第2話
視点:バレーノ
目を覚ます
窓から差し込む昨日と変わらない朝日を、とても眩しく、美しく思う
プラーミャに連れてこられた宿のベッドは暖かく、生まれて初めての感覚にむしろすぐには寝付けなかった
ベッドから起き上がり、のびをして髪をいじくる
ふと目線の先にある鏡を見ると、鎖骨に昨日まであった紋章はなかった
…そうか、俺は昨日の俺じゃなくなったのか
横に並んだベッドのほうを見ると、プラーミャもむっくりと起き上がった
昨日は気付かなかったが、プラーミャの右耳には大きなひし形の赤いイヤリングがついていた
会って間もないというのに、不思議と彼女によく似合うと思った
プラーミャはさっさとコートを羽織り、俺に目配せした後、すぐに部屋を出ようとする
俺も慌ててそれについていった
宿を出ると町の声はさらに大きくなった
そこはこれまで俺が見ていた景色とは全く別のものだった
道を覆い尽くす人々、そのそばで客を呼ぼうとやっきになる商人―
不思議だった
見慣れているはずなのに見慣れない
同じ場所なのにどうしてこうも心が踊るのか
プラーミャはそんな市場をすたすた進んでいく
たなびく黒髪は、周囲の人々とは違う雰囲気を感じさせた
ついていく最中、おもむろに路地裏に目をやると、見慣れた紋章をつけた麻の服を着た人たちがいた
路地裏を包む影に飲まれたかのように、彼らの表情は暗かった
…俺はもうあの中の一人ではないのか
まだ足がふわふわしているような、不思議な気持ちだった
今の俺の気持ちはなんなんだろう―
だがそのなかに、確かに罪悪感は存在していた
どうして俺だけがこうなっているんだ?
ふと、プラーミャが人気のない細い道に入り、こちらを振り返った
そして突然俺の胸ぐらをつかんできた
俺より少し背の低いプラーミャは背伸びをしつつ、じっと俺を見つめる
いったいなんなんだ
「…おかしい」
プラーミャは呟いた
「なんで君には【あれ】がないの?」
怪訝そうに俺を見る
あれってなんだ?
「でも確かにレガトゥスがそう言ったのに…」
文句にも聞こえる声で呟やく
文句があるのはこっちだ。
「なにが言いたい?俺になにがないって?」
少し強い口調で尋ねた
…違和感
普段使わない口調に、少し自信がなくなる
プラーミャはパッと手を離し、きびすを返してまた歩き出す
「君は私たちの仲間。そう私たちのボスが言った。けど…君には私たちにはあるものがない」
こちらを見ずにプラーミャはそう言う
「あるもの?なんのことだ?」
「あれがない限り君を仲間と断言するのは難しい。だから答えられない。まずはボスに会って」
それ以降プラーミャは黙ってしまった
これ以上は聞けなさそうだ
町の片隅にある門を出ると、そこには大柄でいかつい男がいた
俺に近づき、男は言った
「おープラーミャ、この子でいいんだな?」
低いすごみのある声が俺の頭の上からふってくる
「まだわからない。とりあえずレガトゥスに会わせるからはやくしてハビアン」
ぶっきらぼうにプラーミャが言うと、ハビアンと呼ばれる男はその態度を気に止める様子もなく
「あいわかった。ほんじゃぼく、目ぇ閉じといてもらえるか?」
と俺を見て言った
ハビアンは俺に向かってにっと笑顔を見せる
…多少いかついが、どこかで農作業でもしていそうな極々普通の図体のいい人だ
その笑顔は優しくて、どこか安心する
この人もプラーミャの言うあれを持っているのか?
とりあえず従い、目を閉じた
すると俺の体になにかが覆い被さり、強い風が吹いた
「よし、ごめんなぼく、目ぇ開けていいぞ」
そう言われるまでさほど時間はかからなかった
目を開けるとそこは―あの町ではなかった
暗い
周りには何もない
これは…地面の下か?
頭上を見上げると、はるか遠くでごつごつとした岩壁の亀裂から太陽の光と思われる明かりが漏れ出ている
その光に照らされ、目の前にたたずむ見上げるほど大きな「それ」をとても場違いに感じた
まるでどこかの城のような、頑丈で冷たく、それでいて堂々とした建物だった
「ようこそ!メディウムへ!」
ハビアンが楽しそうに言った
メディウム…?プラーミャもハビアンも、メディウムの一員なのか
プラーミャは何も言わずさっさと中へ入っていく
慌ててついていくと、とても大きな広間と思われる場所でプラーミャは立ち止まった
「レガトゥス」
プラーミャが声をはり呼ぶ
その声が広間に響く
ふと、後ろに気配を感じた
パッと振り向くと、そこにはスーツにマント、シルクハットを身につけた―いかにも怪しい男がいた
「ンー?始めましてですネ?少年よ」
第3話に続く