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破壊の王  作者: けせらせら
34/41

破壊の王 8.1

   8


 道場里瑠子から電話がはいったのはその日の午後だった。

 午後7時に亮平は銀座のレストランで里瑠子と会うことにした。

 里瑠子も事件のことが気になっているのだろう。無理もない。幼馴染が二人、殺されているのだ。気にするなというほうがおかしい。

 食事が一通り済んだ後、里瑠子はテーブルに頬杖をつきながら艶かしい瞳で亮平を見た。

「なんかこうして食事していると朝宮先生のことを思い出すわ」

「父のことですか?」

「そうよ。あなたに似てたわ」

「やめてください」

「先生のこと嫌い?」

「あまり良い思い出はないです。里瑠子さんたちはなぜそんなに父のことを慕っていたんです?」

「私たちに人生の全てを教えてくれた人よ。木村君じゃないけど、あの先生との出会いがなければ今の私は存在していなかったわ」

 まるで昔の恋人を思い出すかのような口ぶりで里瑠子は言った。

「里瑠子さんは父のことを……その……」

「好きだったわ。私の初恋だったもの」

 照れることもなく里瑠子は言った。

「初恋? 父のことがですか?」

「頭が良くて男らしくて、とってもカッコ良かった。私のことを救ってくれたのも先生ですもの」

「救った?」

「孤児院での暮らしはそんなに楽しいものじゃなかった。院長先生や皆は優しかったわ。まるで皆家族みたいだった。でも、それはあくまでも家族ごっこ。本当の家族とは違っていたわ。学校に行けばいじめられることもあったし、周りの子と比較されることもあった。いつもどこかに逃げたかった……そんな時、先生が私たちの前に現れてくれたの。先生は施設に対して大きな寄付をしてくれたわ。そして、私たちが生きていくための知識を与えてくれた。私には先生の存在が神様のように思えたこともあったわ」

「神様か……」

 父のこととはいえまるでピンとこない。幼い頃別れて以来会っていないせいだろう。

「先生が亡くなってしまったなんて寂しいわ」

「里瑠子にそこまで想ってもらうなんて父もあの世で喜んでいると思いますよ」

「あの世か……でも、先生はそういう世界はあまり信じていなかったわね」

 里瑠子はそう言って笑った。

「そうかもしれませんね」

 亮平もつられて笑う。

「ところで捜査は進んでるの?」

 里瑠子はまっすぐに亮平の目を見つめて訊いた。

「捜査なんて大袈裟なものじゃありませんよ」

 どうにも里瑠子の目をまともに見ることが出来ずに、亮平はサッと視線を外した。里瑠子のことだけは水穂には話せないなと思う。やましいことがあるわけではないのだが、自分の心のなかにある里瑠子への奇妙な感情が存在しているのは確かなことだ。

「やっぱり警察が言うように秀さんの仕業なのかしら」

「それは違うと思います」

 亮平はすぐに否定した。

「あら、どうして? 成川君を殺した凶器が秀さんの所持品のなかから見つかったんじゃないの?」

「それがそもそもおかしいんです」

「なぜ?」

「もし、住川秀吉が二人を殺したとしたら、なぜ、別々の凶器を使う必要があったんでしょう? 二人とも同じほぼ同じ時刻に殺されたんですよ。一人を殺したその足でもう一人を殺したというならば、凶器は同じであっても不思議じゃない。いや、そのほうがむしろ自然です」

「そうかもしれないわね」

「どう思いますか?」

「さあ……私にはわからないわ」

「犯人の心理ですよ。そういうことなら俺なんかよりも里瑠子さんのほうが専門でしょう? なぜわざわざ別の凶器を使ったんだと思いますか?」

「そうね……」

 里瑠子は一度ワインで唇を濡らした後、口を開いた。「そうしなければいけない理由があったのかもしれない」

「理由?」

「花柳君を殺した時には、まだ犯人は成川君まで殺そうとは思っていなかったのかもしれないわ。その後、逃げる途中で成川君を見つけ、仕方なく殺したのかも」

「それでも初めから2本のナイフを用意していたことには変わらない。それに花柳さんを殺した凶器は、花柳さん自身が用意したものなんですよ」

「そうね。ごめんなさい。いくら私でも殺人犯の心理は私でもわからないわ」

 里瑠子はそう言って左手で頬を触った。

「そうですよね」

「あなたはどう考えているの? 何か考えているんじゃないの?」

「ええ……ちょっとね……」

「訊かせて欲しいわ」

「まだ人に話せるようなものじゃありませんよ。ただの推測に過ぎませんから」

「それでもいいわ。教えてちょうだい」

 里瑠子は甘えるような声を出した。

「あくまでも可能性ですが――」

 と、前置きをして亮平は話し始めた。「花柳さんがあの事件に大きく関わっているんじゃないかと考えています。つまり加害者側として。だからこそ花柳さんはあの日、ナイフを用意して屋敷に現れた」

「花柳君が? そんな……花柳君は被害者なのよ」

 さすがに亮平の言葉に驚いたのか里瑠子の声が少し大きくなった。

「ええ、ですが被害者イコール加害者ということも考えられるんじゃないでしょうか」

「でも、どうして花柳君が成川君を?」

「わかりません。ただ、二人の間に何かしら確執があったのは事実だと思います。現に花柳さんは成川さんを強請っていたようです」

「花柳君が?」

 里瑠子は驚いたように手で口を覆った。

「ええ。成川さんはこれまでにかなりの額を花柳さんに支払っています」

「本当なの? でも、それなら逆に成川君が花柳君を殺すことになるんじゃない?」

「けど、今は状況が違います。今は花柳さんはテレビでも売れっ子です。むしろ花柳さんにとって、成川さんを強請っていたという過去は、彼にとって大きな汚点です」

「それで成川君を? それなら花柳君が殺されたのはどういうこと? それともあれは自殺だとでも言うの?」

「あれは自殺なんかじゃありません。これは一つの可能性ですが……つまり二つの殺人があの日、あの屋敷で重なったということは考えられないでしょうか? 花柳さんが成川さんの殺人を計画するのと同時に、もう一人別の人物が花柳さんに対して殺意を抱いていた……と」

「誰? 村上君? それとも……もしかして……木村君が? 本当に?」

「いえ……今の話は全て推測です。何も証拠はありません。こんな考え方も出来るということですよ。ただ、今はっきり言えるのは、住川さんが殺した可能性はかなり低いんじゃないかってことです。もう少し調べてみないと全てはわかりませんよ」

 そう、今の段階では全ては想像に過ぎない。もっと人間関係を整理して、事実を掴まなければ真相を知ることは出来ない。

「なぁんだ。脅かさないでよ」

 里瑠子が安心したように言った。「木村君が殺人犯だなんて……一瞬、心臓が止まるかと思っちゃったわ」

「すいません」

 亮平は小さく頭を下げた。「でもね、この事件にはもっといろいろな側面があるような気がしてならないんです。調べればもっと別の真実が浮かんでくると思いますよ」

 里瑠子はワインを一口飲んでから、上目遣いに亮平を見ると躊躇いがちに言った。

「ねえ。朝比奈さん、佐伯幸一って人知ってる?」

「佐伯幸一? さあ……誰ですか? それ」

「花柳君の知り合いよ。ちょっと秘密のだけどね」

「秘密?」

「会ってみる?」

 意味深な言い方をしながらバッグのなかを探る。

「何者ですか?」

「行ってみればわかるわ」

 里瑠子はバッグのなかから名刺を取り出すと、その裏に住所を書いて亮平に差し出した。

「何か事件に関係があるんですか?」

「それは探偵さんが考えることでしょ。私はどんな情報でも全て探偵さんに渡すだけよ」

 そう言うと里瑠子は頬に手を当ててそっと微笑んだ。それはとても自分よりも15歳も上とは思えないほど無邪気な少女のような笑みだった。


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