僕の
ばんちゃんは僕の妻だ。
僕が彼女の事をばんちゃんと呼ぶといつも鬼の様な顔をする、そして静かに怒る。
当時、まだ若かった頃のばんちゃんが「おばさんになった感じがするから嫌だ」と気にしていると分かって僕だって流石に何回も呼ぶのは控えた、偶に面白半分やからかう時に呼ぶぐらいにしてた。だが現在は六十過ぎだから十代からして見ればおばさんと呼ばれる歳だろう。
ばんちゃんは怒る事が滅多にない、長い付き合いだが怒るというのは珍しい事なんだ。
慣れてないから恐怖が倍増される、だからばんちゃんと呼ぶのは僕の心の中だけにしている。
僕は藤本栄司
六十過ぎのちょっと髭が似合うダンディーなサラリーマン……てのは自分が勝手に思っている事が少しばかり口走ってしまったんだと思ってくれて良い。
ささ、僕の事は置いといてばんちゃんの話をしようか。
彼女、ばんちゃんの名前は藤本鈴子
何処からばんちゃんになったのかと聞かれることがある、主に僕と結婚してから知り合った友人が多い。
旧姓が板城で“ば”から始まるから僕が勝手にばんちゃんと呼ぶようになったんだ、と説明をすると皆が納得する。
ばんちゃんとは中高同じで一つ下の後輩だった。
僕が中学二年生にあがり、ばんちゃんは新一年生として僕が通っている学校に来たんだ。
この頃はまだお互い知り合いではなかった。
知り合ったタイミングはもう曖昧にしか覚えていないが中学生の頃、唯一の友達、弘樹とばんちゃんの友達の女の子が仲良くて、それを弘樹に紹介されて話すようになった
と、思うんだ。
「歳をとるとこうも覚えていないものなんかね」
いざ思い出そうとすると苦労するな、と言っても今でも充分世間では若い分類だ
今、僕にできる事はコレなんだ僕はばんちゃんが帰ってからこの数ヶ月は毎日、齧り付くように机の上にあるノートと睨めっこをしている。
「あぁ、自分の事は思い出せるな…」
あれは苦い思い出だな
きっとばんちゃん達にとって、僕はチャラい男で無心な奴だったと思う、決して良い印象は無かったはずだ。
中学入学し、数ヶ月後の事
僕は人生初の告白をされた。クラスの子でまぁ話すかなぐらいの関係、と言っても向こうから話しかけてくる関係でクラスでも可愛いと評判で人気のあった子だった
成山さん……だったかな、興味の無さが此処にも影響してくるとは……
まぁ、その成山さんからの手紙で
「栄司くんへ、今日の放課後に話したい事があるから図書室に来て下さい。成山より」
と言う内容だった。
コレを弘樹に言ったら一言「あ〜」で無視された記憶がある、僕は一人病室のベッドで苦笑した。
何も考えずに放課後に図書室へ向かい扉を開けると誰もいない図書室に成山さんだけが窓の外を見て立っていた。
「手紙見たけど、なに?」
ーービクッと少し驚いたように見えた
「……来てくれたんだ。あのね、えっと、」
「なんか委員会の用事?図書委員じゃないんだけど」
「え、あ、違うの!委員会…とかじゃなくてね、その……」
「……」
はぁなにが言いたいんだ。いつも一方的に話す成山さんが口ごもってる、そう思っていた
「栄司くんが……す、好きです。」
人ってこういう時に赤面するのか
「付き合う?」
「え、えぇ!!??」
僕は何も考えもしないで答えをOKと即答した。
家に帰り取り敢えず弘樹に付き合う事になったことを伝えると着信が来た。
「おまっ!まじか!?」
「こんな嘘言わないだろ」
「経緯を話せ経緯を、何でそうなったんだよ!」
あ、いまキーンってなったんだが、いつにも増してボリュームがデカい、興奮気味の弘樹に対し僕は冷静だった。
「今日の放課後図書室に呼ばれたって言っただろ」
「は?んなの聞いてねぇよ!俺知らねぇけど」
「何、あの“あ〜”てやっぱ流してた訳だ」
やっぱ聞いてなかったんだな、少し苛立ちを見せつつも仕方なく手紙の事から全ての経緯を話した。
「かっる!え、何お前って成山好きだった訳?それこそ初耳だわ」
「は?好き?じゃないけどノリで」
「かっる!ノリって何だよ」「お前だけずりぃぞ」と散々言われたな
だが成山さんとは一週間も続かなかった。
むしろ一週間近く続く事が凄い事だった、好きじゃないのに付き合うとこうなる、よく学べた。
振ったんじゃない振られたんだ。
付き合ってるのに付き合ってる感じがしないらしい、そらそうだ好きじゃないのに尽くす意味が思いつかない。
いま思うとこの時からもう人間として壊れていたんだと思う。
告られる回数が段々増えて来て告られればOKする好きでもないのに付き合ったりした。
童貞もこの中で捨てた、人肌が恋しかった、寂しさを埋める玩具にしていたんだと思う。
ーー最低だな
罪悪感が無かった訳じゃないけど止められなかった、付き合わなくてもそういう関係で良いと思ってた時もあったな。そんな時に紹介されれば良い印象なんてほど遠いいだろうな。