破壊の王 5.9
水穂の気持ちは痛いほどよくわかっている。
それがわかっていながら、それに答えることの出来ない自分自身に歯がゆさを感じることも多い。
だが、結婚というものを考えた時、なぜか例えようのないほどの不安で胸のなかがいっぱいになる。
父と母の離婚というものが一つのトラウマになっているのかもしれない。そして、何よりも父の存在が。
(あの父の血が俺の体のなかに流れている)
そう考える度、自分自身の存在が何より汚れたもののような気がしてくる。
玄関からチャイムが響き渡った。
(水穂?)
ハッとして起き上がる。
だが、水穂であるはずがないことにすぐに気づく。合鍵を持つ水穂がこれまでチャイムを鳴らしたことはなかった。
足早に玄関に向かう。
「はい――」
ドアを開けると、そこに黒いワンピース姿の若い女性の姿があった。一瞬、誰だったのかを思い出せずにぼんやりと女性の顔を見つめる。
だが、次の瞬間――
「若先生からこれを預かってまいりました」
女性は亮平に小さく一礼すると、茶封筒を差し出した。その言葉にそれが朝宮のところで働く水島香織であることを思い出す。
「これは?」
「存じません。私はこれを朝比奈様にお渡しするよう言いつけられただけですから」
水島香織は無表情のまま答えた。まるでマネキンのようにすましたような表情。そこからは人間的な感情が微塵も感じ取れない。
「ちょっと寄っていきますか?」
試すように誘ってみる。案の定、香織は――
「いいえ、これで失礼させていただきます」
表情一つ変えずにそう言うと、もう一度一礼してからスタスタと歩き去っていった。
(愛想のない女だな……)
その後ろ姿を見送ってからドアを閉める。そして、部屋に戻りながら封筒を開けた。中には1枚の紙切れが入っていた。
どうやら手書きの地図のようだ。
場所は柏駅周辺。ある一点が赤く塗られ、『霞ビル』と書かれている。
これはいったいどういうことだろう? いったいここに何があるというのか。
亮平はその地図を眺めながら、すぐに朝宮に電話をかけた。
――やはり電話をかけてきたね。水島さんから地図を受け取ったろ?
朝宮の声だ。
「あの……これは?」
――見ればわかるだろう。地図だよ。
「どこの地図ですか?」
――君、成川正文や花柳真一を調べているんだろう。そのビルの地下。そこに一人の情報屋がいる。そこに行けば二人の情報を入手してくれる。
「情報屋?」
驚く亮平を無視するように朝宮は続けた。
――二人についてさまざまな情報を集めるのは、それほど大変なことではない。だが、時間はかかる。そういう時には腕の良い情報屋を使うのも、腕の良い探偵の条件だ。
「探偵になどなりません」
――まあ、いいさ。とりあえず行ってみなさい。
プツリと電話が切れた。




