信者は怒り狂う
娼婦生活は、わりと順調だった。
初めてのお客さんだったジーク様と割り込んできたヒューバート様以外のお客さんにも出逢えた。
問題があるとすれば、総じて私に手を出さないこと。
今日は三人のお客さんとお話した。
そう、お話しただけ。
赤面する一人目は口をモゴモゴさせながらずっと俯いていた。
私はにこにこ笑っていた。
高ぶる二人目は如何に私に逢いたかったのかを力説してる最中、過呼吸に陥った。
私は慌てて助けを呼んだ。
そわそわしている三人目は私をちらりと見ては直ぐ目を逸らし、『ぐあぁ』と呻き身悶えていた。
私はどう反応すれば正解なのか悩んだ。
昨日も似たり寄ったり。
此処まで何もないと逆に恐ろしい。
今日、この後は遊んできていいよとスコットに言われたけど、何処に行けば良いのか悩んだので花街を散策することにした。
この花街は、世界各国からの客人が出入りするため規模が大きい。
貴族の邸宅が集まる地区とは別に、此処まで華やかな区域があるところがリーランドの凄さ。
人が密集する此処に商売人も集まるので更に活気立っている。
きょろきょろ見渡しながら歩いてるとかなり見られていることに気がついた。
華やかな仕事着に長羽織姿だけど、花街だからこんな風貌の女性は多い。私だけが変な格好してるわけじゃないと思う。
でも此処まで見られていると流石に不安になる。
すれ違う男性は足を止め、似たような格好をした女性にまで見つめられた。
視線が痛くて俯き加減で歩いていると一人の男性に声を掛けられた。
「あ、あの!」
まるで勇気を振り絞ったような声の張り上げ方。
そして何処か緊張した面持ち。
頬を紅潮させ、話しかけてきた男性に周りの視線が更に痛くなった。
「ふ、『風光明媚』の『花の妖精』さんではないですか!?」
「(妖精さん…)」
何てむず痒い呼び名。
私がそう呼ばれてるのは知ってるけどそんな大声で叫ばなくても。
公開処刑か。
じぃーっと食い入るように見つめてくるので、とりあえず控え気味に頷いた。
「はい。そう呼ばれております。一応…」
途端、『うおおおおーっ!』と魂の雄叫びのような歓声が響き渡る。
何で!?
「やっぱり!ベティちゃんだ!」
「その髪色に瞳の色!噂通りだ!」
「本物か!」
「見ろ!花の妖精だ!」
「風光明媚の聖女様だ!」
「なんて眩い!心の輝きまで見えてくるようじゃないか!」
周囲から沸き上がる歓声に狼狽える。
どうやら私は、私の知名度を侮っていたらしい。
確かにこの桃花色の髪と菖蒲色の瞳は目立つ。
褒め称えてくる周囲の言葉を聞き、噂が一人歩きしてるようにしか感じなかった。居心地が悪い。
「あ、あの!俺、今お金を貯めてます!ベティさんに逢えるほどお金が貯まったら風光明媚まで逢いに行っても良いですか…!?」
凄く顔が真っ赤。そして微かに震えている。
よく見れば結構イケメンだ。歳は二十歳前後くらいでまだ若く見える。
スコットの言葉を借りるならジーク様達と同じ人種と言うことだ。
拒絶されるかもしれないと言う不安を抱きながらも話しかけてきたイケメン君に、頬が緩む。
「はい。ありがとうございます。是非お待ちしております。風光明媚共々、宜しくお願いしますね」
「は、い…」
イケメン君は口を半ば開き、恍惚としている。痺れるような陶酔感を味わっているように見えた。
私に逢いにくるために『貯める』なんて。
スコットはお客さんから一体何れだけのお金を搾り取っているのか気になった。
鬼気迫る勢いで電卓を弾く姿は宛ら極悪詐欺師だ。
嫣然と笑って『では』と背を向ける私は噂に拍車を掛けてしまったことに気付かなかった。
あれだけガン見していた周囲の人が近付いて来なかったのは、拒絶される恐れがあったからだ。
私に話しかけたあの勇気あるイケメン君に最初は皆同情したことだろう。
罵声を浴びせられる光景が頭を過ったが、『花の妖精』は嫌な顔ひとつせず微笑んだのだ。周囲は息を呑み、固まった。そして自分もあの笑顔を向けられたいと、『花の妖精』を渇望する。
男泣きするイケメン君は、付近で様子を窺っていたイケメン達から、『良くやった』『お前は勇者だ』『俺達の希望の光になってくれた』『身を持って本当に聖女様が舞い降りたことを証明してくれた』と称賛されるのだった。
そんなことを、呑気に散策を続ける私が知るよしもないのだけど。
気になる簪を見つけたけど、財布の紐は固い。ちょっとお高いかも。
悩んでると周囲の男達がそわそわし出した。まるで『買ってあげようか?』と言い出すタイミングを見計らっているかのように。
あからさまに顔が引き攣り、お店の人に心配されてしまう。笑って誤魔化すと、逃げるようにお店を後にした。
簪を手に取っただけでこんな反応を見せられると困る。
おちおち買い物も楽しめないのか。
それなりに楽しんでいた散策が、急に滅入ったものになった。気分は急降下し、 足取りも重くなる。
そろそろ風光明媚に戻ろうと思ったとき前から歩いてきた人と肩がぶつかってしまった。
結構な衝撃に『きゃっ』と小さく声を洩らしバランスを崩したが、慌てて謝る。
しかし舌打ちをされ、私は厄介な人達に絡まれる。
「いってぇなぁ。どうしてくれんだよ。あーあ、折れちまったよ。いてててて」
「慰謝料払って貰わねぇとなぁ。可愛い娼婦さんよぉ」
「俺達は優しいからその色っぽいカラダで払うことを許してやるよ。ぎゃはは!」
「(わ、わあ…)」
典型的なチンピラさん達だ。
異世界にもこんな人達がいるんだと思わず感心したが、花街は柄の悪い輩もいるから気をつけろとドロシーに言われたことを思い出す。
「も、申し訳ございません。お怪我をーー」
「あー、そうそう。お怪我ね。お怪我しちゃったわ。こりゃあダメだ。めっちゃ肩がいてぇわ。あー、でもお嬢ちゃんが看病してくれたら治るかもしれねえなぁ」
「そ、それはーー」
「あ?お嬢ちゃんからぶつかってきといて嫌だってぇのか?ああ?」
棒読みで痛がる人に凄まれた。
しかし口元は下品に笑っている。
傍にいるお連れさんも舐め回すような目で私を見つめてきた。
これは非常にやばい。
男三人に見下ろされ、取り囲まれる状態に心が慄然とした。
花よ蝶よと大切にされてきたのでこういう荒事には慣れてない。
貴族院時代にもこんな人達はいなかった。皆背後に薔薇を携え『うふふ』と上品に笑う人達ばかりだったから。
此処は先手必勝で逃げたほうがいいかも。そう目論み後ずさったとき、背に何かがぶつかる。
慌てて後ろを振り返れば、黒のローブを着た長身の人が立っていた。
「……」
「…あ、あの」
じっとこちらを見下ろしてくる。
顔は深く被ったフードに隠れてて窺えない。
ローブの人は何を思ったのか、私の腕を取りそのまま連れて行こうとする。
いきなり引っ張られたことで『ひゃっ』と小さく声が零れたが、ローブの人は気にせず引っ張ってくる。
それを男達が見逃してくれるはずもなく乱入者に『おい!』と怒鳴った。
「誰だてめえ!割って入って来といてその態度はねぇだろうが!ああ!?お嬢ちゃんには慰謝料ってもんを払って貰わねえと困るんだよ!」
「…それだけ喚く元気があるなら問題ないだろ」
「(確かに)」
正論に頷きそうになった。
男も一瞬『うっ』と押し黙ったが、焦ってまた熱り立つ。
そして傍にいる二人に『てめえら、やっちまえ!』と言った。
揉み合いになりそうな雰囲気に一人で周章狼狽してると、ローブの人が深く息を吐いたのが分かった。
「…怪我をしたくないなら止めておけ」
「ああ!?」
「…格下は相手にしない主義だ。弱い者虐めは趣味ではない」
「かくしっ…!は、はぁああ!?誰が格下だゴラァ!舐めてんじゃねえぞ!」
あんなに痛がっていた男は顔を真っ赤にして叫んだ。完全に頭に血がのぼっている。
肩はもう良いのかしら。
しかし、ローブの人は激昂する男を前にしても素知らぬふりをし、私の腕を引っ張った。
「…行くぞ」
「え、でも」
このまま放置するのはどうかと思う。
背後から襲われるかもしれない。
引っ張られながら後ろを振り返れば、ものの数秒で男三人が大勢の人達に取り囲まれていた。あれ?
「な、何だてめえら!」
「"何だ"はこっちの台詞だ。何が"ぶつかってきた"だ。お前がわざとぶつかって行ったのをこっちは見てんだよ」
「肩が痛い?そうかそうか。ならもっと痛くしてやろう。二度とそんな絡み方出来ねえくらいになあ」
「こいつら、カラダで慰謝料を払って欲しいみたいだぜ」
「はは。じゃあお望み通り払ってやろうじゃねえか。カラダでな」
ボキボキ指を鳴らす男達にチンピラ風の三人は恐怖に戦いている。先ほどまでの威勢は何処へ行ったのか、少し同情するほど顔面蒼白。
三人を取り囲み怒り狂う男達は皆イケメン。頻りに『俺達の聖女様を』『身の程を知れ』『死んで詫びろ』と言ってるあたり、私の信者なのかも。末恐ろしい。
ローブの人に手を引かれながら、その光景に私まで戦慄するのだった。