序章二 ― 悪夢の目撃者 ―
※グロ注意
『――――のため、夕方にかけて突然雨が降り出すこともあります。外出するときは傘を持っていきましょう』
昼下がりの交差点を背景に、天気予報が表示される。信号が変わると同時にまくが破られたかの如く人々が流れ出てくる。
「今日も人多いな」
「そうですね」
今は出番でないことを機に、話すキャスター。その目にはいつも通りの光景が映っていた。機械に動かされる黒い生き物が一斉に動き出す。それが人間だからいいが、虫などと考えればぞっとするだろう。
『続いて各地の天気です』
天気予報を表示していた地図が拡大された。
今日のこの地域の天気は曇りだが、突発的な豪雨の起こる可能性がとても高いというものだった。近年多発している異常気象。これも社会を変えてしまった原因の一つといえることだろう。
とはいえ、異常気象は僅かな異変でしかないことを、スタッフ全員知らなかった。
画面が移動していき、いよいよCM前の締めというときに、それは起こった。
「キャ――――――ッ」
耳鳴りがするほど甲高い悲鳴。驚愕と恐怖で高音となったその悲鳴がどこから聞こえるものか判らず、スタジオに困惑の空気が流れる。しかし、スタッフの一人があるものを見つけた瞬間、「CM入れて!」と切羽詰まった様子で言うので、何か緊急事態が起きたことは明らかだった。通称・お天気キャスターに何とか締めてもらい、一見何事もなかったように見せかけてCMに入る。
「おい、何かあっ――――!?」
番組ディレクターが、一人の怯えるカメラマンの指さす先を見て、息を飲んだ。
赤い。なぜか道路が赤くなっている。
そして避けるかのように、人々がその一帯を囲む形で空間をつくっていくのが見えた。円の中には、血を流し倒れている男の姿と、その横に立つ刃物を持った男の姿が見えた。
「カメラを回せ!」
「でも今は放送中では……」
「一台残せばいい。他は全てあれを撮れ!」
いきなりの、しかも生放送中であれども、報道魂がこの大事件を見逃すことは許せなかった。お金になるならないという話ではなく、このような事態に立ち会ったものとして。世に伝えなければいけないという使命感だった。
既に放送もほぼ終盤の時間。本来の予定から、CM後は一台しか使わないのだ。命令とあれば動きは速い。ケーブルに気を付けながらも多くのカメラが窓側やスタジオの外へ駆けていく。
そこから見えた光景は凄まじかった。
如何にも何か格闘技をしていそうな体格の男が、見た目からは想像できない素早さで動いていき、次から次へと刺していく。映画さながらの映像だが、映画では絶対に見ることのできないほど細かなところまでカメラに映されている。
こうもいい風に言っているが、実際のところスタジオに興奮しているものなどいない。出演者は既に位置についているから問題ないが、スタッフの中には今にも吐きそうな男性や恐怖で泣き崩れる女性。カメラには伝わらないが、手が震えているカメラマンやズームしても映した画面を見ていないカメラマンもいる。
「なんというか、すごいものを撮ってしまったな……」
そう言うのも無理はない。殺されたのが一人であれば新聞の一面を飾る程度だが、ここまで大きなものであると号外が出るほどの事だろう。今現場にライバルがどれほどいるか知らないが、自分たちが特等席で事件を見ていることは明らか。裏の仕事をしている人間が表に出ることになるだろう。
「本番入ります」
CMがもうすぐ終わるというところで声がかかった。体の震えや表情などは抑えられないが、そこはプロというだけあり、放送の邪魔にならないよう一切の音がなくなった。だがそれだけで静かになるのはおかしい。外からのざわめきがなくなっている。
出演者を見ていたスタッフが外に目を戻すと、事件に展開があったようだ。
殺人犯である男のまわりは赤く染まっており、そこに六人の男女が倒れていた。そして男の向く先に複数の青い人間、警察がいた。
スタジオにも道路にも緊張が走る。
警察が男に向かって近づいていく中、放送は終わった。すると直ぐに出演者が窓に吸い寄せられていく。それまで事件を見ていなかった彼らはその瞬間、激しい恐怖と生理的嫌悪で体調を壊した。その目の先で、遂に男が動き出した。
警察に向かって真っすぐ駆けていく。映画『十戒』の如く、男の前の人波が分かれ、道ができる。それを止めようとしたのか、横から飛び出てきた若者に男は容赦なく斬りつけ、そのまま地に伏せた。それを見た人波はもっと距離を取ろうとし、道幅は広くなる。
刃物を握る腕は体の前に構えられ、まっすぐ警察のいる方に向かっている。
「止まれ!」
そう言っているのが見てとれた。警告の為にか、一人が拳銃を取り出し地面に向けて発砲した。自己防衛の為なら犯人に銃口を向けることも許されている警察。それが大量殺人犯であり、放置しておけば死者が増えるだろうという状態であれば、躊躇う気持ちすら窺えなかった。
一瞬速度を緩めた男だが、再び刃物を構え速度を速めた。
警察の後ろには、通報してきた女子大生がいる。この子だけは何としても守らなければいけないという使命感が警察を動かした。辿り着くまで残り数秒。もう考えている余裕はない。
警察一人が銃口を男に向ける。そして――――。
「ンガッ――――――」
一発で頭に吸い込まれた弾丸は、化け物の命を消し去る。
しかし事はそれで終わらなかった。化け物が振りかぶっていた刃物が手から離れ、刃先を前に飛んでいく。化け物の意思でも残っているかのように、狂いなく進んでいき――――。
女子大生の顔面に突き刺さった。鼻の付け根と目の間というやわらかいところに刺さったそれは深々と入り、直接脳を破壊。即死だった。
上から見ていたスタッフはこの様子を確認できなかったが、一瞬のうちに二人が倒れ死んだことは確かめずとも判り得られた。あまりに残酷な死に様に、ズームで撮っていたカメラマンが気絶したのがその証拠であろう。
「これは、明日の放送、丸々変更するべきかもな……」
その呟きは、小さかれどスタジオに響き渡った。