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…犬耳萌えを知る

 避難させてくれたローブの人を見上げる。


「ありがとうございます。助かりました」

「…怪我はないか?」

「はい。お陰様で。何かお礼をしたいのですが、」

「…そんなものは要らない。無事ならそれでいい」


 そっぽを向きながら話すローブの人の声は低いが芯のある声で、何処か惹き付けられる音色。

 聞き惚れているとローブの人が背を向け、去ろうとする。


「…気をつけろ。ああいう輩はしつこい。もう一度絡まれたくないなら早く帰ることだ」


 置いてきぼりを食らう私は、焦って黒いローブを掴んでしまった。

 何故引き止めてしまったのかは分からない。

 ただ単に置いて行かれるのが嫌だったのかもしれない。それか、此処で別れることが名残惜しかったのかもしれない。或いは、まだ声を聞いていたかったからかもしれない。

 本当に咄嗟の行動だった。


 私が掴んだローブは引っ張られ、フードがずり落ちてしまう。

 そして露になる、それ(・・)


「え」


 目を丸くし、凝視した。


「……っ!!」


 外見が露になり息を呑んだ()は瞬時にローブを被り直す。

 そしてじっとこちらを見つめてくる。


「……」

「……」

「…見たか?」

「はい(もうばっちり)」


 目に焼き付けました。

 忘れ難しあれ(・・)を。


 絶望的なオーラを滲ませて項垂れる()には悪いけど、かなり興奮している。


 ローブの人は、だった。声でだとは分かったけど、露になった外見は人外的な美しさだった。

 襟足が美しい銀色の髪。澄み切って冷たい水晶のような輝きを放つ赤い瞳。

 本当に人外的な美しさ。本当に人族ではなかったのだけど。

 彼の銀色の頭部にはーー耳があったのだ。


「(きゃわいいいい!!)」


 可愛すぎて頭が爆発しそうだ。

 本気で内側から爆発しそうでぷるぷる震えてしまう。

 獣人だ。もふもふだ。耳が。耳が。

 可愛い可愛すぎる。はあはあはあ。


「…っ汚いものを見せてしまった」

「(はあはあ、)え?」

「…獣の耳があるなど、気持ち悪いだろ」


 人間に獣人を毛嫌いする人が少なからずいることを思い出した。

 獣のそれ(・・)を人間が持って生まれてくるのは前世で悪い事をした証しだと囁かれていた時代、獣人差別が蔓延っていた。

 獣人は不吉だと言われ、曾ては人間の所有物として扱われていたとか。

 今はそんなもの迷信だと言われているが未だ差別が根強く残っている場所もある。

 しかし彼が後ろめたそうに耳を隠そうとするので、思わず私は目を吊り上げた。


「気持ち悪くなどありません!そんなこと誰が仰ったのですか!そんな素晴らしいものをお持ちですのに、気持ち悪いなど仰るのはおやめください!(寧ろアドバンテージ!!)」


 固まる彼のフードを剥ぐ。

 そして再び外見が露になった。

 銀髪からはえるそれ(・・)は見間違えではなかった。


「(ホンモノおおおお!)」


 耳!耳!犬の耳!!

 こんな可愛らしいものが気持ち悪いなんてどうかしてる!そんな意地悪なことをのたまう者には神の裁きを!

 ぴこぴこ動く耳を見て興奮し、頬が火照る。

 彼は戸惑ったように目を瞬かせた。


「…気持ち悪く、ないのか?」

「気持ち悪くなどありませんわ」


 きっぱり否定する。

 なのに彼は何処か腑に落ちない様子で眉を顰めた。

 そう言えば彼は超イケメンだ。

 意志の強そうな、はっきりとした目鼻立ち。美しさのなかに潜む野生っぽさ。私の乙女心を擽るようなイケメンっぷりを発揮している。


「(ああ、だからか…)」


 彼もまた被害者だ。不細工イケメンが罪になるこの世界の。

 獣人プラス不細工ってどれほどマイナスなのかな。

 私がいくら褒めちぎったところで彼は信じないと思う。言葉よりも信用出来るものがあるとするなら、それは多分人肌だろう。


「…っ」

「ホントです。ホントに気持ち悪いなんて思っていませんから」


 彼の手を取りギュッと握る。

 いきなりのことに狼狽えた彼が手を離そうとするので、両手で掴んで逃がさないようにした。

 この温もりを伝えるために。


 固唾を呑んだ彼は少し硬直したあとハッと我に返ると、力なく首を振る。


「…無理をするな」

「無理なんかしてません。私はとても可愛らしいお耳だと思います。出来ることならその犬のお耳に触れたいとも思っております」


 良いのです。良いのですよ。無理には触りませんから。

 なんて控え気味な雰囲気を醸し出してる癖に、欲望とは正直なもので、勝手に腕が動いてしまう。犬耳に向かって。


 しかし彼は避けることもせず、突っ立っているのだ。

 何処か緊張した面持ちで。まるで私を見定めるかのように、赤い瞳は静かに揺れる。

 だから私も少し緊張し、遠慮がちに手を伸ばした。

 届かないため、肩を借り爪先立ちになる。

 肩に手を置いた瞬間、彼が少し揺れた。

 しかしそれでも届かないのでぷるぷる足を震わせていると、強張った顔をした彼が恐る恐る屈んでくれた。

 綺麗な顔が近づき惚れ惚れしたが、銀髪からはえる耳に目を奪われた。


 それ()を確かめるようにそっと触れた途端、ふわふわした感触に溺れる。

 無言で何度も触れ、たまに撫でたり、軽く抓んでみたり、さわさわ触れてみたりした。正真正銘、本物の犬耳だった。

 無言で私が触れているうちに彼の顔は真っ赤になっていく。そしてついに耐えきれなくなったのか、身を捩って私の手から逃れた。

 犬耳に逃げられ『あっ』と切ない声を零すと彼は眉根をギュッと寄せた。


「…っもう良いだろ」


 て、照れてる!

 ひょこひょこと耳を動かしながら照れるなんてずるい。

 そのローブの下では尻尾が揺れてるのかと思うと鼻の下が伸びてしまう。見てみたいのに黒のローブが邪魔をする。

 どうやったら脱がせるか考えていると彼は躊躇いがちに呟いた。


「…こんなものを好むなど、変わった奴だ」

「…え」

「…獣の証しを人は嫌う。醜いこの顔を同士は厭う。醜い俺の居場所など、何処にもなかった」

「……」


 急に重苦しい空気が漂う。

 私は犬耳を堪能しただけなのに、彼にとっては結構デリケートな問題だったらしい。


「…人と目をあわせるのは、もう何年振りだろうか」


 自嘲的な笑みを零した彼に、思わず唇が動いた。


「赤い色がとても素敵な瞳ですよ」


 本当の事を言っただけだった。しかし赤色は次第に濡れていき、綺麗な輝きを見せた。ほんのちょっとだけ潤んだ光が宿っている。

 今度は何処か呆れるように、そして諦めたかのように、ふっと口元を綻ばせる。


「…本当、変わった奴だな」


 熱の籠った低い声に背筋がぞくりとした。

 その風貌は彼にとって、生まれながら錘を背負わされているようなものだとしても、私にとっては眼福物だと考えてしまうあたり、私は本当に救いようがない馬鹿だ。


 彼と別れてから、直ぐに風光明媚に戻った。

 彼にバイバイして歩き出してから何となく振り返ってみると、まだ彼は私を見つめていた。

 一歩も動かず、じーっと。

 目があった手前無視するのも変なので手を振ったのに、彼の腕はぴくりとも動かなかった。

 瞼の裏に焼き付けるように、ただ私のことを見つめていた。

 恥ずかしさと気まずさに苛まれ、走って帰ったので、彼があれからどうしたのかは知らない。




 犬の獣人さんとの出逢いから二日経ったが、そう言えば彼の名前を知らないことを今更気づいてしまう。

 でもどうせもう逢わないだろうと高を括っていた。


 だってまさか彼がこの風光明媚にやってくるなんて考えてもいなかったから。


「な、何で此処に」


 黒ローブ姿の彼の到来に、目を見張った。

 しかもスコットがかなり上機嫌だと言うことはそれなりに金貨を積んだと言うことだ。

 黒ローブから声は聞こえない。

 無言を貫く彼をとりあえず案内し、二人きりになる。


「あの、ローブは脱ぎますか?」

「……」


 無言でローブを脱いだ彼は銀髪からはえる耳と待望の尻尾を晒した。

 思わずそれ(・・)を凝視してしまうが、今は彼自身のほうが優先だった。


「よく風光明媚に私がいるとお分かりになりましたね」

「…街にいる奴に聞いたら直ぐに分かった」


 彼が此処まで辿り着けるくらいには知れ渡っているみたいで、少し複雑だ。


「…特徴を話せば、それは風光明媚のベティだと言われた」

「はい。確かに私がベティです」

「…ベティ」


 頭に叩き込むように何度か『ベティ』と呟いている。

 私も名前を呼んでみたいけど、口からは何も出てこない。それもそのはず。彼の名前をまだ聞いていないからだ。

 物言いたげな私の表情で察したのか、彼は小さな声に名前を乗せた。


「…レイモンドだ」


 漸く聞けた名前は、すっと耳に吸い込まれる。

 うっとりしながら『レイモンド様』と呟けば、彼はあからさまに視線を逸らした。

 頬が赤いので照れてることが分かる。


「レイモンド様はどうしてわざわざ風光明媚こちらまで?」


 聞くところによると私を捜して辿り着いたみたいだし。何か用があったのかしら?と首を傾げる。


 レイモンド様は目を泳がせながら、躊躇った。


「…お前にまた、会えると思って、」

「……」


 この人は私を殺す気か。

 間違いない。

 萌え殺す気だ。

 真っ赤な頬に、僅かに潤んだ(ように見える)赤い瞳。暴露したのが恥ずかしいのか時折歯を噛んでいる。

 そして一番の殺戮ポイントは、それ(・・)


「(ゆ、揺れてるうう!無防備に揺れてるううう!)」


 それ(・・)は私を煽る。

 それ(・・)とは、誘うような動きを見せる犬の尻尾だった。

 けしからん!と言いたくなるほど魅惑的な尻尾だ。

 ゆらゆら揺れる尻尾を目で追っているとレイモンド様の神妙な声が届く。


「…あの時から、ずっとお前のことばかり考えていた。迷惑だと思われても、もう一度だけお前に逢いたかった」

「迷惑ではありません。私はレイモンド様にお逢いできて嬉しいです。一度だけなんて寂しいこと仰らず、何度だってお逢いしたいですわ」


 何処かホッとした様子のレイモンド様は小さく首を振った。


「…俺も、嬉しい」


 きゅうううん!と胸が鳴く。

 ぱたぱた揺れ動く尻尾に目が奪われているとレイモンド様は、『ああ。それと』と、急に声を険しくした。


「…俺は犬ではない」

「え」

「…………狼だ」


 ワンちゃんは、どうやら狼の獣人さんだったみたいです。

 それでも好き!

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