無響の美術展
*R15とありますが、ほんの一部分に軽度の残酷表現がございますのでご注意を。
「あれ、お客なんて珍しいね。ていうか、こんなところよく気付いたね」
10代後半ぐらい…いや、20代前半くらいだろうか。
肩までの長さで先が外ハネの黒い髪、黒いズボンに、黒いコートとその下には白の服の女性が、自分の姿を見ると、そう言った。
「…珍しい、とは?」
「ここ、一応美術品を展示しているんだ。でも、なかなか気づかれなくてさー。僕も暇だったんだよねー」
女性…のはずだが、一人称は「僕」…?
不思議な人だ。
「美術品って、どういうものがあるんです?」
「ここは、日を浴びなかった悲しい製作者の作品を展示してるのさ。ああ、ここにある作品は、みんな同じ製作者が作った物だよ」
「…見ていいですか?」
「どーぞどーぞ。別に入場料は存在しないから、勝手に見てってねー」
この人業務を投げだしている…
受付みたいな場所にいたから、関係者さんのはずなんだけど…
無責任だな…
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自分が最初に見た絵は、女性の絵。
藍色のドレスに、青いロングヘアの女性だ。
彼女には、それぞれ色の分かれた6つの羽を生やしている。
自分から見て左側は、上から、白、青、黄。
右側は、上から、黒、赤、緑。
彼女の表情は、泣いていた。
よく見てみると、いくつもの刃物が彼女に向けられている状況だ。
…この絵の彼女は、刃物を向けられていることに泣いているのだろうか。
「絵のご説明をしましょうか?」
振り向くとさっきの受付の女性がいた。
しかし、あれ?
雰囲気がさっきと違うような…?
「ああ、お気になさらず。「わたくし」も「僕」も同じ人ですよ」
姿はさっきと同じ。
でも、雰囲気は別人みたいで…
…なんだろう、この人。
「あ、この絵は…」
「その絵は、「全てを押し付けられた存在」の絵です」
「押し付けられた…?」
「ええ。製作者は、「自分が頼んだのに、実行した側が責められるシーン」をイメージした作品だと言っていました」
「頼んだのはそっちなのに、理想通りにならなかったら、他人のせいにする」ということだろうか。
あれか、自分は手を下さずに物事を進めるような奴で、うまくいかなかったら、他人のせいにするという。
「この絵の彼女は「人間」でも、「神」でも捉えられるように、羽を付けたと聞きました」
「神」。
なるほど、たまにいる。
「これは神の仕業だ」とかなんとか言ってるの。
…「神に押し付けた民衆」とも捉えられそうだ。
「この絵に名前はありますか?」
「こちらは「無責任」という名がございます」
「無責任」
彼女が自分に対して押し付けてきた存在のことを指しているのだろうか。
「そっちが言ってきたくせに、私だけの責任なの?」
絵から女性の声が聞こえたような。
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次に見たのは二人の少年の絵。
この絵は一枚で二つの場面に分かれている。
上下に分かれていて、上の絵はシルクハットにタキシードの少年が、何かを奪っているような絵。
下の絵は、同じタキシードの少年が、剣を突きつけ、笑っている絵だ。
下の絵の方は、見ている側に剣を突き付けているように、正面を向いている。
「これはねー、「同罪者」っていうなまえなんだー!」
…また雰囲気が変わった…
こんどは子供のような…
「同罪者とは?」
「この絵の男の子は、同じ子なんだ! どーいつじんぶつ! それでね、うえの子が奪っているのは「物」ってわけじゃないの! この子は「罪人」をモチーフにしてるっていってた!」
「罪人」か…
あれ? この絵の少年が同一人物なら…
「なぜ下の絵の少年は、笑って剣を突き付けているんです?」
「うーんと、このおとこのこは、絵ではみているひとに対してだけど、本当は「自分と同じことをした人」に対して、剣をむけているの!」
「自分と同じことをした人」に?
「でも、この絵は未完成のまま、できあがることはなかったの…どういう意味かは、「あたし」にもわかんないや…」
この絵は未完成?
絵自体はちゃんとできているように見える…
製作者は、もう少し描きたかったのか?
「同罪者」
彼は罪を犯し、それを「同じことをした者」に向けることで、罪の存在を対象に知らしめようとしたのだろうか。
…これはいろんな場面でも捉えられそうだ。
もっとも、自分も罪を犯したら、自分も「同罪者」になるのに。
彼は、それも覚悟の上だったのか?
「キミがしたのはこういうことさ」
絵から少年の声が聞こえた気がした。
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次に見たのは、青年の絵。
背景はまるで泥のような色。少し群青色もある。
その中に、青年が漂っているような絵だ。
服装は白い服に白いズボンだが、あちこちがボロボロ。
青年自身も、傷だらけだ。
そして、絵の上の方。
そこはどこかの水面のようで、大きくて美しいハスの花が咲いていた。
そのハスの傍には、幼い男の子が水に手を伸ばしている。
…要約すると、「どこか泥水の中に、青年が沈んで、幼い少年が手を伸ばしている」絵だ。
「確か、ハスの花言葉は、「離れゆく愛」と…あとなんだっけ。暗い意味だけだったような…」
「暗い意味だけじゃないですっ! 「救ってください」とか、「清らかな心」もありますっ!!」
「わああっ!!?」
「ああああああごめんなさい!!! わ、「わたし」ったらつい大声を…」
…今度はおどおどしている…
というか、さっきのすごい勢いだった…
「えーっと、この絵は…もしかして花言葉が関係してます?」
「あああ、はい、えっと、お気づきのように、ハスの花の花言葉をモチーフにしてます。製作者様は主に「救ってください」を大きく取り上げたと…」
ハスの花言葉を青年のSOSとして、この絵を描いたのだろうか。
しかし、ハスの傍の男の子は…
「この男の子は?」
「あ、えと、「沈んでいる青年を見守っていた存在」と聞いてます…」
…自分はこの絵に対して、こんな考察を考えた。
泥水…というよりこの水は、どこかの世界だ。
青年は、その世界で生きていたんだろう。
自分は「芸能界で活動するアイドル」と例えよう。
しかし、どこかで青年は、その世界を汚いと思うようになったのではないのだろうか。
自分の自由が利かなくなり、誰かのためだけに動くとか。
恋をしたら、世界に大きく伝えられたりとか。
「他人の為」ばかりで、自分はボロボロになって。
それでも、その汚い世界の中でも、美しいハスを咲かせた。
ハスは、汚い水ほど美しく咲くと聞いたことがあるから。
…だが最後には、耐えきれなくなって力尽き、水の底に沈んでしまったのだろうか…
そして見守っていた存在。すなわち「ファン」は、沈んでしまった青年を助けたいということか…?
…自分ではうまくまとめられない…
製作者は、どんな気持ちでこれを描いたのだろうか…
「…この絵は…」
「はぅ! あ、ななな名前ですか!? えと、「放置救済」と…」
「放置救済」
世界にうんざりした青年は、自分のことは放っておいてほしいけど、助けてほしいとも思ったのだろうか。
「綺麗な花を咲かせたんだ。もういいでしょ。たすけて」
「とどかないよ…たすけたいよ…」
青年と男の子。
苦しそうな二つの声が絵から聞こえたような。
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次は少女の絵だ。
雪のように真っ白な長い髪を首元あたりで二つに結んで、黒と白を基調としたゴシックロリータを着ている。
そして、右手には拳銃。左手には剣を持っている。
彼女自身は血まみれで、白い髪にも血がついて、表情は、笑っている。
…正直、この笑顔は、怖い。
まるで狂っているみたいだ。
よく見たら、彼女の足元には、なにかの亡骸がたくさんあり、地面も血まみれだった。
…本当に狂っているのか…?
ていうか、この少女…
「さっきの絵に似ている…?」
「それに気づいたぁ?」
…今度は…なんていうか…
なにかを見ているだけの傍観者のような…
まっすぐいうと、なんかうざい雰囲気だ…
そんなことより、「それに気づいた」って?
確かにこの少女は、さっきの絵の、藍色のドレスの女性に似ている気がする…
髪型や服装は違うし、羽もないから、正直、見かけは全然似ていない。
だが、雰囲気は似ているような…
「クスクス…その子はねぇ、ホントに狂っているんだぁ。「無責任」の彼女とは別人だけど、派生作品だよぉ」
「無責任」の派生作品?
じゃあ、この子も「押し付けられた」のか。
…ということは。
「というと、この子は「押し付けた側に危害を加えた」んですか」
「正解。クスクス…押し付けた側にブチ切れて、こぉんな風にしちゃったんだぁ」
耐えきれなくなって、彼女は危害を加えたのか。
なら、彼女が笑っているのは、「邪魔者が居なくなった」ことに喜んでいるのか。
「題名は「粛清」だよぉ。これを書いた製作者の気持ち、「ボク」は何となくわかるよぉ」
「粛清」
自分に危害を加えたものを消した彼女は、狂ったように笑って喜んでいるのか。
「わたしに頼んだのが間違ってるの! そっちが悪い!!」
絵の彼女が無垢な声で言った気がした。
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ある程度進むと、階段が見えた。
…ここ、二階建ての建物だったのか。
「二階にもあるんですか?」
「あー、あるよー。行く?」
最初に会った時の雰囲気になった…
「ついでに言うと、ここは三階建てだよー。三階においてる作品は一つだけなんだけどねー」
三階建てで、最上階には作品はひとつか。
気になる…
とりあえず、まずは二階を見よう。
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二階で最初に見たのは、一人の少女が後ろを振り向いている絵。
彼女の目線の先には、たくさんの人々が背中を押すように手を伸ばしている。
…ただ、彼女以外の人々には表情がない…
というより、少し笑みがある口だけで、それ以外の顔の部分がない…
「「俺」が補足すると、その少女には他の奴らは見えてないぜ」
…今度は男性のような雰囲気か…
「見えていない?」
「ああ。人々はそいつの後押しをしているんだよ。見えない誰かが、道を教えてくれてるんだ」
それでは、彼女は前に進もうとしているのか。
「題名は「前進へ」だ」
「前進へ」
彼女が前に進むために、人々が手助けしているのか
「前に進んでいいんだ」
絵の少女が覚悟を決めたような声が聞こえた。
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次に目に入ったのは、大きな月と花畑の絵。
中心には、一人の青年が月を見るように後ろを向いている。
大きな月は満月で、青白く光っているように描かれている。
よく見るとこの場所は、少し霧がかかっている。
そして花畑には、様々な花が咲いていた。
低木の花とか、大きな木もある。
ユリ、マーガレット、バラ、キンモクセイ。
…いろいろあるけど、自分がわかるのはこれくらいだ…
「それ、綺麗でしょう?」
今度は、落ち着いた雰囲気だ…
さっきのハスのときとは違う雰囲気…
「製作者さんは、ただ純粋に「美しい絵を描きたかった」と言ってたんです。深い意味はないみたいですが…」
…深い意味は無いのか…
でも、確かに美しい。
もしかしたら…
「もしかしたら、製作者は、自分の目でこのような場面を見たかったのかもしれないと、自分は思います」
「うふふ、「私」もそう思います。この絵のタイトルは、「幻想」だそうです」
…どうやら口に出てしまっていたらしい。
だが、彼女も同じ考えのようだ。
「幻想」
製作者の幻想を絵にしたものだろう。
…これを、自らの目で見たかったのだろうか。
「これを、この目で見たかったんだ」
嬉しそうな青年の声が聞こえた。
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次は、二人の女の子の絵。
同じ学生服を着ているから、クラスメイトとかだろう。
二人とも、とても楽しそうに、何かを話している絵だ。
二人の周りにあるセリフの吹き出しには、絵が一つ一つ描かれている。
「書物」「花」「鉛筆」「テレビ」「携帯ゲーム機」…
…吹き出しの数が、かなり、多い。むしろ多過ぎだと思う。
「それもいいだろー? そのふたり、同じ趣味なんだぜー!」
今度は少年のような口調だ…
…一応言わせてもらうが、この人「女性」だと思うのだが…
「同じ趣味…」
「そうさ! 「オイラ」も自分の好きなものについて話すのは好き! でも、「自分と好きなものが同じだった」ら、もっと楽しい!」
とてもうれしそうに彼女は説明する。
その気持ち、なんとなくわかるような気がする。
「題名は「共感」! 一緒に誰かと話して、お互いが楽しいって思えたら、素敵だよな!!」
「共感」
同じことで語れる存在だろう。
二人とも、とても楽しそうだ。
製作者の思い出だろうか。
「このアニメ見た!? マジでおすすめ!!」
「あの小説の最新刊買ったんだ! 白熱の展開!」
「「よし! 早く見よう!!」」
二人の女の子の声。
楽しそうで嬉しそうだ。
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どれくらい見ただろう。
どれくらい進んだだろう。
たくさん見てきた。
もしかしたら、全て見たのだろうか…?
「後は、最上階の作品一つだけだよー」
最初から案内してくれている彼女。
受付であった時の雰囲気になった。
そうだ、この建物は三階建てで、最上階は作品が一つと言っていた。
「…見たいです」
「こっちだよ」
階段を上り、最上階のフロアへ。
そこには、とても大きな絵。
…最上階のフロアの壁を一面だけ。ちょうど階段を上って目の前の壁。
壁いっぱいに描かれている。
そして、自分はあることに気付いた。
ここに描かれている人物達。
自分がいままで見てきた作品に描かれていた人物達だ。
「無責任」の彼女。
「同罪者」の少年。
「共感」の二人の女の子。
「粛清」の彼女。
「放置救済」の彼ら。
「幻想」の彼。
「前進へ」の彼女。
それ以外にも、今まで見て来た絵の人物達、全員が描かれている
そして、みんな同じ方向へ向かって進んでいるような絵。
進んだ先にいるのは、「ずっと自分の傍で、絵の説明をしてくれた女性」が描かれている。
彼女の手には、本が開かれた状態であった。
「…これは…」
「ああ、この女性のモデルが僕っていうだけだよ。流石に絵の存在じゃないよー」
「この絵は、今までの集大成でしょうか」
「そうだね。僕がモデルになってるけど、いままで見てきた絵の、すべてのまとめ…って感じかな?」
「この絵に、題名は…」
「うーん、これは無いんだ。製作者もそこまで考えられなかったぽくてさー」
…集大成の作品が、題名無しとは…
だが、今まで見て来た絵の人物たちは、とても幸せそうに笑っている。
「粛清」の彼女も「狂っているように」ではなく、「幸せそうに」笑っている。
「あの、この作品、「幸福笑顔」って呼んでいいですか」
「…やっぱ、そう見える? そう呼びたいなら、そう呼んでいいよ」
彼女も嬉しそうに笑った。
~~~~~~~~~~
「そろそろ帰りなよ。滅茶苦茶時間経ってるよー」
彼女の声でハッとする。
どのくらい時間が経っているのだろうか…
受付に戻り、彼女に礼をする。
「なんだか、いいものが見れた気がします。ありがとうございました」
「いいよ。製作者も喜んでるはずだよー」
ここで自分は、聞いていないことがあったので、聞いてみることにした。
「あの、製作者の名前は…」
「一応言っとくけど、検索しても出てこないよ?」
「いいんです。教えてくださいませんか?」
「…いいよ」
「製作者の名前は「無響」。この美術展の名前は「無響の美術展」だよ」
「ありがとうございます」
「いいって。ほら、早く帰りな? 終電行っちゃうよー?」
そう言われ、自分は大急ぎで建物を出る。
彼女にもう一度礼を言おうと、振り向く。
そこに、建物はなかった。
何もない、空き地があった。
「…え?」
というより、知らない場所だ…
そういえば、自分はどうやってここにたどり着いたんだ?
そして、たどり着いた時の時間は?
なぜ今は夜?
そういえば、終電…!
「っ、急ごう!!」
幸い、終電には乗ることができた。
あの場所から少し進んだら、駅についた。
…ここから行くと、駅のこちら側に出れたのか…
…なんだったのかわからないが、また明日も生きなくては。
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「よかったねー。一人でも見てくれてさー」
「見た人のなにかに響くことはないって、言ってたけど」
「ただ、形にしたかったんじゃないの?」
「あー、あのお客、もう一つの名前に気付いてくれたかなー」
「響くことの無い美術展」
「無響の美術展」
ってね。
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受付の彼女が誰だったのか。
少なくとも、「彼女=製作者」ではないようです。
しかし、「絵の存在」でもなさそうです。
「自分」は後日同じ場所に向かおうとしたけれど、建物があった空き地にすらたどり着けなかったみたいですよ。
・あとがき
閲覧ありがとうございます。
最後の場面(語り手が建物を出る場面)が唐突に思い浮かび、書いてみたかっただけの作品でした。
美術展の絵たちは、いくつかは、物語などを読んで、自分の思ったことを例えてみただけです。
それと、語り手の性別を考えてなかったです。
読んだ方の解釈にお任せします。
どちらでも捉えられるといいのですが、精進していきたい。
ここまで閲覧ありがとうございました。