第5話
視点:バレーノ
目が覚めた
一瞬ここはどこだろうと思う
窓から優しい光がさしこむ
昨日見た岩壁の亀裂からさす光が頭に浮かぶ
あぁ思い出した、ここはメディウム
見慣れた風景から離れてまだ2日しかたってないのか
ベッドから出て、身だしなみを整える
慣れないコートを羽織り、髪をいじくる
そして使ったこともない短刀を腰にさす
…この風景に慣れるのにあとどれだけの時間がかかるのだろう
部屋を出て、昨日見かけた鍛練場へ行く
奴隷生活で身に付けた時間感覚だと、まだ日がでてそれほどたっていない
だがすでに鍛練場からは物音がした
大きな扉を開け、中に入る
そこにはハビアンがいた
やはり武器はグローブであっていたようだ
サンドバックにむかってパンチをしては、広々とした部屋に乾いた音が響いた
鍛練場を見渡す
サンドバックや技の確認をするためであろう人形などが所々に置かれ、一部の壁にはよじ登れそうな突起がある
だがそれ以外は何もない
広々とした部屋で縦横無尽に体を動かせるということか
俺に気づくとハビアンはにっと笑い、近づいてきた
「早いなバレーノ、お前も鍛練か?」
「はい。…あの、ハビアンさんも早いんですね」
「ははっ、ハビアンでいいよ。敬語も使わなくていい。俺たちは同じ仲間なんだから」
ハビアンは楽しそうに笑う
…そんな風に言われるのは初めてだ
同じ仲間…少し照れくさかった
「あ…じゃあ…ハビアンは、どうやってメディウムに来たの?」
しどろもどろになりそうなのをこらえハビアンに聞いた
「んー…、俺は12くらいの時にレガトゥスに見つけてもらったんだよ。それまで俺はスラムで一人で生きていたんだ」
スラム…今の笑顔のハビアンからは想像しにくい世界だった
「あの人には感謝してる。俺に新しい道をくれたから。だから俺はレガトゥスのためにもっと強くなると決めたんだ」
そう言うとハビアンは再びサンドバックに向かって構える
また乾いた音が鍛練場に響いた
―ハビアンからは強い意志が感じられた
俺が黙っているとハビアンは続けた
「それで?バレーノ、短刀の使い方を知りたいんだよな?短刀は簡単だからすぐ覚えられるぞ」
「あ、うん、お願いするよ」
ハビアンは武術に長けているようだ
持ち方から足さばき、細かいところまでわかりやすく教えてくれた
大きな図体の割に動きは細かく繊細で、丁寧だった
一通りの動きは掴んできたが、やはり違和感が残った
言われた通りに動けはするが…オースの言っていたピンとくるものが短刀にはなかった
「いやーお前物わかりがいいな!教えがいがあるってもんだ。武術は独学も大切だから、自分で模索していくのもいいだろうよ」
わははと笑いながら俺の背中を叩く
…力加減は苦手なようだ
ふと、扉の方からバレーノと呼ぶ声がした
振り返ると、そこにはプラーミャがいた
「レガトゥスが呼んでる。最初の任務だってさ」
プラーミャは無表情のままそう言った
3人でレガトゥスのいる書斎へと向かった
レガトゥスは昨日と変わらず椅子に座り、にこにこと笑みを浮かべながら待っていた
「さて、少年よ、少しは整理がつきましたかネ?」
その陽気な口調に少し圧倒される
「…まぁ、多少は」
レガトゥスの笑顔を見ていると、まるで心の奥底まで知られているような気分になる
だがレガトゥスはお構いなしだ
「さて、そんな少年に最初の任務を与えましょウ」
そう言うとレガトゥスは大きな地図を開いた
地図の見方はわからない
今俺たちはどこにいるんだろう
レガトゥスは1つの地域をどこから取り出したのかステッキでコツコツと叩き、
「ここにアムンストが出たという情報がありましタ。至急向かってください」
と言った
もうアムンストと対峙しなくちゃならないのか
気が引き締まる
レガトゥスは椅子に深く腰かけ口を開く
「が、さすがに一人で行かせるのは厳しいですネ。プラーミャ、一緒に言ってください」
そう言われるや否や、プラーミャは表情を曇らせた
「レガトゥス、私は一人がいいっていつも…」
「まぁまぁそう言わず。彼はまだまだ未熟デス」
にこにこと笑いながらレガトゥスはプラーミャの言葉を遮る
「アムンストのことについても…ね」
と、レガトゥスの声が一瞬低く聞こえた
…気のせいか?
その言葉にプラーミャはピクッとした
「…わかった。」
まだ不服そうだったが、しぶしぶ了承した
少しホッとした
一人は無理がある
プラーミャはさっと後ろを向き、スタスタと進む
「じゃあさっさと行くよ、ハビアンも準備して」
「ほーい」
ハビアンも書斎を後にしようとする
俺もあわててそれについていく
背を向けて表情は見えなくなったのに、レガトゥスはまだにこにこしている気がした
プラーミャはこちらを振り返ることなく進んでいく
ふとハビアンが歩くスピードを緩め、俺の横に来てささやいた
「プラーミャはメディウムに最初に来たんだ。ずっと一人で戦ってきたこともあって複数で戦うのは苦手なんだよ」
「はぁ…にしてもぶっきらぼうだね」
彼女がこんな風なのはそれだけが理由なのだろうか
どちらかといえば、俺と初めて会った時よりも冷たく感じるのは気のせいか?
「まぁ…俺からも頼むよ。あいつはあんな風にしかできないんだ」
ハビアンがふっとほほえむ
そう言われると、前を歩く小さな少女は、その黒髪もわずかに見えるイヤリングも、どことなく孤独で、寂しく見えた―
そうこうしているうちに俺たちは建物から出て、最初に俺が連れてこられた場所ににたどり着いた
が、そこに出入り口はない
目の前には岩壁しかない
地面には石板が埋め込まれてあり、そこにはメディウムの象徴であろうあのエンブレムが彫られている
…ここからどうやって外に出るのだろう
「よし、それじゃ俺の出番だな、すまんがバレーノ、また目ぇつむっといてくれるか?」
「わかった」
どうやって出るのかは気になるが、おとなしく従う
目をつむると、初めてここに来たときと同じようになにかが覆い被さり、強い風が吹いた
「ほらよっと、目ぇ開けていいぞ。それじゃ頑張ってな。俺はここで待ってるから」
目を開けると太陽の光がまぶしく、思わず目を細めた
そこは見慣れた石だたみの家々が並んでいた
ここは…俺のいた町か?
第6話へ続く