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幸せの裏に  作者: k.はる
一章  ―惨劇・斬撃―
7/10

一章一 ―安易な思考―





 八月七日、午後。

 (ざわ)めく車内に少し不快感を覚えながらも、僕は両眼を閉じてその声を聞いていた。今は海外研修から帰りのバスの中。海外研修なんて大層な名前がついているが、内容を言ってしまえば異文化交流と日本から生まれた多国籍企業への訪問である。現代グローバル社会に対し子供の頃からある程度知識をつけておくべきだという考えから、数年前に始まった我が校二年生の行事である。もともとあった修学旅行はこれと差し替わり、行事が増えたというわけではないのだが、これが初めての海外旅行という人も少なくない。そのため出発初日は緊張する人が多く、かえって羽目を外し過ぎで問題を起こす生徒がいない理由になっているのだろう。

「なあ、明日からどうするよ」

 最終日にもなれば興奮よりも疲れが勝ってくる。そして帰り道ともなれば気になるのが後日発表会。研修中に活動したグループで、企業や現地学校などで得た知識を発表するというもの。決して難しいというわけではないのだが、その発表会は一年生も参加する。部活等の都合上、後輩に良く思われたい人達にとっては、面倒に感じてもサボることができないものだった。それこそが教師たちの思惑なのかもしれないが。

「おーい、聞いてるのか?」

「ああ、ごめんごめん。ちょっと考え事してて」

「それで。リーダーさんよ、何か計画はあるのか?」

「別に特別目立つものつくる必要ないんだから、今まで通りでいいと思うよ」

 先程良く思われたい人達などと言ったが、そういう人達がどのような人間かというのは、まあ言わなくても伝わるだろう。自分にその気持ちが全くないとは言いきれないが、(はな)からサボろうというつもりもない。もちろん“サボる”と“手を抜く”は違うわけで、サボらないから全力で取り組むというわけでもないのだけれど。

「よくお前はそれができるよな。さすが天才!」

「成績は負けてたと思ったけど?」

「前に“大事なのは数字じゃない”って言ってたのは誰だったかな~?」

 他愛どころか愛想すらないこの会話の相手は幼馴染の英明(ひであき)である。両親ともに医療関係の仕事に務めているだけあり、その子供もそれなりの頭脳を持って生まれたようだ。最近勉強は生まれ持った才能ではなく努力の賜物(たまもの)であると考えているが、こいつに限っては才能としか思えない。見た感じへらへらしていてどうしようもなさそうなのに、一体どこで勉強しているのやら。

「ま、それは良いとして、結局どうするんだ?」

 言い返す言葉が見つからず口籠もっていると、彼が話題を変えてくれた。意地悪な気持ちが入った話し方だが、そこに本当の悪意はこもっていないという証であろう。

「発表時間は十分と長めに感じるかもしれないけど、今日までの二週間にあったことを細かく読み上げるだけで半分は超えると思うよ。向こうの学校で教わった作法や遊び方、企業に行って教えてもらったこと、そして僕達が思ったことを丁寧に話せば大体十分くらいなんじゃないかな」

「相変わらず、お前の脳内時間計算能力は凄いな」

「これくらい普通じゃない?」

「だから俺はお前を天才だっていうんだよ」

 自分が当たり前のように出来ることでも、出来ない人にとってそれは才能に感じる。それくらい分かっているけど、予定を組むときに必要になるこの技(?)は流石にできると思ったからこう言ったのだ。

「ねえねえ、これどう思う?」

 そんな下らない話をしている中、後ろから声がかかった。

「おう、何だ?」

「ひー君は呼んでないっ!」

「イテっ……。用がないならデコピンする必要もねえだろ!」

「私がひー君に用じゃないって分かっておきながら邪魔してくるからいけないの! ねえはやとはやと、これなんだけどさ?」

 痛いことをアピールするかのように両手で額を押さえ丸まる彼を放置して、僕は後ろから出てきた端末(スマホ)に目を向ける。

「きょうじんびょう?」

 それはとある雑誌の記事を写した写真であった。

「なんだ(ゆかり)、ついにオカルト趣味でも始めたのか?」

「人を簡単に呼び捨てにしないで! 私のことは縁様と呼びなさい!!」

 先程のが演技だと言うが如く、ケロッとした表情で再び出されたちょっかいに対し堂々と言い放った縁。彼女は英明ほどではないが幼馴染と言っても問題はないだろう。決して命令するような性格ではなく、これが冗談であることは皆分かり切っている。

「はいはい縁様、そんな大声あげるとゆめお嬢様がお目を覚まされてしまいますよ~」

「あ、ゆめちゃんごめんね。私がうるさくしちゃったから……」

「ゆめになにか?」

 僕らのグループメンバー最後の一人こそ、このほんわかしているゆめ。何時(いつ)でも何所(どこ)でもうとうとしていそうな雰囲気に対し、役目はこなすしっかり者だ。

「ううん、なんでもないよ」

 研修中はほか二クラスのグループと、計十二人で活動していたが、発表は同じクラスであるこの四人で行う。表面は様々だが、みんな根は真面目だから、ことがスムーズに片付く。それこそ自分みたいに、リーダー経験がなかった人でもその役割が務まってしまうほど。言葉ではよく聞くが、集団で重要なのはリーダーではなくそのフォロアー、サポーターであるということを、身をもって感じさせられた。

「それで、さっきの話は何だったんだ?」

 真面目なトーンで言う英明に対して、今度は縁の手が伸びる気配もない。

「本当かどうかわからないけど、狂人病って言う病気? が流行ってるんだって」

「人が突然狂いだす、ね……。狂犬病の人感染がたまたま続いただけじゃないのか?」

「ここは日本よ? それに、もし人間が狂犬病にかかっても誰彼構わず襲うようなことはないわ」

「それもそうだよな……。隼人(はやと)はどう思う?」

「病気かどうか、そもそも関連性があるかもわからないけど、亡くなった人がいるのは確かだよね」

「専門でもないのに、そう言う話で盛り上がるなってことか。それもそうだな」

 そう言う意味を込めたつもりはなかったのだが、ニュアンスの方向性として間違いではないからそのままにしておこう。それにしても、日本を離れている間にそんな事件が起こっていたなんて。アンテナは常に張ってないと情報を掴み損ねるものだな。

「そう言えばゆめのお姉さんって……」

「Zzz……」

「まったく、ゆめちゃんは相変わらずね」

「ほんとだな」

 場を和ます力が、ゆめにはあると思う。才能というよりかは生まれ持ったオーラと言うかなんと言うか。それを本人が感じているかは知らないが、僕としては彼女がそれを理解したうえで行動しているように感じ、こう微笑みながら見るのは恐れ多いと思ってしまう。

「うわぁ、ゆめちゃん。やっぱり可愛い……」

「ちょっと和穂(なほ)! 勝手に写真撮らないの!!」

「なあ隼人、今度ここ行ってみないか?」

 まあともかく、この空間に、狂人病なんて言うあるかもわからない物騒なものは必要ない。関係ない。近寄ってほしくない。こんな温かく、みんなが笑っていられるこの場所が好きだ。だから大丈夫。気持ちさえあればきっと。

「えぇ、いいじゃん。こんなに可愛いんだよ? もう宝物だよ~ ほら!」

「確かに可愛い……。って、そうじゃなくて!」

「お、ここもいいかもな。隼人はどっちがいいと思う?」

 和気藹々(わきあいあい)というには多少うるさいかもしれないけれど、ここが僕の居場所ですって胸を張れる。豊かで平和なこの場所に、不穏なものは隠れていない。

 そう、この場所には――――。





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