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破壊の王  作者: けせらせら
40/41

破壊の王 10.1

   10


 頭痛がしていた。

 昨夜のことを報告するため、亮平は朝早くから朝宮を訪れていた。

「ずいぶん今朝は早いじゃないか」

 朝宮はそう言ってリビングのソファに座った。

「すいません」

「疲れたような顔をしているね」

「いえ……」

 昨夜はほとんど眠れなかった。

 成川清隆とのやりとりのせいかもしれない。だが、何よりも道場里瑠子の死というものがあまりにショックだった。

「それじゃ聞かせてもらおうか」

 朝宮に促されるままに亮平は昨夜のことを話した。朝宮は表情を変えることもなく黙って亮平の話に耳を傾けた。もともと朝宮には清隆が犯人であることがわかっていたのかもしれない。2枚のカードを使うマジックを見せたのもそのせいだろう。

 全てを話し終わると、朝宮はじっと亮平の顔を見つめながら口を開いた。

「良かったじゃないか。事件も全てはっきりしたわけだ。君も満足しただろう」

「……」

 その問いかけに亮平は答えることが出来なかった。確かに事件は終わった。だが、このやるせない思いは何だろう。

「違うのかね」

「……いや……」

 亮平は視線を落としたまま小さく首を振った。

「ひょっとしてあの女のことを気にかけているのかね?」

「女って……」

「道場瑠璃子。違うのかね?」

「なぜ……」

 亮平は顔をあげて朝宮の顔を見た。なぜ、朝宮がその名前を口にするのか、その意味がわからなかった。

「『毒蟲』なら私のほうで始末をした」

 そう言って朝宮は紅茶に口をつけた。

「『毒蟲』? なんですかそれは? それに始末って……」

「君、本当に気づいてなかったんだね。道場里瑠子だよ。彼女こそが君の父上に育てられたモルモットの一人、『毒蟲』だ」

 頭のなかが真っ白になる。

(何を言ってるんだ? 毒蟲? 始末?)

 亮平は必死にその言葉の意味を理解しようとした。だが、理解しようとすればするほど頭のなかが混乱してくる。

「そんな……」

「驚いているようだね。まさか君もすでにあの女の毒気に当てられたわけじゃああるまいね」

「……それじゃまさか昨夜のあの事件はあなたが?」

「そうだ」

 平然な顔をして朝宮が答える。「佐伯という男を見つけ出し、彼女を殺すように暗示をかけた。それほど難しいものじゃあなかった」

「あなたは自分が何をしたのかわかっているんですか?」

「わかっているよ。父の研究を一つ消し去っただけだ」

 その声にも表情にも殺人を犯したという自責の念などまったく感じられない。

「なんてことを……」

「君は成川清隆が独断でこの事件を起こしたと思っているのかね?」

「違うと言うんですか?」

「なら訊くが、成川清隆はなぜ、兄の正文と木村洋平が成川君江を殺したことを知っていたのだね?」

 ハッとした。

 そうだ。成川君江が殺された時、成川清隆は日本にはいなかったはずだ。

「それじゃ――」

「警察の調査でも成川君江の死は事故として処理された。それにもし彼がそれが何者かによる殺人事件だと感じ取ったとしても、それを28年も過ぎた今ごろになって復讐に走るのはおかしい。つまり、28年が過ぎた今になって、彼に事件のことを教えた人間がいるということだ。それが道場里瑠子だ」

「彼女は何のためにそんなことを?」

「彼女の口座を調べてみた。彼女の口座には毎月のようにここ20年もの間、毎月100万近い金額が入金されていた。ところがそれが2年半前にピタリと止まった」

「それじゃ……彼女も成川正文を?」

「当然のように彼女は成川たちに新たに金を要求したに違いない。だが、それでも成川はそれを拒んだ」

「なぜそんなことが言えるんです?」

「成川正文が奥さんと離婚したのは、弟の清隆が帰国する半年も前のことだ。なぜだと思う? おそらく成川正文は娘が大学を卒業したことを機に、自分の身辺を整理し、清隆に詫びる決心をしたのだろう。だが、それは道場里瑠子にとってみれば決して望ましいことではなかった。そこで彼女は成川清隆に目をつけた。もし、君江が死ななければ、きっと清隆は君江と結婚し、成川家の財産全てを譲り受けていたに違いない。里瑠子の狙いは成川家からこれまで通り金を脅し取ることだ。清隆が新たに事件を起こせばそれをネタに再び強請ることが出来るからね。彼女は正文が弟に全てを話すよりも先に清隆に事件の全てを伝えた。その結果、彼女の狙い通り、清隆は兄の正文と花柳殺しを計画し、実行に移した」

「彼女がそんなことを……」

「あの女のことを君の父上は『毒蟲』と呼んでいた。その口から吐く言葉が『毒』そのものだからだ。自らの身体や言葉を武器に周りの人間を自分の思い通りに動かす。ひょっとしたら君も動かされそうになった口かな?」

 ニヤリと笑いながら朝宮は亮平を見た。

――私のこと守ってくれる?

 真っ赤な唇が脳裏に蘇る。

「……嘘だ」

「嘘?」

「彼女は俺に協力してくれました。彼女が事件を計画したのだとしたら、なぜ俺に協力などしたんですか?」

「協力だと? 彼女が君に何をしてくれた?」

「成川正文の知り合いや木村隆作との連絡を取ってくれました」

 亮平の言葉に朝宮がフフンと鼻で笑う。

「そんなことは彼女がいなくても出来たことだ。彼女は君が事件に疑問を持っていることを知り、君の行動を監視しようとしただけだ」

「しかし――」

「そもそも君は彼女から殺されかけたことに気づいていないようだね」

「どういうことですか?」

「佐伯幸一は事件と何の関係もない。以前、道場里瑠子が精神科医として面倒を見ていた患者の一人だ」

 頭のなかにあの深夜の出来事がフラッシュバックされる。

「それじゃ……」

「あれはあの女の仕業だ。おそらくあの女は佐伯幸一に君のことを教え、君が佐伯にとって危険な存在であると印象付けるようなことを暗示させたのだろう。彼女にとって君を殺す道具として使うことなど容易いことだ」

「ふざけるな!」

「そうムキにならなくてもいい」

 まるで全てを知っているかのように小さく笑う。

「それじゃ、あなたは初めから彼女が父の研究材料であることを知っていたんですか? なら……何のために俺を……」

 朝宮はサングラスを外し、冷静な眼差しで亮平を見つめた。

「君を試した」

「試す?」

「君はまだ気づかないのかね?」

 冷たい口調。冷めた眼差し。どこだったろう。遠い昔、同じような冷たい視線を感じた記憶がある。

「何のことですか?」

「『破壊の王』さ。あれは誰のことでもない君自身につけられた二つ名じゃないか。いや、正確には君のなかにいるもう一人の存在といったほうがいいかな」

「何だって?」

「言っただろう。私も君も父上にとっては研究材料でしかなかったのだと」

「そんな……そんなバカな」

「私はこの屋敷で、そして、君は母上のもとで研究は続けられたのだ」

「ま、待て。母さんのもとで? それはどういうことだ?」

「君はなぜ君の母上が離婚したと思っているのだ? どうせ、二人の間が不仲になって離婚したとでも教えられたのだろうね」

「違うんですか?」

「君の母上は、最後まで君の父上のことを愛していた。彼女は君の父上に出会ってから死ぬまでの間、ずっと君の父上に忠実だったのだ」

「だったらなぜ別れたんですか?」

「研究のために必要だったからだ。『破壊の王』である君を育てるために、そういう環境を君の父上は用意したんだ」

「バカな!」

 思わず亮平は叫んだ。「そんなことがあるはずがない!」

「なぜそんなことが言える? 君は現実から目を背けようとしているのだよ。君だって本当は記憶しているはずだ。君の父上がどんな人だったか、母上がどのように君に接していたかを。君は自分自身を世間並みの平凡な人間だと思っているようだが、君は断じて『普通の人間』などではない!」

 畳み掛けるように朝宮が言った。その言葉が心に深く突き刺さってくる。確かに母が父の悪口を言っているのを聞いたことがない。

「違う……」

「違う? なぜ? 君は母上の愛情を受けて育ったと? 他の人と何も変わらぬ青春時代を過ごしたと? それこそ違っている。君は忘れている。いや、無意識のうちに忘れようとしているのだよ」

「適当ことを……いったい俺の何を知っているっていうんですか!」

「知らないのは君だ。以前、君は将来のことを考えるのが不安だと言ったね。その理由を教えてあげよう。君は自分自身のなかに潜むものに無意識のうちに気づいているのだ。気づいているくせにそれから目を背けようとしている。自分の存在を理解していないからこそ、未来に不安を感じるのだ」

「あなたに何がわかるって言うんだ!」

「私は幼い頃、君と会っている」

 声を荒げる亮平に対し、朝宮は冷静に言った。

「会ってる? いつ……?」

「君は知らないだろう。あの夜、君はぐっすりと部屋で眠っていた。私は君の父上に連れられ、君を見せられた」

「そんな……」

「私は君の記録を全て読ませてもらった。半分は君の父上が書いたもの。そして、もう半分は君の母上が書いて、父上に送ったものだ」

「やめろ!」

 たまらずに亮平は怒鳴った。

 父だけならいざ知らず、母もまた自分を研究材料として見ていたなどということはとても耐えられるものではなかった。

「聞きなさい」

 朝宮の言葉に耳を塞ぎ、全てを断ち切るかのように亮平は叫んだ。

「やめろ! やめろ! やめろ!」

 思わず立ち上がり朝宮の胸倉を掴む。だが、朝宮はすかさず亮平の腕を掴むと、ぐいと捻り上げた。あっという間に亮平の身体は宙に舞い、床に投げ出された。

 次の瞬間、起き上がろうとする亮平の前に朝宮が立って見下ろしている。

「『破壊の王』、君の父上がどのような意図で君を育てたのか、それは私にもわからない。だが、君が彼の実験材料であることに変わりはない。君は普通の存在ではないのだ!」

 ならば――

(ならばおまえは何なのだ?)

 心のなかで朝宮に言い返す。

 一切、世間との交わりを許されず、生きた亡霊としてこの屋敷のなかで生きてきた、自分の存在こそが何よりも異質な存在ではないか。

 その言葉を亮平はぐっと飲み込んだ。その瞬間、ある一つの考えが頭のなかを過ぎった。

「まさか……あんたは……知っていたのか?」

「何のことだね?」

「成川清隆が正文と入れ替わろうとしていたことを。それを観察するために俺を行かせた。だからこそ、あなたは清隆が犯人であることにいち早く気づいて、俺にヒントを与えたんだ」

「ほお、なかなか頭が働くようになったじゃないか」

「あなたは何を考えているんだ?」

「前にも言ったはずだ。君の父上の研究を終わらせたい」

 朝宮は亮平を見下ろししながら言った。冷たい視線。朝宮の意志がヒシヒシと伝わってくる。

 怒り、悲しみ、憎しみ、そして……殺意。

(こいつは俺を殺すつもりか……)

 それは十分に考えられる。

 自分と朝宮との関係を知る人間はほとんどいない。今ここで殺されたとしても、生きた亡霊である朝宮が容疑者としてあがることはないだろう。

「なら……俺も?」

「そのつもりだった」

 ふっと朝宮の声が柔らかくなった。

「――だった?」

「君が、君の父上の期待通りに『破壊の王』として覚醒するのなら、私は君を危険な存在として認め、君を抹殺するもりでいた。だが、幸か不幸か君は『破壊の王』として覚醒しなかった。父上の君に対する研究は失敗したのだ。研究が失敗したのならば、私が君を消し去る理由もない」

「本当……に?」

「信じられないかね?」

「いや……」

 朝宮が嘘をついていないことは感じられる。何よりもついさっきまで身体中で感じられていた朝宮の殺気が今は完全に消え去っている。

「さあ、立ちなさい」

 朝宮はそう言って再びソファに腰を降ろした。

「あなたは俺をどうするつもりなんですか?」

 跪いたままで亮平は訊いた。

「悪いようにはしない。君は私にとって唯一の家族だからね。ただ、父の研究は終わらせなければならない。君以外にも世の中には父の研究はまだまだ残っている。君には私の手助けをしてもらう」

「断れば……?」

「君は断らないさ。君は自分が何をすべきかちゃんとわかっている。そうだろ?」

 朝宮はそう言ってニヤリと笑ってみせた。


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