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破壊の王  作者: けせらせら
29/41

破壊の王 6.3

 草薙多美子。

 木村から教えてもらったルートから連絡先を聞き出すことが出来た。

 すでに5年前に結婚し、苗字が田端に変わっていた。

 夫である田畑昭利は都内のIT関連会社に勤めており、今は埼玉の草加市で平和な家庭生活を送っているそうだ。

 亮平は田端多美子に電話をし、会って話をさせてもらいたいと頼んだ。多美子は花柳の名前を聞くと、迷惑そうな声で言った。

――もう昔のことですから……

 多美子にとって花柳のことは過去のものでしかないようだ。しかも、あまり良い思い出でないらしい。

 亮平は嫌がる多美子に頼み込み、新宿にあるファミレスで会うことにした。近所まで訪ねていってもいい、という亮平に対し、多美子がどうせ会うなら知り合いに決して会わないようにして欲しいと頼まれたからだ。

 午前11時。

 コーヒーを飲みながら田端多美子が現われるのを待つ。

 平日のこんな時間にもかかわらず、店内には制服姿の学生や、スーツ姿のサラリーマンが新聞を広げてくつろいでいる。いったい彼らはどんな生活環境のなかで暮らしているのだろう、と少し不思議な気持ちになる。

 やがてサングラスに帽子で顔を隠した女が姿を現した。入口付近でキョロキョロと店内を見回している。田端多美子に間違いないだろう。よほど花柳のことを夫に知られたくないらしい。

 亮平が立ち上がり手を振ると、それに気づいて多美子が近づいてきた。

「田端さんですね?」

 声をかけると小さく頷き――

「私……あの人とはずっと会っていないんですよ」

 席に座るなりそう言った。そっとサングラスを外しながら、まわりの視線を気にかけるようにちらちらと周囲を見る。

「わかってます。ご迷惑をおかけするようなことはしません。あなたが知っていることを教えてくれれば結構です」

「……わかりました」

「何か飲まれますか?」

 そう言って亮平が店員を呼ぼうとすると――

「いえ、結構です」

 と、多美子は強い口調で断った。すぐにでも質問を終わらせて帰してくれと言っているようだ。

 仕方なく亮平は中途半端に上げた手を下ろした。水を一口飲んで、唇を潤してから口を開く。

「以前、花柳真一さんと付き合っていましたよね」

「確かに付き合ってはいましたけど……でも、1年くらいでしたし……そんなに詳しくは彼のこと知りません」

「花柳さんが殺されたことはご存知ですか?」

「ええ……テレビのニュースで観ました」

「驚かれたでしょうね?」

「ええ……まあ……」

「それほど驚いてはいないようですね?」

「いえ、そんなことはありませんけど――」

 どうにも歯に物が挟まったような物言いをする。

「けど?」

「あの人なら……そんな死に方をするのも仕方ないかなって……」

「なぜですか?」

「だって……あの人、昔から滅茶苦茶な人だったから」

「滅茶苦茶? どんなところがですか?」

「とにかくマジメに仕事することが嫌いで、いっつも『俺はいつか大きなことをしてみせる』って……口ばっかり。テレビ局の仕事だってすぐにクビになっちゃったし。それなのに無駄遣いばかりして」

「花柳さんはそのお金、どこから? 誰かに借金でもしてたんですか?」

「……わ、わかりません」

 一瞬、視線が宙を泳ぐ。

(知っているな)

 直感でそのことを感じ取った。素直そうな顔はしていても、その瞳のなかには自分の損になるようなことだけは決して喋るまいというような小さなずるさが見える。

「誰か資金提供してくれる人がいたんでしょうか?」

 亮平は重ねて訊いた。

「さあ……」

 多美子はわからないというように首を捻ってみせる。それがいかにも嘘っぽい。ならば――と、責め方を変えることにした。

「けど、お金の管理をしていたのはあなたじゃないんですか? あなたの口座にも振り込まれていますよね?」

 もちろんそんな情報は握ってはいない。それでも、その問いかけに多美子の顔色が一瞬に変わった。どうやら図星だったようだ。

「あ……あれは……」

「知っていますよね。正直に言ってください。他言はしませんから」

 畳み掛けるように言うと、多美子は諦めたように項垂れた。

「私……本当に詳しくは知らないんです。ただ、あの人に言われて何度か電話したことがあります」

「誰にですか?」

 多美子は小さく首を振った。

「忘れました」

 これも嘘だ。とにかく今の多美子には花柳とのことは厄介ごとでしかないのだろう。

「思い出してください。ほんの小さなことでも構いません。決してあなたに迷惑がかかるようなことにはしませんから」

 亮平の言葉に多美子の唇がゆっくりと開く。

「確か……成川さんって人だったと思います」

「成川? 成川正文ですか?」

「ええ……そんな名前だったと思います」

 思い出すフリをしているが、きっと花柳が死んだと聞いた時からその辺のことは頭に浮かんでいたのだろう。

「それだけですか?」

「他にも……何人か……」

 躊躇いながらも多美子は答えた。「でも、それは本当に憶えていないんです。成川さん以外は皆、ほんの1、2度でしたから……」

「皆? いったい花柳さんはどのくらいの人から資金提供を受けていたんですか?」

「さあ……私が知っているので10人ほどです。たぶん私が知らないだけで、もっと他にもいたと思います。でも、やっぱり成川さんが一番多かったと思います」

 多美子はモゾモゾと居心地が悪そうに身体を動かした。今すぐにでも帰りたそうにチラチラと時計を見る。

「なぜ成川さんは花柳さんに資金提供をしていたんですか? 花柳さんは何か成川さんの弱みを握っていたんでしょうか?」

「それはわかりません……前に訊いたことがあるんですが教えてくれませんでした」

「あなたはなぜ花柳さんが殺されたんだと思いますか?」

「そんなの私、知りません」

 多美子は俯きながら、そんなこと知りたくもないというようにブルブルと首を振った。

「わかりました」

「もう帰っていいですか?」

「……ええ」

 もうこれ以上訊いても何も得られるものはなさそうだ。

「それじゃ――」

「ありがとうございました」

 亮平が頭を下げるよりも早く、多美子は席を立ち、そそくさと店を出て行った。


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