楽しむと言う事だ。

 解放感のある渡り廊下からは中庭を眺めることができ、池なども見える。

 まるで平安時代に建てられた屋敷みたい。


 表館に行くと、スコットの歓喜に上擦った声が聞こえ、支柱の影からそちらを覗いた。

 その先に居たのはーー


「…!!」


 確かに、イケメンだった。


 優しそうな糸目に、柔らかそうなぶ厚い唇。

 頭髪が少し寂しい気もするけど、指に嵌まるダイヤの指輪できっとカバーされるのだろう。

 真ん丸過ぎてシャツが破けそうで怖い。しかし、肥えた姿は富の証し。

 一瞬豚の獣人かと思ったけどただの豚だった。

 イケメンと言えばイケメンだけどーー


「(私には豚にしか見えないんですけどーーっ!?)」


 それはこの世界の狂った美的感覚から見てだった。

 私の少し可笑しい(ホントは正しいと思いたい)目には、残念な姿にしか映らない。なんてこった。

 スコットが美形美形と褒めちぎるから期待していたけどそれはスコットから見た評価。

 私の美的感覚は周囲と少しばかりズレていることを忘れていた。


 急に、絶望に蹲る私の頭に痛みが走る。

『いたた』と痛む後頭部を押さえて振り返って見ると怒りに満ちた表情のドロシーが腕を組んで立っていた。


「ド、ドロシーさん?どうかしましたか?」

「っあんたねえ!」


 握った拳をプルプル震わせるドロシーは何故か物凄くお怒りの様子。


「何で表館こんなところにいるんだい!あんたはまだ新人なんだから、部屋で待機してろって言われただろうが!水揚げされて初めて一人前になるんだよ!あんたはまだ表館こっちにくる資格はないってことだ!」

「は、はい」

「ったく。あんたみたいな娘にうろちょろされて良い迷惑だって苦情がきてんだよ。まあ確かにあんたを見れば愚痴のひとつも言いたくなるね。営業妨害もいいとこだよ」

「は、はぁ」


 目を眇めるドロシーにじろじろと見られてまるで品定めされているようだ。

 気の抜けた返事しか出ない私をドロシーは『ふんっ』と鼻で嘲笑った。


 そして不意にハッと閃いた名案。

 ドロシーに此処で見つかったのは幸運だと思った。


「ね、ねえドロシー!頼みがあるの!」

「あんたが頼み?何さ」

「私の変わりにお客さんの相手をして欲しいの!」


 訝しげな眼差しを向けてきていたドロシーはぎょっと目を剥く。

 うんうん。可笑しなことを言ってるのは分かってるけど私にあれは無理だ!


「まだそんなことを言ってるのかい。あんたは今日水揚げされるんだよ。そして晴れて立派な"花"になれる。あたし達の仲間入りだ。喜ばしいことじゃないか」

「で、でも私はもっと格好いい人がいいの」

「…何をとちったことを」


 瞳に怒りを滲ませるドロシーに自然と肩が震える。


「売り物が客を選べるなんて思っちゃいけない。主導権は常にむこうだ。金さえ落とせばむこうはあたし達を選べる。そしたらあたし達は首を縦に振るしかないんだよ、ベティ」

「でも、でも」

「『でも』?『でも』なんだい?『でも』選びたい、か?あんたはもう真綿に包まれるだけのお嬢様じゃないんだよ。常々思うがあんたは甘ちゃんだな、甘過ぎるぐらいさ。本当なら直ぐにでも売り物にされて良いところを、オーナーの一声でいまだ大切にされている。それを温情と勘違いしてまだ我が儘を言うつもりかい?あんたが大切にされてるのはあんたが極上の一級品だからだよ」


 正論を叩きつけられてぐうの音も出ない。

 あれだけ言ってまだ分からないのかと言いたげなドロシーの厳しい眼差しが怖い。

 いつまで立っても我が儘でお嬢様気分が抜けない私に苛立っているのが見て取れる。

 でも、でも。


「…やっぱり、イケメンが良い」

「まだ言うか!」

「だ、だって!ほら、あれよ!あの人!私にだって初めてのひとを選ぶ権利くらい欲しいわ!」


 クワッと目を見開いたドロシーに慌てて豚(らしき人)を指差す。

 大商人らしいお客さんは見るからにお金持ちオーラを撒き散らしている。

 身に付けてる物全てが煌びやかだもの。

 私が指差した大商人を、どれどれ?と値踏みしようとしたドロシーはピシッと硬直した。


「ドロシー?どうしたの?私の気持ちが分かってくれた?」

「…ああ。分かった、分かったよ。あんたが罰当たりなことがな」

「何で!?」

「…あれは西にある商業国で幅をきかす大商人・ブルック様だ。あんた、とんだ大馬鹿者だな。金貨に目が眩んだ女がこぞって相手をするほどの大物だよ。懐の豊かさはもちろん、あの美貌だ。寄ってくる女は腐るほどいるだろう。それなのにわざわざあんたの水揚げに名乗りをあげたんだ。いったい何が不満なのさ」

「うううっ」


 この葛藤はドロシーと言えど理解して貰えない。

 女性達から大人気の物凄いお金持ちってことは分かったけどそれを差し引いても顔が私のタイプじゃない。

 まだ心の準備も出来てないのに。

 嫌だ嫌だと頭を抱える私を黙ってじっと見つめていたドロシーはぼそっと呟いた。


「…気が変わった」

「え、」

「…あんたが要らないっていうならあたしが貰うよ」


 にやりとしたたか笑うドロシーが女神様に見えた。

 感極まってパアァと笑顔の花が咲く。


「ドロシー…っ!」

「あんたが要らないって言ったんだ。後々責められる筋合いはないからね。あれだけの美貌を男はそうお目にかかることはない。こちらからお相手願いたいってもんだよ」


 結局男は顔ってことか。

 幾ら私にお説教してもドロシーだってイケメンには弱いってことだよね。


「私、ドロシーとは気があいそうな気がする」

「天地がひっくり返ってもありえないねえ。あたしはあんな上玉を逃すマネはしないよ」

「そうよね!イケメンには弱いのよね!分かるよその気持ち!」

「…あんた、本当に大丈夫かい?」


 珍しく心配そうに訊いてくるドロシーには私が頭の可笑しな子に思えるんだろう。

 私はその"イケメン"をみすみす逃したから。

 不本意だけど、多分頭を心配されている。

 でも大丈夫。ちょっとイケメンのジャンルが違うだけだから。


「あんたは気分が悪くなったとでもオーナーを丸め込んであげるよ。今更後悔しても『やっぱり無し』は遅いからね。もう、あれはあたしのもんさ。あんな上客滅多にお目にかかれないってぇのに、譲るなんてどうかしてるね。ほいほいあんなのがくると思ったら大間違いだよ。ホント、ベティは可笑しなだ。まあせいぜい後悔すると良いさ」


 見たこともないくらい綺麗に笑ってスコットとブルック様のほうに足を向けるドロシーに少し不安になった。

 私がどれだけ勿体無いことをしたかはドロシーの物言いで分かった。

 顔は兎も角、ブルック様の雰囲気は優しそう。ドロシーの言うように本当に私は馬鹿なのかもしれない。

 だって次のお客さんが鬼畜かもしれないんだ。


 顔を青くする私は、二人と何か言葉を交わしていたドロシーがそっとブルック様に撓垂れる光景を目撃した。


「(す、すごい。あんな自然に)」


 流石一流娼婦。

 ブルック様も満更ではなさそう。


「ド、ドロシー!君は何をしてるんだ!」

「だから言ってるじゃないかい、ベティは体調を悪くしたから相手は無理だと。それともオーナーは遙々、風光明媚うちに足を向けてくれたお客様をこのままお帰しになるつもりかい?」

「そ、そんな馬鹿な!ベティはさっきまでブルック様とお逢いするのを楽しみにしていたんだ!顔色も良かったしそう体調が急変するはずがない!

 ……ああ、申し訳ありません、ブルック様。少しベティの様子を確認致しますので少々お待ち頂けますか」

「だからあたしが相手をすると言ってるだろう。

 ……ねえ、ブルック様、あたしが満足させて差し上げますよ」

「ド、ドロシー!いい加減にしないか!」

「いや、私は彼女でも構わないよ」

「し、しかし!」


 やった!と頬を染めるドロシーは先程の般若みたいな表情と違って愛嬌が良い愛らしい女の子にしか見えない。

 まだスコットは粘ってるけど、ドロシーに寄り掛かられているブルック様は上機嫌だ。

 食い下がらない様子のスコットに、ブルック様はどれだけの大金を出したんだろうと思った。

 スコットの焦り具合からすると、相手がドロシーに変わる事で大金は返還ってことになりそう。

 三つ巴の争いをぼーっと眺めていると決着がついたらしくブルック様を連れたドロシーがこちらをチラッと見た。

 ぱくぱくと唇を動かすドロシーに首を傾げ、言葉を読み取る。


「(ばーか)」


 意気揚々と馬鹿にしてくるドロシー。


「(早く、戻れ)」


 それだけ言い残し、ドロシーはブルック様を連れて裏館あっちに渡った。


 ドロシーはもしかしてまだ心の準備が出来ずに二の足を踏んでいた私のために変わってくれたのかと一瞬頭を掠めた。

  『いや、まさかね』と思っても、事実ドロシーは私の水揚げを伸ばしてくれたから恩人だ。


 放心状態のスコットには申し訳ないけど私はぴんぴんしている。

 何処も悪くないけどスコットの言っていた『楽しみにしていた』は間違いだ。

 憂鬱で溜め息ばかりついてたのに。


 病人(仮病だけど)はスコットにバレないように部屋に戻ろう。

 そう思って踵を返そうとした時、空気を切り裂く悲鳴が聞こえた。

 そちらをスコットがバッと振り向くのに続いて私も首を動かせば、娼婦が倒れていた。


「いやああああああ!こっち来ないで!」


 這いずって逃げようとする娼婦に、スコットは慌てて現場に向かった。

 用心棒みたいな男性が誰かを遮って立っているため、様子が窺えない。


「困りますよ、お客さん!」


 お客さんが何かをしようとしたのか用心棒が止めている。

 でもお客さんは暴れる素振りを見せないし私は小首を傾げた。

 スコットは何かを察したのか娼婦の傍に膝をついて宥めている。


「お、オーナー!オーナー!私嫌です!無理です!何で私なんですか!絶対に無理です!嫌!絶対に嫌!」

「分かった、分かったから落ち着いて。ごめんね」


 尋常ではない娼婦の嫌がり様。

 あれだけ嫌がればその場を凌げるのか、と妙な入れ知恵をされた気分になる。

 綺麗だったであろう髪を乱し、顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにする娼婦に、何をそんな嫌がってるのか気になった。

 娼婦の傍から離れたスコットはいつものへらへらした笑顔を引っ込めて、厳しい顔をしている。


「お客さん、すまないね。風光明媚でお客さんを受け入れることはできそうにない」

「…金なら幾らでも出そう」

「そう言う問題ではないようだ。理由はお客さんが一番分かっているのでは?受け入れたいのは山々でも、娼婦が嫌がることはできないんだよ。一度は門を通しておきながらすまないね」


 玄関払いを食らうお客さんとスコットの間で沈黙が流れた。

 何だか私のほうが緊張してしまってゴクリと唾を呑む。


「…そうか。邪魔をしたね」


 お客さんが引き下がることで決着がついたらしい。

 ギスギスした空気が緩み、ほっとしているスコットが頻りにお客さんに謝っている。

 端で啜り泣く娼婦は黒服に慰められてて胸が痛くなった。

 ドロシーが庇ってくれなきゃ私もああなってたのかな。

 痛ましい娼婦からそっと目を逸らし、もう一度現場に目を向ければ、丁度用心棒が退いた時でお客さんの姿が露になった。


「……!!!」


 私は、天国にいるのかしら。


「……っ!……っ!」


 あまりの衝撃に言葉は声にならず、口元を手で押さえて身悶える。


 何処か苦しそうに眉根を寄せ、目を伏せるお客さんは踵を返そうとした。

 それをスコットも黒服も黙って見送ろうとしたから、病人(仮病だけど)になったはずの私は慌てて飛び出した。

 このとき、数分前の恩人・ドロシーのことは既に頭になかった。


「お待ちになって!!!」


 こんなに声を張り上げたことはないかもしれない。

 でも成果はあったみたいでお客さんはこちらにゆっくりと目を向けた。

 透き通った蒼い瞳に私の姿が映り込み、私は歓喜で震えた。

 何て綺麗な蒼い瞳なの。艶やかな金髪はとても触り心地が良さそう。まるで陶器のように白い肌。すっと整った目鼻立ちに、唇は冴えた美しい色。


「(美青年イケメンきたあああああ!!!)」


 これぞ私の求めていた王子様!!

 なんて美しい金髪蒼瞳!!

 はあはあと息が荒くなりそうなのを必死に抑えるため、スカートを握り締める腕がぷるぷる震えてしまう。


「ベティ!君は体調を悪くして寝込んでいるはずじゃ!」

「たった今直りました」

「早っ!?」


 ぎょっとするスコットを素通りして王子様の元に駆け寄る。

 隙間がないくらい距離をつめて腕に触れると王子様は驚きを隠せない様子で瞠目した。

 私が触れる腕を見て顔を赤くしたかと思えば青褪めたり、忙しい。


「私で良ければお相手いたします!」

「え、」


 ずいっと近寄ると王子様は僅かに後ずさった。

 それを見て私はまたも距離を詰める。

 美しい顔をじーっと見つめる私に王子様は頬を赤く染めて狼狽えている。


「な、なに言ってるんだベティ!君は風光明媚で今最も大事な娘だ!まだ蕾の君には無理だ!」

「無理ではありません!私はこの方が良いのです!」

「何を馬鹿なことを!そこまで君は追い詰められていたのか……!分かったよ、ブルック様はお断りするから早まらないでくれ!」


 私が嫌がってることに気づいていのかと一瞬腸が煮えくり返る。

 それでも、まるで私が生き急いでいるみたいに悲痛な叫び声をあげるスコットを見て、ぱちぱちと瞬きする。

 私は本心でこの人がいいのです、と訴えるように王子様に擦り寄った。

 頬を胸元にぴたりとくっつけ、腕を腰に回す。

 華奢に見えてもやはり男の人。とても逞しい。

 王子様から漂う鼻を擽るような香りに顔が蕩けてしまう。ああ、なんて良い匂いなの!

 チラッと上目遣いで彼を見れば、彼は少しばかり肩を揺らした。

 それでもぎゅーっと腕に力を込める私を見て固唾を呑んだ彼は、おずおずと私の背に右手を添えた。ああん!もう両手で抱き締めてよ!焦れったいんだから!


「…私じゃ、お嫌ですか?」

「そ、そんな事はない!」


 瞳をうるうるさせれば、彼は慌てて首を振った。

 ふふん、そうでしょそうでしょ。何たって私は儚げな美少女である。

 お父様譲りの儚げな面立ちで、お母様譲りの美貌を持っている。

 美しく着飾った今の私は向かうとこ敵なし。無双状態だ。


 か弱さを見せつつ可憐に微笑む私を軽く抱き締める王子様に、一番気を揉んでいるのは顔面蒼白のスコットだ。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!ベティはまだ客を取った事のない半人前なんだ!それにブルック様と言う先約もいらっしゃる!」


 まだ言うか!

 王子様の胸元に顔を埋めながら歯軋りする。

 さっきまでブルック様はお断りするからと言っていたのに、スコットは嘘つきだ。

 でもそれは私の身を案じてのことだと分かっているから複雑。

 私がイケメンだと感じる王子様はベテランっぽい娼婦が泣き崩れるほどの不細工なんだと思う。

 その娼婦は今、驚きのあまり涙が乾ききった瞳で私をガン見している。

 不細工に対し、マリアベルの屋敷に勤めていたミシェルが『吐き気がする』とか辛辣なことを言ってたのを思い出した。

 こんな不細工にやるくらいなら、せめてブルック様に!とスコットは焦っているんだろう。

 風光明媚のオーナーはスコットだし私に権限はない。でも離されたくないため王子様にしがみつく。

 そして黙っていた王子様は私の背を少し撫でると低い声で言った。


「いくらだ」

「はい?」

「そのブルックと言う男が出した金はいくらだと訊いている」


 怪訝な表情を見せながらも、恐る恐るスコットが掲示したのはこの場にいる者全員が息を呑むほどの大金だった。

 お金を取り扱う事のなかった私でも、それがどれだけの大金かくらい分かる。


「ではその二倍、いや五倍は出そう」

「ごっ…!!!」


 軽く頷いた王子様が発した言葉に白目を剥いたスコット。

 しかし直ぐに気を持ち直し、電卓を弾く。

 直ぐに出てきた数字を見て硬直したスコットだか、すぐに顔を真っ赤にしてぷるぷる震え始めた。

 私もその額がどれだけ凄まじいか分かる。

 王子様が心配になる。そんな見栄を張って大丈夫なのかしら。

 自分の欲を取るか、可愛い売りベティを取るかの瀬戸際で悩んでいるスコットを尻目に、ハッとした。


「ほんとに?私を買ってくださるの?」

「…あ、ああ」

「まあ!ベティ、嬉しい!」


 少々態とらしいが本音である。

 頬を薔薇色に染めて恥じらいながら喜ぶ私に周囲の男達まで赤面した。

 再び胸元に擦り寄り、私はもう王子様のものだとアピールする。

 それを見たスコットは恐る恐る頷き、黒服に準備するよう指示を出す。慌てて黒服は奥に引っ込んだ。

 王子様(プラス私)に向き直って商人の顔を見せるスコットは『前払い』を提示した。

 本当に払えるのか?と微妙な空気が流れたが、流石は私の王子様。

 何処からともなく出された大金をスコットの足元に投げた。私を抱く腕とは逆の手で。ぽんっと。

 その軽い動作に唖然とするスコットと周囲を尻目に、王子様は不安げな目を向けてきた。私の心変わりを心配するように。でも私はもう王子様の虜!


「では、私が案内しますわ。参りましょう?」

「あ、ああ」


 視線を逸らしながら頷く王子様の胸元から抜け出した時、一瞬焦りを見せたが直ぐに腕を取ると安堵していた。

 やん!可愛い!


「…ベ、ベティ」


 涎を垂らしそうなほど大金を見て恍惚としていたスコットはハッと我に返り、か細い声で私の名前を呼んだ。

 私はその返事の変わりに『大丈夫』の意味を込め、風光明媚ここに来てから一番美しい笑顔を見せた。

 それはまるで天使のような微笑み。

 王子様を引き連れて裏館あっちに向かう私は知らなかった。

 表館こちらでは、看板娘になるかもしれなかった尊い娼婦を喪った事に、皆が嘆いていたことを。

 ーーってちょっと!私はまだ死んでません!

 表館ここにいれば即座に訂正したが今の私は王子様の腕に絡みつき、うはうはな気分に陥っていたのだった。

 びば、美青年イケメン

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