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破壊の王  作者: けせらせら
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破壊の王 2.3

 荷物を置くとすぐに亮平は部屋を出て、リビングへと降りていった。

 遊んでいる暇は無い。たった一晩で朝宮の言っていた『破壊の王』を見つけ出さなければならない。とはいえ、何かうまい手があるわけでもない。

(どうすりゃいいんだ)

 思案しながらリビングに入っていくと、成川が一人で窓際に立っているのが目に入った。

「成川さん――」

 声をかけながら近寄っていく。その声に成川が振り返った。

「部屋はいかがでした? 気に入ってもらえましたか?」

「ちょっとしたヨーロッパ旅行にでも来た気分です。ちょっと埃っぽいですが」

 と冗談のつもりで笑ってみせる。

「この屋敷はいたずらに部屋数が多すぎます。別荘というよりもペンションに近いかもしれません。来客が多い時には便利ですが、なかなか掃除も行き届きません」

「いえ、それでも東京のアパートよりはよほど綺麗ですよ。それにしてもこれほど町から離れているとなかなか大変なことも多いんじゃありませんか?」

「正直、その通りです。良いと感じるのは夏場だけ。冬は酷いもんですよ。ちょっとでも雪が降ると町に出ることすら出来なくなります。まあ、水と食料さえ確保してさえおけば、一冬越すことも出来ますがね。俗世間から離れたい時には良いかもしれません」

「私にはとても真似出来ないですね」

「朝比奈さんは今、どんなお仕事をされているのですか?」

 どう答えればいいだろう、と一瞬迷う。まさか正直にリストラに遭って、失業中の身だとはとても言えない。

「出版社で編集の仕事をしています」

 少しくらい嘘をついたところで、まさか調べるようなことはないだろう。

「出版社ですか。それでは朝宮先生の研究は引き継がなかったのですか?」

「父の研究のことはよく知りません。成川さんは父と親しかったのでしょうから、その辺も詳しいのでしょうね?」

「いえ、親しかったという表現は当てはまりませんよ。朝宮先生は私たちが子供の頃に御世話になった方です。とても研究の内容のことまでは知りません。何か密かに大きな研究に取り組んでいらっしゃるということは子供の頃、話してもらったこともありましたけどね。朝宮先生の研究はどうなったのでしょうねえ」

「さあ……」

 と、亮平もとぼけてみせる。成川は本当に父の研究内容を知らないのだろうか。それとも惚けているだけなのだろうか。

 成川はポケットからカルバンのシガレットケースを取り出すと、一本を口に咥え、そしてシガレットケースを亮平に向けた。

「お吸いになりますか?」

「いえ、禁煙していますから」

 そっと手を振って断る。

「それは失礼しました」

 正文はすぐにポケットにタバコを納め、金色のライターで火を点ける。美味そうに紫煙を吐き出す姿を見ていると、禁煙の意志がぐらついてくる。

 紫煙からわずかに顔を背けながら亮平は口を開いた。

「あの……ところで、成川さんは確か弟さんとご一緒に住んでいられると聞きましたが……」

 その言葉に正文がとたんに眉間に皺をよせた。やはり何か言いたくない事情でもあるのだろうか。

「え、ええ……」

「どうかしましたか? ご一緒ではないんですか?」

「……一緒に住んでいるのは確かです……」

 成川は言いづらそうに答えた。

「聞いてはいけなかったですか?」

「いえ……そうですね。あなたにも聞いておいていただいたほうがいいでしょう。実は弟は地下のある部屋で暮らしています」

「地下?」

「一度、遭っていただきましょう。説明するよりもそのほうが早い」

 そう言うと成川はテーブルの上の灰皿にまだ長いタバコをもみ消した。

 二人はリビングを出ると、北方向に向かう通路を真っ直ぐに進んでいった。そして、その突き当たりにある小さな木張りのドアを開いた。暗い闇がそこに広がっている。

 成川が壁に手をはわせ、パチリとスイッチをいれると暗い蛍光灯の光が目の前の階段を照らし出した。

「弟は変わった男でしてね」

 と、成川がポツリと喋りながら階段を降り始める。「昔から時々突拍子もないことをやりだすことがありました」

 薄暗い階段を慣れた様子で降りていく。亮平は足元に注意しながらその後に続いた。

 階段の傾斜は大きく、一つ足を踏み外せばまっさかさまに落ちていくような錯覚を覚える。

「弟は一言で言ってしまえば病気なのです」

「病気?」

「我々、一般の人間には理解の出来ない病気です。子供の頃はまだ良かった。けど、2年前にアメリカから帰ってきた時、弟の病状は酷くなっていました。だからこそ、私は弟を連れ、この屋敷に引っ越してきたのです」

 やっと薄暗い階段を降りると、そこにはもう一枚のドアが閉じられていた。

「弟さんはここに?」

「はい」

 そう答えてドアを開ける。小さくキィーっと軋む音が聞こえた。

 地下のせいだろう。空気がひんやりと冷たい。

 光はなく、まるで中の様子を見ることが出来ない。成川はまた壁に手を這わせた。パチリとスイッチの入る音が聞こえ、ぼんやりとした光が闇を取り払う。

 目の前に広がる状況に亮平は息を飲んだ。

(なんだ……ここは)

 そこには鉄格子がはられ、まるで留置所のように作られている。ザラついたコンクリートの床が一面に広がっているが、鉄格子の向こう側には小さなテーブル、箪笥などが見え、広さは8畳程度だろうか。立派な一つの部屋として成り立っている。

「気をつけてください。このドアは内側からは開かないように設計されています」

 成川は左手で開けたドアを抑えながら言った。見ると確かに外側にしかドアノブがつけられていない。

「それじゃ間違って閉めたら……」

「決して外に出ることは出来ません。部屋の端にある非常ボタンを押せば屋敷のなかの非常ベルが鳴る仕組みになっているので、屋敷内に誰かがいる場合には大丈夫ですけどね」

「どうしてそんなことを?」

「用心ですよ。弟は今、ここで生活しているのです」

 成川はその部屋の奥に見えるベッドをステッキで指し示した。毛布に包まっているためわかりにくいが、確かにそこには一人の男が眠っているのがわかる。

「あれが――」

「弟です。今は薬で眠らせてあります」

「どうして?」

「言ったでしょう。弟は病気なのです。とてもここから出すことは出来ません」

「だからってこんなこと……」

「酷いとお思いでしょうね。けど、これしか方法がなかったのです」

 成川はじっとベッドのなかの弟に視線を向けながら言った。

「病気って……酷いんですか?」

「大人しいものですよ。眠っている間はですけどね。ですが、目が覚めたらとても手がつけられません。そのためいつも薬を与えつづけています」

「薬とは?」

「特別なものではありません。市販の睡眠薬ですよ」

「医者には見せたんですか?」

 成川は首を振った。

「いえ、医者には見せるつもりはありません。見せても意味がありませんからね」

「どうして? 病気なんでしょう?」

「医者に見せたところで治せませんよ」

 きっぱりと成川は言い切った。

「治せない? なぜそんなことが言えるんですか?」

「心の病気というのはそういうものです。どうせ治らないのです。犯罪を犯し、精神病と判断された患者が、適当な判断のもとで退院をし、そして罪を重ねる。あなただってそのくらいご存知でしょう。それなら医者の玩具にされるよりは私のもとにいたほうがずっと良いはずです」

「そんな――」

「弟を自由にさせることは出来ないのです。もし、そんなことをすれば、誰か傷つく人間が出るだけですから」

「傷つく? 何かあったんですか?」

 すると成川は大きく肩でため息をついた。

「いろいろとね。きっと私の気持ちはあなたにはわからんでしょう」

 そう言って寂しげに牢の鉄格子のなかにいる弟に視線を向けた。


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