発覚
僕が五十を過ぎた頃から個人的に健康診断を受けに一年に一度は欠かさず通っていた。だがある日を境にパッタリやめてしまったんだ。
身体の自由が効かない不便さに老化を感じたからだ、通うだけでも体力を消耗するようになったんだ。
「ALS (筋萎縮性側索硬化症)でしょう。」
三年前に先生に言われた言葉
当時の僕には聞き慣れない言葉で理解出来ない病状だった。
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「少し早いが健康診断に行かないとな、上司がうるさいんだ」
「あら私のことかしら?」
「あ、いや、ちが……」くはないけど、なんて言えなかった言葉を声に出す寸前で飲み込んだ。
「バレバレよ目逸らす癖、相変わらずね」
「……とりあえず次の休みに行ってくるよ。前に比べて少し調子が良くないみたいだ」
ばんちゃんはクスクス笑いながら「わかりました。老化かしらね」とカレンダーに印を付ける。わざわざ印を付けなくても覚えてられるのに何か予定があると直ぐにカレンダーへ直行する、そして嬉しそうにこう言うんだ。
「今月も沢山予定あるわ」
「そんな浮かれなくても良いじゃないか」
毎回このやり取りが定着している。何が面白くてこんな事を毎回しているのかは自分達もさっぱり分からない。ふとした時にはもうお互い会話している。
理由なんてモノはいらないんだ
カップルや夫婦はどうしてもマンネリ化を防ぎたがる。お互いそれぞれ想いがある様に"飽き"を恐れる。
僕達は違うと否定する訳じゃない僕達だって怖い、だからこそ毎回同じ会話をしたって良い。笑い合えるのならハッピーだ。コミュニケーションがなくなるのは最悪の事態だと二人で話し合った。
まぁ要するに二人での話し合いは大事という事だ。
「ちょっと、何ぼーっとしてるの?」
「あぁいや健康診断は大事だなと改めて思って」
「頑なとして嫌がってた時もあるのに……いきなり言われるとなんだか受けて欲しくなくなるわ。矛盾してるわね行ってきます」と残し一人買い物へ出かけて行った。
鈴子の言葉に違和感を感じつつも病気なんかする訳が無いと自信に満ち溢れた思いが簡単に砕かれたのは直ぐのことだった。
鈴子の勘はよく当たるんだ。もしかしてら本能でこの事を感じ取ってたのかもしれない。
僕は無意識のうちに老化じゃない変化に気付いていたのかもしれない。
「ふじ……さ…藤本さん?聞いていますか」
「あ、はい悪化してきてるんですよね」
危ない。実はあまり聞いてなかった。
かろうじて聞こえてた言葉で察しはついたけど病気と知った当初の事を懐かしいな、なんて思い出している場合じゃなかった。
あの頃の僕だったらこんなに落ち着いてはいられなかったはずだ。
「藤本さん覚えていますか?四年ぶりに健康診断を受けに来て翌年にALSと分かった時にお話した事」
先生が僕の顔をまじまじ見て顎を触りながら「当然覚えていますよね?」と言いたげな表情を浮かべるものだから僕は真剣に考えた。
「あれですよね、長く生きたいかって言うお話ですよね」
と僕が言うと先生は微笑み頷く
パッタリ行かなくなってばんちゃんが行きなさいと口うるさく言うもんだから重い身体を動かし四年ぶりに健康診断を受けたんだ。
ALSと診断される間の一年前からも身体に違和感を感じるようになり、また定期的に通う様になった。その期間を含め約六年は先生にお世話になっている。
この六年の半分ぐらいは入院なんだけど、進行は早いのか遅いのか何故か先生は言ってくれない。
それで自分の進行状況が気になり、よく先生に教えてくれとお願いした事がある。確かその時にした会話だった。
そうゆうのは気にしなくて良い。
「藤本さんはもっと長く生きたいですか?」
「生きたいです、でもなんでいきなり……」
「いえ相互の確認ですよ。私も藤本さんに生きてもらいたいです。全力を尽くしますので藤本さんも希望を捨てないで下さい。前を見て下さい、人間には生き甲斐が必要なんです。力の源になるんです」
この時僕は、この先生になら命を預けようどんな結果でも僕の人生は明るかった。そう思えると思ったからだ。
「先生の言葉凄く心に響きました。頑張ってみようそう思えたんです」
「本当に、良かった。当時の藤本さんは先を見ようとしていなかった、今に拘っている感じがしたんです。私はそれが怖かったんです。すみません私がこんな事を言って」
「いえ先生が仰っていることは間違っていません。僕は今が失くなると思ったんです、想像を上回っていたので冷静ではなかったです。先生、僕にはまだ時間があります。それを上手く使おうと思ってます」
自分の身体が悪化してる事なんて分かってる。それでもまだ時間は沢山あるんだ。
こんな性格では無いけどな……