破壊の王 9.1
9
部屋の前に立ってから一度腕時計に視線を向ける。
午後11時になろうとしている。
もう寝ているかもしれないと思いながらも、チャイムを押してじっと待つ。明日でも良いのだろうが、一刻も早く全てにケリをつけたかった。
やがて小さくドアが開き、成川清隆が顔を出した。
「どうしたんです? こんな時間に」
亮平の顔を見て清隆は不機嫌そうに眉をひそめた。すでに寝ていてもおかしくない時間だ。当然の反応だろう。
「急いでお話したいことがあったもので」
「話? 何ですか? もう寝るところだったんですがね。明日にしてもらえませんか?」
清隆の言葉を無視して、亮平はさらに続けた。
「実は今日、もう一度、大里町の屋敷に行って来ました」
「どうして?」
「ちょっと捜し物をしてきました」
「捜し物?」
わずかに清隆の表情が変わった。「お話を聞かせてもらいましょう。どうぞ」
清隆はドアを大きく開き、亮平を部屋に招き入れた。テーブルの上にはビール瓶と飲みかけのコップが置かれている。
「ホテル暮らしには慣れましたか?」
ソファに座りながら亮平が訊く。
「ええ。もともと小さな部屋で暮らすことに慣れていますから。朝比奈さんも飲みますか?」
「いえ、今日はやめておきましょう。酔っ払って何をしにきたのかわからなくなったら困りますからね」
亮平が笑って答えた。
「そんなに弱くはないでしょう」
「おや? まるで以前一緒に飲んだことがあるような言い方ですね」
亮平の言葉に清隆の頬がピクリと動く。だが、すぐに清隆は笑顔で答えた。
「ビール一杯くらいで酔っ払うようには見えないってことですよ。それとも朝比奈さん、お酒はまったくだめなんですか?」
「いいえ、人並みには飲めますよ」
「それより何をしに屋敷に行ったんですか? 捜し物って?」
清隆は急かすように言った。
「何、たいしたことじゃありませんよ」
「たいしたことじゃないって……そのためにわざわざこんな時間におしかけてきたんでしょう?」
「まあね」
亮平はジャケットのポケットを探ってから声をかけた。「その前にタバコいただけますか? どうも落ち着かなくて」
「タバコ? 禁煙はやめたんですか?」
清隆はしょうがないというように苦笑しながらポケットからシガレットケースを取り出すとテーブルの上に置いた。
「やはり慣れないことはやるもんじゃありませんね」
シガレットケースから一本取り出しながら口に咥える。
「タバコは法律で認められた唯一の麻薬です。そう簡単にやめられるもんじゃない。私の場合、やめようと思うことがありませんけどね」
「お兄さんはどうだったんでしょう?」
訊きながらタバコに火をつける。
「兄ですか? 兄も同じでしょう。兄も愛煙家でしたからね」
「確かにそんな雰囲気でしたね」
ふっと紫煙を吐き出す。「これ、どこの煙草ですか?」
「ソブラニー・ブラック・ルシアン。イギリス物ですよ。気に入りましたか?」
「確かお兄さんも同じタバコを吸われてましたね」
「……そうでしたか?」
清隆はちらりと指の間に挟まったタバコをちらりと見た。
「やはり兄弟だと好みも似るんでしょうか。そういえばよく見てみると顔立ちも似ているような気がしますね」
「そうでしょうか」
清隆は顔を背けるようにして言った。「一応、兄弟ですからね。似ていて当然でしょう」
「今思うと、正文さんは髭をのばしていたし、色のはいった眼鏡をかけていて目元があまりはっきり見えなかった」
「どうしたんです急に? そんなことを言いに今日はいらしたんですか? そろそろ本題に入っていただけませんか?」
「そうですね。私もこういう話は苦手なので単刀直入にお訊きしたいことがあります」
「どうぞ」
「成川正文さんを殺したのはあなたではありませんか?」
亮平はそう言って清隆の目をじっと見つめた。成川清隆は一瞬驚いたように目を丸くしたが、やがて――
「何を言い出すかと思えば」
ため息をつくようにして清隆は言った。「そんなことを言いにきたんですか?」
「そうです」
「マジメに訊いているんですか?」
小さく笑いながら清隆は言った。
「もちろんです。成川正文さん、そして、花柳真一さんを殺したのはあなたです」
「では私もマジメに答えましょう」
真剣な顔つきに変わり、真っ直ぐに亮平を見る。「私は兄を殺してなどいません。そもそも私に殺せるはずがないじゃありませんか。あなただってわかっているでしょう」
「そうでしょうか」
「私は兄によって2年もの間、地下牢に閉じ込められていたんですよ。警察が私を助けだしてくれるまで、ずっとあの牢の鍵が開いたことはないんです。それでどうやってあの夜、地下牢から出て兄を殺すことが出来るっていうんですか」
「確かに鍵は見つかっていません。2年前に成川正文さんが無くしたと言っていたと業者の人が証言しています」
「だったら――」
「――だとしても鍵がどこにあるかわからない限り、あの牢が2年間、1度も開いていないという証拠にはならないのです。普段はともかく、あの夜だけは鍵が開いたのかもしれない。そもそもあなたが助け出された時に地下牢にいたからといって、あなたがずっとそこに閉じ込められていたということにもなりません。私たちは『牢』と聞けば、外部からその中に閉じ込められているものと想像してしまう。だが、そうでない場合だってあるんです。つまりあの夜、あなたは自分の意志であの牢のなかに入っていた。あなたこそが鍵を所有していたんです」
清隆の目つきが鋭く変わった。
「空想で物をいうのは止めたほうがいい。もし、万が一鍵が開くことがあったとしても、あの地下室は内側から開くことは出来ないのですよ」
「そう。内側から開くことは不可能です。ただし外側からなら自由に開けることが可能です」
「外側から? あなたは何が言いたいんです?」
「あなたは成川正文さん、花柳真一さんの二人を殺した。その後、皆を3階の成川さんのところへ集め、その隙に地下室へ向かい自ら牢へ入ったんです。もともとあなたは地下室の牢になど入れられてなどいなかった」
「確か……兄からの電話を受けてバイトの子はすぐに3階に向かったんじゃなかったですか? あなたたちは2階から、バイトの子が1階から。それなら私はどうやってあなたたちの目を逃れて地下室へ行ったというんですか?」
「いつもならば階段を照らしていたシャンデリアが、あの夜には取り外されて非常に階段は暗くなっていました」
「だからってすれ違う人の姿くらいは十分に見えるでしょう」
「すれ違っていればね。しかし、あなたはそうはしなかった。部屋を出るとあなたは取り外されたシャンデリアの替わりに天井に張り付いていたんです。そして、私たちが部屋に入るのを確認してからそこから降りて地下室へと向った。あなたは以前、フリークライミングをされていたんですよね。それならそのくらいの芸当は出来るでしょう」
「無茶苦茶だ」
そう言いながらも、清隆の目は緊張していた。
「そうでしょうか。ずっと気になっていたんです。私があの日、お会いして話をしたのは本当に成川正文さんだったんでしょうか?」
その亮平の言葉に清隆は眉をひそめた。
「別人だったとでも?」
「そうです。何者かが口ひげをつけ、眼鏡をかけ、成川正文さんの名前を名乗っていたんじゃないでしょうか。私は成川正文さんと会ったのがあの日が初めてでしたからね。もし別人だとしても気づくことは出来ません。他の人にしても似たようなものです。皆、26年ぶりの再会ですからね。眼鏡と髭で特徴を隠してしまえば、気づかれることもない」
「バカな……」
清隆の表情が固まる。
「そして、それが出来るのは兄弟であるあなたしかいないんです」




