萎れた花を慰める
ふと毛繕いの話になり、狼さんの尻尾をブラッシングさせてもらった。
何かのご褒美かと思うほど尻尾を堪能。
涎が出そうになるくらいブラッシングは快感だった。
最初は躊躇して嫌がる素振りを見せていたレイモンド様も何時しか気持ち良さそうに目を瞑っていた。
『娼館で何やってんだ』と呆れられそうだけどレイモンド様が満足気だから問題ない。
ブラッシングの後は膝枕をして銀色の髪を撫でてのんびりとしていたが、折角レイモンド様がいらしたのでモニカを拾ったことを話してみた。
侍女になったことも。
最初は『ふうん』という様子で目を瞑って聞いていたレイモンド様は、モニカが猫の獣人だと知ると目をぱちっと開いた。
「獣人?」
「はい。猫の獣人です」
レイモンド様は狼の獣人なので、何かアドバイスを貰えればと思った。
「モニカは年齢の割りにとても小柄で顔の血色も悪いのです。これから大きくなってくれると良いのですが」
『はぁ』と憂いを含んだ溜め息をつく。
「…その幼い獣人は何処から流れ着いたんだ?」
「いえ。それが聞いてないのです」
「…この国周辺で幼い獣人の住み処になる国をあげるなら、彼処が思い付く」
「彼処?」
「…獣人が建国した森の国、サザーランドだ」
昔、ある獣人が、人間と獣人の共存と平和を願って建国した国。通称獣人王国。
人間より獣人の数が圧倒的に多いとレイモンド様が教えてくれた。
まさに夢の国!
「…其処は俺の故郷でもある」
「レイモンド様の?」
「…ああ」
頭を撫でながら訊くと、レイモンド様は気持ち良さそうに目を瞑りながら頷いた。
「…随分訳ありのようだが、首を突っ込んで大丈夫なのか?ベティに害が及ぶようなら俺も黙ってないが」
「ふふ、問題ないですよ」
モニカは良い子だから大丈夫。
口の両端を動かしても、腑に落ちないと言うふうにレイモンド様は険しい顔を浮かべたままだった。
「モニカ、最近元気になってきたんです。見つけたときは傷だらけだったんですけど、大分治ってきたみたいです」
それでも消えない痣はあるとお医者さんは言っていた。
怪我をした時に十分な処置を取らなかったからだとか。
昔に出来たと言う傷跡も残っている。
痛みはないからと笑うモニカに、私のほうが心苦しさを感じてしまった。
私が心配するたびに申し訳なさそうな顔をするんですよね、と独り言のように呟く。
「…ただ戸惑ってるだけだろう。ベティの優しさに」
何でだろうと首を傾げていると、レイモンド様は静かに言葉を紡ぐ。
「…獣人は治癒力が高い。怪我をしても直ぐに傷口は塞がる。傷があるとすれば、それは心の傷だ」
「…心の、傷?」
意外なことを聞き、面食らう。
心の内側に小さな波が立った。
それはモニカにもあるんだろう。
きっとモニカだけじゃない。人は何かしら心に傷を抱えているものだ。
頭のなかがモニカで埋め尽くされているとレイモンド様が何処か不機嫌な様子で、顔をお腹に埋めてきた。
「レイモンド様?」
「…もう良いだろ」
「え?」
「…今は俺といるんだ。俺のことだけ考えてくれ」
くぐもった声で言い、顔でお腹をぐりぐりしてくるレイモンド様に一瞬で思考を奪われた。
「(何ですかこの可愛い狼さんは!)」
「…先程からずっと他人の話しかしていない。今は俺の時間だ。"モニカ"の話はもう良い」
「う、うん。ごめんなさい」
「…ベティが俺を見ないなら、もう帰る」
す、拗ねてるうう!?
「そ、そんな寂しいこと言わないでください。レイモンド様のお話も聞きます、聞きたいです」
「……」
「ほ、ホントです!レイモンド様のことだけ考えますから!」
「…ん」
「(か、可愛い!)」
腰に回った腕に力が籠り、更にしがみついてくるレイモンド様。
胸が震えるほど愛くるしい。急き立てるように感情が高ぶった。もう"きゅんきゅん"だ。
顔がふにゃけ、でれでれになった。
銀色の髪を撫でながら欲望を満たしているとレイモンド様が赤い瞳を眇めてじっと見つめてきた。
そして自ら切り上げたはずの話を、持ち出してくる。
「…あまり気に病むな。"モニカ"に傷があろうとも、ベティの傍にいれば直ぐに癒える」
「レイモンド様、」
「…何れ時間が解決してくれるだろう」
私を買い被り過ぎだと思ったけどレイモンド様のあまりにも慈愛の籠った柔らかい眼差しで見つめてくるから、
「…はい」
心が段々と解れ、深い安堵を覚える。
安心感から溜め息と一緒に瞳を閉じると慰めるように、指で瞼を撫でられた。