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破壊の王  作者: けせらせら
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破壊の王 2.5

 木村隆作はその滑らかで微妙な美しさを持つ作品とはまったくアンマッチに感じるほど豪快な男だった。

「へぇ、朝宮先生の息子さんかぁ!」

 大柄な身体を少し曲げるようにして、木村は亮平の顔を覗き込んだ。「確かに先生の面影あるかもしれんなぁ」

「そ、そうですか」

 その威圧感に声が裏返りそうになる。

「今夜は当然一緒にメシ食っていくんだろ?」

「お邪魔でなければ」

「お邪魔ぁ? お邪魔なんてはずないじゃないか。先生のこともいろいろ話したいしなあ」

「木村さんは父のことをよく知ってるんですか?」

「知ってるなんてもんじゃないよ。俺たちは先生の手で育てられたようなもんだからな」

「育てられた?」

 その表情を伺う。

「なんだよ、成川から訊いてないのか? 俺たちはみんな孤児院で育ったんだ。今はもうなくなったそうだが、町のはずれに『白樺園』っていうのがあってね。俺たちはみんなそこの出身だよ」

「威張って話すようなことじゃないものね」

 里瑠子が相変わらずうっすらと笑みを浮かべながら言った。木村は急に真剣な表情に変わり、里瑠子に顔を向けた。

「そうか? 俺はあのホームで育ったことは一つの自慢だと思うぞ。少なくとも俺はあのホームでの生活があったからこそ、今の俺があるんだと思ってる。おまえはそう思わないのか?」

「それは私の認めるわよ。でも、わざわざそのことを話したいと思うほど楽しい毎日だったわけでもないわ」

「過去は全て良い思い出だよ」

「木村君らしいわね」

「あの――」

 亮平は二人の間に割って入った。「それって……成川さんもですか?」

「そうだよ。あいつ、今でこそもともと良い家の坊ちゃんのように振舞っちゃいるが、もともとは俺たちと同じように捨て子だったんだよ。確か矢代ってのがあいつの本名だったな。それを朝宮先生が成川の家と話をつけて、兄弟揃って養子に迎え入れてもらったんだ。成川家っていえば町一番の金持ちで、あいつがそんなとこに養子にはいるって聞いた時は驚いたよ」

「そうだったんですか」

「なんだ、本当に何も知らないんだな。それだけじゃないぞ。先生はホームに多額の寄付をしてくれてたんだ。普通なら中学までしか行けなかった俺たちを高校まで行かせてくれたのもあの人だ。時には、忙しいなかホームにやってきては、俺たちに勉強を教えてくれた。俺たちがこうして成功することが出来たのは、みんな先生のおかげだよ」

 それはまったく自分の知らない父の姿だった。だが、それを素直に父の優しさと考えることは出来ない。

――君の父上は、全ての人間を自分の研究材料として扱っていた。

 もし、朝宮の言っていたことが事実ならば、父が孤児たちの面倒を見ていたのも全て、自分の研究のためと考えることが出来るかもしれない。――となると、今、目の前にいる木村や里瑠子も『破壊の王』である可能性がある。

「木村君も大人になったわね」

 テーブルに頬杖をつきながら、里瑠子が笑った。「昔はイタズラばっかりして、園長先生に叱られてたじゃないの」

「そんなこともあったなぁ。今となっては良い思い出さ」

 そう言って木村は大らかに笑い声をあげた。

「思い出かぁ。もう遥か遠い昔よね。園長先生だって亡くなったし、『白樺園』も10年も前に取り壊されてしまったわ」

「まったくだ。なんか長い道のりだったような気もするな。こんな日がやってくるなんてあの頃は思いもしなかった」

「そうね。あなたみたいな無骨な人がデザイナーですもんね」

「それは里瑠子だって同じじゃないか。子供の頃はあんなに人前に出るのを嫌がっていたのに、今じゃ女性経営者としてマスコミに引っ張りだこだ」

「私は何もメディアに注目されたいわけじゃないわ」

「みんな変わったってことだよな。ああ、そうだ。俺、今でも昔ここで撮った写真持ってるんだ」

 木村はポケットから革の財布を取り出すと、なかからヨレヨレになった写真を一枚取り出してテーブルの上に置いた。

「やだ、そんなのまだ持ってたの?」

 里瑠子が覗き込んで笑う。亮平も一緒になったその写真に視線を向けた。古い屋敷の前に中学生くらいの子供たちが並んでいる。

「これって中学校を卒業する時よね」

 懐かしげに里瑠子が言った。

「ああ。この写真を撮った後で成川はこの家に養子に入ったんだよな」

「どれが成川さんですか?」

 亮平が訊くと、木村は左端に映った眼鏡をかけた子供を指差した。

「これだよ。で、隣にいるのが清隆だ」

「じゃ、その隣の女の子が里瑠子さん?」

 髪の長い白いブラウスを着た女の子を見る。野球帽を深くかぶった清隆と手をつなぎあっている。

「違うわ。私はこっちよ」

 里瑠子はすぐに否定すると、反対側にしゃがんでいるショートカットの子供を指差した。

「それじゃこれは?」

「それは君江ちゃんだよ。成川さんの娘さん」

 木村が答える。

「そういえば妹さんがいるって成川さんが言ってました。この屋敷はそのために買ったそうですね。妹さんは今どこに?」

 亮平の問いかけに木村は表情を暗くした。

「死んだんだ」

 さっきまでの快活な声とはうって変わり、重く暗い声で木村が言った。

「死んだ? 病気か何かですか?」

「いや、事故だよ。高校の時、教室の窓から誤って落ちたんだ。下はコンクリートで固められていてね。頭から落ちて即死だった」

「どうしてそんなことに?」

「もうやめましょう」

 里瑠子が声をかけた。

「ああ……そうだな。さすがにあのことだけは俺にとっては良い思い出とはいえない」

 木村はそう言うと写真を再びポケットに仕舞い込んだ。

「それじゃその人が死んだことで成川さんはこの屋敷を継いだということですか?」

「まあ、そうだな……君江ちゃんが生きていれば、きっと清隆君と結婚したろうしな」

「清隆さん?」

「二人は付き合ってたんだ。清隆君がアメリカから帰ってきたら結婚する約束をしていたらしいよ」

「婚約してたんですか?」

「子供の約束だわ」

 里瑠子が答える。「本当にそうなったかどうかはわからなかったじゃないの。君江ちゃんのお父さんだって許したかどうかはわからないわ」

「ま、確かにそうだな」

 木村はそう言うと立ち上がった。「何かちょっと眠くなってきたな。さすがに長距離を運転してくると疲れる。少し部屋で寝てくるかな」

 木村は両手を高く突き上げるようにして欠伸をしながらリビングを出て行った。

 里瑠子はちらりと腕時計に視線を走らせ、

「私もパーティーが始まるまで部屋で休んでくるわ」

 里瑠子もそう言って立ち上がって窓のほうを見る。「あら、雨が降ってきたわね」


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