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破壊の王  作者: けせらせら
33/41

破壊の王 7.3

「朝比奈さん、いったいどうしたんですか?」

 桐野竜彦がそう言って窓際に立つ朝宮に近づく。

 亮平は息を飲んで、そっとドアの陰からその様子を伺った。

「事件のことが気になったもんでね」

 朝宮は落ち着いた様子で桐野に答える。「どうですか? 何かわかりましたか?」

「ええ。先日見つかったナイフ、あれについていた血痕はあきらかに成川正文のものであることも確認とれました」

 どうやら桐野は朝宮のことを亮平だとすっかり思い込んでいるようだ。

「それじゃやはり住川秀吉が犯人だと考えているんですね?」

「そうですねえ。朝比奈さんが住川を信じたい気持ちはわからないでもありませんが、今のところそれを覆すような証拠は見つかっていません。まあ、2、3、まだはっきりしていないこともあるんですがね」

「どんなことです?」

「実は……花柳真一が殺された凶器ですが、あれの出所がわかりました。それが奇妙なことに、花柳がこの屋敷に来る途中、町の金物屋で買ったものだったんですよ」

「それじゃ自分で買ってきたナイフで殺されたってことですか?」

「そういうことです。なんか妙な話でしょう。つまり住川には最初から花柳に対する殺意はなかったってことになりますよね。それとも花柳と住川との間にはもともと何かトラブルがあったってことでしょうか。花柳も住川に殺されるような予感があって護身用で持ってきた……ってことかもしれませんね」

 桐野は小さく唸って腕を組んだ。どうやら桐野の頭のなかでは住川秀吉犯人説しか存在していないようだ。

「他には?」

「いや……たいしたことじゃあないんですがね。実は成川正文が持っていたという懐中時計が見つからないんですよ。それでちょっと気になったものでね」

「懐中時計?」

「ご存知じゃありませんか? 木村隆作さんから聞いたんですが……成川正文はずいぶんその懐中時計を大切にしていたとか。事件の夜も、成川正文はずっとその懐中時計を握り締めていたというんですが……違いますか?」

「ああ……そうでしたね」

 曖昧に朝宮が答える。

 朝宮がそんなことを知るはずがない。亮平自身、そんなことはすっかり忘れていて、朝宮への報告書にも記載していない。

「それが遺体からもどこからも発見されていないんですよ。事件後、木村さんにその話を聞いて捜しにきたんですが、見つかったのは一つだけ」

「一つだけ?」

「いや、弟さんのですよ。これも木村さんから聞いたんですが、どうやらその懐中時計はご兄弟が成川家に養子に入る時、妹となる君江さんからプレゼントされたものらしいんです。その後、君江さんも亡くなられ、ずっと大切にしていたんでしょうね」

 桐野はペラペラと喋った。事件に関する情報をこれほど一般人である自分に話していいのだろうか……とも思うが、これも父の影響だろうか。

 いったい父と警察はどんな関係だったのだろう。

「住川秀吉の荷物のなかに懐中時計はなかったんですか?」

「いや、それは見つかりませんでした。朝比奈さんは住川秀吉が盗んだと思っているですか?」

「さあ……しかし、高価なものならば盗まれたと考えてもおかしくはないでしょう」

「高価? いやぁ、木村さんが言うにはそれほど高価なものじゃあなかったそうですよ。まあ、直接事件とは関係してるものじゃあないんですけどね」

「ふむ。そういや地下牢の鍵も見つかっていないとか?」

「そうなんですよ。いったいどこいっちまったのか……報告書にどう書けばいいのかなぁ……」

 桐野はボリボリと頭を掻いた。

「成川正文氏が地下牢の鍵をかけて、弟の清隆氏を閉じ込めていたのだとすれば、当然、その鍵は正文氏が持っていたはずですよね」

「我々もそう考えて正文さんの書斎をはじめとして隈なく捜したんですが、見つけることは出来ませんでした。まあ、これだけ広い屋敷です。どこかに紛れ込んでいることも考えられます」

 ずいぶん適当なことを言う、と亮平はそれを聞いて思った。だが、それだけ警察は鍵のことなど気にしていないということかもしれない。

「どこへ消えたのでしょうね」

「……それが何か事件に関係が?」

「ちょっと気になりましてね」

「ひょっとして清隆さんのことを疑っているんですか? それはありませんよ」

「どうしてそう言いきれるんです? もしかしたら地下牢の鍵はダミーだったかもしれませんよ」

「いえ、それはありません。我々が来た時、あの鍵はしっかりとかけられていました。それにもし何らかの魔法で牢から出ることが出来たとしても、地下室のドアは内側からは決して開くことが出来ないように作られていますからね」

「無理ですか」

「無理でしょうね。それに鍵は今回の事件で無くなったわけじゃないんです。清隆さんの証言によれば、正文さんが清隆さんを地下牢に閉じ込めたのはこの屋敷に引っ越してきてすぐのことらしいです。しかも一度、あの地下牢を作った東京の業者に話を聞いたところ、正文さんは引っ越してきてすぐに鍵を無くしてしまったと話していたそうなんです」

「無くした?」

「ええ。つまりあの地下牢に鍵などないに等しかったということになります」

「ふむ……」

 朝宮は考え込むようにして、俯き加減でチョンチョンと右手の人差し指で自分の額を突いた。そして、顔をあげるとさらに桐野に訊いた。

「ところで死体が成川正文のものである可能性は間違いないんでしょうね?」

「どうしてですか?」

「遺体はバラバラにされ、灯油をかけられ燃やされていたわけでしょう? 何のためだと思いますか? もっとも考えられるのは遺体が誰のものかを隠そうとしているとは思えませんか?」

 すると桐野はニヤリと笑って――

「それなら大丈夫ですよ」

「本当に?」

「ええ。2年前にこちらに引っ越して来る少し前に東京の歯医者にかかってるんですが、その記録とも一致しています。それとテーブルやペン、ステッキなどから指紋も確認出来ました。あれは成川正文に間違いありません」

 桐野は胸を張って断言した。

「屋敷の全てから指紋を?」

「寝室にリビング、そしてこの部屋からも。考えられるところは一応ね」

「地下牢は?」

「地下牢? いや、さすがにそこは必要ないでしょう。どうせ成川清隆氏の指紋が多く発見されるだけですからね」

「それならいったいなぜ犯人はそんな手間のかかるようなことをしたのでしょうね? しかも成川正文の遺体だけとは。おかしいと思いませんか?」

「殺人を犯すような人間のやることですからね」

 そんなものは理解出来るはずもないというように、桐野は大きく笑った。


   *   *   *


「困るねえ。事件に関しては些細なことも全て話してくれるよう言ったはずだが」

 後部座席に座った朝宮はハンドルを握る亮平に声をかけた。

「すいません。俺も忘れていたんですよ」

 チラリとバックミラーに映る朝宮を見ながら亮平は言った。

「で? あの刑事が言っていたことに間違いはないかね?」

「懐中時計のことですか? そうですね。確かにあの夜、いちいちポケットに手を突っ込んで取り出して見ていたことは憶えています」

「ふぅん。何か意味のあるものなのだろうか。何か聞いていないかね?」

「さあ……」亮平は首を捻った。

「どんなものだった?」

「さあ、普通の懐中時計ですよ。古めかしい金色の。桐野さんが言っていたようにそれほど価値があるようには思えませんでした」

「古めかしいか」

 朝宮はふっと軽く笑いながら――「君は知ってるかね? ジュネーブで開かれた時計のオークションで地元の時計会社であるパティック・フィリップが70年以上も前に機械部分をつくった懐中時計に2億もの高値がついたことを」

「2億? 古い時計にですか?」

「さすがに成川正文が持っていたものがそれほどのものとは思えないが、それでもアンティークの時計というものはバカにならない値段になるものもあるということだよ」

 つくづく金持ちというものはわからない人種だ、と亮平は首を捻った。だが、あんな古びた時計に本当にそれほどの価値があったのだろうか。

 改めてあの時計のことを思い出す。

「そういえば――」

 ふと、裏蓋に書かれた文字のことを思い出した。「裏蓋に何か書いてありました」

「何かって?」

「わかりませんよ。たぶんフランス語だと思いますけどね。何かのメッセージのような気がしました」

「ふむ。何か意味があるものかな」

 朝宮は顎に手を当て、何かを考えるように俯いた。

「ところでどうしてあんなこと訊いたんです?」

「あんなこと?」

「死体のことですよ。死体が成川正文に間違いないかどうか訊いていたでしょう?」

「ああ、あれか。あれは確認したに過ぎない。おそらくあの刑事が言うように死体は成川正文本人に間違いないのだろう。歯形や指紋まで確認して間違うほど、日本の警察はバカではあるまい」

「そうですか。俺はてっきりあなたは死体が成川正文のものではないと考えているのかと思いましたよ」

「君は不思議に思わないのかね?」

「何をですか?」

「成川正文の死体のことだよ。バラバラに切断され、灯油をかけられ燃やされていたのだろう? なぜ犯人はそんな面倒なことをしたと思う?」

「さあ……」

 それは亮平も疑問に感じていたことだ。あの夜、犯人にはそれほど多くの時間的余裕があったとは考えにくい。それなのにわざわざ遺体をバラバラに切断し、燃やさなければいけなかった理由はどこにあるのだろう。

「ところで28年前のことは何か聞いていないかね?」

「28年前? ああ、成川君江が事故で死んだことですよね」

「本当に事故だったのだろうか?」

「違うっていうんですか?」

「確認だよ。一つ一つのことを調べ、事実か否かを確認する。それも事件を明らかにするためには必要なことだ。君、婚約者がいたよね」

「水穂のことですか? どうしてそのことを?」

 水穂のことは朝宮には一言も喋ったことはない。

「そんなことはどうでもいい。彼女、新聞社に勤めていただろう? なら28年前の事故のこと調べられるんじゃないか?」

「そうかもしれません……でも、過去の新聞記事ならインターネットでも調べられますよ」

「彼女を巻き込みたくないのかね?」

「……ええ。それに彼女には今度のことを話していないんですよ」

「なら、いい機会じゃないか。これから探偵としてやっていくのだということを説明すればいい」

「探偵になるつもりなどありませんよ」

「池袋に事務所として使えるビルがある。この一件が片付いたら本気で考えてみたらどうだね?」

「何と言われてもお断りします」

「頑固だな君も」

 クックックと小さく笑う。「君は彼女と結婚するつもりかね?」

「な……急に何を……」

 カッと耳の裏側が熱くなる。

「それともただの遊びかね?」

「そんなつもりありませんよ」

 思わず真剣に答える。「でも……まだ結婚ってのは……考えられない気がして」

「なぜ?」

「……さあ……自分でもよくわかりません。なんか不安なんです。将来のことを考えることが……」

 昔から、自分の将来のことを考えると、理由もなく言い知れぬ不安に襲われる。

「不安ねえ」

「それより一つ教えてもらいたいんですが」

 亮平は話を切り替えた。

「珍しいね。何かね?」

「父と警察はどんな関係なんです? 桐野刑事は以前、父が警察に協力していた……というようなことを言ってたんですが」

「そうだね。そんなことをしていたのかもしれないな」

「何をしていたんです?」

「ま、犯罪者は犯罪に詳しいものだ」

「は?」

「君が探偵になると決断すれば教えてあげよう」

「それは嫌です」

「いずれ気が変わるさ。私は少し疲れた。ちょっと一眠りさせてもらうよ」

 朝宮は意味深に笑うと後部座席に横になった。


   *   *   *


 亮平は夜になってから水穂の住むマンションを訪ねた。

 事件のことを一通り説明しておきたかったからだ。朝宮から言われたからではない。これからの水穂との付き合いを考えた時、あまり水穂に隠し事をしたくなかったからだ。

 水穂は亮平の顔を見ると、一言も喋ることなく部屋に通した。

 水穂とはもう一週間以上連絡を取り合っていなかっただけに、今になって事件のことを話すのは妙に気がひけた。

「仕事のことだけど……」

 亮平が口を開くと、水穂はクッションをギュッと胸のあたりで抱きしめたままじっと亮平の顔を見つめた。

「今、この前の事件のことを調べてるんだ。仕事はそれが片付いてからちゃんと捜すつもりだ」

「事件のこと? どうしてあなたがそんなことを調べなきゃいけないの? そもそもどうしてそんなところに行ったの?」

 水穂は眉をひそめ言った。

「前に親父の話をしたことがあったよね」

「お父さん? 離婚して以来会ってないっていう?」

「ああ。実はこの前、その親父が死んだって連絡が入ったんだ」

「お父さん、亡くなられたの?」

 驚いたように水穂は目を丸くした。

「それで父と知り合いだっていう人を訪ねたんだ。それが成川正文っていう、今度の事件で殺された人だ」

「……」

「もちろんいくら事情があったとしても、俺はまったくの素人だ。俺なんかが手を出して解決出来る問題じゃないかもしれない。それでも目の前で起きてしまった事件をそのまま放っておくことはどうしても出来ないんだ」

「それで事件を調べてるの?」

「仕事はこれが終わったらちゃんと捜すよ」

「いつはっきりするの? そんな簡単に解決するものなの?」

「そう長くはかからないよ。いや、それで事件が全て解決するかどうかはわからない。でも、ある程度調べて自分が納得することが出来れば終わりにする」

「本当?」

「約束する。だから、それまで少し時間をくれないかな。水穂とのことだってちゃんと考えてるから」

「……わかった」

 水穂は小さく頷いた。「私も手伝ってあげるよ」

「いや……それは……」

「嫌なの?」

「嫌とかいうことじゃなく……」

「だったらいいでしょ? 私も亮平のために何かしてあげたいの」

 水穂の気持ちが嬉しかった。

「そう……」

「何? 言って」

「それじゃ、一つ、水穂に頼みたいことがあるんだ」

「何なの?」

「28年前の事件を調べて欲しいんだ。長野の高校で起きた事故なんだ。新聞社のデータベースになら登録されているはずだろう?」

「それは調べられると思うけど……どういうこと? それが今度の事件と何か関係があるの?」

「その可能性はあると思ってる」

 一瞬、考え込むように下を向いてから水穂は顔をあげた。

「うん、わかったわ」

「調べてくれるのか?」

「いいわよ。その代わりこれからは隠し事は絶対しないでね」

 水穂は亮平の目をじっと見つめて言った。


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